佐世保便り

2008年7月に佐世保に移住。
海あり山あり基地あり。そしてダム問題あり。
感動や素朴な疑問など誰かに伝えたくて…

黄砂で視界最悪!

2014-05-29 | 佐世保・長崎

今朝7時半、我が家のバルコニーからの眺めです・・

今日は快晴のはず。

霧や霞でもありません。

黄砂の影響で視界最悪!

灰色の世界です。

ちなみに、黄砂もpm2.5も飛来してこない快晴の日の眺めはこんな感じです。

 

ついでに、右手にカメラを向けると、

弓張岳頂上付近に建つ弓張りの丘ホテルもしっかり見えるのですが、

今日はこんな感じ!

気象庁の黄砂情報によると

 

黄砂に関する長崎県気象情報 第1号

平成26年5月28日16時15分 長崎地方気象台発表

(見出し)
長崎県では、29日にかけて黄砂により見通しの悪い状態が続く見込みです

 
(本文)
 九州北部地方では、広い範囲で黄砂を観測しています。
 
 長崎県では、黄砂が29日にかけて飛来し、視程は10キロメートル未満
となり、所によっては5キロメートル未満となる見込みです。

 屋外では所により黄砂が付着するなどの影響が予想されます。また、視程
が5キロメートル未満となった場合は、交通への障害が発生するおそれがあ
りますので注意してください。

 

とのこと。皆さん、気を付けましょうね~

 

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悲しみの轍

2014-05-25 | 雑感

昨日の新聞に、忘れられない少年事件の被害者遺族の手記が掲載されていました。

神戸児童連続殺傷事件の被害者 土師淳君のお父さんによる手記です。

 

17年前日本中の親たちを震撼させた事件は、高校生の娘をもっていた私にとっても、

酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)という名前と共に今でも強くインプットされています。

しかし、当時は、その少年の行動があまりにも衝撃的で理解の限度を超えていたので、

被害者とその遺族よりも、加害者とその家族への関心の方が高かったように思います。

 

どちらの家族も、深い深い傷を負って生き続けていて、

その苦しみは私たち未体験者には 想像すらできない、計り知れないものだとはわかっていました。

でも、どこかで、被害者遺族の傷よりも加害者家族の傷の方が深いのではないかと、

比較してはいけないし、比較できないことなのに、かってに思い込んでいました。

 

その愚かさに気づいたのは、「悲しみの轍」というタイトルの特集記事(23日から長崎新聞に連載)を見て。

酒鬼薔薇事件から7年後、佐世保市でおこった小学6年生の女の子による同級生殺害事件。

こちらも日本中に衝撃を与えた少年事件ですが、あれからまもなく10年になろうとしています。

そんないま、長崎新聞佐世保支社の5人の記者たちが、

「愛する家族を奪われた遺族の悲しみの歳月と関係者たちの思いをたどった」特集です。

 

1.あの日 現実 受け止められず (5月23日)

2.予兆 やり過ごし 今も後悔  (5月24日)

 ここでは、被害者 怜美さん(小6)の兄(当時 中3)にフォーカスして書かれていました。

遺族と言うと、つい親の悲しみにばかり目がいきますが、

実は遺族の中には兄弟もいて、事件が衝撃的であればあるほど、

未熟なこどもたちの心の傷は、大人の何倍も深いはずです。

事件当時埼玉に住んでいた私は、怜美さんにお兄さんがいたことも知らなかったので、考えたこともなく…

 

先日、西日本新聞で、お兄さんが初めて一般の人の前で語るシンポジウムがあることを知り、

昨日、福岡の会場まで聴きに行きました。

 

 

「第2回 犯罪被害シンポジウム~犯罪被害と子ども達~」

主催者の「みどりの風」とは、九州沖縄犯罪被害者連絡会の名称で、政党の「みどりの風」ではありません。

 

怜美さんの父(55歳 新聞記者)と兄(24歳 大学生)の対談というよりも、

両者の間に座っている精神科医がコーディネーターとして質問しながら、

事件当時からこれまでの思いをお二人からうまく引き出し語って頂くという形でした。

 

同じ遺族として、しかし、父と息子という関係の中で、互いに気遣いながら、

それでも気づかなかった、気遣うが故に気づけなかった辛かった思いが、

コーディネーターのユーモアとフォローによって、ごく自然に語られたのはすごいことだと思います。

 

* 兄は、事件直後から父親が自殺するのではないかと、ずっと恐れていた。

それほど父は憔悴しきっていたし、目はうつろだし、ゾンビのようだった。

母親が病死し、妹は殺され、父親まで失ったら自分も生きていけないと思い、怖かった。

 

* 父は、自分が周りからそのような目で見られていることにツユほども気づかず、

残された2人の子ども(当時長男大学生、次男中学生)を守らねばと、そればかり考えていた。

特に同居している次男をメディアから守ること、早く学校へ行けるようにすること、

そして、子どもたちが殺した相手に復讐心を持たないように気を付けねばと思っていた。

 

* 兄は、父親に立ち直ってもらうには、自分がしっかりして早く日常に戻ろうと努力。

心に蓋をして、泣くこともなく、受験勉強などに逃避した。 

 

* 翌年春、佐世保支局から福岡へ移動した父と共に、友達のいる佐世保を離れ、

福岡の高校へ進学した兄は、受験勉強という逃避場所がなくなったこともあって、

蓋をしていたものがなくなり、頭の中は事件のことでいっぱいになった。

 

* 兄は事件の前、妹から加害女児とのトラブルのことを相談されていた。

自分のアドバイスがまちがっていたのか?何と言えばよかったのか?

自問自答を繰り返し、自分を責めた。

頭が痛くなり、何も手につかなくなって保健室に駆け込む。

そんな自分の姿を父には知られたくなくて、普通に通学しているように装っていた。

 

* 出席日数が足りなくなって学校から呼び出された父は、やっと息子の苦悩に気づき愕然とする。

騙されていたと思った。仕事を休み、カウンセラー探しに奔走し、息子に寄り添った。

 

* 兄は父の様子を見て、やっと、この人はもう自殺しないと確信し、嬉しかった。

カウンセリングはうまくいかなかったが、学校へ戻ろうと思った。

 

* その後、知り合いの記者(父が佐世保支局に勤務していたころの部下)から取材を受け、

初めて当時のことを語った。

その記者が文字おこししたものを見て、やっと自分の思いに気づいた。

 


このとき、あの日以来、固く封じ込めていたものから解き放たれたのでしょう。

今は笑顔で語れるようにまでなって、本当によかった。

「言葉にすることは大事。まず聞いてほしい。見守りましょうだけでは守れない」

というお兄さんの言葉が印象的でした。

 

最後にコーディネーターがお父さんに感想を求めると、

「こんなに話をする子だったのかと驚いている、まるで家にいる時の1年分の話を聞いたようだ」

と言って、会場の雰囲気を和ませてくれました。

 

この父子の対談を報じる新聞記事を、

加害児、いえ、もう大人になった彼女が、どこかで読んでくれていることを願います。

 

 

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司法は生きていた!大飯原発差し止め

2014-05-22 | さよなら原発

大飯原発3、4号機を運転してはならない

という画期的な判決が、昨日、福井地方裁判所にてくだされました

ここに、判決要旨の全文があります。http://www.news-pj.net/diary/1001

素晴らしい内容です。是非多くの人に読んで頂きたいと思います。

 

一部抜粋させて頂くと・・・

 

個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、

その総体が人格権である…人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、

また人の生命を基礎とするものであるがゆえに…これを超える価値を他に見出すことはできない

 

原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、

福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。

福島原発事故の後において、この判断を避けることは、

判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。

 

日本列島は太平洋プレート、オホーツクプレート、ユーラシアプレート及びフィリピンプレート

4つのプレートの境目に位置しており、全世界の地震の1割が狭い我が国の国土で発生する

この地震大国日本において、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは

根拠のない楽観的見通しにしかすぎない。

 

本件原発に係る安全技術及び設備は万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、

むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない。

 

被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、

極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。

 

コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、

たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、

これを国富の流出や喪失というべきではなく、

豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、

これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。

 

被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、

原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、

福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、

環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。

 

 

読みながら、そこに示された曇りのない思考と言葉に胸を打たれていました。

この意義を私たちもしっかり受け止め、玄海原発訴訟にも影響をもたらすよう声をあげていきたい。

そして、各地で同様の判決が続出することを心から祈ります。

 

しかし、早速、菅官房長官は「再稼働を進める政府方針に変わりはない」と言い、

関西電力は「判決文の詳細を確認の上、速やかに控訴の手続きを行う」とコメントし、

原子力規制委員会の田中委員長は「大飯についてはわれわれの考え方で審査をしていく」と述べました。

 

そんなことってあり?行政は司法の判断を尊重する義務があるんじゃないの?

と一瞬思ったけど、ありなんですよね~

地裁で勝訴しても控訴され、判決が確定するまでの間にどんどん既成事実がつくられていくケースは

ダム問題で十分学ばされました…

 

そのような現実はあるにせよ、やはり、昨日の判決は歴史的な素晴らしいものだったと思います。

テレビに映っていた「司法は生きていた」との垂れ幕にあらためて感動です。

この司法がさらに生き生きと輝くよう、私たち国民もしっかり支えていかなければ・・・

 

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まさにGウーマン!

2014-05-20 | 雑感

今朝は久しぶりにTVを見て感動!元気をもらいました。

それは、テレ朝の情報番組「モーニングバード」の中の「Gウーマン」という企画。

「元気」に「頑張る」「グレイト」な女性を紹介するコーナーで、
朝はたまにしかテレビを見ない私にとって、このコーナーに出会ったのは2回目ですが、
今日はとびきりgreatな女性でした!

 

その人の名は、紫竹昭葉(しちく・あきよ)さん、87歳!

北海道の帯広で園芸家として活躍中の、元気で明るくて可愛い美人のおばあちゃん。

花咲かおばあちゃんと称される「紫竹ガーデン」のオーナーです。

 

昭葉さんのどこがすごいかって?

それはね・・

1万8000坪もある紫竹ガーデンの2500種のお花の管理をしながら、

年間13万人ものお客様のガイドもするというバイタリティのすごさ!

だけじゃなく、その前向きな生き方が半端じゃないんです。

恐れを知らぬというか、不安とは無縁の方なのか、とにかくまっしぐら!なのです。

 

夫に先立たれふさぎ込んでいた昭葉さんは、ふと幼い頃遊んだ野原を思い出しました。

お花がいっぱい咲いてきれいだった…。

その光景を思い出すだけで幸せな気分になれた昭葉さんは、

大好きな野原のような花畑を自分で作ろうと思い立ちました。

その時、なんと63歳。

3人の娘たちはもちろん大反対。もう若くないのよ!経験もないでしょ!と。

そんな家族を説き伏せ、貯金をはたき、いきなり1万5000坪!の土地を購入。

(15000坪!?1500坪の読み間違いじゃないの?と疑ってしまいました~)

知りあいの建設会社に頼んで土をならし、一人で種や球根を植え、荒地を花畑に変えていきます。

しかし、帯広の夏は30度を超え、冬はマイナス20度にもなる過酷な気候。

最初の年は、霜にやられて花が全滅してしまいます。

それでも昭葉さんは挫けませんでした。

帯広の気候にに適した花を探し、3年間の試行錯誤の末、「紫竹ガーデン」をオープンさせます。

 

しかし、初めの頃は、「こんなものを見せて、お金を取るのか」と言われたほど不評でした。

(現在の入園料は800円ですが、当初は500円)

それでも挫けない昭葉さん。

コツコツとお花の種類を増やし、

変化にとんだ個性的なコーナー(例えば自由にお花を摘めるコーナーなど)を作ったり、

園内に自作の野菜や草花を料理して提供するレストランをオープンしたり、

きれいな花を咲かせるために独自の肥料(シャケの頭や内臓、大豆のかすなどを使用)や

虫除けスプレー(焼酎やトウガラシ、にんにくなどを水で500倍に薄めたもの)を開発したり、

大好きなお花のために次々と湧き出るアイデアを実践していき、

気づいたら、海外からもお客さんがやってくる大人気のガーデンへと成長し、

皆に愛される「花咲かおばあちゃん」になっていました。

 

 「紫竹ガーデン」は野原といっしょだから、どこを歩いてもいいのよ。

  ペットもOK。気兼ねはいらないわ。

と笑顔で話す昭葉さんは、まるで少女のよう。

 

「日々新たなり」という言葉が好きだと言う昭葉さん。

毎日、朝がくるのがとても楽しみなんだそうです。

きっと寝る前に考えて、わくわくするのでしょうね。

明日は、あのお花が咲き始めるかな?

明日は、あの野菜を収穫してこんな料理を作ってみようかな?

明日は、お客さんをどのコースに案内しようかな?

明日は、どんな出会いが待っているかな?

などと次々に浮かんでくるのでしょうね・・

 

それにしても、失敗を恐れず、これほど大胆に潔く生きてこられた秘訣は何だろう?

もともと明るくてくよくよしない、おおらかで、肝っ玉の座った性格なのかもしれないけれど、

それだけではないはず…と思っていたら、

 

「夢を持つのも一つの才能じゃないかしら」とポロリ。

 

昭葉さんは、夢見る夢子さんだったんですね~

夢を持ち続け、追い続ければ、いつかきっと現実になる。

そんな言葉、どこかで聞いた記憶があります。

 

大人になると、私たちは、ほとんど夢を持たなくなる。

現実の暮らしに追われて、夢見ることを忘れてしまう。

でも、大人でも夢を持ってもいいんですよね~

 

そのことに気づかせてもらいました。

素敵な番組でした。

素敵な女性、昭葉さんに心から拍手! 

 

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初夏の久住高原へ

2014-05-18 | 

15日阿蘇へ。

16日福岡からやってきた友人を迎えに夫の車で肥後大津駅へ。

3人で昼食後、大好きな天空の道へ案内。

ついでに兜岩展望所に立ち寄り、

 

パッチワークのような田んぼに見とれ、

大観峰経由で帰宅。

 

翌日は、久住方面へドライブ。

やまなみハイウェイを走っていくと・・・

ここ、ここ。

友人に見せたかった私の中の名所です。

数多の柘植のオブジェに友人もビックリ。

一つ一つの作品にも見とれるけれど、

私はやはり、この数の多さに圧倒されます。

なんでも素人の方が趣味でやっているらしい。

大小様々な柘植が元々たくさんあって、それでオブジェの製作を思いついたのか、

それともオブジェを創るために柘植を植えたのかはわからないけれど、

こんなにたくさんの作品を創り続けるその熱意と根気がすごい!と思う。

プロの芸術作品とは違った、ほんわかした雰囲気がいい。

なんだか今にも動き出しておしゃべりしそうな…メルヘンの世界を感じます。

そのオブジェの横で、犬と鹿とイノシシが飼われていました。

ウリボウではないイノシシ、初めて見ましたが、とても可愛かった…

 

さて、目的地スカイパークあざみ台に到着しましたが、今回も視界不良。

標高1038mの展望台から見えるはずの阿蘇五岳、祖母山、久住山はすべてぼんやり。

 

食事の後訪れたのは長者原にあるタデ原湿原。

フジの花の門を入って、橋を渡ると、

湿原の中を木道が続いていました。

木道からは可愛い野の花が、あちこちから顔を出し、

そのたびに、樹木や草花に詳しい友人に「あれは何?」と質問し、

友人を困らせてしまいました。

 

その後、地ビール工場と、池山水源と、「うぶやま山野草園」にも立ち寄りました。

そこで出会った「ヒメウツギ」に一目惚れ。

雪のように白くて小さな花。とても可憐で爽やかな感じです。

お店の方に訊くと、いま苗は無いそうで、

「挿し木できるので、どうぞ枝を折って持って帰って植えてください」と言われ、

2枝頂いて帰りました。

 

帰宅後、夫が阿蘇の庭に植えてくれたけど、うまくつくかな~

 

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鼻血論争 風評被害?

2014-05-14 | さよなら原発

ここ数日、「美味しんぼ」への攻撃と、それに対する反論がどんどんエスカレートしていますね。

 

私は科学的なことはよくわからないけど、

「許しがたい風評被害」として小学館に抗議文を送ったり、「鼻血なんていうのは、しょっちゅう起こるわけで、福島原発事故との関係はありません」と言い切る医学者の発言などが、騒ぎを大きくしていて、福島県民を困らせているように感じます。

少し冷静に考えてみたいと思い、いくつかのメールを読み返していたら、こんな記事が転載されていました。

福島県双葉町とその住民を取材したドキュメンタリー『フタバから遠く離れて』(2012年)を撮影した映画監督の舩橋淳さんのご意見で、私はそれにとても共感しましたので、ご紹介します。

 

騒ぎだけがヒステリックに大きくなっているので、まず事実関係をちゃんと把握する必要があると思い、「美味しんぼ」の第604話や、単行本第110巻「福島の真実」を読んだ。感想としては、地に足の着いた直接取材に基づく、一次情報としての現実描写であるということ。その冷徹で忠実な客観性は、殆どドキュメンタリーのそれである。

福島の農家がいかに安全基準をちゃんとクリアすることに苦心し、おいしい農産物を売ろうとしているかを活写している。さらに第110巻では、業者の買い控えにより財政的な苦境に陥っている農家を描き、その真の原因は、福島第一原発から今も漏れ続けている放射性物質であると、山岡士郎・海原雄山らキャラクターの弁を借り、痛烈な批判をしている。
「福島の真実」全編を読むと、福島の豊かな食文化に対する畏敬の念と愛情、それを育んで来た土壌・自然が失われてしまったことへの嘆きが痛切に描かれている。そして、そんな状況を引き起こした東京電力と何も有効な策を打ち出せずにいる行政に対する原作者・雁屋氏の憤りがひしと伝わってくる。

福島の人々を貶めようとする意図など全くないのは一目瞭然。むしろ、その逆であり、全編が福島への愛情で貫かれていることを、この件について意見する人間はまず自分の目で確かめて欲しい。

その後、双葉町役場と話してみた。
ここ数日、役場に電話が殺到したそう。本当に「鼻血の事実があるのか」「そんな話はきいたことないのに、勝手に広めていないのか」などの苦情が多かったそうだ。だから、町としてもちゃんと対応していることを示すため態度を表明した=小学館に抗議文を送った、そうだ。

町としては健康福祉課で調査したところ、鼻血の症状が顕著にでている例はなく、被ばくとの直接関係は(漫画のとおり)立証されていないそう。だから、井戸川前双葉町長の鼻血の例をとって、福島県の多くの人が鼻血を流している、ととられる表現は、事実に反するのではないか、というのが双葉町役場の立場だった。

僕自身は映画「フタバから遠く離れて」「放射能 Radioactive」の撮影を通し、鼻血が止まらない経験を実際した方は井戸川さん以外あったことがない。しかし、双葉町の仮設住宅で喉がひりひりするという方、頭髪、体毛が抜けたという方には数人会ったことがあり、身体に斑点が出たという話は数度聞いている。噂を増幅させるのは福島の為にはならないので、それよりも映像そのもので見せるしかない、と僕は思っている。
鼻血に関しては多くの症例が確認できていないだけに、「今のところ」は双葉町役場の言い分も間違ってはいない、しかし継続的に裏付けをとる必要があり、鼻血の事実が確証できればそれは、すぐさま健康障害として認知するべき、というのが僕の見方だ。

実際、放射線治療の専門医・西尾正道北海道がんセンター名誉院長は、「鼻血は低い線量でも広範な粘膜が被ばくした場合は出ても不思議ではありません。」といっている。
(引用元:http://nimosaku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-07

昨日ご自身のFBページで写真もアップしていた井戸川さんの鼻血が、放射線被ばくによるものなのかどうか、それは検査を進めなければ立証できない。さらに、同様な症状を訴える福島県の人が出てきてもおかしくない。

今は何も分からないだけなのだ。

では、ここで重要なことは何なのだろう?

子供の甲状腺がんの異常発症など、被ばくの影響がはっきりと出ているケースは現在進行形として存在し、僕たちは噂を広めることなく、事実だけを見つめ、それを抑圧・黙殺するのではなく、"予防原則"で対策を講じてゆくことが大事なのではないだろうか。
 山岡士郎の鼻血イメージばかりをネットで拡散することこそ、状況を悪化させ、福島を貶めることに繋がる。それこそ風評被害であり、僕らは何が実害で、何が風評被害なのか、現実だけを直視する目を磨かなければいけない。

そして、敵を見誤ってはいけない

批判されるべきは、漫画の原作者でも、事故の被害者である双葉町でもない。
ストロンチウムを含む全ての核種を検査することなく食物を市場に流し、国際基準よりもよっぽど高い20mSvの被ばく限度を敷いて人々に低線量被ばくを強いている行政こそ、僕らが糾弾し、被ばく回避のための対策を直ぐさま講じるよう求めなければいけない。

現実だけを直視し、根本原因を作った加害者の責任を問い、改善策を求めるのが、僕たちにできることだ。

 

ほんとうにその通りだと思う。

現実に目を背けることは、問題解決の時を先延ばしにするばかり。

 

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母の日に思うこと

2014-05-12 | 雑感

昨日は母の日。

息子夫婦と娘夫婦から届いたお花は、よく似ていた。

どちらも私の好みと、ズボラな性格を知っているから・・・

柔らかい色合いで、しかも手のかからないプリザーブドフラワー。

プラスチックの外箱を取ってみると、

ほんとに今切ったばかりのように生き生きとした花びら。

このまま1年以上もこの状態を保っていられるなんて・・まさに魔法の花。

こちらはケースから取り出せなかったので、上から撮ってみた。

どちらも素敵!

 

毎年欠かさず花を送ってくれる子どもたち。

もう長いこと、母親らしいことは何もしていないのに・・

 

母と私がそうであったように、

私と子どもたちも、子離れ親離れがとてもスムーズだった。

子どもたちが社会人になってからは、私は彼らのことにほとんど関知しなかった。

子どもたちも全く頼ってこない。

淡泊過ぎる親子関係だったかもしれない。

こちらに移住してからは、ますます遠く離れ、年に1回会うかどうか。。

おふくろの味とか手編みのマフラーとか、そんなものを送ったこともないし…

 

だから、母の日に、お花が届くたびに、少し後ろめたい気がする。

 

息子よ、娘よ、

出来の悪い母でごめん!

 

私は、

あなたたちや、

あなたたちに子どもができたら、その子どもたちの

命を守りたい

放射能の恐怖におびえる暮らしはさせたくない

徴兵制が敷かれ、戦場に送られ、誰かを殺したり殺されたりしてほしくない

どんな人生であろうと、

生れ出た命を他に侵されることなく、自分らしく全うしてほしい

原発の無い社会、平和な社会を、あなた達に手渡したい

そのための、ささやかだけど精いっぱいの抵抗をこれからもしていきます。

それがあなたたちを産み育てた私にできる唯一の母親らしいこと…かな? 

 

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3Dプリンターで武器製造

2014-05-11 | 雑感

3Dプリンターで銃を自作し所持していたとして、20代の男が逮捕されたというニュースを聞いてびっくり!

彼は、「弱い者の自衛手段のため銃は必要だが、日本では買えないので、自分が作ることにした」

「大学生が銃をつくる米国のテレビ番組をみて、『自分ならもっと良いのがつくれる』と思った」

「3Dプリンターを購入し、ネット上で入手した銃の設計図に改良を重ね自作していた」などと話しているらしい。


動機にも驚いたけれど、もっとびっくりなのが3Dプリンターの普及。

これまでの平面的プリンターと違って、3次元の物を立体的にコピーできる夢のような機械。

工業製品の試作品などが早く安くできるので、設備投資にお金をかけられない中小企業も、大企業と同じように製品の開発ができるようになった。

21世紀の産業革命が始まる」と期待されたのも頷ける。

私もつい最近、3Dで造られた臓器の模型を使って手術の練習をする医療現場をテレビで見て、いたく感心したばかり。

 

需要の高まりと共に、機能も高度化し、価格は逆に急速に低くなっている。

業務用は数千万円だが、個人向けのものは、10万円前後で家電量販店で買えるという!

今回逮捕された容疑者が作ったプラスチック製の銃に金属製の弾丸を入れて発射したら、暑さ2・5ミリのベニヤ板を15枚を打ち抜いたという。

それは、十分殺傷能力を持つもので、3Dプリンターは使いようによっては武器製造器にもなるってこと。

そこまでいかなくても、鍵の複製などはお手の物だろう。

いくらでも悪用できそう・・・

 

毒と薬が表裏一体であるように、技術革新も常にリスクがつきまとう。

戦後の三大発明は原子力開発、宇宙開発、コンピユータと言われるが、すべて戦争に繋がっている。

また、医学界では、IPS細胞だのSTAP細胞だの万能細胞を生み出す技術が発見開発されつつあり、

誰もがこぞって待ち望んでいるように報道されているけれど、私は素直に喜べない。

3Dプリンターで武器を作ったり、原子力で爆弾を作ったりするのが人間。

キチガイに刃物を持たせてはいけない。

 

ましてや、原子力は人間の手に負えるものではなかったことが明らかになったように、

遺伝子技術も侵してはならない分野に踏み出すようで怖い。

万能細胞を生み出す技術が、初めは癌などの治療のために活かされても、

いつかそれがクローン人間を生み出すのではないか?

そして、それが兵士として造られるのではないか?

そんなSF的発想にまで膨らんでいく。

 

子どもの頃、鉄腕アトムのアニメが大好きだった。

あんな未来都市は夢だと思った。

いま、当時の漫画そっくりのビルやインターチェンジが当たり前の風景になっている。

アトムもいずれ現実のものになりそう。。

アトムだけではない。

サイボーグ009のような改造人間が現れるかもしれない。

元祖人間の欲と野望のために。。

 

 

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妹の死 やっと言葉に

2014-05-09 | 佐世保・長崎

10年も経って、やっと妹の死を語ることができるようになった兄。

その記事が出ていたのは、4月29日の西日本新聞。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/nagasaki/article/85176

 

その男性は、佐世保市の小6女児同級生殺害事件の被害者のお兄さん。

当時15歳でした。

この事件は、日本中に衝撃を与え、誰もが驚きと悲しみで途方に暮れていましたよね。。

ご家族の痛みと辛さを想像することさえ苦しくなりましたが、

新聞記者だったお父さんは、家族を代表して、その思いを手記などにまとめて伝える努力をなさいました。

が、被害者にお兄さんがいることは知りませんでした。

当然、その胸の内を考えることもありませんでした。

 

中学生だった兄は、妹の死を知っても、素直に悲しみに浸ることはできなかった。

父親を気遣って、自分がしっかりしなければ・・と思っていた。

「夜、布団に入ってから声を押し殺して泣いた」

翌年高校に入学したが体調を崩し、1学期で退学し、精神科や心療内科に通った。

 

なぜ、そこまで?

それは、事件前、妹から加害女児とけんかになっていると打ち明けられていたから。

「自分がきちんと対処していれば事件を防げたのでは」

自責の念を1人で抱え込み、苦しみ続けていたのです。

 

今はやっと乗り越えて、受け入れている。

お墓の前で妹に語り掛けることが、心の落ち着く大事な時間だと言う。

そして、これからは、自分の体験を人前で語っていく…と。

「僕は叫びたくても、叫ぶ場所すらなかった。

 子どもは思っていることをうまく伝えられない。

 周囲の大人は根気強く向き合って、心の整理をする手伝いをしてほしい」

 

そう。。

私たちの心や感性は、どんどん鈍化している。

傷つきやすい子どもの心に気づこうともせず、知らんぷり。

最近は子どもたちの大きな事件は聞かないけど、

イジメなどで苦しんでいるこどもは決して無くなったわけではない。 

 

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マーシャル諸島、核保有国を提訴!

2014-05-06 | 平和
少し前の記事ですが、
ヒロシマ平和メディアセンター 14年4月28日
 
太平洋のマーシャル諸島が24日、
核兵器を保有する9カ国に対し、核軍縮義務に違反しているとして、
オランダ・ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)に訴えました
 
マーシャル諸島と言えば、1946~58年にかけて、米国の核実験で被害を受けた国ですよね~
人口は約5万人だそうです。
 
そんな小さな島国が、しかも、経済面で米国に大きく依存する国が、
その米国やロシアを相手に提訴に踏み切った!
 
その勇気に拍手を送りたい。
 
核拡散防止条約(NPT)は、核保有国に核軍縮義務を課してはいるものの、
強制力を持たず、事実上「空文化」しています。

核保有国はイランや北朝鮮などの核開発を声高に非難するけど、自分たちの核は完全放棄しない。
軍縮を進めていると言っても、一方で新たな開発を行っている。
 
そんな核先進国の現状にしびれを切らし、国際司法裁判所に駆け込んだのでしょう。
 
マーシャル諸島では、米国が周辺で67回も核実験を実施した結果、
住民の健康被害や環境汚染が依然として深刻な状態。
 
第五福竜丸が被災したビキニ環礁での水爆実験60年の節目に提訴に踏み切ったという。
賠償金は求めていない。

裁判受け入れを義務付ける「強制管轄権」を受諾していない米ロなどは、
提訴に応じる可能性は低いかもしれないが、
核兵器をめぐる法的な議論が交わされること自体に大きな意義がある

提訴の準備は約1年半もかけて「妨害されることを恐れ、極秘に進められた」という。
支援の中心に立つ米NGO、核時代平和財団のデービッド・クリーガー代表は
「被爆国はどう応じ、広島と長崎からはどう呼応すべきかが問われている」
と語ったそうです。
 
コメント
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