佐世保便り

2008年7月に佐世保に移住。
海あり山あり基地あり。そしてダム問題あり。
感動や素朴な疑問など誰かに伝えたくて…

野中広務からのメッセージ 2008年4月15日『不登校新聞』より

2018-02-01 | 平和

【戦争特集】元自民党幹事長・野中広務さんに聞く

――野中さんの戦争体験を聞かせてください。

 僕は1925年生まれですから、国がだんだんと戦争へと向かい、実際に戦争が始まり、終戦を迎えるところまでを見てきた世代です。実際に私も戦争へ行って見事な戦死をとげるのが男子の本懐だと教え込まれ、自分でもそう思いこんでいました。そして、1945年の3月には召集令状も来ていました。

 戦争というのは突然、始まるものではありませんが、いったん戦争が始まると、これは本当に恐ろしく、むごたらしい事態になります。人が人を平気で殺してしまう。軍人だけでなく一般市民までをも巻き込んだ被害が起きるのです。

 先日、3月10日は東京大空襲の日でした。米軍からの爆撃によって東京が焼け野原になった日です。いまの東京を見ても、それを想像できないでしょう。思い出す人も少ないかもしれません。ましてや広島や長崎の原爆被害、そのすさまじい状況を想像するのは難しいことでしょう。

――「日本が戦争へ向かっている」と言われますが、野中さんはどう見られていますか?

 神奈川県の座間には「キャンプ座間」と呼ばれる米軍の陸軍基地があります。キャンプ座間の一部には陸上自衛隊も駐屯しています。現在、この座間にワシントンの米軍の陸軍第一司令部がやってきて、それに伴い、自衛隊の司令部も集結すると言われています。これは深刻な問題です。かつて日本は中国大陸を侵略しようとしたとき、朝鮮半島の上部に満州国をつくり、東京にあった関東軍司令部を満州国に移した歴史とダブるからです。

 満州国ができてどうなったのか。歴史をふり返れば、南京虐殺が起き、ベトナム、カンボジア、インドネシア、フィリピンへの侵略が始まったわけです。日本軍の内部では、フィリピンを攻めた際に「このまま戦争を続けていくのは無理だ」という趣旨の意見も持ち上がっていました。しかし、それがわかっていても、どうにも止められずに戦争を続けたわけです。

 こうした歴史的な背景があるにも関わらず、さきほどのキャンプ座間の「米軍再編」を日本は3兆円もの税金を使って進めようとしているのです。

 いま、政治家のほとんどが戦争を見ていません。質問にあるように、戦争へと国が刻一刻と向かっています。戦争への道にブレーキをかけられるのは、私たちの世代が、最後の砦でしょう。戦争が起これば、かならずその傷跡は後世まで残ります。私は死ぬ瞬間まで、戦争を止めるための努力を続けていきたいと思っています。

―― 一方で、今の若い人たちのことを野中さんはどう思っていらっしゃるでしょうか。フリーターやニートの問題が国会でも議論されています。

 規制緩和の「美名」のもとに、小泉純一郎元首相などが、アメリカの市場原理を導入して、アメリカ並みの規制緩和をしました。たしかに経済だけを見れば、好景気になったと言われますが、それはまやかしです。

 年金制度が崩れ、社会保険が潰され、医療や介護の負担が重くなっていく。大企業は人件費を抑えるためにリストラや早期退職を進め、派遣やパート社員を使うようになりました。正規雇用者と非正規雇用者では、生涯所得格差が3倍になっていると指摘されています。こうしたなかでフリーターやニートが増えました。

◎ 市場原理が心を破壊

 戦後教育のせいだという指摘もありますが、そうではありません。強い者が勝ち、弱い者が負ける、という市場原理が、社会の大切なコミュニティを破壊し、家族を破壊し、子どもの心まで引き裂いていった。日本の心が破壊されたわけです。そういう一連の動きのなかにフリーターやニートの増加があります。

 ただ、福田総理になって、すこしずつ取り戻そうという動きがあります。それも、この間、アメリカを中心とする会社の株価がガタッと下がったため、日本の株も下がり、暗雲が立ちこめています。いまこそ、日本がどんな方向に進んでいくのか、グローバリゼーションの世界戦略のなかで日本の位置をどこに持っていくのか、国内の深刻な社会問題をどうすべきか、議論しなければなりません。しかし、残念ながらそういう全体的な視野の討議が国会ではまったくされていません。

――いまご指摘された「日本の心」とは何なのでしょうか?

 いまは水道をひねれば水が出ます。ガスをひねれば火が出ます。しかし、もともと、そうだったわけではありません。
 日本人は、何の道具もない時代から山に道をつけ木を植え“山”をつくってきました。川には井堰をつくり、ため池をつくり、さらには田んぼをつくり、水が貯まるような仕組みをつくってきました。

 すべては「水の道」をつくり、水害を抑えるためです。日本人は水の道を利用して、米をつくりました。米は何百年と同じ場所で穂を実らせても土が痩せない作物です。ここに飢餓と災害を同時に抑えるための知恵がつまっています。そして、春には豊作を祈る祭、秋には豊作を感謝する鎮守の祭をし、そこから日本の伝統芸能が発展しました。私たちは謙虚な気持ちで自然とともに生きてきた民族なんです。

 ところが、いま山は“無価値”にさせられてしまいました。プロパンガスによって薪を使わなくなり、誰も山に手を入れなくなりました。さらにアメリカの要求で建築基準法が変えられ、外材をどんどん入れ、外材についてきた新しい害虫が山を荒らしました。金になるから、という理由で針葉樹政策がとられましたが、針葉樹のスギやヒノキはしっかりとした根を張りません。すぐに大災害を引き起こすようになってしまいました。

 善し悪しではなく、これがこの国の培ってきた文化や風土です。それはよくみなさんにも知っておいてほしいことです。

――先ほどから一貫して「弱者への視線」を感じますが、野中さんの視線の源にはなにがあるのでしょうか?

 僕は条件が揃っているんです。まず、被差別部落と言われる地域の育ちですし、戦争中の思い出も大きいです。

 戦時中、家の近所に造兵廠(兵器工場)が疎開してきました。働いていたのは、ほとんどが朝鮮半島から来た人でした。この人たちが毎日、鞭で打たれて血みどろになりながら働いていました。隣町のマンガン鉱も同じような状況だったそうです。そういう姿をずっと見てきたからでしょう。

――最後に子どもや若者へメッセージをお願いします。

 やはり若いもんが、これからの時代を背負っていくんです。ひとつは年寄りに遠慮をしないことです。そして、この国を少しでも誇れるように、あきらめずに反骨精神を持ち、やっていってほしいと思います。

――ありがとうございました。(聞き手・石井志昂)

2008年4月15日 『不登校新聞』掲載

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「優しさは世界一」の日本人が、電車で老人たちに席を譲らない理由

2017-11-09 | 雑感

古い記事ですが、とても心に残る内容だったので、転載させて頂きます。

笑い・共感・羞恥を覚えつつ読み終え、他の人にも伝えたいな…と思いました。

掲載記事はこちらです。→ http://www.mag2.com/p/news/134840

 

よく「日本人の優しさは世界一」といわれますが、電車の席譲りから横断歩道まで、老人や子供などに対して公共の場で手を差し伸べているシーンに出くわすことはほとんどありません。これはいったいどういうことなのでしょうか? メルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』では、NY在住である著者の実体験をもとに、この不思議な矛盾を解説しています。 

 

日米で違う人との距離感

日本に行くとまずいちばんに感じる日米間の違いは「人と人の距離感」です。

日本では知らない人にむやみに話しかけちゃいけないらしい。

ニューヨークで歩いていると、本当によく通行人に話しかけられます。 人が、人に、話しかけている。

まず、世界を代表する観光都市でもあるため、道を聞かれない日がありません(たまにこちらが知らない場所も聞かれますが、せっかく聞いてくれているのだから、適当でも答えてあげるようにしています。 「Sorry, I don’t know.」というのがあまりに忍びなくて、この道をまっすぐ行って2つ目の角を左。 50メートルほど行ったら1つ目の角を右。 知らない場合はどこであってもそう答えるようにしています。 ホスピタリティの国の出身だし「Thank you!」という笑顔に、めいいっぱいの笑顔で「You’re welcome!」と返すようにしています )。

観光客だけでなく、現地のニューヨーカーにもよく聞かれます。 先日は黒人のおばちゃんに「このあたりで、カニ玉食べられる中華料理屋ある?」と、通りすがり。

メニューまでは知らんがな(笑)。 何より、オレ、中国人じゃない。

この人が何人(なにじん)だろう、まで考える間もなく、近くにいたアジア人に聞いてみる。 なぜならアタシは今、チャイニーズを食べたいから。 聞く理由は至ってシンプル。

これが日本だと、やっぱり挨拶なしにいきなり通りすがりの人に「ねぇ、このへんにイタリアンない? ピッツア食べたいんだけど。 できればマルガリータ」って聞くとやっぱり後で「今日ヘンな人に会った」と盛り上がられるんだろうなと思います。

以前、新宿駅で中年の女性に西武線の場所を聞かれました。 「あの〜、スイマセン…お忙しいところ申し訳ありません…」本題に入る前の枕詞が長い。 目が合った瞬間、カニ玉食べたいんだけど!って聞いてきた前述のオバサンとおそらく同世代の方だと思われます。 ものすごく恐縮されるので、本題がただの「道を教えてくれ」だとわかったときは、少し驚きました。

なるほど。 日本で人に道を聞く場合はここまで恐縮しなきゃいけないんだな。 たまたま知っていたので本当(笑)の道案内をしようと「あそこの階段を上がって1回、地上に出てもらって…」と説明前半部分で、「ああ!! ありがとうございます! ありがとうございます! 後は階段上がった時点で、また聞きますので…」とそのまま行ってしまいました。 頭を50回くらい下げながら。

僕の右手の人差し指はまだ階段の方向を指差したまま。 全行程の4分の1の時点で道案内は終わってしまいました(せっかく、今回は知ってたのにw)。

相手の時間をわずかながらでも頂戴することは申し訳ないと思っているのでしょうか。 あるいは申し訳ないと思っていると思わせたいのでしょうか。 あるいは知らない人とそこまで関わりたくないけど、聞かなきゃしょうがないから最小限に済ませようとしているのか。 あるいは関わる時間が長ければ長いほど恥ずかしいから、短く切り上げようとしているのか(多分、3番目か4番目だな)。

どちらにせよ、日頃僕たちがニューヨークで生活している際の人との距離感とあきらかに違うレンジで人が接してる(言葉は母国同士だからホントはもっとコミュケーション取りやすいはずだけど)。日本以外の国だと人と人の距離感が明らかに近いということは覚えておいた方がいい。 特に多様な人種がうごめくニューヨークでは、いちいち、その国の文化、風習に合わせていられないのか、(あるいは他人にどう思われても平気なのか)至ってシンプルです。

知らないから道を聞く

カニ玉食べたいから、中華料理店を聞く。

以前、エンパイアーステートビルの入り口に立っている人にエンパイアーステートビルってどこ? って聞かれたこともあります。 彼にとっては振り向くというひとつの動作よりたまたま目の前を通った僕に訪ねる方が楽だったということでしょう。

ウイークデーの昼間。 信号待ちしてると、いきなり隣のアメリカ人ビジネスマンにネクタイを触られ、「これ、いいね! どこで買ったの?」とか。 地下鉄車内で隣に座っている人に「カッコいい時計だな。 日本製?」とか。 本当によく聞かれます。 ニューヨークあるあるです。 そして、それはとっても嬉しい気分になります。

前々回の日本出張時山手線に乗車した際、隣に座っている20代後半〜30代前半くらいのビジネススーツの男性が膝の上に置いているネイビーのブリーフケースがとても格好よく見え(実はニューヨークはオシャレなイメージかもしれませんが、男性用の鞄はほとんど黒一色。 黒を基調とした製品しかありません)「いいね、ソレ。 どこのブランド?」と聞いた際の彼のすっごく引きつった驚いた顔を忘れることが出来ません。 あきらかに「ヤバい! ヘンな人に話しかけられたっていう顔(笑)。 同乗した反対隣に座っていた僕の知り合いにも「高橋さん、ヤメましょ、ね。 ヤメましょ」となだめられました (笑)。

オレ…褒めたのに…。

身につけている衣類、アクセサリーを褒める―。 実は世界で、人間にとって、ごくごく自然なことが、日本では不自然なことに映る。 そんな社会になってしまっている気がします。

このメルマガで「日本の素晴らしさ」を、「アメリカのバカっぽさ」をここ数回訴えてきました。 日本が世界でいちばん素晴らしい国だという認識は変わりません

でもねー。

ここだけは強調したいのですが、NYの地下鉄でお年寄りが立っている光景をみることは絶対ありません。 15年間ほぼ毎日地下鉄を利用して、そんな景色はただの一度も見たことがない。

たまの日本出張。 1週間の滞在で何度、そんな光景を見たことか―。

そこだけは日本の圧倒的完封負けです。 断言します。

例えば、前に行く人が扉を開けた際、後から来た人の為に扉を手で支える―。

ニューヨークではそれが当たり前の光景になりすぎて、日本に帰ると驚きます。

先日、 est新宿の地下でベビーカー片手のお母さんが、重いガラス扉を片手で開けようと戦ってる。 そのスグ真後ろをオシャレな格好した若いカップルがガン見して一切助けようとしていない(これ、なんかの罰ゲームなの?)。

池袋のホームでおじいさんが買い物袋をぶちまけて転けた時、乗客全員がおじいさんとぶちまけられた買い物の品々を避けて歩き去っていく(モーセの十戒か?)。

前述のカップルの彼氏なんて、彼女に、いいとこ見せるチャンスじゃないの? それとも助けの手を差し伸べることが、ダサいこと、みたいなわけわかんない価値観まで日本は進んじゃってるの? (なんだ、それ 笑)いい人と思われようとしてると思われることが嫌とか?(めんどくせえ 笑)よくわかりません。

東海道本線で茅ケ崎まで行く車内の中、おばあちゃんが立っていました。 四隅の学生くん。 ビジネスマン。 ホストっぽいの。 OLはそれぞれ全員寝たふりか、ゲームに夢中。

僕がいる席からは少し離れてましたが、「おかあさん、こっち来なよ」と手招きして席譲る間も連中は寝たふりか、ゲーム。

(関東の地理に詳しくない僕は、予想以上に茅ケ崎まで遠くて、立ちながら、ちょっと失敗したかなと思わないでもなかったけど 笑)

しばらく経って、おばあちゃんの隣に座っている人が下車した際、おばあちゃん、今、空いた隣の席のシートをポンっ、ポンっと叩き「空いたわよ」と口パクで教えてくれました。

隣に座った瞬間、僕の耳元で「今日ね、主人にね、いいことあったわって帰ったら話すの」と。「なにがあったの?」と聞く僕にキョトンとした顔で「席、代わってくれたじゃなーい!」と嬉しそう。「 ヤメときなよ、そんなことでお父さん喜ばないよ」という僕に「もう10年この線に乗ってるけど、席を譲ってもらうことなんて滅多にないわ」と説明してくれました。

お年寄りが、電車内で席を譲ってもらったことが家族に話すトピックになる国

そこだけは日本は後進国、だと僕は思っています。

「あ。 以前、アメリカ人さんに譲ってもらったことがあるわ。 なんかね、その人はオーストラリアに住んでる白人のオジさんだった」

おかあさん。 多分その人、オーストラリア人だと思うぞ(笑)。 (でもどっちにしても日本人じゃないんだ…)

これらの話を日本の方にすると必ずされる返答があります。

「イヤ、実は日本人もみんな席を譲ってあげたいんだ。 だけど、シャイだから行動に出れないだけなんだよね」

そういった類いの返答をされます。

なるほど。 確かにそうかもしれない。いや、おそらくは僕もそう思います。 アメリカ人より、オーストラリア人より、日本人の方が絶対、優しいということを僕は知っているから。 その意見に100%同意です。

ただ、シャイだから行動に出ないのであれば一生シャイで家に閉じこもってたら? とも思ってしまいます。

人と人の距離感の違い―。 あまりに他人のスペースを尊重する文化は尊重しすぎて、助けの手すら差し伸べないなら。

距離感間違えてるよ

2~3年前、ニューヨークのエンパイアーステートビル付近で射殺事件がありました。この街でソレ自体は珍しいことではないのですが、まだ息のある絶対安静の被害者おせっかいニューヨーカーたち救急車が来る前に運んじゃって殺してしまった事件がありました。 やっぱり日本の方が正しいかも? 距離感。

image by: Shutterstock.com

 

NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』 より一部抜粋

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

グアムからアメリカへの公開状

2017-08-15 | 平和

「公開状」という言葉を初めて知りました。
「公開質問状」ならしょっちゅう使っていますが…

デジタル大辞泉によると、
「 世間一般の意見や批判などを求めるために、特定の個人や団体にあてた書状を新聞や雑誌などに公開掲載するもの。オープンレター」
だそうです。

「オープンレター」のことか!と納得。
そして、それ以上に、この公開状に書かれている内容に納得しました。

http://attackansai.seesaa.net/article/452695488.html

「グアム」を「沖縄」に置き換えても納得。
さらに「アメリカ」を「日本」に置き換えても納得できるのが悲しい。

転載させていただきます。

 

グアムからアメリカへの公開状

2017年08月14日
グアムからアメリカへの公開状
ビクトリア・ロラ・M・レオン・ゲレロ
(「ボストン・レビュー」)
2017年8月10日

[ビクトリアさんは09年10月に大阪で「戦争あかん!基地いらん!関西のつどい」に参加し、感動的なスピーチを行ったので、覚えている方も多いと思います。現在はグアム大学新聞の編集長、グアム大学、サザンハイスクールなどでジェンダー・スタディーズや「創造的な書き方」などを教え、グアムの軍事化やチャモロの独立をテーマにした執筆や映画の制作で活躍しているそうです。原文はこちらから]

guam1.jpg

親愛なるアメリカのみなさん

あなた方がやっと、グアムで何が起こっているかを気に留めてくれるようになってうれしいです。インターネットで見ていると、あなた方の多くは初めて「グアムって何?」って思ったようです。グアムで育った私たちは、毎日あなた方のあらゆることを聞かされてきました。残念なことに、あなた方が「グアム」という言葉を口に出すのは、私たちが爆弾の標的にされる時だけです。あなた方に知ってほしい、もっと興味深いことがいっぱいあるのに。

私たちはこの間の爆撃の脅迫にそれほど驚いていません。グアムと爆撃が同じセンテンスの中で語られるのを聞くのは慣れています。毎月のように、ミサイル発射実験が行われるたびに、あるいは激しい非難の応酬があるたびに、北朝鮮や中国やロシアがグアムを爆撃するかも知れないと聞かされています。私は中国の悪名高い「グアムキラー」(中距離弾道ミサイルDF-26)の写真を私のコンピューターに保存しています – 私たちの独立運動グループが「インディペンデンス101」(村で行っている学習運動)でのプレゼンテーションで、「なぜ私たちが今すぐ自由を勝ち取る必要があるのかを説明するための1つの事例としてです。

そうです。グアムにはあなた方からの独立を望んでいる人たちがいます。一方で、爆撃の脅しを聞いて、誇大な宣伝に委縮してしまう人たちもいます。この人たちは私たちがあなた方の強力な軍事基地を必要としていると信じ、もっと米軍を強化するよう乞いはじめています。そうすればわれわれが爆撃されないだろうという理由からです。おわかりですか? でも、あなた方こそ、爆撃をめぐるすべての問題の原因です。

これまでグアムに落とされた爆弾の中で最悪のものは第二次世界大戦の最後の段階で、あなたがたが投下したものです。開戦当初は、あなたがたは日本がグアムを侵略することを十分に知っていながら、私たちを無防備のままにしました。あなた方は攻撃が始まる数カ月前に、白人の軍人の家族たちを安全な船で米本土へ返しましたが、私たちを守るためには何もしませんでした。そうです。前回、あなた方がその国による攻撃から私たちを守ってくれると約束していたその国が侵略した時、あなた方は2日間で降伏し、2万人の人々を見捨て、その多くは最も残虐な戦争犯罪の犠牲になりました。しかし私たちは力強く、醜悪な戦争を生き延びただけでなく、その後に続く損失・喪失にも耐え抜きました。

あなたがたは1944年にグアムに戻ってきたとき、爆弾で私たちの島を荒れ野にし、多くの家族が帰る家をなくしました。あなた方が巨大な基地を建設できるように、私たちは追い散らされ、追放されました。有り難いことに、グアムの人たちはあなた方の軍隊に勤務し、あなた方の自由のために死にました。人口当たりの戦死者の数ではあなた方を上回っています。

これまでグアムに落とされた爆弾の中で最悪のものはあなた方によるものです。

現在、あなた方は私たちの島の3分の1を占領しています。私たちの隣人たちに向けられた爆撃機や原子力潜水艦を駐留させています。あなた方は終わりのない戦争ゲームに興じ、私たちの空、水、土、体に噴煙と廃棄物をまき散らしています。あなた方が私たちの近隣の諸島で爆弾の実験を行う時、私たちは死の灰の中で息をしています – これらの島から風に乗ってここまで来るのです。私たちはあなた方が爆弾で汚染した海から獲れた魚を食べているのです。あなた方の音波探知機の実験のせいで進路を迷い、浜に打ち上げられ、朽ちてゆくクジラを悲しんでください。私たちは犠牲にされています - 一度も同意したことがないのに、それどころか多くの人々にとっては意に反してです。神聖な先祖伝来の村に入ることもできず、1000エーカーもの石灰岩を覆う豊かな森とそこに住む生き物たちが、海兵隊の射撃場のために破壊されようとしています。

あなた方はとんでもない時間に、私たちの家の上で爆撃機を飛行させています。どういうことですか、アメリカの人たち。私は今、ここで子どもを育てています。小さな子どもたちです。自分たちの上をあなた方の旗が飛んでいるのに気付いていて、それを嫌っています。あなたがたの爆撃機の轟音が聞こえると、遊んでいた公園の滑り台の下に隠れます。友だちにも、B—1やB—2の轟音が聞こえたら隠れるように言っています。道路には「児童公園 - 徐行」という標識があります。あなたがたも徐行して、子どもたちを遊べるようにしてくれませんか?

私は子どもたちがここで育ったほしいと思っています。ここはこの子たちの、そして私の、私のママの、ママのママの、そしてそのママの生まれ育ったところです。私がこの子たちにいてほしいと思う場所はほかにありません。私は多くのアメリカ人たちが自分の生まれた土地から逃げて来なければならなかったことを理解しています。アメリカがあなた方にとってより良い生活を与えた、あるいは少なくともそれを約束したでしょう。あなた方の多くは生まれた土地に帰りたけれども帰れません。そして悲しいことに、あなた方の多くは、この「明白なる天明」のために土地と生命を奪われたアメリカ先住民のことについて、あまり考えていません。

しかし、あなた方のせいで誰もが爆撃の対象としてきたこの島、この美しい島は私の島です。あなた方の島ではありません。そして私はここから逃げ出したいとは思いません。私は一度、この島を出たことがあります。大学での教育のためです。しかし、その間ずっと、この島のことを考えて心が痛みました。私は学位を取得した後すぐにここに帰り、学んだことをここで活用しようとしました。生まれ育った土地での生活は、私にとってはよりよい生活です。私はこの土地によって育まれました。私の家族はここで自分たちの食べ物を育てています。私は賢い赤ん坊たちを育てています。裏庭はジャングルです。これが私の先祖たちが私や子どもたちに望んだ生活です。私は私の家族が平和に暮らせると信じて、安心して眠れることを望んでいます。だから、どうか爆撃について語るのはやめて、なぜグアムが2017年の今もあなたがたの植民地であるかを自問して下さい。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

国際民主法律家協会(IADL)、共謀罪廃止を訴える

2017-06-18 | 平和

友人からのメールを貼付します。

 

6月16日、NGOの国際民主法律家協会(IADL、発言者ミコル・サビア)
は、ジュネーヴで開催中の国連人権理事会35会期において、日本の共謀罪につ
いて発言しました。

*****************************

  国際民主法律家協会(IADL)は、人権理事会に対して、2017年6月15日に日本
の国会で採択された、いわゆる「共謀罪法案」が人権保障にとって否定的影響を
持つことについて注目するよう呼びかける。

 法案は広汎な抗議がある中で、通常は本会義の投票の前になされる委員会での
承認を省略するという異例な方法で成立した。これは、争いのあるテーマについ
ての議会での十分な討論の促進という点からも問題である。

  政府は、この法案を採択することは、国内法を国連国際組織犯罪条約に適用す
る上で、そして2020年の東京オリンピックを迎えるにあたってのテロの危険に対
応するために、必要だと言った。法案の中では、テロリストグループや他の組織
犯罪グループは、放火や著作権違反までの277の犯罪に関する計画と準備行為
に関し罰せられることになっている。

  法律専門家は、このような法律を追加して創設することの適切性と必要性につ
いて疑問を投げかけている。さらに、プライバシー権に関する国連特別報告者、
ジョセフ・カナタッチ氏が2017年5月18日に日本政府宛にあてた書簡では、法案
はプライバシー権と表現の自由に対する不当な制限になる可能性がある、と指摘
されている。「組織犯罪集団」の定義のあいまいさは、安全保障のセンシティブ
な領域におけるNGOの活動に対する監視を合法化する機会を与えることになる。

  日本政府は、特別報告者の正当な懸念に正面から答えずに、「明らかに不適切」
と言って受け付けなかった。安倍晋三首相は、カナタッチ氏の評価を「極端にバ
ランスを欠いている」と言って公然と非難し、特別報告者の言動を「客観的な専
門家のものではない」とした。このような攻撃的な言動は、日本政府の国連特別
報告者制度に対する重大な侮辱である。特に日本は、他のすべての国連加盟国の
人権尊重を推進すべき人権理事会の理事国の一つなのであるから、許されるべき
ものではない。

  IADLは、テロリズムに対抗する上では国際人権法の義務を遵守することが
何よりも優先しなくてはならないと強調するともに、日本の国会に対してはいわ
ゆる共謀罪法案を廃止するとともに、人権理事会に対しては、日本政府に対して、
仮に特別報告者に好まない評価をされた場合や実際にされた場合でも、特別報告
者の権限と権威を尊重するように呼びかけることを要望する。

2017年6月15日 国際民主法律家協会(IADL BUREAU)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

共謀罪が成立した日

2017-06-15 | 雑感

ついに今朝、共謀罪が成立してしまいました。

「テロ等準備罪」と名前を変えて内容をカムフラージュし、衆議院でも参議院でも強行採決。しかも、参院法務委員会での採決を省略する「中間報告」という異例の手続きを導入しての、まさに強引なやり方。

国連の特別報告者、ジョセフ・ケナタッチ氏は共謀罪が「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と警告していたし、

世界100以上の国・地域から2万6000人を超す作家らが参加する国際組織「国際ペン」は、共謀罪法案に反対し、〈日本国民の基本的な自由を深く侵害することとなる立法に反対するよう、国会に対し強く求める〉とする声明を発表するなど、

国際的な批判を多く受けていたにも拘わらず、議会は廃案に出来なかった。

野党の弱さ、だらしなさを追及する声もたくさん聞こえてくるけれど、それは同時に、私たち国民の弱さ、だらしなさに他ならない。

夕方のニュースを見ていたら、「決め方はよくなかったと思うけど、やはり必要な法律だとは思う」とか「テロは怖いし、オリンピックもあるし、決まって良かった」などのコメントもけっこう有り、びっくり!

私たち日本人はあの頃と何も変わっていない。何も学んでいない。全く進歩していない。

85年前、国際連盟のリットン調査団の報告を否定し、忠告には耳を貸さず、ただ自己主張するばかりの政府を良しとしていた頃と。

あの頃と違って、こんなに情報は得やすくなったのに。

なぜだろう?なぜ、私たちの人権が侵されそうな法案の強行採決を許してしまって平気なんだろう?

不思議でならない。脱力感と不安感でいっぱい。

 

そんなとき、こんなメールをいただきました。

発信者は「あすわか」。
「あすわか」とは「明日の自由を守る若手弁護士の会」のことです。
http://www.asuno-jiyuu.com/

 

 共謀罪(テロ等準備罪)が作られた今、「これからどうすればいいの」
 と震えるすべての方へ。

 どうか、けっして、萎縮しないで下さい。
 その震え、その不安こそが権力の狙いなのですから。
 私たちには自由にものを考え、表現する自由があります。
 心の中を誰にも覗かれない自由があります。
 憲法に違反する共謀罪のせいで、皆さんが自発的に自由を手放したら、
 永遠にこの国の民主主義は帰ってきません。
 一人ひとりが考え、表現し続けることは、「共謀罪」を運用させずに
 死文化させる大きな圧力になります。

 それから、万が一、おかしな政治に声を上げる市民が共謀罪で捜索
 されたり逮捕されたりしても、けっして「犯罪者」扱いしないでください。
 テロ等準備罪というまがまがしい名称で、「もの言う市民」を反社会的な
 存在かのようにレッテル貼りする手口に乗せられたら、排除を恐れて
 みんな考えることを止めてしまいます。
 自由に政治を批判してなにが悪い、という風を吹かせ続けましょう。


 国民の心を侵すことになんのためらいもなく、同法案に賛成した
   政府・与党、すべての国会議員を、私たちは忘れません。
 全身の血が沸くほどの怒りをもって、あなたたちを許しません。

 いくらでも濫用できる条文で「物言う市民」を恫喝する現政権に、
 民主主義国家の舵を取る資格はありません。


 落胆、やりきれない思い、徒労感。すべての重い気持ちで押しつぶされ
 そうになっているすべての人へ。
 それでも希望はあるのです。あなたがその怒りを前向きなエネルギーに
 変えてくれる限り!
 私たちはいまある自由と、自由でいられる社会を手放したくありません。
 子どもたちの尊厳と自由も、穏やかな民主主義の社会も、手放すつもりは
 ありません。
 自由を行使し続けることでしか、自由は守り抜けない――憲法が問いか
 ける「不断の努力」の覚悟を、「彼ら」に見せつけましょう。

 私たちあすわか570名は法律家として、主権者として、「不断の努力」で
 共謀罪を廃止させることを誓います。

 

そして、田中優さんのメルマガにも同様のメッセージがありました。

 

共謀罪成立
 
今日は共謀罪の成立した日だ。戦後の焼け野原から新しい社会を求めてきた時
代の終わる日だ。もちろんこれは悲劇だが、一方で再建の日の始まりでもある。
本当に自由と民主主義を求める勢力が、新たな時代を作り始める日でもある。
 

昨日までの、ただ数とカネと権力に寄り掛かった考えることをしない人たちの
時代から、誰もがきちんと自分の考えを持つための始まりの日でもある。法は廃
止できる。それを目指すことも大切だが、死文化させることも重要だ。すなわち
適用できない状況を作ってしまうことだ。立法機関(国会)は法を作ろうとする
が、実際には使うことのできなかった法文もたくさんある。本来廃止すべき法が
放置されたままになっている事例もたくさんあるのだ。つまり立法は万能ではな
いのだ。
 

憲法は生き続けている。憲法は、憲法に反する法の制定を禁止している。
だから共謀法が違憲となれば、法の側が効力を失う。それが違憲立法審査権の趣
旨だ。ただしそれは個別の事件によって審査されるので、まず法によって罰せら
れる事件が先になければならない。しかしそれが明瞭に違憲であるとすれば、
行政側もその法を使うことに消極的になる。つまり死文化するのだ。

 
共謀法の成立によってそれを「忖度」し、自己規制することが最も危険な変化
となる。抵抗は特別なことをすることではない。今まで通りに暮らすことだ。
大切なのは自己規制せずに今まで通りに在ることだ。そうすることが最大の共謀
法適用に対する規制になる。特別な事情がなければ「違憲立法」となる可能性が
高まる以上、法を使うことができないからだ。

 
抵抗は特別なことではない。法が存在しなかったときと同じように暮らすこと
だ。そして、もしそれが共謀罪の適用対象になったならば、違憲立法だと主張し
よう。なんだか大きな段差を乗り越えてしまったように感じるかもしれないが、
実は事態はあまり変わっていない。それが浸透するならば、次に法を廃止させよ
う。

危険なのは委縮すること、自己規制することだ。メディアがダメになったと聞
くことも多いが、実はテレビ視聴率、新聞購買数ともに減り続けている。今や最
大のメディアがSNSやブログなど、インターネットに移行しつつあるのだ。
そう、自らがメディアになればいい。
 

違う状況になってはいても、私たちには別な次元の自由がある。
そこに次の時代の萌芽がある。
 

2017.6.15 記  

 

そうですよね。 

今のままで、今までのままでいましょう。

共謀罪に忖度することなく、

憲法で保障された人権を行使していきましょう。

憲法こそが最高法規なのですから

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加