貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

月  夏と秋の差

2021-07-26 14:31:59 | 日記

月  夏と秋の差

令和3年7月26日(月)

夏の月 

  ごゆより出て 

     赤坂や

    夏の日は、御油宿を出て、

次の赤坂宿に入ったのか。

実にあっけない短夜の月だ、

の意。

 延宝四年(1676)の作。

帰郷する途次の作。

 「ごゆ」は、東海道の御油宿。

「赤坂」は次の赤坂宿。

 その間は十六町(約1.7キロ)ほどと

五十三次中最短。

  ◎ 夏のこの作品には、別句がある。

別句は、芭蕉の名前を記し、

この句は、桃青という芭蕉初期の名前を

使っている。

  夏の月 

  御油より出て 

      赤坂か

  この句だと意味がはっきりしているが、

赤坂かとはっきり言ってしまうと、

まるで地図のようで面白くない。

 そこで、成案の「ごゆ」と

いう曖昧な表現が面白いと

読めてくる。

 短い夏の夜は、御油と赤坂が近いので、

いつの間にか夜が明けて

月もうっすらとして消えてしまう。

 秋の月のようにはっきりとして、

趣向が面白い月との差である。


もろき人・・・哀切!

2021-07-25 10:53:15 | 日記

もろき人・・・哀切!

令和3年7月25日(日)

もろき人に 

  たとへむ花も 

      夏野哉

  儚い人の命にたとえる花もなく、

夏野には、草が茂るばかりだ、

の意。

 貞享五年(1688)の作。

 幼く世を去った落梧の子への追悼吟。

 花なき野の茂りは、その心象に他ならず、

 底本には

「似たかほの

   あらば出て見ん

      一おどり 

         落梧」 が続く。

 ◎ 弟子の落梧を訪ねた時、

自分の子が病死した彼は深い哀しみに

浸っていた。

 そこで、芭蕉は、何とか弟子を

慰めてあげようと、

どこかに花が咲いていないかと、

辺りを見回した。

 しかし、夏草は花一つ咲かせず、

唯くらく単調に生い茂っているだけ

だった。

 哀れにも儚い子どもの命を失った

友人を慰めることもできず、

芭蕉は悲しむばかりであった。

 ところで、この句、

「花も夏」と「花もない」が

掛け合っている。

 明るい夏草もかえって、

人間の無情な有様を色濃くするだけだ。

あゝ悲しい!

 明るい夏だから、

なおさら花のいない夏草は暗く見える。

 愛しい我が子を亡くした親の哀しみは、

癒やすことは、ほんと難しい!

 実兄が一人娘を4歳で亡くしたのを、

半世紀過ぎた今も癒えることはないのを

知っているから・・・。


蛇狩りの先頭に!

2021-07-24 11:13:14 | 日記

蛇狩りの先頭に!

令和3年7月24日(土)

 何とかお天気に恵まれ、20時から

東京オリンピックの開会式が行われた。

 史上初めての延期と世界中コロナ禍の

しかも第五波に入る患者の増加の中、

やっと平和の祭典にこぎつけた。

 平和の祭典に、過去の戦禍や政治の

思惑に左右され、近視眼的、単眼的な

行動に出ているアスリートもちらほら!

 再度オリンピックの趣旨と自分たちの

果たす課題と義務とミッションを

しっかり捉え直すことを期待し、

再教育の必要をもろに感じる。

 開会式は途中で寝ちゃったが・・・。

 さて、昨日と同じ幻住庵への道の夏草の

茂りと・・・・。

  夏艸や 

   我先達(さきだて)て 

       蛇からむ

  生い茂る夏草には蛇も多い。

 私が先頭になって蛇狩りをしよう、

の意。

 元禄三年(1690)の作。

  前句とともに記された句で、

書簡には、訪問を乞う文言もあり

、蛇を狩りつつ幻住庵まで案内

しようの意が込められたものと

読める。

 ◎ 夏草に自分が立ち入って

蛇を刈り取ろう。

 それから、茂りに茂った夏草を

踏んづけてやろうと息巻いている。

 よほど腹に据えかねた出来事が

あったと推測されるが、

 それでも俳句のできの善し悪しを

気にしているところが、

如何にも俳諧師らしい気の持ちよう

である。

 

  夏艸や 我先達(さきだて)て 蛇からむ
  生い茂る夏草には蛇も多い。私が先頭になって蛇狩りをしよう、の意。
 元禄三年(1690)の作。
  前句とともに記された句で、書簡には、訪問を乞う文言もあり、蛇を狩りつつ幻住庵まで案内しようの意が込められたものと読める。
 ◎ 夏草に自分が立ち入って蛇を刈り取ろう。それから、茂りに茂った夏草を踏んづけてやろうと息巻いている。よほど腹に据えかねた出来事があったと推測されるが、それでも俳句のできの善し悪しを気にしているところが、、如何にも俳諧師らしい気の持ちようである。


夏草と蛇・・隠れ句!

2021-07-23 11:51:06 | 日記

夏草と蛇・・隠れ句!

令和3年7月23日(金)

夏艸に 

  富貴を餝れ 

     蛇の衣

 茂みに見える蛇の抜け殻で、

夏草を豪華に飾るがよい、

の意。

 元禄三年(1690)の作。

 4月16日付けの書簡に見える句で、

不満ゆえ他に漏らさないよう釘を

刺している。

 幻住庵に入った直後、草庵で

蛇の抜け殻を見ての吟らしく、

殺風景ゆえこれを飾りに見立てよう

という意とも、夏草や蛇に対する

憎らしさを皮肉調で言ったものとも

解されるけど、

確かに一句としての完成度に問題がある。

 ◎ 蛇の脱ぎ捨てた皮がびっしりと

地面を覆った夏草の上にのっている。

 たぶん、木の枝から落ちたものであろう。

夏草もこのようにびっしりと生えて

他の植物を寄せ付けないないという

傲慢で嫌味である。

 それも美しくもない蛇の抜け殻を

のせるとなると、装飾過剰で、

ちっとも美しくない。

 この句は、元禄三年に友人酒堂への

手紙にあった隠し句である。

 よほどムシャクシャしていたと

思える芭蕉の即興句である。

 芭蕉は俳句としての出来栄えを

気にしている。

 夏草とへびとも呪いながらも俳句の

出来栄えが気になるのだ。

 同じ手紙にもう一句入れて、

優劣など隠し句であるのだから

どうでもいいようだが、そうはいかず、

もう一句とも同封して優劣を競わせ

ている。

 近郷近在、夏草が覆い被さっていく

そのすさまじさは、息をのむ。

 傲然とした感じも否めない。

 


暑さ倍増 殺生石!

2021-07-22 11:42:57 | 日記

暑さ倍増 殺生石!

令和3年7月22日(木)

石の番や 

  夏草赤く 

    露あつし 

                
   前書き「殺生石]。

    石から漂う異様な臭気に、

見れば夏草は赤く焼け、

露までが熱い、

の意。

 元禄二年(1689)の作。

 「石の番」・・・殺生石一帯に発する

      有毒ガスの匂い。

 那須温泉に近い殺生石一帯の

荒涼とした景色を捉えたもので、

4月19日の吟。

 紀行では、採用されず、本文に

「蜂、蝶のたぐひ、真砂の色の見え

ぬほどかさなり死す」

と石の毒気のことが記される。

 ◎ 栃木県の温泉明神の裏手の山腹に

殺生石というのがあり、絶えず有毒ガス

を噴き出し、夏草は赤く焼けて、

この辺りの露は熱いという。

 浅間山近くに、石(せき)尊(そん)山(さん)

 という山があり、泉が噴き出すと直ぐに

真っ赤になる。

 学者の説明では赤くなる泉は

鉄分が多いからだという

 石尊山では、血の滝、血の川と呼んで

いるが、確かに夏になると、異臭を

発している。

 それと同じような赤いガスを出すところ

があるのだろう。

 自然には、そういった不思議な泉や

ガスの噴出がある。

 夏に見たなおさら暑い景色を詠んでいる

芭蕉は、自然の神秘な営みを畏れ敬う

境地であったろうか。