また昨日の続きです。
敷きっ放しの布団で横になり、不安な気持ちで天井を見ていたら、体全体がだるくなってきた。(中略)
翌日になると、倦怠感はさらに増していた。(中略)咳をすると痰が絡んだ。(中略)
「ねえパパ。昼食、ここに置くね」(中略)
五分で食べ終え、器を廊下に出し、また布団に潜ったところでふと気づいた。あれ、味したっけ━━。(中略)
翌朝、体温が37度5分に達した。(中略)肺炎だって覚悟しなければならない。(中略)
体を揺すられた。誰かの声がする。(中略)
「パパ、お外で遊ぶ」息子の声だった。
はっとして目覚める。(中略)
「だめだって、入ってきちゃ!」
思わず大きな声を上げ、慌てててで口を覆った。大変だ。飛沫が息子の顔にかかった。
「ママは?」
「いない」
「いない?」(中略)
そこへ妻が帰ってきた。(中略)
「海彦がおれの部屋に入ってきた。おれに触ったし、飛沫も浴びた。だから濃厚接触者になった」(中略)
「海彦はコロナを感知する超能力があるんでしょ? あなたに近づいたということは、あなたの体内でもうコロナが消えたってことでしょう」
「……!」
康彦は絶句した。(中略)
一ヵ月後、康彦は新型コロナウイルスの抗体検査を受けた。(中略)
検査結果は陽性だった。
「あなた、言っても信じないかもしれないけど」と口を開いた。
「おなかの子がね、知らせてくれたの。パパは大丈夫だって」(中略)
我が家には二人の小さな救世主がいる。そのうちの一人は、もうすぐ地上に姿を現す。人類の鎖が、またひとつつながる。そう思ったら、胸の中が、しあわせな気持ちでいっぱいになった。
「パンダに乗って」
小さな広告会社を興して二十年、曲がりなりにも社長として頑張って来た自分へのご褒美として、今年で五十五歳の小林直樹は二台目の車を買うことにした。(中略)買うのは初代フィアット・パンダである。
ネットで中古車を探すと、さすがに初代パンダ、それも初期モデルはタマは少なく、直樹が住む東京近郊では一台もヒットしなかった。(中略)
それでもめげずに探していると、新潟の中古車店のホームページで一台ヒットした。(中略)メールで問い合わせると、百万円でどうかという回答があった。(中略)
直樹は気持ちが膨らんだ。新潟まで三十六年落ちの中古車を買いに行く。この酔狂が、長年頑張って来た中年の愉しみなのだ。(中略)
朝早い新幹線に乗ったので、新潟駅には午前中に到着した。目的の中古車店は市内にあり、タクシーで三十分ほどの街道沿いにあった。(中略)
パンダのインテリアにはそぐわないカーナビが付いていた。(中略)
「あ、そうだ。昼飯がまだなんですが、ここらでおいしいラーメン屋さんとか、あったら教えてもらえませんか」
直樹が聞くと、山田社長はしばし考え込み、「評判の蕎麦屋ならあるどもね」と言った。
「ああ、それでもいいです。ぼく、蕎麦も好きだから」(中略)
「パンダのナビに入れておくすけ、それに従って行ってくんなせや」(中略)
見送られ、山田モーターズを後にした。(中略)
ここだな。店の駐車場に車を停め、看板を見上げる。そこにあった文字は「カレーとパスタの店」だった。(中略)
レジで会計を済ませ、店の外に出ると、なぜか店主もついて来た。直樹のパンダを眺めて、「これ、お客さんの車ですか?」と聞く。
「やいやー、パンダとは懐かしいぇね。やっぱこの車は赤でねえとな」(中略)
挨拶を交わし、パンダに乗り込む。今度はナビに東京の自宅住所をインプットした。(中略)
来た道を戻るのだろうと思っていたら、ナビは反対方向おを指示した。(中略)海沿いの道を走ると、サーキットの看板があった。(中略)横目で見ながら通り過ぎようとしたら、ナビが《目的地に到着です》と告げた。(中略)
「すいません。すぐに出て行きます」
「いや、それはいいども……。そのパンダ、オメさんのら?」(中略)
「ええ。わたしの車ですが」(中略)
「そうですかね。いや、あんまり懐かしかったけね……。(中略)」
管理人がうれしそうに目を細める。そして「よかったら、ちっと走って行くかね?」と、耳を疑うようなことを言った。(中略)」
「誰もいねから好きに飛ばしていいわね。全長二キロ。アップダウンも少なくて、そう難しいコースでねえし」(中略)」
「じゃあ一周だけ走らせてもらいます」
「どうぞ、どうぞ」(中略)」
たちまち一周を走り終え、パドックに戻った。気分は実に爽快である。
「いやあ、楽しかったです。ありがとうございました」
{どういたしまして。いえね、同じ赤いパンダに乗った知り合いがいたもんで、それを思い出したんさー。そいつは日曜の走行会によく参加して、パンダを走らせてたんだわ。まったく同じ車だから、なんか昔に帰ったみてえでね}(中略)」
(また明日へ続きます……)
敷きっ放しの布団で横になり、不安な気持ちで天井を見ていたら、体全体がだるくなってきた。(中略)
翌日になると、倦怠感はさらに増していた。(中略)咳をすると痰が絡んだ。(中略)
「ねえパパ。昼食、ここに置くね」(中略)
五分で食べ終え、器を廊下に出し、また布団に潜ったところでふと気づいた。あれ、味したっけ━━。(中略)
翌朝、体温が37度5分に達した。(中略)肺炎だって覚悟しなければならない。(中略)
体を揺すられた。誰かの声がする。(中略)
「パパ、お外で遊ぶ」息子の声だった。
はっとして目覚める。(中略)
「だめだって、入ってきちゃ!」
思わず大きな声を上げ、慌てててで口を覆った。大変だ。飛沫が息子の顔にかかった。
「ママは?」
「いない」
「いない?」(中略)
そこへ妻が帰ってきた。(中略)
「海彦がおれの部屋に入ってきた。おれに触ったし、飛沫も浴びた。だから濃厚接触者になった」(中略)
「海彦はコロナを感知する超能力があるんでしょ? あなたに近づいたということは、あなたの体内でもうコロナが消えたってことでしょう」
「……!」
康彦は絶句した。(中略)
一ヵ月後、康彦は新型コロナウイルスの抗体検査を受けた。(中略)
検査結果は陽性だった。
「あなた、言っても信じないかもしれないけど」と口を開いた。
「おなかの子がね、知らせてくれたの。パパは大丈夫だって」(中略)
我が家には二人の小さな救世主がいる。そのうちの一人は、もうすぐ地上に姿を現す。人類の鎖が、またひとつつながる。そう思ったら、胸の中が、しあわせな気持ちでいっぱいになった。
「パンダに乗って」
小さな広告会社を興して二十年、曲がりなりにも社長として頑張って来た自分へのご褒美として、今年で五十五歳の小林直樹は二台目の車を買うことにした。(中略)買うのは初代フィアット・パンダである。
ネットで中古車を探すと、さすがに初代パンダ、それも初期モデルはタマは少なく、直樹が住む東京近郊では一台もヒットしなかった。(中略)
それでもめげずに探していると、新潟の中古車店のホームページで一台ヒットした。(中略)メールで問い合わせると、百万円でどうかという回答があった。(中略)
直樹は気持ちが膨らんだ。新潟まで三十六年落ちの中古車を買いに行く。この酔狂が、長年頑張って来た中年の愉しみなのだ。(中略)
朝早い新幹線に乗ったので、新潟駅には午前中に到着した。目的の中古車店は市内にあり、タクシーで三十分ほどの街道沿いにあった。(中略)
パンダのインテリアにはそぐわないカーナビが付いていた。(中略)
「あ、そうだ。昼飯がまだなんですが、ここらでおいしいラーメン屋さんとか、あったら教えてもらえませんか」
直樹が聞くと、山田社長はしばし考え込み、「評判の蕎麦屋ならあるどもね」と言った。
「ああ、それでもいいです。ぼく、蕎麦も好きだから」(中略)
「パンダのナビに入れておくすけ、それに従って行ってくんなせや」(中略)
見送られ、山田モーターズを後にした。(中略)
ここだな。店の駐車場に車を停め、看板を見上げる。そこにあった文字は「カレーとパスタの店」だった。(中略)
レジで会計を済ませ、店の外に出ると、なぜか店主もついて来た。直樹のパンダを眺めて、「これ、お客さんの車ですか?」と聞く。
「やいやー、パンダとは懐かしいぇね。やっぱこの車は赤でねえとな」(中略)
挨拶を交わし、パンダに乗り込む。今度はナビに東京の自宅住所をインプットした。(中略)
来た道を戻るのだろうと思っていたら、ナビは反対方向おを指示した。(中略)海沿いの道を走ると、サーキットの看板があった。(中略)横目で見ながら通り過ぎようとしたら、ナビが《目的地に到着です》と告げた。(中略)
「すいません。すぐに出て行きます」
「いや、それはいいども……。そのパンダ、オメさんのら?」(中略)
「ええ。わたしの車ですが」(中略)
「そうですかね。いや、あんまり懐かしかったけね……。(中略)」
管理人がうれしそうに目を細める。そして「よかったら、ちっと走って行くかね?」と、耳を疑うようなことを言った。(中略)」
「誰もいねから好きに飛ばしていいわね。全長二キロ。アップダウンも少なくて、そう難しいコースでねえし」(中略)」
「じゃあ一周だけ走らせてもらいます」
「どうぞ、どうぞ」(中略)」
たちまち一周を走り終え、パドックに戻った。気分は実に爽快である。
「いやあ、楽しかったです。ありがとうございました」
{どういたしまして。いえね、同じ赤いパンダに乗った知り合いがいたもんで、それを思い出したんさー。そいつは日曜の走行会によく参加して、パンダを走らせてたんだわ。まったく同じ車だから、なんか昔に帰ったみてえでね}(中略)」
(また明日へ続きます……)
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