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三崎亜記『「欠陥」住宅』

2015-11-19 09:50:00 | ノンジャンル
 『小説宝石』’07年1月号に初出、‘07年6月に刊行されたアンソロジー『短篇ベストコレクション 現代の小説2007』に収録された、三崎亜記さんの短篇『「欠陥」住宅』を読みました。
 大学以来の友人の高橋の携帯電話が不通になり、二週間が過ぎた。真意が見えぬまま、携帯で連絡を取ることをあきらめ、彼の家へと電話をかけてみる。「はい、高橋でございます」勢い込んで喋りだそうとした私は、その「女性」の物静かな声に虚を衝かれた思いで絶句した。高橋の奥さんだ。「申し訳ありません。主人はおりますが、電話に出ることはできません」「それでは、そちらに伺えば、高橋に会うことができますか?」「主人の姿を見ることはできるかもしれませんが、会うことはおそらくできないと思います。それでもよろしければどうぞお越しくださいませ」
 土曜日、車で高橋の家に向かいながら、彼の奥さん、加奈子さんについての記憶をたどる。似たような家が整然と並ぶ住宅街に入り、見慣れた高橋の車を見つけ、あわててブレーキを踏む。二階の窓に、一瞬よぎる姿を見た気がした。高橋のようだったが、しばらく立ち止まって見ていても、その窓に再び姿を現すことはなかった。私はあきらめて、玄関のチャイムを押す。「主人は、家にいるという言葉も、いないという言葉も当てはまらない、特殊な状態におります。主人が姿を消しましたのは、この家に異変が起こってからのことです。まずは、こちらからご覧くださいませ」彼女が指し示したのは、玄関を上がってすぐの、二階へと続く階段だった。「今日は15段なんです。昨日は10段、一昨日は13段と、段数が毎日変わってしまうのです」階段を上った左手に一つの扉があり、彼女は扉の奥へと進む。小さな学習机やベッドが置かれた子供部屋だった。「ご存じかどうかはわかりませんが、私たちの間には子供はおりません。それでも、将来の子供部屋にと、この部屋には何も置かず、空けておいたのですが、ちょうど他の異変と同じくするかのように、この部屋にこうして『子供部屋』が現れたのです。もちろん子供の姿を見ることはありません。ですが、最初に現れた時のこの部屋の子供は、そのおもちゃや衣類から、3歳くらいの男の子のようでした。それから、部屋を見るごとに、少しずつ服は大きな物になり、本棚に並ぶ絵本は、高学年向きの読み物へと変わっていきました。次に行きましょう」廊下に面して一つの窓があり、その前で彼女は立ち止まり、振り向いた。「この窓からの風景も、日々変わっていきます。三軒隣の館山さんのお宅が目の前に来たこともありましたし、杉山さんのお宅に一人だけまったく知らない方が混じっていたこともあります。一度など、違う方角の風景にすっかり入れ替わっていることがあり、驚かされました」「高橋は、さっき二階にいたようですが、どの部屋にいるんでしょうか?」「かつて、この家には、四つの部屋がございました。ですが、あの異変が起こって以来、一つの部屋が忽然と姿を消してしまったのです。主人は、失われた四つ目の部屋にいるのだと思います。今も」わからぬことばかりだったが、高橋がいない以上、話を進展させることもできなかった。私は、彼が戻ったら連絡をしてくれと告げて、玄関で暇乞いをした。周囲の家々は、小さな庭にこぎれいに観葉植物を配し、これ見よがしに「マイホームの幸せ」をアピールしていた。だがこの家だけは、雑草が伸びるに任せていた。しかもそれは、かつて手入れされていた庭が放置された結果、という印象であった。この庭の手入れをしていたのは彼女で、手入れをする気を失ったのは、彼女の言う「異変」が生じてからのことではないだろうか。彼女の静かな瞳を私は思い返す。そこには、静かであるが故の、底の知れぬ闇が……。そんなことを思いながら、ふと二階を見上げた私はあっけにとられた。高橋がそこにいた。「時々、主人はああして窓から何時間も下を見ていることがあります。どうやら、あの窓からは、まったく違う風景が見えているようなのです。そして私は、あの窓のある部屋に、どうしてもたどり着くことができないのです」私は彼に向けて手を振り、名前を呼んだ。だが無駄だった。しばらく様子を見守っていたが、結局彼は私たちに気付くことなく、部屋の中へと姿を消してしまった。私はなす術も無く、二階の窓を何度も振り返りながら家を離れる。私の家の車庫に車を入れ、玄関へと歩く。妻の育てた庭の草花が、わずかな風に揺らいでいた。二階の窓から、妻が顔をのぞかせていた。妻と私は、この家で共に暮らす日々、果たして同じ風景を見てきたのだろうか? 私は声をかけることもできず、二階の窓を見上げ続ける。妻よ……。君には、私が見えているか?

 一つのアイディアだけで短篇を書いてしまう三崎さんの筆遣いに脱帽する、そんな作品でした。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/

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