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三崎亜記『30センチの冒険』その6

2020-03-03 07:26:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
「お前がこの世界に来て四十日ってとこか。昨日、配給所でエナの姿をチラっと見かけたが、どう見ても三十半ばってところだったな。
 つまりエナさんは、およそ四日に一歳のペースで若返っているということになる。
「この調子で若返り続けりゃ、あと四か月ちょっとで、赤ん坊に戻ってしまうってことなのかな」
 クロダ博士は、他人事のように、そう呟いた。(中略)
「お前のいた世界にエナを連れて行くことができれば、エナの若返りは収まるかもしれんな」(中略)

(中略)
「何が来たんだろう?」
 エナさんは、人々の歓声から、見当がついたようだ。
「測量士のキャラバンね」
「測量士?」「彼らは砂漠を横断して、この街にやって来たの」(中略)

(中略)
「君は?」
「僕はマルトです。測量士見習いをやってるんです」(中略)
 彼によると、「測量士」の実体は、商隊であり、通信使でもあるようだ。(中略)

(中略)
「このまま街で暮らしていても、元の世界に戻る突破口は見いだせない。何とかして砂漠を渡って、分断線の向こうにある、貯刻地に向かわなきゃいけないんだ」(中略)
「もちろん、私も一緒に行くわ」
 エナさんは、迷いなく言った。(中略)
「母が継承者として選ばれて、離れ離れになる最後の晩に、私は母と約束したの」
「約束って?」
「大人になって、嵐の夜にさまよっている人がいたら、その人はきっと渡来人だから、優しくしてあげなさい。そして、その人とどこまでも一緒に行きなさいって」(中略)
「エナさん、もう一度、あの歌を唄ってくれませんか。本に聴かせてあげるみたいに」(中略)
「ユーリ、見て、本が!」
 本のページが開いた。(中略)記憶が揺さぶられる。何かを思い出しそうな気がする。(中略)

 公会堂には、千人以上の人々がつめかけていた。(中略)
「鼓笛隊の被害により、となり街は壊滅した!」一瞬で、不気味な沈黙が人々を襲った。(中略)
 施政官は言葉を切って、固唾を飲む人々を見渡した。
「次の襲来では間違いなく、この街を直撃するだろう。残念ながら、我々は鼓笛隊に対して、有効な対抗手段を持っていない」(中略)
「私は決断した。測量士と共に旅立つことを。皆が、鼓笛隊や大地の秩序の乱れに脅かされずに人生を謳歌できるようになる方法を、何とかして見つけ出すつもりだ」(中略)

(中略)
「あれは?」
「あの方は、測量長のナザル様でございます」(中略)
「次の鼓笛隊の襲来まで、あと、九十九日だ。誤差はプラスマイナス一日ってところだ」(中略)
「僕が元の世界に戻るためには、貯刻地に行かなければならないと、クロダ博士に教わりました。分断線を越えるという目的は、施政官と同じです。僕とエナさんを、砂漠への旅に同行させてもらえないでしょうか?」(中略)

「第四章 測量士との旅」
 (中略)
 測量士は総勢三十人、そして部外者である僕たち四人の、合計三十四人がキャラバンだ。(中略)
 
「分断線は、ある日突然、蜃気楼のように現れるだろう。その瞬間を逃さずに越えるしかない」(中略)

 結局、この街でのムキの継承者探索は、何の成果もあげられず、僕たちは測量士とともに街を旅立った。
 二つ目、三つ目の街でも、継承者マカの消息を知る者はいなかった。分断線も出現しないまま、砂漠の旅は気付けば一か月になっていた。鼓笛隊の襲来まであと六十五日。その頃には、エナさんは四歳ほどにまで若返ってしまっているはずだ。(中略)
「あれは、なぁに……?」(中略)
「あれは、象ですね」
マルトは一瞥しただけで、興味もなさそうに食事を続ける。
「それじゃあ、あれが、象の墓場に向かっている象かい?」(中略)

 砂漠の中に点在する大小の街を辿って、旅は続いた。エナさんの若返りはとどまることを知らず、今は十六、七歳ほどの風貌だった。
 六つ目の街でも、マカの捜索は無駄骨に終わった。(中略)

 街の中に入ると、何か様子がおかしい。(中略)そして何より、今までの街であれば、測量士を迎えて窓々から熱狂的に手を振る人々の姿が、一人も見当たらなかった。(中略)

 (中略)
 それは、砂漠の彼方に、突然出現した。
「砂漠が、途切れてる……」
 ある地点で、砂漠が終わりを告げていた。だが、途切れた先には、何もなかった。ただ、灰色の空間が広がっているだけだった。(中略)
「あれだ……。あれこそが、分断線だ」
 施政官が、呻くように言った。
「よし、クロダ博士の研究の成果を試してみるぞ」
 分断線の突破を試みるのは、施政官と僕とエナさん、そしてムキの四人だ。(中略)
「弾き飛ばされたみたいね」
 エナさんが砂まみれになった三人の砂を払う。(中略)

(また明日へ続きます……)

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