gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

高野秀行『恋するソマリア』その2

2016-11-17 06:09:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。
 第三章 愛と憎しみのソマリランド(2012.3~11)
 モガディショから冬の日本に帰国した。今回は何もやりたいことができなかったと思った。中古車の広告で一躍流通革命を起こすという夢はかなえられず、モガディショ市内からも一歩も出られなかった。しかし中古車の輸出会社の社長から感謝され、サミラに彼女の母からの贈り物を渡して喜ばれてから、気分は変わった。考えてみれば、都合四軒の家で御馳走になり、ジブチからハルゲイサまでの土地を見ることができ、モガディショでも「外飯」を初めて体験でき、ソマリ語会話も少しは上達し、ジャーナリストの事情もかなりわかってきた。
 著者は世界初の本格的なソマリランドの潜入記である『謎の独立国家ソマリランド』を早く書かねばならなかった。夏の頃にはソマリ世界に対する情熱は完全に回復していた。ソマリランドと南部ソマリアも刻々と状況が変わっていた。ソマリランドでは東部の氏族が「カートゥモ国」という自称国家の独立を宣言し、紛争が続いているようだった。ワイヤッブからは「友人と新しく新聞社を設立した」というメールが届き、彼からの要請に従い送金した。南部ソマリアではジャーナリストがほぼ毎月のように標的になり、犠牲を出していた。ジャーナリストの状況が厳しくなる反面、南部ソマリアでは武装組織アル・シャバーブの勢力は確実に落ちてきていて、経済は活況を呈しているという。
 2012年11月、8ヵ月ぶりにソマリランドに戻った著者を迎えたのは、4人揃って口にパクっと携帯電話を咥えたイミグレーションの係官だった。彼らの真剣な目つきに、奇跡的な平和と民主主義を築いてきたソマリランドの人々の姿の一端を見る思いだった。ラクダを見ると懐かしくなった。ソマリランドは国民一人当たりのラクダ所有数が世界一であり、同時に世界最大のラクダ輸出国だという説もある。
 ハルゲイサは日進月歩の勢いで近代化が進んでいた。新しいビルが建ち、車は増え、そして新しいホテルも次々にオープンし、どれも満室状態だった。
 ワイヤッブが立ち上げた新聞〈フバール〉は、一言でいえば「政府批判」をしていた。著者にはあまり興味が持てない分野だった。ソマリランドではちょうど選挙運動の最中だった。ここでは政党別に宣伝できる日が決められていた。憲法では「政党は三つまで」と決められていた。これは旧ソマリアの民主政権時代、選挙の度に政党が50以上も乱立したことへの反省からきているとのことだった。ソマリランドでは年々、着実に経済発展しているいっぽうで、同じくらい確実にイスラム色が強まっていた。どこの国でも宗教は選挙に強い。だから、中東・アフリカ世界では、民主化するとイスラム厳格派が選挙に勝つことが多い。イスラム化が進むソマリランド、そしてホーン・ケーブルTVに著者は自分の居場所を失ったのを悟った。
 一方、〈フバール〉のオフィスの住み込みの家族から、ソマリの人たちが普段どんな料理を食べているのかを著者は知ることができた。
 第四章 恋するソマリア(2012.11~12)
 著者はハルゲイサからモガディショに移って2日目の朝、カートが原因と思われる極度の便秘に襲われた。そしてそれは悲願であった南部ソマリア初見学の日だった。南部ソマリアは肥沃な土地が広がっていた。そして腑に落ちた。北部と南部では人間が違うという理由が。北部は荒れた半砂漠で、住むのはもっぱら遊牧民。しかしこちらにはこんなに豊かな農地がある。遊牧民的な文化が薄くて当然だ。
 そして著者はハルゲイサへ帰る途中で、武装勢力の攻撃を受け、死を覚悟するが、政府軍の進撃によって、危機を乗り切った。そんな体験をしてきた私を迎えてくれたのは、「お前もソマリアの真のジャーナリストだ」という称号だった。
 おわりに
 襲撃事件のあとも私のソマリ熱はいっこうに冷めることがなかった。まず最初に着手したのが、「ハムディ日本招聘計画」だった。ホーン・ケーブルTVモガディショ支局長である、やり手の女性ハムディは日本訪問を熱望していたのだ。そして、ハムディが日本に来ることはなによりもホーン・ケーブルTV東京支局で番組を作るという、著者の悲願を叶える最大のチャンスでもあった。具体的なスケジュールを作り、いよいよ航空券を予約購入するという段階に至ったとき、ハムディから「先週オスロに着いた」という連絡が入った。実は彼女は最初から先進国で難民になるつもりでいたのだ。親戚のいる北欧と著者のいる日本を二股にかけていて、先に北欧に行き、ノルウェーで難民として認められたので、移住することにしたのだった。自分の命を狙う敵が増えたので、しばらくは外国で勉強し、帰国後は政治家になるという。ハムディがいなくなった今でも、著者のソマリへの思いは衰えることはないのだった。

 楽しく読めるドキュメンタリーでした。文句なしにオススメです。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿