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木村敏『時間と自己』

2010-04-22 18:57:00 | ノンジャンル
 朝日新聞で紹介されていた、木村敏さんの'82年作品『時間と自己』を読みました。去年には26版が出版されていることから見て、ベストセラー本のようです。
 「もの」と「こと」の区別、離人症者を具体例にして語られる「こと」としての時間、分裂病者・鬱病者の時間、躁病者の時間などが説明されています。私が30年前の大学生時代に現役の教授をされていて、難解な著書「世界の共同主観的存在構造」を読ませていただき何とか理解することができた廣松渉さんの「こと」理論、ベルグソンの「時間」と「持続」、ハイデッガーの自己存在論、アリストテレスの時間論、ハイデッガーのアリストテレス解釈、サルトルの「対自」概念、ドストエフスキーによる癲癇の描写、それ以外にも多くの精神病理に関する理論が紹介され、またその説明への肉付けがなされています。
 ベルグソンの時間理論もハイデッガーの自己存在論も30年前にも理解しようと頑張ったのですが、結局何も判らず、今回の本でもやはりダメでした。ただ、私たちが時間を時計で確認する際、今何時何分何秒かを理解しようとするのではなく、「あとどれだけ」時間があるか、「もうどれだけ」時間がたったか、という捕え方をしているという指摘や、分裂病(統合失調症)は、遺伝的な素質を持って生まれた人が、幼児期に家庭内での不幸な対人関係の中に置かれた場合に発症しやすいという事実、分裂病の特徴的な症状には「被影響体験」(自分が他者に操られているように感じる、そもそも自己の存在が希薄である感じ)や「つつぬけ体験」(自分の内面が周囲の人に見透かされている、公開されていると感じる感じ)があること、分裂病者は相手に対して特有のぎこちなさを感じていて(「間がもたない」「流れに乗れない」などと表現される)、いつも真剣で遊びや余裕の精神に乏しいといった雰囲気を持っているということなどは、今後の生活をしていく上で大変参考になりました。そして何よりも、鬱病者は一般に消極的で中庸と慎重さを好みやすく、あるべき未来を「これまでのつつがない延長」と考える傾向にあること、躁病の発症は近親者の死と葬式に誘発されることが多く、躁病者にとっての現存在は永続的な祝祭で、それを妨害されると極度の怒りに捕われるという指摘から、もしかしたら私は実は鬱病でも躁鬱病でもないのかも、と思ったりもし、また「精神病という事態は、多くの身体疾患とは違って、われわれのだれもが持っているそれ自体異常でもなんでもない存在の意味方向が、種々の事情によって全体の均衡を破って極端に偏った事態にすぎない」という指摘も、私たちに生きる勇気を与えてくれるものでした。精神病に悩む人に是非読んでもらいたい本です。(難解なので、判る部分だけを拾い読みするという手もあると思います。)オススメです。

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