蓑虫は、その幼虫が作る巣が雨具の「蓑」に形が似ているためその名がある。一般に「蓑虫」と呼ばれているのはオオミノガの幼虫のことで、幼虫は主に薔薇・柿・葡萄などの果樹・皐月(さつき)・楢などに取り付き、秋には枯葉や枯枝を糸で綴って袋状の巣を作り、枝などにぶら下がる。また雌は翅も脚も持たないため、幼虫でもないのに芋虫のような姿で一生蓑の中で過ごす。そして巣の中にたくさん卵を産み、そのまま死んでしまう。雄は羽化はするが、餌を食べることはなく、雄も雌も子孫を増やすためだけに成虫になるという、珍しい生態を持っているということである。(これらの生態については自分で確認したわけではなく、専門家の研究の引用)
かつては蓑虫の巣を集めてパッチワークのように縫い合わせ、財布などに拵えたりしたものであった。また巣を破って幼虫を取り出し、短く刻んだ毛糸などと一緒に箱に入れ、幼虫にカラフルな毛糸の巣を作らせる子供の遊びもあった。私も何回もやった記憶がある。
最近ではオオミノガヤドリバエという虫の一種がオオミノガの幼虫に寄生し、その数が激減しているそうである。そういえば最近はすっかりその姿を見なくなった。若い世代は名前を知ってはいても、見たことがないかもしれない。
蓑虫は秋に蓑を作るため、俳句では秋の季語となっている。また蓑虫は鳴くものと理解され、芭蕉も「みのむしの音をききにこよ草の庵」という句を詠んでいる。
※この句は、芭蕉門人の服部土芳の草庵開きに芭蕉が訪れ、その記念に贈ったもの。後にこの句に因んで、草庵は「蓑虫庵」と呼ばれ、伊賀市に現存している。
さて本当に蓑虫は鳴くのだろうか。結論から言えば、決して鳴くことはないのであるが、蓑虫が鳴くという話が、何と『枕草子』に載っているのである。
「虫は・・・・蓑虫いとあはれなり。鬼の生みければ、親に似て是も恐ろしき心地ぞあらむとて、親の悪しき 衣をひき着せて、今、秋風吹かんおりにぞ来むとする。待てよ、と言ひおきて往にけるを、さも知らず。 まことかとて、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、ちちよちちよと、はかなげに鳴く。いとあ はれなり」
蓑虫は鬼の子であり、粗末な着物を着せられて、秋には迎えに来るという親の偽りの言葉を信じて、「ちちよ」と鳴く、という。「ちちよ」に漢字を当てはめるなら「父よ」か「乳よ」であろう。どちらにしても、蓑虫の頼りなさがよく表れている。木の葉が落ちた枝にぶら下がり、寒風に揺れる姿も、子孫を残すためだけに成虫となるという生態も相俟って、みな蓑虫の頼りなさや儚さを表しているのである。蓑虫が鬼の子であるという理解は、『枕草子』意外には見当たらないので、これ以上の検証はできない。
和歌の世界では、「蓑」という名をに関わって機知的に詠むことが常套であった。
①もみぢ葉の枝にかかれる蓑虫は時雨降るとも濡れじとや思ふ (頼基集 19)
②春雨の降るにつけつつ蓑虫の付ける枝をば誰か折りつる (兼輔集 23)
③雨降らば梅の花笠あるものを柳に付ける蓑虫のなぞ (和泉式部集 514)
④梅の花笠着たる蓑虫 (金葉集 662)
⑤春雨の降りにし里に来てみれば桜の塵にすがる蓑虫 (拾遺愚草 779)
⑥契りけむ荻の心も知らずして秋風たのむ蓑虫の声 (夫木抄 雑)
⑦いかでかは露に濡れん雨降れともらじかいその松の蓑虫 (夫木抄 雑)
⑧蓑虫のすがる木の葉も落いてて付くかたもなき秋の暮かな (夫木抄 雑)
⑨古里のいたまにかかる蓑虫の漏りける雨を知らせ顔なる (夫木抄 雑)
⑩我せこが来ぬだにつらき風の音にさこそはなかめ秋の蓑虫 (夫木抄 雑)
蓑虫の歌などと思ったが、探してみると結構あるものである。①は、蓑を着ているので、雨が降っても濡れないであろう、という。②は、春雨が降るからといって、誰が蓑の代わりに蓑虫の枝を折ってしまったのかと、戯れている。③は、梅の花を笠に見立てる当時の共通理解を基にして、梅の枝ではなく柳の枝に付くことを可笑しがっている。④は連歌の一句で、花笠のある梅の枝に付くことを詠んでいる。⑤は雨に濡れて桜に付く蓑虫。⑥は③は明らかに『枕草子』の記事を念頭に詠まれたものであろう。「荻」は「鬼」か「親」の誤記である可能性もあるが、秋の初風が真っ先に荻を訪れると、秋風と荻が契り合うという共通理解があったので、このままでも問題はない。⑦は松に付く蓑虫は、蓑を着ているので雨が降っても濡れない、という。⑧はすっかり落葉してしまった枝にぶら下がる蓑虫の寂しさを詠む。⑨は、蓑虫が雨の降ることを教えてくれるような、と感じている。⑩も蓑虫が鳴くことを詠んだ歌で、恋人が訪ねて来ないので、蓑虫も冷たい風に吹かれてきっとないていると詠んでいるが、泣いているのは歌人本人なのである。以上のように蓑虫を詠んだ歌には、雨や蓑や濡れるという縁語を絡めて機知的に詠んだ歌が多い。また『枕草子』の「なく蓑虫」を踏まえたり、枯れ枝に独りぶら下がる侘びしさが好んで詠まれた。
一般に蓑虫の鳴き声については、カネタタキという小さなコオロギの仲間の声を、蓑虫の声と誤認して聞いてしまったことによるとされている。確かにカネタタキは樹上で鳴き、その声も「チッ、チッ、チッ、チッ」と聞こえる。小さいのでなかなか姿は捉えられず、如何にも蓑虫が「チチヨ、チチヨ」と泣いているように聞こえる。ネット上にはそのような理解が溢れているが、それがいつまで遡るのか文献で確認できないでいる。未確認でうっかりしたことは言えないが、これは十分あり得る話であろう。螻蛄(ケラ)の鳴き声が、鳴かないはずの蚯蚓(ミミズ)の鳴き声と理解されたように。
かつては蓑虫の巣を集めてパッチワークのように縫い合わせ、財布などに拵えたりしたものであった。また巣を破って幼虫を取り出し、短く刻んだ毛糸などと一緒に箱に入れ、幼虫にカラフルな毛糸の巣を作らせる子供の遊びもあった。私も何回もやった記憶がある。
最近ではオオミノガヤドリバエという虫の一種がオオミノガの幼虫に寄生し、その数が激減しているそうである。そういえば最近はすっかりその姿を見なくなった。若い世代は名前を知ってはいても、見たことがないかもしれない。
蓑虫は秋に蓑を作るため、俳句では秋の季語となっている。また蓑虫は鳴くものと理解され、芭蕉も「みのむしの音をききにこよ草の庵」という句を詠んでいる。
※この句は、芭蕉門人の服部土芳の草庵開きに芭蕉が訪れ、その記念に贈ったもの。後にこの句に因んで、草庵は「蓑虫庵」と呼ばれ、伊賀市に現存している。
さて本当に蓑虫は鳴くのだろうか。結論から言えば、決して鳴くことはないのであるが、蓑虫が鳴くという話が、何と『枕草子』に載っているのである。
「虫は・・・・蓑虫いとあはれなり。鬼の生みければ、親に似て是も恐ろしき心地ぞあらむとて、親の悪しき 衣をひき着せて、今、秋風吹かんおりにぞ来むとする。待てよ、と言ひおきて往にけるを、さも知らず。 まことかとて、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、ちちよちちよと、はかなげに鳴く。いとあ はれなり」
蓑虫は鬼の子であり、粗末な着物を着せられて、秋には迎えに来るという親の偽りの言葉を信じて、「ちちよ」と鳴く、という。「ちちよ」に漢字を当てはめるなら「父よ」か「乳よ」であろう。どちらにしても、蓑虫の頼りなさがよく表れている。木の葉が落ちた枝にぶら下がり、寒風に揺れる姿も、子孫を残すためだけに成虫となるという生態も相俟って、みな蓑虫の頼りなさや儚さを表しているのである。蓑虫が鬼の子であるという理解は、『枕草子』意外には見当たらないので、これ以上の検証はできない。
和歌の世界では、「蓑」という名をに関わって機知的に詠むことが常套であった。
①もみぢ葉の枝にかかれる蓑虫は時雨降るとも濡れじとや思ふ (頼基集 19)
②春雨の降るにつけつつ蓑虫の付ける枝をば誰か折りつる (兼輔集 23)
③雨降らば梅の花笠あるものを柳に付ける蓑虫のなぞ (和泉式部集 514)
④梅の花笠着たる蓑虫 (金葉集 662)
⑤春雨の降りにし里に来てみれば桜の塵にすがる蓑虫 (拾遺愚草 779)
⑥契りけむ荻の心も知らずして秋風たのむ蓑虫の声 (夫木抄 雑)
⑦いかでかは露に濡れん雨降れともらじかいその松の蓑虫 (夫木抄 雑)
⑧蓑虫のすがる木の葉も落いてて付くかたもなき秋の暮かな (夫木抄 雑)
⑨古里のいたまにかかる蓑虫の漏りける雨を知らせ顔なる (夫木抄 雑)
⑩我せこが来ぬだにつらき風の音にさこそはなかめ秋の蓑虫 (夫木抄 雑)
蓑虫の歌などと思ったが、探してみると結構あるものである。①は、蓑を着ているので、雨が降っても濡れないであろう、という。②は、春雨が降るからといって、誰が蓑の代わりに蓑虫の枝を折ってしまったのかと、戯れている。③は、梅の花を笠に見立てる当時の共通理解を基にして、梅の枝ではなく柳の枝に付くことを可笑しがっている。④は連歌の一句で、花笠のある梅の枝に付くことを詠んでいる。⑤は雨に濡れて桜に付く蓑虫。⑥は③は明らかに『枕草子』の記事を念頭に詠まれたものであろう。「荻」は「鬼」か「親」の誤記である可能性もあるが、秋の初風が真っ先に荻を訪れると、秋風と荻が契り合うという共通理解があったので、このままでも問題はない。⑦は松に付く蓑虫は、蓑を着ているので雨が降っても濡れない、という。⑧はすっかり落葉してしまった枝にぶら下がる蓑虫の寂しさを詠む。⑨は、蓑虫が雨の降ることを教えてくれるような、と感じている。⑩も蓑虫が鳴くことを詠んだ歌で、恋人が訪ねて来ないので、蓑虫も冷たい風に吹かれてきっとないていると詠んでいるが、泣いているのは歌人本人なのである。以上のように蓑虫を詠んだ歌には、雨や蓑や濡れるという縁語を絡めて機知的に詠んだ歌が多い。また『枕草子』の「なく蓑虫」を踏まえたり、枯れ枝に独りぶら下がる侘びしさが好んで詠まれた。
一般に蓑虫の鳴き声については、カネタタキという小さなコオロギの仲間の声を、蓑虫の声と誤認して聞いてしまったことによるとされている。確かにカネタタキは樹上で鳴き、その声も「チッ、チッ、チッ、チッ」と聞こえる。小さいのでなかなか姿は捉えられず、如何にも蓑虫が「チチヨ、チチヨ」と泣いているように聞こえる。ネット上にはそのような理解が溢れているが、それがいつまで遡るのか文献で確認できないでいる。未確認でうっかりしたことは言えないが、これは十分あり得る話であろう。螻蛄(ケラ)の鳴き声が、鳴かないはずの蚯蚓(ミミズ)の鳴き声と理解されたように。