大田原高校の登山部の顧問と生徒が、訓練中に雪崩に巻き込まれ、8人が亡くなりました。本当に痛ましい事故で、御遺族の無念と哀しみはいかばかりか、本当に残念でなりません。ネット上にはラッセル訓練なら安全だと判断した現場責任者の顧問の判断を非難する声もありました。結果的にその判断が甘かったことは確かですから、そう言われるのもしかたがないのかもしれません。
しかし長年教職にあり、運動部の顧問を経験してきた者として、顧問を非難する気にはなれないのです。私には、これと言って得意なスポーツはありません。高校時代に応援団にいましたが、応援団は事実上「体力増強部」のようなもので、毎日10㎞の長距離走と筋肉トレーニングばかりでしたから、筋力と持久力は人並み以上にありました。しかし種目としては何もできません。
28歳で教職に就きましたが、専門的指導のできる体育課の先生が足らないため、若い男の先生というだけの理由で、運動部の顧問をたらい回しのように経験させられました。初めは女子バレー部、そして2年目からは、オートバイに乗れるという理由で、自転車部の顧問にさせられました。生徒が毎日往復数十㎞のコースを校外練習に出るのですが、それにオートバイでついて行くのです。いつも危険と隣り合わせで、実際、何回も事故に遭いました。先頭がこければ、後続もみな衝突します。私がカーブを曲がりきれずに水田に突っ込んで転落したこともありました。ガソリン代が出るわけでなし、事故に伴う修理代が出るわけでなし、練習に参加するために一カ月分の給与より高価な自転車を自腹で買いました。(月給に相当する自転車を、結局、2台買わざるを得ませんでした。もちろん学校は1円も出してくれません。しょっちゅうタイヤがパンクしてタイヤを交換していましたが、もちろん全て自腹です。)その他にはハンドボール部、水泳部、バドミントン部、柔道部、ラグビー部、サッカー部、応援部などでした。唯一指導らしき指導ができたのは、応援部だけでした。その他には文化部で、書道部、華道部、歴史同好会、文芸部なども経験しました。歴史同好会は私が創設したので、これは専門分野でした。
体育の先生はみなそれぞれに専門種目があり、その種目の部がある限りは、その部以外の顧問にはなりません。ですから体育の先生は、経験する部の種類は1種目だけであることが多いのです。しかし専門外の私のような者は、特に男性の先生には、誰も持ち手のいない部活動が割り当てられるのです。その点で、女性の先生には、運動部の顧問が回ってくることは少なく、あっても事実上の副顧問のような存在のことが多いものです。男女差別だと思ったのですが、どうにもなりませんでした。
女性の先生に割り当てられるのは、体力的にはあまりきつくないものばかり。そんなことはないと言うなら、柔道やラグビーの公式戦を見てご覧なさい。女性の先生で正顧問をしている人は、まずめったにいません。40数年弱の教員生活で、柔道で一人見ただけです。
素人の顧問は、色々苦労が絶えません。自分が全くできないことを指導できるはずもなく、ただひたすら練習が終わるまで立ち尽くして待っているだけです。準備体操とランニングくらいは一緒にできますが、50歳代になると、それさえも辛くなってきます。試合中にどのタイミングでタイムを請求してよいかわからない。試合の直前と直後に生徒が私の周囲に集まってきて、「先生、御指導をお願いします」と言われても、頑張れよと、ご苦労さんしか言えません。私の仕事は、時々自腹で冷たい飲み物を差し入れたり、試合や練習中の生徒の写真を撮って、生徒に分けてやるくらいのものでした。
それでも事故や怪我がなければ、何とか耐えられるのですが、スポーツには怪我がつきものです。自転車・ラグビー・柔道部では、怪我が絶えませんでした。いずれもまかり間違えれば命に関わる事故がある部活動です。菅平で合宿をした時は、骨折した生徒を車に乗せて麓の町まで連れて行きます。教育委員会はタクシーで連れて行けというのですが、実際にはそんなことはしていられません。緊急事態に備えて、私は自家用車でバスを追いかけて参加するのです。柔道部の顧問は皆に嫌われます。怪我があった時には対処ができないからです。よく事故があった時、顧問がそこについていたのかと追求されていますが、放課後は会議や補習や教材研究や書類の作成などで、柔道場にいる時間は最初と最後くらいのもの。もっとも顧問がいたとしても事故は起きるのです。
年配になると、学校では校務分掌委員の役目が回ってくることが多いものです。これは翌年度の担任や副担任、部活動顧問、進路・教務・生徒会・管理などの分掌について、先生たちの希望調査をもとに調整をする役目です。結局は引き受け手のない役目は、分掌委員が被ることが多くなります。その結果、私はできもしないのに柔道部の顧問ばかりが回ってきていました。女性の柔道部顧問は、まずめったにお目にかかりません。
今は退職して非常勤講師ですから、部活動の顧問はもうありません。今振り返って、よくまあ懲戒免職にならなかったものと、感慨深く思っています。目を離した隙に起きた事故を何回も経験しているからです。死者が出れば、その時顧問はどうしていたのかと追求されたでしょう。年間練習計画はできていたのかと問われても、ルールを覚える所から始まるのですから、また技術指導は全くできないのですから、具体的な計画書など書けるわけがありません。正直な所、自分で書いたことは一回もありませんでした。全て前任者が書いたものの丸写しです。幸いにも命に関わる事故はありませんでしたが、本当に薄氷を踏むような教員生活でした。
一般の方には実情はなかなか理解してもらえないでしょうね。とにかく忙しすぎるのです。何から何までやらなくてはならないのです。そして責任だけは「教育者」という理由で、人並み以上に追求されるのです。大田原高校の山岳部の顧問の先生を、とても非難をする気にはなれません。
追記1
大田原高校山岳部の遭難については、顧問の不手際を非難する報道が続いています。特に山のベテランの人からそのような指摘がなされているようです。しかし顧問は素人であることが多く、専門家ではありません。山岳部の顧問ではないか、と言われても、雪崩についての基礎知識はなかったのかと非難されても、上記のように、若い男性というだけで、危険のある顧問を否応なしにやらされるのです。ああすればよかった、これもしていなかったではないか、というような指摘は、もっともなこともあるのでしょうが、素人顧問には無理な話なのです。部活動の顧問とは、もともとその様な構造的問題を抱えているのです。非難している人に問いたいのです。あなたは全く経験のない部活動の顧問を割り当てられて、事故が起きたら責任をとれるのですか。私の場合はたまたま生徒の骨折程度ですみましたが、まかり間違えば大事故になったかもしれないのです。生徒が絞め技で失神しても、蘇生させる方法は全く知りません。たまたま息を吹き返してくれたのでよかったのですが、あのまま死んでしまったかも知れません。その時、柔道部の顧問なのに、蘇生法も知らないのかと非難されても、どうしようもありません。学校では割り当てられる部の顧問を、事実上拒否はできないのです。特に男の先生はそうなのです。このあたりに、男女逆差別を感じてしまいます。まあそれは別の問題なのでしょうが・・・・。
追記2(平成29年10月16日)、
今朝のニュースで、今年3月、栃木県那須町で雪崩が発生し高校生ら8人が犠牲になった事故について、県の検証委員会が最終報告書をまとめまたことが発表されていました。「公私がどうだったからという個人的なものではなく、組織的に協働が行われていなかった」ということで、顧問個人の責任追及にならなかったことは良かったと思います。また事故の再発を防ぐために、登山や訓練の計画を厳しくチェックすることや、顧問の教師らに対する研修を充実させることなどを提言されています。「すべての部活動で危機管理マニュアルを作成し、参加者の能力などに応じた適切な登山計画を管理し、それらの計画を県の教育委員会が厳しくチェックすること」「顧問などの指導者に対する専門家や専門機関による研修を充実させること」などが求められているのですが、これだけでは実際にはあまり役に立ちそうもないと思いました。
素人の私が、ただ若くて元気だからというだけの理由で、山岳部顧問にさせられたとしましょう。しかしお義理程度に行われる冬山登山の講習会に参加したところで、素人であることにかわりありません。装備を購入する費用は自腹でしょうし、一冬に1~2回経験した程度では、危機に直面して生徒を適切に指導できる自信などありません。それならどうしたらよいか。冬山登山のように特殊技能を必要とする危険を伴う部活動指導については、その時だけでも山岳会に所属するベテランの人を指導者として招聘し、野球部の部長と監督の関係のように、二人で指導する体制を確立するしか方法はないと思います。
しかし長年教職にあり、運動部の顧問を経験してきた者として、顧問を非難する気にはなれないのです。私には、これと言って得意なスポーツはありません。高校時代に応援団にいましたが、応援団は事実上「体力増強部」のようなもので、毎日10㎞の長距離走と筋肉トレーニングばかりでしたから、筋力と持久力は人並み以上にありました。しかし種目としては何もできません。
28歳で教職に就きましたが、専門的指導のできる体育課の先生が足らないため、若い男の先生というだけの理由で、運動部の顧問をたらい回しのように経験させられました。初めは女子バレー部、そして2年目からは、オートバイに乗れるという理由で、自転車部の顧問にさせられました。生徒が毎日往復数十㎞のコースを校外練習に出るのですが、それにオートバイでついて行くのです。いつも危険と隣り合わせで、実際、何回も事故に遭いました。先頭がこければ、後続もみな衝突します。私がカーブを曲がりきれずに水田に突っ込んで転落したこともありました。ガソリン代が出るわけでなし、事故に伴う修理代が出るわけでなし、練習に参加するために一カ月分の給与より高価な自転車を自腹で買いました。(月給に相当する自転車を、結局、2台買わざるを得ませんでした。もちろん学校は1円も出してくれません。しょっちゅうタイヤがパンクしてタイヤを交換していましたが、もちろん全て自腹です。)その他にはハンドボール部、水泳部、バドミントン部、柔道部、ラグビー部、サッカー部、応援部などでした。唯一指導らしき指導ができたのは、応援部だけでした。その他には文化部で、書道部、華道部、歴史同好会、文芸部なども経験しました。歴史同好会は私が創設したので、これは専門分野でした。
体育の先生はみなそれぞれに専門種目があり、その種目の部がある限りは、その部以外の顧問にはなりません。ですから体育の先生は、経験する部の種類は1種目だけであることが多いのです。しかし専門外の私のような者は、特に男性の先生には、誰も持ち手のいない部活動が割り当てられるのです。その点で、女性の先生には、運動部の顧問が回ってくることは少なく、あっても事実上の副顧問のような存在のことが多いものです。男女差別だと思ったのですが、どうにもなりませんでした。
女性の先生に割り当てられるのは、体力的にはあまりきつくないものばかり。そんなことはないと言うなら、柔道やラグビーの公式戦を見てご覧なさい。女性の先生で正顧問をしている人は、まずめったにいません。40数年弱の教員生活で、柔道で一人見ただけです。
素人の顧問は、色々苦労が絶えません。自分が全くできないことを指導できるはずもなく、ただひたすら練習が終わるまで立ち尽くして待っているだけです。準備体操とランニングくらいは一緒にできますが、50歳代になると、それさえも辛くなってきます。試合中にどのタイミングでタイムを請求してよいかわからない。試合の直前と直後に生徒が私の周囲に集まってきて、「先生、御指導をお願いします」と言われても、頑張れよと、ご苦労さんしか言えません。私の仕事は、時々自腹で冷たい飲み物を差し入れたり、試合や練習中の生徒の写真を撮って、生徒に分けてやるくらいのものでした。
それでも事故や怪我がなければ、何とか耐えられるのですが、スポーツには怪我がつきものです。自転車・ラグビー・柔道部では、怪我が絶えませんでした。いずれもまかり間違えれば命に関わる事故がある部活動です。菅平で合宿をした時は、骨折した生徒を車に乗せて麓の町まで連れて行きます。教育委員会はタクシーで連れて行けというのですが、実際にはそんなことはしていられません。緊急事態に備えて、私は自家用車でバスを追いかけて参加するのです。柔道部の顧問は皆に嫌われます。怪我があった時には対処ができないからです。よく事故があった時、顧問がそこについていたのかと追求されていますが、放課後は会議や補習や教材研究や書類の作成などで、柔道場にいる時間は最初と最後くらいのもの。もっとも顧問がいたとしても事故は起きるのです。
年配になると、学校では校務分掌委員の役目が回ってくることが多いものです。これは翌年度の担任や副担任、部活動顧問、進路・教務・生徒会・管理などの分掌について、先生たちの希望調査をもとに調整をする役目です。結局は引き受け手のない役目は、分掌委員が被ることが多くなります。その結果、私はできもしないのに柔道部の顧問ばかりが回ってきていました。女性の柔道部顧問は、まずめったにお目にかかりません。
今は退職して非常勤講師ですから、部活動の顧問はもうありません。今振り返って、よくまあ懲戒免職にならなかったものと、感慨深く思っています。目を離した隙に起きた事故を何回も経験しているからです。死者が出れば、その時顧問はどうしていたのかと追求されたでしょう。年間練習計画はできていたのかと問われても、ルールを覚える所から始まるのですから、また技術指導は全くできないのですから、具体的な計画書など書けるわけがありません。正直な所、自分で書いたことは一回もありませんでした。全て前任者が書いたものの丸写しです。幸いにも命に関わる事故はありませんでしたが、本当に薄氷を踏むような教員生活でした。
一般の方には実情はなかなか理解してもらえないでしょうね。とにかく忙しすぎるのです。何から何までやらなくてはならないのです。そして責任だけは「教育者」という理由で、人並み以上に追求されるのです。大田原高校の山岳部の顧問の先生を、とても非難をする気にはなれません。
追記1
大田原高校山岳部の遭難については、顧問の不手際を非難する報道が続いています。特に山のベテランの人からそのような指摘がなされているようです。しかし顧問は素人であることが多く、専門家ではありません。山岳部の顧問ではないか、と言われても、雪崩についての基礎知識はなかったのかと非難されても、上記のように、若い男性というだけで、危険のある顧問を否応なしにやらされるのです。ああすればよかった、これもしていなかったではないか、というような指摘は、もっともなこともあるのでしょうが、素人顧問には無理な話なのです。部活動の顧問とは、もともとその様な構造的問題を抱えているのです。非難している人に問いたいのです。あなたは全く経験のない部活動の顧問を割り当てられて、事故が起きたら責任をとれるのですか。私の場合はたまたま生徒の骨折程度ですみましたが、まかり間違えば大事故になったかもしれないのです。生徒が絞め技で失神しても、蘇生させる方法は全く知りません。たまたま息を吹き返してくれたのでよかったのですが、あのまま死んでしまったかも知れません。その時、柔道部の顧問なのに、蘇生法も知らないのかと非難されても、どうしようもありません。学校では割り当てられる部の顧問を、事実上拒否はできないのです。特に男の先生はそうなのです。このあたりに、男女逆差別を感じてしまいます。まあそれは別の問題なのでしょうが・・・・。
追記2(平成29年10月16日)、
今朝のニュースで、今年3月、栃木県那須町で雪崩が発生し高校生ら8人が犠牲になった事故について、県の検証委員会が最終報告書をまとめまたことが発表されていました。「公私がどうだったからという個人的なものではなく、組織的に協働が行われていなかった」ということで、顧問個人の責任追及にならなかったことは良かったと思います。また事故の再発を防ぐために、登山や訓練の計画を厳しくチェックすることや、顧問の教師らに対する研修を充実させることなどを提言されています。「すべての部活動で危機管理マニュアルを作成し、参加者の能力などに応じた適切な登山計画を管理し、それらの計画を県の教育委員会が厳しくチェックすること」「顧問などの指導者に対する専門家や専門機関による研修を充実させること」などが求められているのですが、これだけでは実際にはあまり役に立ちそうもないと思いました。
素人の私が、ただ若くて元気だからというだけの理由で、山岳部顧問にさせられたとしましょう。しかしお義理程度に行われる冬山登山の講習会に参加したところで、素人であることにかわりありません。装備を購入する費用は自腹でしょうし、一冬に1~2回経験した程度では、危機に直面して生徒を適切に指導できる自信などありません。それならどうしたらよいか。冬山登山のように特殊技能を必要とする危険を伴う部活動指導については、その時だけでも山岳会に所属するベテランの人を指導者として招聘し、野球部の部長と監督の関係のように、二人で指導する体制を確立するしか方法はないと思います。