次の記事がありました。
1、最前線、米国の作文教育から学ぶ
朝日新聞編集委員 三浦俊幸(みうら・としあき)
米国の大学といえば、日本ではハーバード、エールといった総合大学が有名だが、実は、学部教育に力を入れている全寮制の小規模のリベラルアーツカレッジに根強い人気がある。学部はそこを出て、大学院で総合大学というのも有力コースだ。今月、戦後多くの日本人留学生を米国に送り出したグルー・バンクロフト基金の視察団に同行した。
リベラルアーツは「一般教養」と訳される。しかし、実態は、訳語から連想される雑多な科目の寄せ集めとはまったく違う。私自身、特派員の仕事や米国の大学での研究員生活を通じて、多少知っているつもりだったが、リベラルアーツ教育の濃密さは予想以上のものだった。
訪問先はプリンストン(ニュージャージー州)、スワスモア(ペンシルベニア州)、カールトン(ミネソタ州)、ポモナ(カリフォルニア州)の4校。プリンストンは総合大学だが、学部教育に力を入れる。
4校に共通するのは、思考の訓練の場としての作文教育である。単なる作文講座ではない。個々の学生の興味、専門に応じて細やかな指導が進められ、カリキュラム全体が書く力の養成で貫かれていた。
ポモナ大で見た新入生向けの授業は、アニメ、小説などを通じて現代日本文化などを学ぶコースで、十数人単位のクラスは、教員との質疑でたえず発言を求められる。1学期に4本のリポートを書かせ、作文指導には、上級生とリサーチを助ける図書館スタッフも加わる。
ポモナ大のオクストピー学長は、「いまトップ企業が求めるのは、コンピューター科学を専攻しながら、英文学を学ぶような人材です」という。人間の理解やコミュニケーション能力が基本なのだ。プリンストン大の幹部も「何を学ぶにせよ、卒業時には、いい文章を書けるようになっています」と請け負った。
こうした大学はもちろん全米でも一握りである。米特有の寄付文化に支えられた巨額の基金のおかげで、寮費も含めて年間500万円以上かかる学費も、親の所得によっては、返還義務のない奨学金ですべてまかなわれる。その魅力にひかれて、全米、国外から学生が集まる。
週60時間の学習を前提にした宿題の量は半端ではない。日本の大学を選ばず、東大、慶応、早稲田を中退して来た日本の学生に会ったが、勉強ざんまいの生活を送る彼らが語ったのは、一方通行になりがちな日本の授業への不満と、双方向性を重視する米国の教育の魅力だった。
彼らのような学生は少数だが、年々増えている。自分の力だけを頼りに挑戦する姿はたのもしい。だが、日本の大学に魅力が乏しいことが一因であるとすれば、深刻だ。大学教育に何を求めるのか。米国の作文重視は、大きなヒントになる。
(朝日新聞に載ったのは2016年秋ですが、記載するのを忘れました)
2、牧野の感想
たしかにここで紹介されている教育は「かなり」立派なものだと思います。しかし、新聞記者ならば、もう少し広い視野から取材をして考えてほしいと思います。欠けている点を書きます。
① 「白熱教室」とか言われてNHKTVで大いに紹介されました授業についてはどう考えるのでしょうか。
② それを、あるいはそればかりNHKが大々的に宣伝したことをどう考えるのでしょうか。
③ 財政的な基礎として、アメリカでは「寄付」や「資産の運用」が大きな役割を果たしているそうですが、日本でそれが出来ないのはなぜなのでしょうか。
④ 私が数か国の方から聞いた知識では「学級通信」を出している教師のいるのは日本だけらしい(「学校新聞」なら出している所もあるらしい)、まして「教科通信」を出している教師は外国ではゼロらしいのをどう考えるのでしょうか。