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ラスコー展

2017-03-10 00:00:00 | 日記
 東京上野の国立科学博物館で2016年11月1日から2017年2月19日まで世界遺産ラスコー展が行われていた。この展示は、ラスコー洞窟に描かれた、芸術の始まりとされる壁画を紹介するものであるが、会期の終了が迫ってきた2月10日に上京の機会があり、妻と見学に出かけた。

 展示は東京展の終了後も、宮城展が東北歴史博物館(3-5月)で、福岡展が九州国立博物館(7-9月)で引き続き開催される予定となっているという。

 このラスコー展で感心したことは極めて精巧かつ忠実に現地の様子を再現していることである。全長200mで、3つの細長く複雑に入り組んだ洞窟を1/10スケールで再現したものや、洞窟壁画の一部を実物大、1mm以下の精度で再現したものなど、臨場感あふれる展示内容であった。

 また、壁画を描くのに用いられた赤、黄、茶色の顔料や岩肌に線刻するための石器、真っ暗な洞窟内で作業をするための石製ランプなどの遺物や、現地で撮影された数多くの写真などのさまざまな展示品も、実際の洞窟をより身近に感じさせてくれるものであった。

 ラスコー洞窟壁画は、フランス南西部、大西洋に向かって流れるドルドーニュ川の支流ヴェーゼル川の左岸にあるモンティニャックという村の南に位置する石灰岩の洞窟の中で、1940年9月8日に地元の少年により偶然に発見された。

 この石灰岩洞窟そのものは1000万年前に形成されたが、その後はその上に泥炭層が形成されたおかげで雨水が浸透しにくくなり、鍾乳石や石筍が発達せず安定したものとなった。

 さらに、内部には方解石の白い壁があったために、絵を描くのに理想的な空間であったとされている。

 このラスコー洞窟に残されている600から850頭と数えられているウマ、シカ、バイソン、ネコ科動物など種々の動物の壁画を描いたのは、4万8000年ほど前からこの地方に棲んでいたクロマニョン人であり、これらの壁画が描かれたのは2万年ほど前とされている。

 壁画発見後、多くの見物人がこの素晴らしい壁画を見ようと押しかけたため、緑、白、黒などのシミが発生し、壁画が破壊される危険が迫ったことから、1963年4月17日以降洞窟は閉鎖され、現在まで一般には非公開になっている。

 壁画を見たいという見学者の希望に応えて、1983年にラスコー洞窟のそばに最初の再現壁画が作られ、さらにその後今回の展示品である2番目の再現壁画が、何人ものアーティストの参加と3次元レーザースキャンなどの先端技術の駆使によって製作された。


ラスコー洞窟壁画展の実物大の再現壁画1/4(2017.2.10 撮影)


ラスコー洞窟壁画展の実物大の再現壁画2/4(2017.2.10 撮影)


ラスコー洞窟壁画展の実物大の再現壁画3/4(2017.2.10 撮影)


ラスコー洞窟壁画展の実物大の再現壁画4/4(2017.2.10 撮影)

 スペイン北部からフランス南西部および南部にかけてのヨーロッパのこの地方では、ラスコー洞窟のほかにもこれまでに1879年にスペイン北部のアルタミラ洞窟、1994年12月18日にフランス南部のショーヴェ洞窟で壁画が発見されているが、いずれも現在は非公開になっているとされる。また、これら有名な洞窟のほか周辺の300ほどもある多くの洞窟壁画が世界遺産登録されている。

 今回の国立科学博物館での壁画展示には、私たちが訪れた日が平日であったにもかかわらず多くの見学者がつめかけていて、熱心に見入っていたのだが、我々がこうした先人の残した壁画にこれほどの興味を持つのは何故だろうか。

 壁画は、描き手が真っ暗な洞窟の奥深くにまでわざわざ入り込んで、特別に用意した照明具を用いて描かれていることが判っている。クロマニョン人が何故、どのような目的でそこまでして壁画を描いたのか、描かなければならなかったのか、今回の展示ではその回答案を複数示している。

 「芸術のための芸術」説、トーテミズム、呪術説、シャーマニズム、そして男女両性神話説などの説がそれであるが、未だ確定したものには至っていないようだ。分かっていることは、ただやみくもに描かれたものではなく、壁画制作には計画的に多くの人が介在し、相当の労力が必要であり、個人的な目的よりも公共の目的のために制作されたものであるとされている。

「芸術のための芸術」活動ができたということは、当時の人は狩猟をしていない時に時間を持て余していたという前提がある。

「トーテミズム」説は人が動植物や自然現象と同一の祖先を持つと信じ崇拝するもので、信仰心による。

「呪術」説は狩猟の成功を願うという説と、動物の増殖を願うという説とがある。

「シャーマニズム」説は動物に扮した人物、すなわちシャーマンが自ら壁画を描いたとする説。

「男女両性神話説」はこれまでの民族史の事例に動機を求めるのではなく、壁画画像すべてを男性と女性という2つの象徴に分け、それらが洞窟の地勢に従って意図的に配置されているという説である。

 20-10万年前にアフリカに誕生した現人類の祖先はその地を離れて、5万年ほど前に急速に世界に拡散した。そのうちトルコ経由で陸路ヨーロッパに渡ったのがクロマニョン人で、その後西アジアから移入した集団との混血により、現在のヨーロッパ人が形成されたと考えられている。

 展示会場にはクロマニョン人の等身大復元像が用意されていて、見学者が一緒に記念撮影をすることができるように配慮されていた。この復元像を見ると身体的な特徴は、現代のヨーロッパ人そのものである。


クロマニョン人の等身大復元像(2017.2.10 撮影)

 一方、アフリカを離れてアジアに渡った祖先は3万8000年ほど前に北、西、南の3方から日本に到達し、その後縄文時代へとつながってきたとされている。

 当時北からは陸続きで日本に到達できたが、西の朝鮮半島と南の南西諸島からのルートは海路であり航海をしなければ日本に到達することはできない。人々は航海技術と共に海をわたる勇気をも持っていたことになる。

 日本などアジアにはヨーロッパに見られるような壁画はまだ見つかっていない。同じルーツを持つ人類としてこの差をどのように説明すればいいのだろうかとの疑問にも今回の展示は応えようとしている。

 そのため、今回のラスコー展では、特別に「クロマニョン人の時代の日本列島」のコーナーを設けて、日本に渡った人類にも創造性があったことを示そうとしている。

 その中には4つの「世界最古(級)」が示されている。1.世界最古級の磨製石器(長野県野尻湖など)、2.世界最古の海上運搬(往復航海、本州から伊豆七島神津島沖の恩馳島)、3.世界最古の釣り針(沖縄島サキタリ洞)、4.世界最古のおとし穴(箱根・愛鷹山、種子島)である。

 また日本列島に渡るために必要とされる難易度の高い航海も挙げられている。


世界最古の往復航海の説明展示(2017.2.10 撮影)


世界最古の釣り針の説明展示(2017.2.10 撮影)

 この中で、世界最古の往復航海とされているのは、本州から神津島に渡り、黒曜石を採集していたことが確認されているというものである。

 本ブログの「黒曜石」(2017.1.13 付)でも触れたが、遺跡から発掘された黒曜石は、現代の機器分析技術によりその産地を特定することができる。

 関東地方から長野県にかけての複数の旧石器時代の遺跡から発見された石器を分析した結果、使用された黒曜石が神津島産であることが確認されていて、当時の旧石器人がわざわざ良好な石材を求めて、神津島に出かけて黒曜石を採取し、本州に持ち帰っていたことが証明されている。

 このように、今回の展示では日本列島に住んでいた先人もまたクロマニョン人に負けず劣らず、創造性豊かな人たちであったことを熱心に示そうとしており、見学した私の微笑を誘うものになっていた。
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