モンローはもちろんマリリン・モンローのこと。以前、2015年頃に浅間山の北側にある「浅間高原しゃくなげ園」に行った時、案内係の女性に、珍しいものがあるということで紹介してもらったのが、今回紹介する「モンローの唇」という別名を持つ地衣類で、正式名は「イオウゴケ」といい、北海道・本州・四国・九州の、冷温帯や亜寒帯の硫黄泉の地上や樹皮上に生育するとされる。
高さは1~5センチほどで、先端に1~3mmほどの大きさの赤色の子器(しき)をもち、この子器の色と形が、マリリン・モンローの唇を連想させることからこうした名前で呼ばれているのだそうである。
案内していただいた場所で実際に見ると、確かに唇を思わせるようなふっくらとした形状のものも中にはあった。ただ、実物はとても小さいので肉眼で見てもそれほどの実感はない。
手元の牧野植物図鑑を見ても、この「イオウゴケ」は載っていないし、「植物の世界」(週刊朝日百科全14巻 朝日新聞社発行)にも写真はなく、僅かに、「硫気孔荒原の植生」という項に”植生の分布と硫酸イオン”という記事の中で次のように触れられているにすぎない。たしかに珍しい種と言えるのかもしれない。
「硫気孔荒原に見られる植生は、同心円状に異なった植生が分布しているのが一般的である。宮城県鳴子町の片山地獄や岩手県八幡平の藤七温泉の場合、硫気孔とそのまわりの裸地から外側に向かって、ヤマタヌキランの単純群落、ススキとイオウゴケの群落、クロウスゴやウスノキなどのツツジ科植物が優占する低木群落、あるいはイネ科ササ族のチマキザサやチシマザサなどが密生優占するササ群落の順で分布している。・・・」
このように、この種は名前通りイオウ分を含むガスが噴出する地方に特有の苔と言えるようである。浅間山北面に位置するシャクナゲ園に見られたというのも、浅間山からのイオウ分を含む噴煙が流れてくるからであろうと思われる。
この「モンローの唇=イオウゴケ」を、その後数か所で見ていて、軽井沢でも見つけ、撮影していたものの、その後すっかり忘れていたが、最近再び同じ場所で見る機会があり撮影したので、ここで紹介しておこうと思う。
軽井沢も、風向きによっては浅間山からの噴気が漂い、イオウ臭を感じることがあるので、生育条件が整っているのかもしれない。
軽井沢のイオウゴケ(2022.3.27 撮影)
軽井沢のイオウゴケ(2021.7.11 撮影)
写真は、昨年夏と今年早春のもので、いずれも真っ赤な子器が見られる。この子器がいつごろ出るものなのか、冬期にはなくなってしまうものなのか、いまのところ詳細な観察をしてこなかったのでよく判らないでいる。
2015年に浅間シャクナゲ園で初めて見て以来、これまでに旅行先で偶然見かけたイオウゴケを撮影しているので、これらもあわせて以下紹介する。
2017年に群馬県の覚満渕、2018年に福井県の一乗谷、2021年に群馬県の北軽井沢で撮影したものである。
こうしてみると、必ずしもイオウ成分の存在と関係しないようにも思えるが実際はどうであろうか。
群馬県、覚満渕のイオウゴケ、杭の断面に見られた(2017.8.5 撮影)
福井県、一乗谷史跡のイオウゴケ、木製の屋根の上に見られた(2018.9.16 撮影)
北軽井沢のイオウゴケ、木製の柵の上に見られた(2021.6.23 撮影)
ちなみに、このイオウゴケにはモンローリップという(正式な?)別名があるとのことで、浅間高原シャクナゲ園の案内係の女性はこれを日本語に翻訳して説明していたようである。
著書「日本の地衣類」(山本 好和著 2020年 三恵社発行)によると、国内に産する地衣類は382属、1786種を数え、今回取り上げているイオウゴケは、ハナゴケ科(Cladoniaceae)、ハナゴケ属(Cladonia)の種名イオウゴケ(vulcani)に分類されている。
また、全国の産地総目録の項には、イオウゴケについて次のように記されている。
[北海道] 川湯硫黄山、白湯山、十勝岳、雌阿寒岳
[青森県] 岩木山、十和田湖畔、新郷村迷ヶ平、八甲田山、恐山・むつ市薬研温泉
[岩手県] 葛根田渓谷、八幡平・岩手山
[秋田県] 小坂町小坂、鹿角市尾去沢、仙北市玉川温泉、秋田駒ケ岳、栗駒山、八幡平、
湯沢市秋ノ宮
[宮城県] 鬼首温泉郷
[山形県] 蔵王山
[福島県] 磐梯山、磐梯町大谷
[茨城県] 御岩山、日立市入四間町、日立市もとやま自然の村
[栃木県] 中禅寺湖畔、湯本
[群馬県] 草津白根山、草津温泉
[神奈川県] 箱根
[富山県] 立山
[長野県] 乗鞍岳、燕岳
[静岡県] 御殿場市足柄道路
[徳島県] 神山町神領・持部鉱山
[愛媛県] 西条市市之川
[高知県] 三嶺
[長崎県] 雲仙岳
[大分県] 九重山、別府市明礬温泉、田布市塚原
[宮崎県] 霧島山
[鹿児島県] 霧島山
完