軽井沢からの通信ときどき3D

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続・新型コロナウイルス(7)PCR-3

2021-01-29 00:00:00 | 新型コロナウィルス
 PCR検査の基本原理はこれまでにも書いてきたように、ある程度理解できたと思うが、実際にどのようにして検査が行われているかについてもう少し詳しく知りたく思い、YouTubeで検索していくつかの映像を見た。

 その結果、高校の生物の授業、あるいは大学入試の生物の問題として扱われているものの中に、理解しやすいものが含まれていることが判り、これらから得られる情報を自分なりに整理して考えてみた。

 我々の世代の者にとっては、DNAの二重らせん構造の発見、遺伝暗号の解読、そして全ゲノムの解析といった情報は同時進行形で経験をした内容であり、中学校や高校で学習したものではないが、現代の高校生にとっては普通に学んでいる内容ということのようである。

 PCR法の原理もまた、高校生が生物の授業で学んでいるものということで、隔世の感がある。
 

 ところで、今回こうしたことを知りたいと思った背景は、やはり新型コロナウイルスのPCR検査をめぐる議論が尽きないからで、専門家の間でもその有効性や限界について、意見が分かれているからである。その一端については前回紹介した。

 また、今回PCR検査に関連して、中国から最初に報告された新型コロナウイルスの塩基配列を確認する作業を行ったが、その塩基配列を眺めていると、素人には理解不能なこともいくつか見られた。皆さんはどのように感じられるだろうか。我慢して後段まで読み進めていただければと思う。

 先ず、新型コロナウイルスで採用されているPCR検査は、RT-PCRと呼ばれることがあるが、このRTには2通りの意味が込められている。

 一つはRTが逆転写(Reverse Transcription)の意味で使用されている場合で、これは新型コロナウイルスの遺伝子がRNAであり、PCRでこのRNAを増幅させ、検出可能にするためには、先ず1本鎖のRNAを2本鎖のDNAにする逆転写プロセスを経る必要があり、RNAからDNAをつくるときに必要な酵素は逆転写酵素(Reverse Transcriptase)と呼ばれていて、PCR検査試薬にはこの逆転写酵素が添加されていることによる。

 RTのもう一つの意味はリアルタイム(Real Time)の意味で使用されているもので、これは実用的なPCR検査が、常(リアルタイム)に反応の進行状態を光学的にモニターしていることによる。

 従って、新型コロナウイルスの感染診断に用いるPCR法は、厳密にはRT-RT-PCRということになるが、通常はどちらかを優先的に考えてRT-PCRと記述されているようである。もちろん単にPCRと呼ばれていることも多い。

 さて、新型コロナウイルスから抽出される遺伝子、RNAはその長さがおよそ3万塩基からなるとされる。中国がいち早く報告したとされる武漢コロナウイルスの塩基配列は次の様であり、30473個の塩基からなるとされている(Wuhan seafood market pneumonia virus isolate Wuhan-Hu-1, complete genome,  GenBank: MN908947.1)。


中国からGenBankに最初に報告された新型武漢コロナウイルスに関するレポートの冒頭部(2020.1.12報告)

 ここにはタイトルにもあるように、新型武漢コロナウイルスの全ゲノム配列が示されていて、次のようである。先端部と末端部を紹介する。PCR検査ではこの先端部と末端部にある、新型武漢コロナウイルスにのみ特徴的とされる塩基配列に着目して増幅が行われる。


上記レポートに記載されている武漢コロナウイルスの塩基配列(先頭部分)


上記レポートに記載されている武漢コロナウイルスの塩基配列(末端部分)

 厚労省がこの新型コロナウイルス感染検査のために公表しているマニュアル『病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.9.1(令和 2 年 3 月 19 日発行)』(これは前回引用した国会質疑の中で紹介されている感染研法に相当するものと思われるが)には、PCR検査に使用するF(フォワード)とR(リバース)の一対のプライマーと呼ばれる、増幅領域を決定するための短い塩基の配列が、ORF1a領域と、Spike領域の2か所について、それぞれ示されている。



新型武漢コロナウイルスのPCR検査で増幅対象となる2つの領域

 この2領域は 2-step RT-PCR 法に用いるものとされていて、プライマーの位置を示す番地は次のようである。
①F501、②R913、③F509、④R854、⑤F519、⑥R840、⑨F24381、⑩R24873、⑪F24383、⑫R24865(⑦、⑧の番地情報は示されていない)。

 リアルタイム RT-PCR 法による遺伝子検査には別途次のプライマー情報が提供されている。
 対象となる位置は上図のSpike領域よりもさらに末端部に近い2つの領域が選ばれていて、次のようである。プローブは増幅中に発光分子を取り込むために用いられるもの。

リアルタイムRT-PCR検査に使用するプライマーの塩基配列(厚労省マニュアルより)  

 ここで示されているプライマーは、19個または20個の塩基からなるもので、新型コロナウイルスを特徴づける場所128塩基、または158塩基からなる領域の両端の塩基配列を示している。

 プライマーとしては、こうした塩基配列と結合するための、相補的な塩基配列になる。フォワードの塩基配列は、新型武漢コロナウイルスの塩基配列をそのまま示したものだが、リバースの塩基配列は、前記のようにRNAから逆転写したDNAの塩基配列に読み替えられている。

 GenBankに登録された、前記の遺伝子配列にこの2つの領域を見つけることができる。プライマーの位置を黄色で示す。増幅される領域は、プライマーに挟まれた領域(青)を含むこととなるが、次のようである。ただ、どういうわけか番地が1つずれている。


新型武漢コロナウイルスの塩基配列と、PCR検査の増幅対象とされている2つの領域

 このプライマーの位置に関する情報が、米国のCDCがいち早く公表したとされるものであるのか、日本の国立感染症研究所が独自に決定した物かはここではわからない。

 ところで、ここでこの20個の塩基からなるプライマーについて考えてみたい。
 4種類のA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、そしてC(シトシン)のいずれかを20個つなぐ場合、その種類数は4の20乗≒10の12乗=1兆である。言い換えれば、20個の塩基からなるプライマーというのは1兆種類の中から選ばれた、ただ1種類ということである。

 一方、新型コロナウイルスの塩基数はおよそ3万なので、目標とする場所以外の領域にこれらのプライマーが結合できる塩基配列が見つかる確率は、単純計算で約30000/1兆であり、0.000003%ということになる。

 これは、同じような塩基数を持っている、新型コロナウイルスに類似した別のコロナウイルスが検体に混入しているとした場合、このコロナウイルスを誤って増幅させる可能性は実質的にゼロに等しいということも意味している。ただし、もちろんプライマーとして、両者に共通した塩基配列の領域をあえて選択した場合は別であるが。

 ちなみに、新型武漢コロナウイルスと類似のウイルスの遺伝子の相同性は、コウモリのコロナウイルスでは96%、SARSでは80%、MERSでは55%であるとされる。

 もうひとつ、PCR検査の検体には人体由来の遺伝子DNAが当然含まれていると思われるが、プライマーがこのDNAに結合する確率を見ておく必要があるだろう。

 人のDNAはおよそ32億塩基対からなるとされる。このDNAの一方のどこかに、PCR検査用のプライマーが結合できる20個の塩基配列が見つかる確率は、やはり単純計算で約32億/1兆=0.32%ということになる。この数値も、実際にはフォワードとリバースの1対のDNAの両方で同時にプライマーの塩基配列に合致した部位が存在する確率も加味すると、実際上PCR検査結果に影響するレベルではないと言えるのではないだろうか。

 PCR検査の有効性について、専門家の間でも様々な意見がある現状だが、PCR検査において、新型武漢コロナウイルス以外のRNAやDNAに誤って反応する可能性についての疑問は解消すると思えるのであるがどうだろうか。

 次に、GenBankに登録された前述の新型武漢コロナウイルスの塩基配列情報そのものを詳しく見ておこうと思う。このデータは、その後2回にわたって更新され、Ver.2とVer.3が提出されていることが判っている。以下のようである。


新型武漢コロナウイルスの塩基配列を更新(Ver.2)したレポートの冒頭部(2020.1.14更新)


GenBank レポートのVer.2に報告されている新型武漢コロナウイルスの塩基配列の末端部(Ver.1よりも短くなっているが、最終端まで塩基配列は同じであることがわかる) 

 Ver.2の塩基配列は、長さがVer.1の30473塩基に比べると29875塩基と短くなっているが、1~29875番地までの塩基配列は、先端と末端の塩基配列を見る限り、完全に一致しているように見える。
 しかし最後の図に示すように、ごく一部に差異のあることが判った。この違いは16個の塩基が抜けて、16個の塩基が挿入されているというものなので、結局のところ2か所のプライマーの指定位置の塩基配列情報は変わっていないという状況である。

 厚労省が公開している検査マニュアルには、プライマーの情報はこのうちVer.1に基づいているとの注記がある。

 次に、Ver.3の塩基配列を見ると、一見して、Ver.1およびVer.2とは異なる塩基配列である。しかし、これもよく見ると、先端付近の塩基が16個欠落した塩基配列になっていることが判り、16個ずらしてみると3者ともに同じ塩基配列を示している。
 
 この16個のずれは不思議な配列の一致を生み出している。上でVer.2の塩基配列に16個の脱落と挿入があると書いたが、その結果、Ver.2とVer.3の塩基配列は5041番地から5100番地までぴったりと一致することになっている(最後の図参照)。 

 さらに別の場所では、最後の図に示したように一部に変異がみられる。この変異もまた16個の塩基が挿入され、60個分の間を置いて、今度は16個の塩基が抜けている。結果として、この2か所の変異部位に挟まれた番地だけは、Ver.1からVer.3の塩基配列が全く同一になるといった奇跡的なことが起きている。また、その後は再び16個分ずれた形になっていることが判る。

 Ver.3の塩基配列では、このためプライマーとして指定されている番地の塩基配列は検査マニュアルのものとは異なっていて、同じ番地を探してもこのプライマーの塩基配列を見つけることはできない。以下に見るとおりである。Ver.3記載の塩基数はVer.2比では僅かに増加しているがVer.1に比べると減少していて、29903個である。

 Ver.3が報告されたのは、下記の通り2020年3月18日であるが、データは2カ月も早く2020年1月17日にはVer.1やVer.2に代わるものとして置き換えられていたとのコメントがある。


新型武漢コロナウイルスの塩基配列を更新(Ver.3)したレポートの冒頭部(2020.3.18更新)
 

GenBank レポートのVer.3に報告されている新型武漢コロナウイルスの塩基配列の末端部(厚労省のマニュアルのプライマー用とされる塩基配列は、指定されている番地には見つからず、16個分だけずれた位置に見られる) 

 中国から報告されている新型武漢コロナウイルスの塩基配列情報をVer.1からVer.3まで部分的に比較すると次のようである。Ver.1とVer.2の塩基配列は長さは異なるが、番地も含めてほぼ完全に一致している。一方Ver.3は16塩基分だけ番地がずれた塩基配列である。ただ10021番地から10080番地までの配列は3者とも完全に一致している。

Ver.1-1 cggtgacgca tacaaaacat tcccaccata ccttcccagg taacaaacca accaactttc
Ver.2-1 cggtgacgca tacaaaacat tcccaccata ccttcccagg taacaaacca accaactttc
Ver.3-1 attaaaggtt tataccttcc caggtaacaa accaaccaac tttcgatctc ttgtagatct

Ver.1-61 gatctcttgt agatctgttc tctaaacgaa ctttaaaatc tgtgtggctg tcactcggct
Ver.2-61 gatctcttgt agatctgttc tctaaacgaa ctttaaaatc tgtgtggctg tcactcggct
Ver.3-61 gttctctaaa cgaactttaa aatctgtgtg gctgtcactc ggctgcatgc ttagtgcact

Ver.1-1021 agagctatga attgcagaca ccttttgaaa ttaaattggc aaagaaattt gacaccttca
Ver.2-1021 agagctatga attgcagaca ccttttgaaa ttaaattggc aaagaaattt gacaccttca
Ver.3-1021 gacacctttt gaaattaaat tggcaaagaa atttgacacc ttcaatgggg aatgtccaaa

Ver.1-5041 caatgacata tggacaacag tttggtccaa cttatttgga tggagctgat gttactaaaa
Ver.2-5041 acagtttggt ccaacttatt tggatggagc tgatgttac aaaataaaac ctcataattc
Ver.3-5041 acagtttggt ccaacttatt tggatggagc tgatgttac aaaataaaac ctcataattc

Ver.1-10021 atgttcttta ccaaccacca caaacctcta tcacctcagc tgttttgcag agtggtttta
Ver.2-10021 atgttcttta ccaaccacca caaacctcta tcacctcagc tgttttgcag agtggtttta
Ver.3-10021 atgttcttta ccaaccacca caaacctcta tcacctcagc tgttttgcag agtggtttta

Ver.1-20041 aaatgcccgt aatggtgttc ttattacaga aggtagtgtt aaaggtttac aaccatctgt
Ver.2-20041 aaatgcccgt aatggtgttc ttattacaga aggtagtgtt aaaggtttac aaccatctgt
Ver.3-20041 gttcttatta cagaaggtag tgttaaaggt ttacaaccat ctgtaggtcc caaacaagct

Ver.1-29041 ctgctgaggc ttctaagaag cctcggcaaa aacgtactgc cactaaagca tacaatgtaa
Ver.2-29041 ctgctgaggc ttctaagaag cctcggcaaa aacgtactgc cactaaagca tacaatgtaa
Ver.3-29041 gaagcctcgg caaaaacgta ctgccactaa agcatacaat gtaacacaag ctttcggcag

Ver.1-29821 aatgtgtaaa attaatttta gtagtgctat ccccatgtga ttttaatagc ttcttcctgg
Ver.2-29821 aatgtgtaaa attaatttta gtagtgctat ccccatgtga ttttaatagc ttctt
Ver.3-29821 tttagtagtg ctatccccat gtgattttaa tagcttctta ggagaatgac aaaaaaaaaa

 最終端は比較するためではないが、次のようである。

Ver.1-30421 agggctatgg catctttttg taaaaataag gaaagcaagg ttttttgata atc 30473
Ver.2-29821 aatgtgtaaa attaatttta gtagtgctat ccccatgtga ttttaatagc ttctt 29875
Ver.3-29881 aaaaaaaaaa aaaaaaaaaa aaa 29903

 最後に、Ver.1からVer.3までの塩基配列の変化を図示すると次のようである。一番下に日本の国立感染症研究所が一旦公開し、その後取り下げている新型コロナウイルスの全遺伝子配列の情報を追記した。中国のVer.1と比べるとほとんど一致する内容であるが、プライマー位置を含め、全体として43塩基分だけずれていることがわかる。

 これらの塩基配列比較は、注意して見たが、全塩基配列をすべて比較したわけではないので、気が付かなかったところがあるかもしれないことをお断りしておく。目的としたところはPCR検査に使用するプライマーの位置情報を確認しておくためである。
 
GenBankに登録されている新型武漢コロナウイルスの更新内容(Ver.1とVer.2はほぼすべての領域で塩基配列は一致しており、Ver.3だけは、ほとんどの領域で16塩基分のずれが起きている。参考までに一番下に日本の感染研からのデータを示す。2021.2.1 一部追記)

*2021.2.1 一部追記。 

  


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続・新型コロナウイルス(6)PCR-2

2021-01-22 00:00:00 | 新型コロナウィルス
 前回の福岡博士の記事や、マリス博士の著書での説明で、PCR検査の原理的なところはおおよそ解説されていた。

 新型コロナウイルスへの感染を診断する方法としては、当初唯一の方法とされたこのPCR検査だが、このPCR検査をめぐる議論は、今日まで続いている。それは何故か。

 先ごろ、ノーベル生理学・医学賞を受賞した4人の学者が連名で次のような提言を発表して話題になった。4人のうち、本庶佑博士と大隅良典博士はTVのワイドショウにも出演してその趣旨を説明したが、その要望事項の中には『PCR検査能力の大幅な拡充』が含まれていた。

「声明
 過去一年に渡るコロナ感染症の拡張が未だに収束せず、首都圏で緊急事態宣言が出された。現下の状況を憂慮し、我々は以下のような方針を政府に要望し、実行を求める。

一、 医療機関と医療従事者への支援を拡充し、医療崩壊を防ぐ
二、 PCR 検査能力の大幅な拡充と無症候感染者の隔離を強化する
三、 ワクチンや治療薬の審査および承認は、独立性と透明性を担保しつつ迅速に行う
四、 今後の新たな感染症発生の可能性を考え、ワクチンや治療薬等の開発原理を生み出す生命科
   学、およびその社会実装に不可欠な産学連携の支援を強化する
五、 科学者の勧告を政策に反映できる長期的展望に立った制度を確立する

2021 年 1 月8日
大隅 良典
大村 智
本庶 佑
山中 伸弥 (五十音順)」

 前回紹介したように、福岡伸一博士は、PCR検査をCOVID-19の診断に用いる場合の問題点について、次のように書いていた。福岡博士だけではなく、PCR検査を、新型コロナウイルスへの感染診断に用いることについて懸念する声は他の学者からも出されているし、実際、厚労省の方針も、検査能力の拡大については積極的とは言えない。

 「米国のCDC(疾病コントロールセンター)はサイトにいちはやく、リアルタイムPCRに使用する遺伝子配列を複数パターン公表した。現在の検査はこの情報に準拠しているはずだ(ただし、ウイルス側の変異の速度も早いので、この点の注意も必要)。
 問題は、リアルタイムPCR法が鋭敏すぎることだ。
 ほんのわずかでもウイルスゲノムがあれば(理論的には一滴の鼻水サンプルの中に一個のウイルスがいれば)、それを陽性として検出してしまう。なので、ある集団に対して(症状にかかわらず)網羅的に検査をすれば必ずやかなりの程度の陽性者が発見されることになる。しかし風邪の症状が出るのは、個人個人の免疫系とウイルス増殖とのせめぎあいのバランスによる。陽性でも、全く無症状の人、ウイルスを拡散する危険がほとんどない人も多数存在するだろう。」

 高感度ゆえに、検査に伴い、偽陽性者が出ることを懸念しての話であるが、その後の報道によると、PCR検査では偽陰性者も問題になっている。高感度だけが問題なのではなく、その判定基準の設定もまた重要な要素であることがわかる。

 これはPCR検査の「感度」と「特異度」がそれぞれどの程度になるように検査方法と判定方法が管理されているかということでもある。一般的なことではあるが、検査における感度と特異度はトレードオフの関係にある。これは陽性判定をする際の基準値「カットオフ値」の設定により変化するものである。

 次の図はある感染症検査における検査値と、健常者数、感染者数およびカットオフ値の関係をモデル的に示す図である。

 感染者と健常者とを完全に分離できるような検査方法というものは無いということなので、どうしても部分的にこれらが重なり合う検査値範囲が存在する。すなわち偽陽性と偽陰性とが出ることになる。このバランスを見て陽性/陰性の判定基準となるカットオフ値が決められている。カットオフ値以上であれば陽性、未満であれば陰性判定となる。

図1.検査におけるカットオフ値と偽陰性と偽陽性の発生

 次の図のように、感染者と健常者の分布の重なりがより少ない場合には、偽陽性者と偽陰性者は少なくなり、感度と特異度はともに高くなる。

図2.健常者と感染者の分布の重なりが少ない場合

 また、図1のケースで、カットオフ値を変更すると、偽陽性者数、偽陰性者数は次のように変化し、感度と特異度はトレードオフの関係にあることが理解される。
 
図3.図1のカットオフ値を大きくすると感度が低下し、特異度が高くなる

 PCR検査ではCt値がこのカットオフ値に相当すると考えられるが、PCR検査の場合にも、こうした一般的な感度と特異度の関係がそのまま通用するのだろうか、あるいは何か特別な関係があるのだろうか。

 ここで改めて感度と特異度の定義を見ておくと次のようである。2020年に新型コロナウイルス感染が拡大し始めたころにはPCR検査の感度と特異度はそれぞれ、70-80%、90-99%程度と解説されていた。


 その後、2020年9月29日に、北海道大学からこのPCR検査の感度と特異度に関する発表が行われた。内容は次のようである。

「プレスリリース【記者会見】新型コロナウイルス唾液PCR検査の精度が約90%であることを世界最大規模の研究により証明!

 これからの新型コロナウイルスの感染爆発を防ぐには、濃厚接触者など無症状者から新型コロナウイルス感染者を発見し、感染伝播をブロックすることが重要になります。今まで、初期の小規模な研究結果より、PCR検査の感度は70%程度と考えられており、さらに唾液PCR検査の感度は明確ではありませんでした。
 今回、北海道大学大学院医学研究院の豊嶋崇徳教授らの研究グループは、約2000例という過去世界最大の症例における唾液と鼻咽頭ぬぐい液の診断精度の比較を行いました。それぞれの感度は83-97%対77-93%、特異度は両者とも99.9%以上でした。また、陽性例のウイルス量は両者で同等でした。
 以上の結果から、PCR検査の感度は従来いわれていた70%を遥かに上回る約90%であり、特異度も極めて高く、信頼できる検査であることを明らかにし、鼻咽頭ぬぐい液、唾液ともに使用でき、より安全で簡便に採取できる唾液を用いたスクリーニング検査は標準法として適切であると結論づけました。」

 参考資料として挙げられている文献には次の図が示されていた。


北海道大学病院 PRESS RELEASE 2020/9/28 より

 リリースされた発表内容には、PCR検査におけるCt値のことは示されていないが、国内での検査であるから、後述する感染研法に基づく基準で行われているものと考えられる。この研究発表で、PCR検査精度が感度、特異度共に十分高いことが示されたので、PCR検査についての議論が決着したかと思っていたが、必ずしもそうではなかった。

 北海道大学の発表が行われた後の、2020年12月2日には、国会でPCR検査の信頼性に関する次のような質疑も行われている。質問に立ったのは、日本維新の会・参議院議員「やながせ裕文」氏(下記文字起こしした引用文の「Q」)である。質問に答えているのは、厚労省の佐原康之総括審議官(同「AS」)と山本博司副大臣(同「AY」)である。
 
(当該質疑はこのYouTubeの3分10秒あたりから始まる)

「Q:どういう問題かと言うと、PCR検査のですね、感度が高すぎるために死んだウイルスや非常に微量のウイルスにも反応してしまって、他者に感染させる可能性のない人をも陽性と判定してしまっているのではないか、と言う疑義であります。
 感染拡大を防止するという観点から、隔離をお願いしている訳ですけれども。必要のない人までですね、感染能力のない人まで、隔離をしてしまっているという結果に陥っているのではないかという問題であります。
 そもそもPCR検査とは、採取した唾液などにウイルスの遺伝子の一部が含まれているかどうかを判定するものであって、含まれていれば陽性、いなければ陰性と判定されます。
 しかし、そのウイルスの特性までは判らず、感染力の無い微量なウイルスや、死んだウイルスでも存在が確認されればこれ、陽性となってしまうという性質があります。
 そこで、検出するまでのサイクル数を示すCt値に注目をしたいと思います。 
 PCR検査ではサンプルのウイルス遺伝子を増幅させて判定する訳ですが、増幅の回数を示すのが、これCt値と言われています。1サイクルで1本の遺伝子が2本、2サイクルで4本、3サイクルで8本ということで、乗数的に増えていくわけですね。これを繰り返して行って、遺伝子を増幅させていってですね、ある特定の反応が立ち上がったらそれを陽性と判断するということなんです。
 で、Ct値が高ければ、高いところで反応が出れば検体に含まれるウイルスは微量、低ければ量が多いということになるという風に思います。
 現在新型コロナウイルスの判定方法については国立感染症研究所の病原体検出マニュアル、これ3月19日のものですけれども、これが公表されていて、このマニュアルに沿った判定方法、これいわゆる感染研法という風に呼ばれております。
 日本におけるPCR検査の機器とその機器を使用した陽性判定は、この感染研法に適合するかどうかということで承認を受けていると聞きました。つまりこの感染研法が検査の基準となっているわけですね。その感染研法で陽性判定するのに必要なCt値、サイクル数、これ40としているということで、Ct値40ということですね。
 しかしこの40ということはどういうことなのかと言ったら、1本の遺伝子を理論上はですね1兆本に増幅をして反応を見るというもので、極めて微量のですね、かけらまでひろう設定となっているのではないか、つまりこのCt値40というのはですね、高すぎることによって、あまりにも幅広くの人たちを、これ陽性判定してしまってるのではないかという問題を抱えているという風に考えております。
 そこで、先ずお伺いしたいんですけれども、陽性判定にCt値を40とした理由、そこで検出可能なウイルス遺伝子の数値、これについてお答えをいただきたいと思います。

議長:佐原厚生労働省大臣官房危機管理医務技術総括審議官

AS:お答えいたします。国立感染症研究所が開発した新型コロナウイルスリアルタイムPCR法での陽性基準につきましては、陽性コントロールの増幅曲線の立ち上がりが、40サイクル以内に見られ、かつ陰性コントロールの増幅曲線の立ちあがりが、見られない時に試験が成立すると見なすと示しているところでございます。
 これはあの新型コロナウイルスに限らず、一般的なリアルタイムPCR法の取り扱いに基づいて設定されているものでございます。
 またあのご質問いただきましたコピー数でありますけれども、国立感染症研究所で開発されたリアルタイムPCRにより検出することができるウイルス量の限界は5コピーとなっております。

Q:有難うございます。一般的なリアルタイムPCR法に基づいているんだということなんですけれども、これはそのどれくらいのですねコピー数を検出するまでそのサイクル数を設定するかということで、決めの問題であるという風に考えておりますし、また今ご答弁いただきましたけれども、まあちょっと私が聞いた話と違うんですけれども、5コピーだということですね。つまり5コピー分の遺伝子まで検出できるという設定で今検査をしているということなんですね。
 とするならば、その5コピーということにどういう意味があるのかということだと思います。えー、京都大学のですね、ウイルス研究所の宮沢准教授は、この40サイクルは過剰であって死んだウイルスの断片など感染力とは関係のないウイルス遺伝子の検出につながる可能性が高く、Ct値は32~35程度が妥当なのではないかということをおっしゃっているわけであります。
 そこで、先ほど、私は1コピーだという風に聞いたわけですけれども、感染研のヒアリングではですね、5コピーだと、検出限界が5コピーだということだと思いますけれども、じゃあその5コピーによって、5コピー持っている人ですね、陽性だと判定された人が、どれだけ感染力があるのか、このことについてお伺いしたいと思います。

AS:お答えいたします。PCR検査を含めた各種検査につきましては、必要な精度が保たれているものについて、薬事承認または国立感染症研究所の評価を得て実用化をしております。
 ご質問の新型コロナウイルス感染症においてどのような感染者が他者を感染させ得るのかという感染性を判断するにあたりましてはいろいろあの留意しなければいけないことがあると思います。
 たとえば検体採取の際の手技が適切でない場合、あるいは検体を採取する時期が潜伏期間である場合など、特にウイルス量が少ないと考えられる検査結果の取り扱いについては課題があるものと承知をしております。
 いずれにしても御指摘の点も踏まえ様々な知見を収集し適切な検査を行うために必要な見直しを行ってまいりたいと考えております。

Q:そういうことではなくてですね、今のPCR検査で陽性と判定されるためには5コピーあれば陽性と判定されるわけですね、これ限界です。ではその5コピーで陽性と判定された人が本当に感染力があるの?ということなんです。

AS:ご指摘の通りPCR検査の陽性判定は必ずしもウイルスの感染性を直接証明するものではございません。

Q:そうすると、確認ですけれども、PCR検査で陽性判定されたからといって、その人に感染力があるとはいえないということでよろしいでしょうか。

AS:PCR検査の陽性判定イコール、ウイルスの感染性の証明ということではないということでございます。

Q:これ極めて由々しき問題だと思いますよ。今、PCR検査で陽性判定がされればですね、本来はそのCt値とほかの症状であったりとか、CTを見たりとか、ですね、によって陽性・陰性と言うのを判定していけばいいんですけれども、今検査数非常に多いんですね、だからもうPCR検査で陽性・陰性どっちか、2分の1っていうことでもう、極めてですねきっかりと別れてしまっている訳ですね。
 陽性と判定されてしまったならば、10日間の隔離という言い方をしますけれども、隔離という対象になってくるということで、社会経済上非常に大きな影響を受けていることになっているという風に思います。
 ではですね、お伺いしたいんですけれども、PCR検査の陽性者で、感染性がない可能性がある人はどれくらいいると想定されるのか、その点についてお伺いしたいと思います。

AS:お答えいたします。ウイルス量と感染性を示すデータについては必ずしも明らかではありませんけれども、ウイルス量が一定より少ない場合、培養可能なウイルスが検出されず、感染性のある可能性が低いという風に考えられております。具体的なウイルス量については様々な研究がございますけれども、例えば米国においてはこのCt値が33から35程度より高い場合、培養可能なウイルスがほとんど検出されなかったとの報告もございます。
 また日本においては、Ct値がおおむね30以下では培養可能なウイルスが検出されることが多いとの報告もございます。
 他方、どのような感染者が他者を感染させ得るのかという感染性を判断するにあたっては、先ほど申しましたように、たとえば検体を採取する期間が潜伏期であるなど特にウイルスが少ないと考えられる場合の検査結果の取り扱いなど慎重に取り扱っていく必要があると考えております。

Q:つまりですね、PCR検査で陽性と判定された方でも感染性がない人たちがたくさんいるということだと思いますよこれは、その可能性があるということだという風に思います。
 PCR検査のそもそもの目的は感染拡大を止めるということにあると思います。決して遺伝子の保持者を特定しようということではないですよね。感染力を持っている人を特定してその人に社会活動を遠慮いただくということのために、この検査はあるものだという風に思っております。ですから今の検査のあり方でいいのかということはですね、これは考えなければいけない課題だと思います。

 これは海外でも問題視する動きが出てまして、英米でのメディアでもPCR検査で陽性とされた者の中で実際に感染している者は少ないのではないかという疑念の声が上がっています。海外ではCt値が34以上だと感染性ウイルスを排出しないと推測できるという論文も発表されていて、実際に台湾ではですね、Ct値が35より低い場合のみを陽性と判定しているということであります。当初、感染研がこのマニュアルを作成した3月の時点では、未知のウイルスだということで、ウイルス遺伝子のかけらも見逃さないというですね厳格な検査方法の設定をしてきたことはこれは理解できます。しかしそこからですね9カ月が経とうとしていて、さまざまな知見が積み重なっていると思います。 
 先ほどいくつかご紹介いただきましたけれども、これはあの政府の方でもしっかりとこの知見をですね、理解している訳ですよね。5月29日の第15回新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の中に提出された資料ですね、患者のウイルス量と感染性に関する国内外の知見という資料では、ウイルス量は低いが、検出可能な範囲ではほとんど培養陰性、ウイルス分離はされないということが書かれております。
 つまりこれCt値が35を超えたらですね、感染力がないという知見があるんだよということが紹介されている訳です。また日本感染症学会もこの問題に注目をしていて、10月に発表したCOVID-19検査法及び結果の考え方では、Ct値が高い場合には、たとえ遺伝子検査が陽性であってもその検体から感染性を示すウイルスが分離されにくくなることに注意する必要がある。また遺伝子検査陽性が必ずしも感染性ありとならない可能性が示唆されているとしています。
 多くの専門家がこの問題を指摘していて、新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長である尾身さんご自身もですね、日本内科学会の雑誌に収録されているインタビューの中で、Ct値については35位がよいのではないかと、尾身さん自身がこれ言ってるわけですよ。
 3月に作成された検査マニュアルからも9カ月が経ち、その期間にCt値とこの感染性の関係、ウイルス量と感染性の関係など多くの知見が積み重なってきております。そこで、本来の検査目的にかなったものとなるように、この感染研法におけるCt値の変更など、感染能力のある人を特定できるように、検査を見直していく必要があるという風に考えますけれども、山本副大臣の見解を伺いたいと思います。

AY:やながせ委員の問題意識を含めて、大変大事であると思います。委員ご指摘の感染性のある方のみを判定できる検査につきましては、現時点では確立したものは無いと承知している次第でございます。先ほど審議官の方からも答弁ありましたように、新型コロナウイルス感染症につきまして、どのような感染者が他者を感染させ得るかという、感染性を判断するにあたりましては、いずれの検査におきましても、たとえば検体採取の際の手技が適切でない場合であったり、また検体を採取する時期が潜伏期間である場合であったり、特にウイルス量が少ないと考えられる検査結果の取り扱いにつきましても課題があるものとこう承知をしてる次第でございます。いずれにしても、委員ご指摘の点も踏まえまして、さまざまな知見を収集し、適切な検査を行うために必要な見直しを行ってまいります。

Q:ありがとうございます。適切な見直しを行っていくと、いうことでぜひお願い申し上げたいと思います。今、これからですね検査をどんどん拡大していかなければいけない局面になっているという風に思うのですね、ただ、その中でこのPCR検査に対する信頼性が揺らいでくるということはあってはならない、という風に思います。ですから、しかるべきですね、的確な、検査目的にかなった検査となるように、ぜひ適切な見直しを行っていただきたいということを申し上げまして、質問を終ります。有難うございました。」

 長い引用になったが、感染研法でサイクル数40以内で感染の判定を行っているということを、図示すると次のようである。北海道大学の結果では感度が88%程度、特異度が99.9%以上ということなので、次図の感染者、健常者の分布とは異なるが、このような概念であると思う。また、この図では以前の図1-3とは感染者と健常者の位置が入れ替わっていることに注意していただきたい。


図4.PCR検査における、Ct値と陽性/陰性判定の概念図

 国会での質疑では、現在Ct値40位内での判定を行っているが、陽性判定された者のうち、Ct値34以上では感染力は疑わしく、30以下では明確に感染力が認められるとの見方が示されていた。

 すなわち、現状の検査判定基準では、サイクル数30~34の範囲で陽性判定された者の中には擬陽性者が含まれていること、サイクル数34~40の範囲で陽性判定された者にはかなりの偽陽性者が含まれていることになる。ただ、サイクル数40以上の偽陰性者については、不問に付されている。

 その意味では、先の国会質疑で質問者の言う通り、Ct値を35程度に下げることで、偽陽性者を減らすことができる。しかし、その場合他方で次図のように、多数の偽陰性者を出すことになり、無症状感染者を把握して感染拡大を防止するという本来の検査目的には漏れが生じることになる。
 これは、PCR検査の問題点というよりも、検査の限界という感じがする。


図5.図4でCt値を35前後に下げた場合の擬陽性者数と偽陰性者数の変化

 以上、Ct値の観点からPCR検査の持つ課題をみてきた。PCR検査における手技の問題、検査実施のタイミングの問題、検査結果の判定の問題に加えて、感染者数と健常者数の分布などのデータを含めたうえで、冒頭の4人のノーベル賞受賞者による緊急提言の実施可否についても、政府から的確な方針が示されることを期待したい。

 PCR検査にはこのほかにも、その本質的な特徴から、別な課題も含まれているようである。改めて考えてみたい。

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雲場池の四季(2)春・夏の水鳥

2021-01-15 00:00:00 | 軽井沢
 今回は雲場池の季節の移り変わりを、訪れてくる水鳥の様子を通して見ていこうと思う。春・夏と秋・冬の2回に分けて紹介するが、初回は前半の3月から8月にかけて撮影したオオバン、カイツブリ、カルガモ、カワウ、キンクロハジロ、ダイサギ、ホシハジロ、マガモを見ていただく。

 軽井沢は野鳥の生息数では日本でも有数の生息地とされている。中軽井沢にある「軽井沢野鳥の森」は、標高950mから1100mに位置する高原の森で、広さは約100ha。日本野鳥の会の創設者である中西悟堂(なかにし ごどう/1895~1984年)が、軽井沢・星野の地を「日本三大野鳥生息地」と呼び、1974年に環境省(当時は環境庁)により、国設野鳥の森に指定されているもので、この森では、年間で約80種類の野鳥を観察することができるという。

 この野鳥の森からは、少し離れているが、雲場池周辺を朝散歩していると、オオルリ、キビタキ、ベニマシコ、ヒレンジャクなどの代表的な種を目撃することができるのだが、ここには種類はそれほど多くはないが水鳥もやってきており、年間を通じて見ていると10種以上を観察、撮影することができた。

 個別にはすでに当ブログで紹介してきているが、年間を通じて、いつどのような水鳥がやってきているのを表にし、スライドショウでこれらの姿をまとめてみた。

 3月には、冬鳥として雲場池に飛来した7種類の水鳥をまだ見ることができるが、暖かくなるにつれて、次第にその数は減っていき、6月にはほとんどが姿を消してしまい、カルガモだけになる。

雲場池で見られる水鳥(2020.1-2021.1)

 私が雲場池に出かけるのは、だいたい朝7時半から8時半くらいに限られているので、それ以外の時間帯ではどのような状況になっているのかは不明であり、必ずしもこの表の様であるとは言えないし、年によっても変わっているであろう。その程度のものとの条件付きであるが、今回は1年の観察の前半として、3月から8月にかけて撮影した写真を3分間のスライドショウにしたものを見ていただく。

水鳥の四季 春・夏(2020.3-8 撮影)

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続・新型コロナウイルス(5)PCR-1

2021-01-08 00:00:00 | 新型コロナウィルス
 PCRは今やとても有名になった語で、それはもちろん新型コロナウイルスの感染診断に用いられている技術だからであり、種々の抗原検査や抗体検査法の新たな開発が報じられているが、PCRは現在でも最も多く用いられている方式である。

 昨年2月頃には、TVのニュースやワイドショウでもこのPCRという言葉を聞くようになっていたが、その頃、目にした解説に福岡伸一博士(1959.9.29- 生物学者、青山学院大学教授)の次のような文章があった。福岡博士については、生物学に関する著述で名前を知っていたし、数年前に東京・銀座でフェルメール展が、意外にも氏の企画で開催されていたのを見る機会もあったので、また別な意味でも親しみを感じていた。

 福岡博士の文章の一部を引用すると、
 「感染拡大する新型コロナウイルス-福岡伸一『PCR法が鋭敏すぎて生まれる問題-』(2020.2.20 AERA dot.)

 新型コロナウイルス感染が拡大を続けている。重症化するケースもあるので油断はできないが、軽挙妄動するのは注意したい。

 いうなればこれはインフルエンザ同様、ウイルス性風邪のひとつであり、新型とはいえ、未知ではなく、原因ウイルスも、そのゲノムも解明されており、検出法も確立されている既知のものだからだ。いずれワクチンも開発され、数年後には『今年もインフルとコロナの予防注射をしておこうか』という具合に、ごく普通の、日常的なものになることだろう。

 今回、この新型コロナウイルス感染の問題を社会的により大きくしてしまったのは、皮肉なことに、鋭敏で厳密な遺伝子検査法リアルタイムPCRにある、と言えるのではないか。・・・

 新型コロナウイルスは・・・ごく一般的なコロナウイルスなのか、SARSコロナウイルスなのか、そのような差異は<電子顕微鏡でも>判別することができない。そこで活躍したのがリアルタイムPCRである。・・・

 リアルタイムPCR法は、新型コロナウイルスのゲノムにだけ特徴的な部分を選び出し、その部分の遺伝子断片をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅して、その増幅速度を特殊な蛍光反応で検出する。PCRは変人科学者キャリー・マリスの発明。彼はこのアイデア一つでノーベル賞を獲った(詳しくは拙訳書『マリス博士の奇想天外な人生』を)。

 ・・・米国のCDC(疾病コントロールセンター)はサイトにいちはやく、リアルタイムPCRに使用する遺伝子配列を複数パターン公表した。現在の検査はこの情報に準拠しているはずだ(ただし、ウイルス側の変異の速度も早いので、この点の注意も必要)。

 問題は、リアルタイムPCR法が鋭敏すぎることだ。

 ほんのわずかでもウイルスゲノムがあれば(理論的には一滴の鼻水サンプルの中に一個のウイルスがいれば)、それを陽性として検出してしまう。なので、ある集団に対して(症状にかかわらず)網羅的に検査をすれば必ずやかなりの程度の陽性者が発見されることになる。しかし風邪の症状が出るのは、個人個人の免疫系とウイルス増殖とのせめぎあいのバランスによる。陽性でも、全く無症状の人、ウイルスを拡散する危険がほとんどない人も多数存在するだろう。ある意味で、我々ヒトは多数のウイルス、細菌とともに共存して生きている。・・・」

 この文章を読んで、PCR法の概要と、PCR法を発明したキャリー・マリス博士(Kary B. Mullis : 1944.12.28-2019.8.7)のことを初めて知ったのであった。

 福岡博士はすでにここでPCR法の使い方には注意が必要なことを説いていた。PCR法を新型コロナウイルスへの感染診断に用いる際の問題点が、その後現在に至るまで、国会での質疑を含め議論されていることは注目すべきだと思う。

 また、ネットにあふれているコロナに関する様々な情報の中には、キャリー・マリス博士自身が、PCRを感染症の診断に用いてはならないと、遺言しているといったものも見受けられる。使用に際して、慎重であるべきとの意見とは異なる視点からのものであるが、果たして、キャリー・マリス氏が実際にそうした発言をしているかどうか、気になるところである。

 さて、この福岡博士の記事を読んでから随分後になってからのことになるが、友人のYさんから福岡博士の訳によるこの本『マリス博士の奇想天外な人生』(2004年 早川書房発行)を借りて読む機会ができた。マリス氏自身の手によるこの本の中で、彼がどのように発言しているのか見ておこうと思う。
 

『マリス博士の奇想天外な人生』(福岡伸一訳 早川書房発行)のカバー表紙

 文字通りマリス博士の奇想天外な人生が、本人の手で綴られている内容であるが、全22章の記述の中で、主としてPCRに関係する記述がある章を選ぶと、
1. デートの途中でひらめいた!
2. ノーベル賞をとる
9. アボガドロ数なんていらない
10.初の論文が《ネイチャー》に載る
18.エイズの真相
19.マリス博士の講演を阻止せよ
ということになるだろうか。

 これら各章でのPCRに関する記述の一部を引用すると、次のようである。

1. デートの途中でひらめいた!
 ・・・私の銀色のホンダ・シビックは、山に向かってぐんぐん進んでいた。ハンドルを握る手が、路面の様子やカーブの感覚を楽しんでいた。私の頭の中には研究室の仕事がよみがえっていた。DNAの鎖がくるくるとねじれたり、たゆたったりしていた。・・・ヘッドライトは木々を照らしていたが、私の目はなかばDNAがほどかれていく様子を見ていた。・・・助手席にはガールフレンドが眠っている。そして私はとても素敵な問題を抱えている。風の中をたゆたう大きな問題。

 『今夜、ほんのささいな思いつきひとつで、もっとも重要な分子の配列をスルスルと解読することができたら?』

 大きな問題。それはDNAのことだった。・・・
 問題を解く鍵はオリゴヌクレオチドにある。オリゴヌクレオチドとはDNAのごく短い一断片のことで、これはシータス社の研究室で、いまや、ごく簡単に合成できる。自然界に存在するDNAははるかに長いので、合成することはできない。しかし、合成されたオリゴヌクレオチドを長いDNAと一緒に混ぜると、一致する配列を見つけ出し、そこに結合することができる。ちょうど、コンピュータの単語検索機能が長い文章の中から、特別の短い文字列を見つけ出すのと同じようなものである。・・・

 DNAの長さを示す単位はヌクレオチドという。人間のDNAは三十億ヌクレオチドである。この中から特別な「文字列」を検索するためには、化学的なプログラムが必要だ。しかし、いったいどのようにすればよいのか?・・・

 これはたいへん難しい課題だ。夜間、月面から地球上の道路を走る車のナンバーを読み取るようなものだから。

 私にはコンピュータ・プログラミングの心得があったので、単純なルーチンでもそれを繰り返し行うことによって、大きな仕事が可能になるという感覚が分かっていた。

 それはこういうことだ。まず初期値をインプットする。すると計算値が得られる。それをインプットする。新しい計算値が出る。それをまたインプットする。この繰り返しである。たとえば、ある数値の二倍を計算させるるルーチンがあるとしよう。すると二は四に、四は八に、八は十六に、十六は三十二にとなる。これを繰り返すと、数値は瞬く間に指数関数的に増大する。

 これをDNAに応用すればどうなるだろうか。まず、オリゴヌクレオチドを合成する。それを使って、長いDNA鎖状のある特定の地点に結合させる。そこを出発点にして、DNA鎖のコピーをつくる。これを何回も繰り返せば・・・。私は問題解決のすぐ近くにいるような気がした。・・・

 長いDNAの中には、そういう場所が多数あるに違いない。三十億ヌクレチオドからなるヒトゲノムの中では、1000か所くらいはそういう配列が存在するとしても不思議ではない。しかし、その程度の精度ではダメなのである。もっと正確に必要な場所が特定されなければならないのだ。

 まったく突然、どうすればよいかがひらめいた。・・・一番目のオリゴヌクレオチドが結合する場所の下流に、二番目のオリゴヌクレオチドが結合するように設計しておけばよいのだ。・・・

 そこでDNAが自分自身をコピーする能力を利用してやればよい。そうすれば、一番目のオリゴヌクレオチドと二番目のオリゴヌクレオチドの間に挟まれた部分のDNAのコピーを作り出すことは簡単だ。・・・

 私は自分のコンピュータに『立証されていない思いつき』というファイルをためていた。私は新しいファイルを開いて『ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction:PCR)』とファイル名を付けた。」

 以上は1983年頃の話である。この年の12月16日にプラスミドと呼ばれる小形の人工遺伝子を出発材料とする方法で氏は実験に成功している。

2. ノーベル賞をとる
 1993年、マリス博士はPCR法の発明で、Michael Smith 博士と共にノーベル化学賞を受賞することになるが、これに先立ち、日本の国際科学技術財団の日本国祭賞を受賞し、来日している。

 本にはその時のことが、次のように記されている。

 「家に帰りつくと一通の手紙が待ち受けていた。日本の国際科学技術財団からだった。日本国際賞に私が選ばれたとの知らせであった。賞金として巨額の数字が記されていた。しかしそれは円だてで書いてある。・・・この数字がドルにしてどれくらいになるのか、皆目見当がつかなかった。・・・朝になって、その賞金だけで当分の間、楽に暮らしていけることが判明した。日本国際賞の賞金は五千万円だった。・・・

 私は日本に向けて出発した。・・・受賞式では天皇と皇后に会うことができた。
・・・私は皇后ととても楽しく会話した。他の国の皇后とはお知り合いですか? 私はたずねてみた。世界に皇后の称号をもつ方は私を含めて三人しかおりません、と彼女は答えた。あとの二人はどなたかと私はきいた。その答えをきいて、私はその人たちがガールフレンド候補とは考えにくい方々だと言い、皇后もそれにどういしてくれた。・・・

 実際の所、皇后はとても素敵な、そしてエレガントな女性だった。『皇后陛下の生活で楽しみというと何ですか?』私はきいた。『お買い物や映画鑑賞など行かれることもありますか?』

 皇后のスケジュールは完全に管理されていて、すべてがあらかじめ予定されたものだという。皇后自身が判断を下す局面はほとんどないと言ってよい。私は自分が詠んだ本のうち、彼女もきっと楽しめると思った本の名前を言ってみた。すると彼女は、自分の読むものは、まず、お付きのものが目を通す習わしになっているのだと説明した。私には信じられないことだった。・・・」

 ノーベル賞受賞に至る記述は次のようである。
 「私は、自分がその年、つまり一九九二年のノーベル賞受賞者になることに確信があった。・・・ふたが開いてみると、その年の受賞者は私ではなかったのだ。それ以来、私はいつ自分が受賞するのかを考えることをやめることにした。・・・一九九三年の春になって、大学時代の恩師であるジョー・ネイランズに会う機会があった。・・・その彼が言った。『今年のノーベル化学賞は君かもしれない。そうなる可能性は大いにある。しかしな、君ももう少しノーベル賞委員会に協力してやってもいいんじゃないか。つまり、まあ無理かもしれないが、君はマスコミにしゃべりすぎだってこと。ノーベル賞委員会にとってみれば、死ぬまで君にノーベル賞をあげなくてもなんの痛痒も感じるひつようはないわけだしね』

 私の電話が鳴ったのは、1993年10月13日の朝6時15分だった。・・・電話が鳴っても私はベッドに寝たままでいた。しばらくすると相手が留守番録音にメッセージを話している声が聞こえてきた。『ノーベル財団』とその声は言っていた。私はベッドから飛び起きた。受話器を取ったのと相手が電話を切ったのが同時だった。・・・
 と、その時もう一度電話が鳴った。・・・『おめでとうございます、マリス博士。あなたがノーベル賞を受賞されたことをここにお知らせできることはたいへん喜ばしいことです』
 『もらうよ、もらう!』と私は言った。・・・

 アメリカ人受賞者はスウェーデンに行く前に、ホワイトハウスに招待された。クリントン大統領とヒラリー夫人に会えるのは楽しみだった。

 私にはある計画があったのだ。もし大統領と個人的に会話するチャンスがあれば、・・・『大統領、あなたがマリファナ・タバコを吸いこまなかったのを見て、回し飲みしていた仲間たちは、もう一度タバコをあなたに回してくれましたか?』
 しかし大統領は急ぎ足で部屋をひとわたりしただけに終わった。

 だが、かわりに私はヒラリー夫人と話すことができた。当時、彼女はアメリカの医療保険制度の改革という大任を背負っていた。

 私は、オーストラリアの医療保険制度はどうなっているのか、質問をしてみた。ヒラリーは、オーストラリアの医療保険制度について非常に正確に教えてくれた。『ではアイルランドはどうです。アイルランドの保険制度はどうなっていますか』ヒラリーは、アイルランドの医療保険制度について非常に正確に教えてくれた。
 私は彼女を見直した。たいした女性である。ダンナの方は確かに大衆受けする魅力がある。しかしヒラリーは違う。彼女は本物だ。

 十二月のスウェーデンは悲惨な季節である。・・・しかし、それでも十分楽しかった。スウェーデンの国民はノーベル賞をとてもまじめに考えていたらしく、私がふつうでないことをし、ふつうのことはしないのを見てとても喜んだようだった。・・・

 私のここでの最初の公式的義務は、ノーベル賞受賞講演を行うことである。・・・だいたいにおいて講演は難解な話となり、聴衆は誰一人理解できないにもかかわらず、全員が拍手するという奇妙なものとなる。そこで私は、専門的な説明はやめにして、PCRを発明した時、いったい何が私の人生におこったのかを普通の言葉で話してみようと思った。『これから、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を発明するということがどういうことなのか、お話してみようと思います』と私は始めた。・・・

 『・・・ここにおられる大多数の方々にとって、それはおもしろい話にはならないでしょう。ですから私は専門的な説明はいたしません。かわりに、発明にいたる経緯と、発明によって可能になったことを皆さんに知ってもらいたいと思います。・・・細かいことは抜きにして、PCRを発明したときの雰囲気の一端でも感じていただければよいと思います。』・・・」

9. アボガドロ数なんていらない
 「PCRが開発されてしばらくの間、ある時はうまくいったり、また別の時はうまくいかなかったりすることが多々あった。が、それがなぜ起こるのかはよく分からなかった。私の最初のPCR理論では、各サイクルごとにDNAの量は倍加するはずであった。・・・しかし、実際には、10サイクル目くらいになると、完全に倍加しなくなるという現象がよく生じた。2倍ではなく、1.8倍、あるいは1.5倍、場合によっては1.3倍くらいにしか増えない。つまり、それは、反応材料のうちどれかが不足してくるのか、さもなければ、反応の邪魔をするものがだんだん作られてくるかのいずれかを意味している。・・・

 PCRでは、約20種類の異なる要素の変化を考慮しなければならない。そしてそのいずれの要素の変動も、他のすべての要素に影響を与える。各サイクルがDNA分子を完全に倍加させるためには、どのような要素が必要なのかを調べようと思って、いきなり私が直面した問題は、異なる要素の量を測るためには、全然別の単位を使用しなければならないということだった。・・・
 そこで私は、この単位の混乱を直そうと心に決めた。・・・」

 こうして、マリス博士は表題のアボガドロ数を含む化学で用いられている単位の整理を始める。その結果たどりついたのは、『(今回の)化学反応を考える時には、そこにいくつ分子があり、どれくらい接近しているかが分かれば十分なのである。となれば、物質の量を決めるとても単純な方法は、直接、分子を数えればよいことになる。・・・』という結論であった。
 この章の最後は次のように締めくくられている。

 「私がPCRの実験を始めたとき、どのくらいの数の酵素分子が、自分の用いている溶液中に存在しているのか分からなかった。というのも、酵素の量はふつう、活性単位というもので表されるからである。活性単位とは、一定の反応条件の下で単位時間あたり、ある分子がどれくらい別の分子に変換させるかを表現した単位である。変換を行うのは酵素だが、活性単位はその働きを表しても数を表すものではない。PCRを行うのに必要とされる各成分の分子数を、私が開発した簡便な方法で割り出して初めて、問題点と解決法とが明らかになった。酵素と相互作用を起こす成分の分子数を、酵素分子の数より小さく保てばよいのである。こんな単純なことが分からないまま日々過ごしてきたというのは、研究者としてかなり恥ずかしいことと言わねばなるまい。」

10.初の論文が《ネイチャー》に載る
 ここでは直接PCRについてではないが、マリス博士の個性と考え方がよく表れているので紹介しておきたい。氏が1968年、24歳の時に投稿した論文が《ネイチャー》に掲載されたという。

 「・・・私の論文は『時間逆転の宇宙論的意味』というものだった。私は自分のアイデアのすばらしさに有頂天になっていた。論文は私自身の経験と想像力をもとに、宇宙全体の創成と終末を論じたものだった。・・・私は当時、まったくの駆け出しだったし、・・・私はカリフォルニア大学バークレイ校の生化学専攻科の大学院二年生にすぎなかった。・・・知識ある読者層をほこる《ネイチャー》編集部が私の私見などを掲載する必然性など何もあろうはずもなかった。

 だが《ネイチャー》は私の論文を採択した。・・・

 その後、私も大人になった。・・・本物の賢人がいるのなら、私が初めて書いた宇宙の構造に関する思いつき論文が、世界最高の科学雑誌に掲載されることなど許されるわけもない。

 年を経て私はPCRを発明した。私はプロの科学者になっていた。私はその発見の意味がよく分かっていた。これは宇宙と時間の逆転に関するガキの思いつきではない。これは人間の微細な遺伝子を、まるで道路沿いの荒地に立てられた巨大広告を見るくらいに拡大する技術なのであり、おもちゃのブロックをいじるくらい簡単に操作できるようにする技術なのだ。

 PCRに高額の装置は必要ない。PCRによって超微量のDNAが検出できる。そしてそれを何十億倍にも増幅できる。しかも短時間のうちに。
 この方法は遺伝子疾患の診断にも有用だ。これで個人の遺伝子の中の病気を見つけることができる。培養して調べることが難しい病原体の遺伝子を検出できるので、感染症の診断にも利用できる。・・・

 PCRが野火のごとく世界中に広まっていくであろうと、私は確信していた。今回こそ私は自信満々だった。《ネイチャー》誌は一も二もなく掲載を決定するであろう、と。
 《ネイチャー》編集部の返事は『却下』だった。《ネイチャー》に次いで有名な科学雑誌《サイエンス》もこの発見を認めなかった。《サイエンス》はこう言ってきた。『貴殿の論文はわれわれの読者の要求水準に達しないので、別のもう少し審査基準の甘い雑誌に投稿されたし。』と。この野郎、と私はうめいた。・・・

 私たちは自分の頭で考えねばならないのだ。誰かが七時のニュースで地球上の気温が上昇傾向にあり、海洋が汚水で満たされ、物質の半分が時間を逆行していると言っても、それを鵜呑みにしてはならない。メディアは科学者の思いのままだ。科学者の中には、メディアを実にうまく言いくるめる能力にたけた人々がいる。そしてそのような有能な科学者たちは、地球を守ろうなどとは露も思っていない。彼らがもっぱら考えているのは、地位や収入のことである。」

18.エイズの真相
 「・・・スペシャリティー・ラボ社は、赤十字が一日に収集する何千リットルもの献血液中にレトロウイルスが潜んでいないかどうか、PCRを使って検出する方法を開発しようとしていた。その計画の資金提供者に向けて、私は経過報告書を書いていた。私は冒頭の一文を『HIVはエイズの原因とされている』と書き出した。

 私はスペシャリティー・ラボ社のウイルス学者に、HIVがエイズの原因である、という記述の根拠となる論文を引用しておきたいのだが、それはどこにあるのか、と聞いてみた。

 『そんな論文の引用は必要ないよ』彼は言った。『それは常識だから』・・・『どうしてもというなら、CDC週報を引用しておけばいいよ』と彼は言った。そして、米国疾病コントロールセンター(CDC)の週報であるMMWRのコピーを私にくれた。

 私はそれを読んでみた。それは科学論文ではなかった。そこには、単にあるウイルスが発見されたと報じられているだけで、どのように見つけられたのかは記載がなかった。…週報は、医者向けの広報誌であり、医者たちは情報源を知る必要を感じない。医者にとってみれば、CDCがそういうのであれば、HIVがエイズの原因だという証明が、どこかにきちんと存在するにちがいないと思っても無理はない。・・・

 私はコンピュータで検索を行ってみた。しかし、モンタニエもギャロも、あるいは他の誰も、HIVがエイズを引き起こすという結論に至った実験について記した論文を公表していなかった。・・・論文はどれも、HIVがエイズを引き起こすということを示してはいなかった。HIV抗体を持つ人が誰でもその病気になるとも示されていなかった。事実、彼らは抗体をもつのに健康な人を何人も見つけたのだ。・・・

 私は『HIVがエイズの原因である』と書くことをためらった。それを支持する論文が見つからないからである。・・・

 これまでに私は数えきれない研究集会でPCRについて講演した。そこには、必ずHIVの研究者が参加していた。私は彼らに、HIVがエイズの原因であることは、いったいどのようにして分かったのかと尋ねてみた。・・・しかし、・・・エイズがHIVによって引き起こされることを証明した論文を私に送ってくれた人は一人もいなかった。

 あるときついに、モンタニエ博士自身にその根拠を尋ねる機会がきた。・・・その返答でモンタニエ博士は次のように言った。『CDCレポートを見たらよいでしょう』

 私は次のように言った。『読みました。けれど、それはHIVが確実にエイズの原因かどうかという問題に焦点を当てたものではありませんでしたよ』
 結局、彼は私に同意した。きつねにつままれたような気がするとともに、怒りがこみあげてきた。モンタニエですら知らないことを、いったい誰が知っているというのだろう。・・・

 HIVはある日突然、熱帯雨林やハイチから出現したものではない。・・・HIVは昔からこの地球上に存在していたのだ。大都市のエイズ患者だけを対象にHIVを捜すから、HIVが都市に極限しているように見えるのである。一度それをやめてみれば、HIVがどこにでも存在する普遍的で無害なウイルスであることに気づくだろう。・・・

 1634年、ガリレオは人生の最後の8年間、自宅軟禁の刑に処せられた。宇宙の中心は地球ではなく、地球は太陽のまわりを回っているにすぎないと書いたからであった。科学的見解は宗教的教義の問題ではない、と主張したガリレオは異端だと責められた。今後、年月が流れ、われわれの時代を振り返った人々は、エイズとHIVとの因果関係がたやすく受け入れられていたことを愚かに思うだろう。・・・

 私がこの問題について話す時、きまって次のような質問が来る。『もしHIVがエイズの原因でないのなら、何が原因なのか』と。その質問に対する答えは、ギャロもしくはモンタニエがその答えを知らない以上、誰にも分からないということである。私は、HIVがエイズを引き起こすことを示す証拠はないと主張しているのだ。エイズの真の原因が何かは、まだ分からないのだ。・・・」

19.マリス博士の講演を阻止せよ
 PCRの発明で有名になったマリス博士のもとには、多くの講演依頼が来るようになった。1993年12月、博士のもとに大手薬品メーカー、グラクソ社の薬品部門の責任者、ジョン・パートリッジ博士から講演依頼の手紙が届いた時の話は次のようである。
 
 「・・・彼の求めている講演者は『優れて言語明晰な科学者、生化学と医学との橋渡しが可能で、つねに新しい発見を希求している人物』だという。
 それならまさに私のことだ。・・・

 この招待に食指が動いたのは、グラクソが世界最大の製薬会社であることもさることながら、同社の主力商品の一つが、エイズ治療薬AZTであることだった。・・・

 だから私は、この問題に関して講演できる機会ができたことを喜んだ。公演は『化学と医学におけるフロンティア』と題され、ノースカロライナ州において、グラクソ社とノースカロライナ大学が共同で開催し、多数の科学者が参集することになっていた。・・・

 1994年1月26日、化学部門副本部長という肩書のM・ロス・ジョンソン氏から手紙を受け取った。その手紙にはこうあった。『講演依頼をご快諾いただき大変感謝しております。ファースト・クラスの航空券二席分、ホテル滞在費、ならびにご講演謝礼金3000ドルをお支払いいたします』と。手紙の結びには、『つきましては、ご講演の演題をお知らせいただくようお願いいたします』と記されていた。

 私は、『・・・いわゆるヒト免疫不全ウイルス(HIV)がエイズの原因であることを示す化学的証拠は何も存在しないこと、そしてエイズ治療薬と称しているAZTを服用することは、まったくもって毒を飲むのとなんらかわりがないと考えられること』と記した。

 講演まで残すところあと1ヶ月という1994年10月14日になって、私はまた一通の手紙をグラクソ社から受け取った。・・・その手紙にはこう書かれていた。『謹んでお伝え申し上げます。よんどころない状況の変更によって、今般の貴殿のご講演を開催することがかなわない事態に至りました。つきましては貴殿に対するご迷惑の代償として、1000ドルの小切手をお支払いいたします』・・・

 その頃から徐々に、マリスは騒動を作り出す人物である、との評判が形作られていくことになった。できれば私に話をさせたくないと思っている団体や個人が多数存在しているということも分かってきた。そう思うのはもちろん、彼らの勝手である。・・・」

 『マリス博士の奇想天外な人生』からの引用はこれで終わる。ここで紹介しなかった章にはさらに奇想天外な彼の人生が綴られているが、興味を持たれた方は直接この本を読んでいただくとして、PCRに関連した引用はここまでにする。


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雲場池の四季(1)定点撮影

2021-01-01 00:00:00 | 軽井沢
 雲場池に朝の散歩に出かけるようになったのは、去年の1月11日からである。早いもので、1年が過ぎようとしている。この間、季節の移り変わりを雲場池とその周辺の植物、動物を通じて眺めてきた。

 また、この1年は特別な1年になったが、それは勿論新型コロナウイルスの突然の出現による。朝、1時間足らずの散歩であったが、その間にあれこれ考えさせられることが多く、その時々に疑問に思ったことなどを調べてブログに綴ってきた。

 そうして、日々起きるコロナに関連するさまざまな出来事を忘れないために、購読している読売新聞をとっておいたが、次第にそのボリュームが増えてきたので、見出し語だけをブログに記録として残すことにして、新聞のスクラップは捨てた。

 コロナ感染者数は今も世界中で拡大を続けていて、1年前に感染が報道されはじめた時には予想もしなかった1億人に達する勢いである。死者数もこれに伴い増加を続けていて、200万人になろうとしている。

 軽井沢で隠遁生活をしていると、この間の観光客の急激な減少や、我々自身に求められた行動規制、マスクの着用をはじめとした生活の見直しなどで、世の中で起きていることの一端を肌で感じるものの、幸いなことにコロナについてはほとんど実感がないというのが正直なところである。勿論、埼玉と神奈川に住んでいる子供達や娘夫婦、そして孫に会えないという影響はあるが。

 一方、人間世界の騒動をよそに、自然は確実に移り変わり、春になれば一斉に若葉が萌え、池を賑わしていた水鳥たちが次第に去り、夏になると濃くなった緑が池を覆うようになり、秋には紅葉が美しく雲場池を飾り、周辺の道路は突然の渋滞になる。そして静かになった池には再び水鳥が帰ってくる。

 識者が言うように、新型コロナウイルスもやがて我々と共生するようになり、自然の一部としてしずかに人間社会の仲間入りをし、我々もその存在をことさら騒ぎ立てることもなくなるのであろう。そうした日が一日も早く来ることを望むのである。

 ここでは、ひと時コロナを離れて、雲場池のこの1年の移り変わりを改めて写真で紹介していこうと思う。

 今回は定点観測として、雲場池の入り口付近から撮影した写真を1月から12月までの1年間を通じてみていただく。

 雲場池は、上流の鹿島の森にある湧水を水源としているので、真冬でも凍ることはない。寒い朝には、水蒸気が冷気に接して靄となり、水面を這うように流れていく景色を見ることがある。

 一方、入り口近くにある小さな池の方は、流れ込む水量が制限されているためか、冬には全面凍りついてしまう。

 撮影した画像から60枚を選び、これを3分間のスライドショウに纏めてみた。

雲場池の四季 (2020.1.12 - 12.28 撮影画像を編集)


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