軽井沢からの通信ときどき3D

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ガラスの話(6)生物とガラス

2018-03-02 00:00:00 | ガラス
 数年前、鎌倉に住んでいたころは時々江ノ島方面に出かけていた。江ノ島水族館に孫娘を連れて行き、イルカショウを見せたり、妻と江ノ電の駅で下車して駅から江ノ島に続く商店街にある骨董店を覗いたりしていたのだが、あるとき、久しぶりに橋をわたり江ノ島まで行ったことがあった。

 江ノ島側にはたくさんのみやげ物店が続いているが、大小さまざま色とりどりにきれいな貝殻などが並んでいるのを見て歩くのもなかなか楽しく、ショウウインドウを眺めながら歩いていて、ちょっと珍しいものに目が留まった。

 真っ白な網目の筒状のもので、その名前を見ると「カイロウドウケツ」とあった。そのもの自体も不思議なものであったが、名前もまたなんとも奇妙な印象を与える。

 次にこのカイロウドウケツに出会ったのは、上野の科学博物館の展示室であった。ここでは、生物としてのきちんとした説明があり、これが相模湾、駿河湾、土佐湾などに分布し、海底に根毛状の骨片の束を突き刺して、生えるようにして棲息する海綿の一種であることを説明していた。

 改めて、ウィキペディアの説明を見ると、次のように書かれている。「『カイロウドウケツ』(偕老同穴、英名Venus's Flower Basket(ビーナスの花かご))は六放海綿綱に属する海綿の仲間で、二酸化ケイ素(ガラス質)の骨格(骨片)を持ち、ガラス海綿とも呼ばれる。その外見の美しさから、しばしば観賞用として利用される。日本では相模湾や駿河湾などで見られる。」とある(ウィキペディア2104年11月25日(火)15:50から引用)。

 その生態に関しては、「円筒状の海綿で、海底に固着して生活している。体長は5-20cmほど、円筒形の先端は閉じ、基部は次第に細くなって髭状となり接地している。円筒の内部に広い胃腔を持ち、プランクトンなどの有機物粒子を捕食している。分布は1000mほどの深海に限られており、砂や泥の深海平原を好む。・・・
 ・・・カイロウドウケツの骨片は人間の髪の毛ほどの細さの繊維状ガラスであり、これが織り合わされて網目状の骨格を為している。これは海水中からケイ酸(H2SiO3など)を取り込み、二酸化ケイ素(SiO2)へと変換されて作られたものである。・・・カイロウドウケツのガラス繊維は互いの繊維が二次的なケイ酸沈着物で連結されており、独特の網目構造を形作っている。ガラス繊維には少量のナトリウム、アルミニウム、カリウム、カルシウムといった元素が不純物として含まれる。なお、普通海綿綱の海綿が持つ海綿質繊維(スポンジン)は、カイロウドウケツには見られない。」(ウィキペディア 同上から)

カイロウドウケツの上端部(ウィキペディア 同上から)

カイロウドウケツのガラス繊維の拡大(ウィキペディア 同上から)

カイロウドウケツの基部(ウィキペディア 同上から)
 
 おもしろいことに、このカイロウドウケツの網目構造内、胃腔の中には、「ドウケツエビ」と呼ばれる体長 3cm内外の小さなエビが住んでいるという。このエビは幼生のうちにカイロウドウケツ内に入り込み、そこで成長して網目の間隙よりも大きくなり、外に出られない状態になって、生涯ここに住み続ける。

 多くの場合、一つのカイロウドウケツの中には雌雄一対のドウケツエビが棲んでおり、このエビがカイロウドウケツの網目から中に入るときの二匹は雌雄が未分化で、内部でやがて雌と雄にそれぞれ分化するというから、よくできている。

 ドウケツエビは、海綿の食べ残しや網目に引っかかった有機物を食べて生活し、カイロウドウケツにより捕食者から守られるという片利共生状態にあるとされる。

 さて、この不思議な名前の由来であるが、カイロウドウケツには「偕老同穴」の字を充てる。「偕老」及び「同穴」の出典は中国最古の詩篇である詩経に遡る。これらを合わせて「生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られる」という、夫婦の契りの堅い様を意味する語とされる。

 この語がカイロウドウケツ中のドウケツエビのつがいを評して用いられ、後に海綿自体の名前になったと言われている。現在でもカイロウドウケツは結納の際の縁起物として需要があるとのことである。

 それにしても、海水中のケイ酸化合物を取り入れて、これを非晶質のガラス状二酸化ケイ素に変えるというこの生物の働きには感心する。

 地球上に8,350種が知られているという海綿動物であるが、その内95%は普通海綿綱に属するもので、骨格はかなり柔軟性のある海綿質繊維(スポンジン)で構成されている。この綱に属する6種の海綿は海綿質繊維からだけからなり硬い骨片を持たないため、スポンジとして私たちが利用している。

 残りの5%は、石灰海綿綱、六放海綿綱、硬骨海綿綱という仲間に分類されるが、石灰海綿綱は骨格の主成分が炭酸カルシウムでできていて、六放海綿綱はガラス海綿とも呼ばれているもので、六放射星状のケイ酸質の骨片を主とする骨格を持つとされる。カイドウロウケツはこの六放海綿綱の仲間である。

 硬骨海綿綱では炭酸カルシウムの骨格の周囲をケイ酸質の骨片と海綿組織が取り巻いているとされるから、石灰海綿綱と六放海綿綱の両者の性質を併せ持っていることになるが、多くは化石種とされる。

 偶然であるが、先日中欧を旅行した際に、オーストリアのウィーンのクリスマスマーケットを覗いていて妻が海綿の店を見つけ、孫娘のためにとお土産に1個買ってきたことがあった。

ウィーンのクリスマスマーケットで海綿を売る店(2017.12.5 撮影)

購入した海綿に付いていたパンフレットの表紙

 その時にもらったパンフレットによると、この海綿はアドリア海産ということで、次のような説明がなされている。
 『・・・透明度が高く暖かいアドリア海では、1000を超えるタイプの海綿がいます。しかし、唯一1種類だけが商用利用が認められています。それが、「アドリア海の海綿スポンジ」です。・・・アドリア海の海綿スポンジは、平均15cmに成長するためにおよそ3年はかかり、成長が遅いカテゴリーに属しています。引き揚げ年間取扱量は、農林水産省の規定により制限されています。・・・』

 話が少し横道にそれたが、元に戻る。カイロウドウケツのガラス質構造に関する記事が、2017年2月5日付け読売新聞の「サイエンス View 」というページに「海綿 全身がガラス繊維」という見出しで紹介された。

読売新聞、2017年2月5日(日曜日)のサイエンス View 記事から

読売新聞、2017年2月5日(日曜日)のサイエンス View 記事から

 その記事によると、『光ファイバーなどに使うガラス繊維を人工的に作るには、超高温でガラス成分を溶かす工程が不可欠だが、カイロウドウケツはこれを低温の海底でやってのける。鳥取大学の清水克彦准教授は2015年、カイロウドウケツの繊維に含まれるたんぱく「グラシン」が、鍵を握っていることを解明した。ガラス成分を含む溶液にグラシンを加えると、室温でガラス粒子ができた。』とある。

 通常、工業的に普通のガラス繊維を作る場合でも700~1000度の高温が必要であり、これが光ファイバーに用いられる石英ガラスファイバーになると2000度という超高温が必要になるから、カイロウドウケツに学んで、「ガラス機器を常温で作る技術につなげたい(清水准教授)」という 計画とのことである。

 また、カイロウドウケツのガラス繊維はこの光ファイバーと同様、屈折率の異なるコアとクラッドの構造を持つというから、さらなる驚きである。カイロウドウケツが発光器を持つという話はないので、そうではないのだが、発光生物も多く存在しているから、生体内で光通信が行われているという例も存在するのではとの思いがよぎったりする。

 地球を構成する元素は、表層部の地殻と呼ばれる部分では多い順に、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム・・・とケイ素は酸素に次いで多い元素である。

 一方、海水中に溶け込んでいる元素は多い順に、塩素、ナトリウム、マグネシウム、硫黄、カルシウム、カリウム、臭素、炭素、窒素、ストロンチウム、ホウ素、ケイ素、フッ素・・・の順になる。

 海水中の濃度は、カルシウムが412ppmに対して、ケイ素は僅か2.8ppmである。こうしたこともあってか、多くの海生生物がカルシウムを利用して炭酸カルシウムの骨格や外殻を形成しているが、中にはガラス海綿同様ケイ素を利用している生物もいて、よく知られたものに藻類の一種の珪藻や海のプランクトンである放散虫などがある。

 この珪藻の殻や放散虫の骨格もまたガラス質の二酸化ケイ素でできている。珪藻の殻の化石よりなる堆積物は珪藻土として知られていて、多くは白亜紀以降の地層から産出される。珪藻や放散虫の殻そしてガラス海綿などの(微)化石が堆積し岩石化の進んだものはチャートとして知られていて、珪藻土よりも古い三畳紀やジュラ紀の地層からも産出されている。

 実際の珪藻土には、珪藻由来のガラス質二酸化ケイ素だけではなく粘土粒子など夾雑物が含まれているのでSiO2の純度はそれほど高くはない。

 チャートの方は海底への堆積物が固まり、次第に堆積岩となる(続成作用)過程で、非晶質シリカの結晶化が進み、石英に変化している。 
 
 2013年10月22日付けのナショナル・ジオグラフィックはカナダのブリティッシュ・コロンビア州ハウ・サウンド沖のガラス海綿類が形成する礁(reaf)について報じた。ガラス海綿は世界中の海に生息するが、死んだ海綿の上に新たな海綿が成長、深海で大規模な礁を形成しているのは、ガラス状骨格形成を促進する高濃度のシリカが溶け込んでいる寒流が流れる、ブリティッシュ・コロンビアの大陸棚だけだという。

 こうした過去の大規模なガラス海綿の礁が地殻変動により地上に現れ、石英ガラスの山塊を作るということはないのだろうかなどと空想が広がる。

 今度、江ノ島に行ったら、ぜひカイロウドウケツをお土産に買いたいものと思っている。
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