今回はゴイシシジミ。名前のゴイシとはもちろん碁石のこと、その名の通り翅裏面には黒い碁石を散りばめたような紋様を持っている種である。
シジミチョウの仲間には、翅の裏面に黒点紋様を持つものは多いが、その中でも大きくまっ黒な黒点が際立っているのがゴイシシジミである。
このチョウのもう一つの特徴は、幼虫時代に植物を餌にすることなく、もっぱら動物であるアリマキを食べることで、いつもの「原色日本蝶類図鑑」(横山光夫著 1964年保育社発行)にも次の記述がある。
「ごいししじみ
わが国に産する唯一の食虫性の奇蝶で幼虫時代には『タケノアブラムシ』(アリマキ)を食べて生育し、成虫となっても花蜜を求めることなく蚜(『カ』と読むが、アブラムシ、アリマキの意)虫の分泌物をなめて他の食物をとらない蝶で幼虫時代は、『テントウムシ』の幼虫にも似た生活を営む。『アブラムシ』を食べるために、幼虫も蛹も分泌する白蝋質の粉にまみれて白色である。したがって発生は蚜虫の多い笹原に多く、時には多数群生するのを見掛ける。5月のなかばから10月まで引き続いて現れ3回から5回発生し、幼虫で越冬する。北海道から本州・四国・九州全土に分布するが、暖地に多く北海道には少ない。雄は前翅がやや尖り黒紋は大きく、雌は前翅端が丸い。」
”唯一の食虫性の奇蝶”という所に興味を惹かれる種である。因みにゴイシシジミは完全に食虫性ということだが、幼虫時代の一時期に食虫性である種は他にもいて、ゴマシジミ、キマダラルリツバメ、クロシジミ、ムモンアカシジミなどが知られる。
今回はこのうちのゴマシジミも一緒に紹介する。おそらくゴマシジミを今後山野で見かけることは無いだろうと思うからである。
そのゴマシジミについての「原色日本蝶類図鑑」の記述が何とも興味深かったことも、ここで一緒に取り上げる理由なのだが、次のようである。
「ごましじみ
本州では青森の平地に広く産するが、関東北部に至る中間の地区にはきわめてまれとなり、、中部産地ではまた各所に産する。近畿も発生地のない空白地帯であるが、中国では岡山・広島の山地や伯耆大山に多産することが知られる。
九州ではわずかに阿蘇・久住の高原に知られるにすぎない。北海道・青森及び中国地方に産するものはいずれも別の亜種で、不連続的に分布する本種は局地的に変化多く、発生地は斑紋の型の上に明らかに現れ、その地理的変異は興味ある研究課題である。
蝶の社会に神の摂理にもとる『忘恩の反逆』ともいうべきの運命の悲劇に生涯を約束されるものもある。ワレモコウの花穂に産み付けられた『ごましじみ』の卵は、孵化するとやがて花茎に窄孔して子房に潜入し、4齢に達して地上に降ると、『クシケアリ』に助けられ地中の巣の中に『冬の宿』を与えられる。『ごましじみ』の幼虫はひそかに蟻の幼仔を殺食して成長し翌春7月頃に蟻の巣中で蛹化する。やがて羽化期の7月から8月の初め、ひそかに脱皮して地上に這い出し自由な地上の飛翔生活へ逃げ出す。しかしこの因果な宿命も蟻の親達は、『ごましじみ』の体から分泌する甘い蜜に幻惑されたあやまちを知る由もない。」
食虫性のある種をまとめると次のようである。

食虫性のチョウと餌
ゴイシシジミに話を戻す。当地で最初にゴイシシジミを撮影したのは湯ノ丸高原の池の平で、ここでは高山蝶など多種類のチョウを見ることができるが、その中に含まれていた。湿原の周囲の茂みのある場所を歩いていて見つけ、撮影した。前翅の縁の形状から♂ではないかと判定した。

ゴイシシジミ♂(2017.7.31 撮影)
次に撮影したのは、妙義荒船林道を通って神津牧場にいく時で、渓流にかかる橋のたもとで車を停めて、ゼフィルスを探していて見つけた。この時は数頭のゴイシシジミがいた。1枚目の写真は前翅の縁が丸みを帯びていることと、表の前翅の白斑がより発達しているようなので♀と、2枚目は♂と判定した。

ゴイシシジミ♀ (2020.6.23 撮影)

ゴイシシジミ♂ (2020.6.23 撮影)
義父のコレクションには、ゴイシシジミの標本はとても多く、20頭ほども標本箱に収まっている。妻の話では、ヤマトシジミよりもたくさんいたとのことである。
そして、ゴマシジミも傷みはあるが、北海道で採集されたものが1頭含まれている。残念ながらキマダラルリツバメ、クロシジミ、ムモンアカシジミの標本は含まれていなかった。

ゴイシシジミ♀ (左:翅表、右:翅裏)

ゴイシシジミ♂ (左:翅表、右:翅裏)
上記標本の採集年の表記は昭和。
続いてごましじみの標本。傷みが激しいが翅表の様子は判る。採集地のヤムベツは北海道斜里郡小清水町にある地名で、知床半島の付け根にある。標準的なごましじみの外観は、翅表に黒班を持つが、この標本にはそれが見られない。よく似た外観を示すものに北海道産原始ヶ原産のものがある(日本産蝶類標準図鑑、学研教育出版発行)ので、そうした種の仲間かと思う。

ゴマシジミ
こうした、大方の他のチョウとは異なる生活史を持つ5種であるが、そのことが昆虫研究者や愛好家の興味を惹くこととなり、研究報告も出されている。
手元にある本、「蝶を育てるアリ」(矢島 稔著 文春新書 2002年発行)にも関連する記述がある。この本の著者矢島氏は、東京都多摩動物園で「昆虫園」を開設した方で、その後多摩動物園長を務め、さらに群馬県で県立「ぐんま昆虫の森」を開設し園長となった方である。惜しくも2022年に亡くなられている。
この本には著者自身が、クロシジミの幼虫とクロオオアリの共生の様子を観察した経験談が語られていて、このクロシジミの生態を含む昆虫だけの生態映画を作製したという話も紹介されている。
約二年半かけて完成したという、この日本最初の劇場用総天然色生態映画「小さきものの世界」は試写会まで行ったものの、遂に封切られぬままお蔵入りになってしまったという。何とも残念な話であり、どこかで見てみたい気がする。
矢島稔氏は1964年に月刊誌「インセクタリウム」を創刊していて、その第四巻十号に磐瀬太郎氏が「肉食のチョウ幼虫」という一文を寄せたことを先の著書で紹介している。原文は「国会図書館デジタルコレクション」で閲覧が可能で、参考までに画像を紹介するが、ここでは矢島氏が前著書の中で解説している文を引用させていただいて、本稿「ゴイシシジミ」を終わる。次のようである。

「インセクタリウム」、第四巻十号「肉食のチョウ幼虫」磐瀬太郎の掲載ページ
「四つの話で構成されていて、先ず第一話は、肉食する蝶の幼虫が1886年世界で初めてアメリカで発見されたこと、日本では1898年(明治31)、小石川植物園でワタムシを食べるゴイシシジミの幼虫を上田都止雄が発見したのが最初であることを述べている。
第二話は、ゴマシジミとクシケアリの共生についての話だ。クシケアリによって巣に運び入れられたゴマシジミの幼虫は、アリの卵や幼虫を食べて育つのだが、その代わり背面から出す蜜をアリに与えるという。イギリスのフロホークが苦心してこの事実をつつきとめ、1916年に発表した。日本では1951年、つまりクロシジミの幼虫が発見された次の年、平賀壮太がオオゴマシジミについて同様な生態を発見したという。
第三話は、クロシジミの幼虫の発見の話と、ムモンアカシジミ、キマダラルリツバメでも同様な生態の幼虫が発見されたことを紹介している。
第四話は、このような習性を持つチョウの幼虫はアフリカやアジアの熱帯地方にはかなりいて、中にはツノゼミやヨコバイを食べ、よろいのような固い皮膚で相手の攻撃を避けるものもいること、さらに、それは野焼きや山火事に対する適応らしいという推定を示し、こうした研究の積み重ねが肉食性の起源の解明につながるに違いないと述べている。」







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