飲み会の帰りがけに高辻役員と同じ方角なのでと高城課長(後に部長に昇進しました)、山川課長(窓際族)、秘書の橋村さん(最近総務課から異動)が同乗しました。高辻役員の自宅に着いて役員が降りられました。
車内の3人はどうするのがベストでしょうか?
私はいつも通り玄関の入り口に横付けですね。高辻役員は慣れた感じで降車されます。
さて… ここですね!! まず私!車から降りて直立でご挨拶です。 「お疲れ様でした」
あるいは「お休みなさい」「失礼します」などです。 役員さんは会釈する方、軽く手を上げる方様々ですが一応に決まった礼儀エチケットであります。
まず 高城課長、すかさず車から降りて深々とお辞儀をして「今日はご馳走様でした」→合格!
次、山川課長、素早く下車、「お疲れ様でした」→合格!
橋村さん…
車内から窓越しに「ご馳走様でした」???
これには私も唖然!!です。
秘書なら、いや違って本部長でも車から降りてあいさつだろうが(呆)
付け焼き刃は剥がれやすい… (違ったかな)
正に橋村さんはそんな感じでした。
少々美人であるがために、甘やかされているのだなぁ…
私は思いました。
また仕方ない面もあります。
彼女は元々秘書ではなくただの総務課のお姉さんでした、
京都の事務所に適当な人材がないから白羽の矢で抜擢されたのです。
でも悲しいことにちゃんとした秘書の教育を受けていないからでしょうね(笑)
しかし美人は得ですね(苦笑)話を戻します。
私は山川課長の対応に興味があったのですが、さすがにサラリーマンとしての心得は承知していましたね。
まあ一時は(過去の話ですが…)同期と遜色のない昇進ペース でいたわけですから自ずと身に付いたですね。
そんな一言多い山川課長ですが、なぜ、昇進ペースから外されたのでしょうか?
私は疑問に思いました。
一言が多いと煙たがられるのなら佐川本部長なんかとっくに消えてここにはいないでしょう(笑)
山川課長の場合は多少ひがみっぽい性格がミスマッチした所以(ゆえん)でしょうか…
そもそも現在出世街道に突っ走っている人材は優秀なことは言うまでもありませんが、一応に共通点がありました。
それはなんでしょうか…
佐川本部長や円山本部長、臼井事業部長を見ても上司にあたる役員さんと長い間の付き合いがあります。
たとえば亀田部長ですが、高辻役員とは入社以来の上司部下でした。
これは車内の雑談で知ったのですが、
「亀田が入ってきた時俺は主任だったよなぁ」…亀田部長52歳でしょう、だから30年一緒に仕事をやって来たわけですね♪
「はい、直ぐに係長になられたんじゃあなかったですか」
「そうだったっけ…」「はい、いろいろ役員には教えていただきました」
「うん…君が優秀だから俺も助かったよ」
「いえいえ(苦笑)随分助けていただきましたから…」
「しかしあの入社した時は男前の奴が来たなぁと思ってみていたんだけど、頑張ったよな」
「男前と誉められたのははじめてですよ」
「ははは♪この辺で誉めておかないと…」
二人の会話はまるで兄弟が昔を懐かしんでいるみたいにな雰囲気です。
私は「こりゃあ他人が入り込む余地はないぞ」と思いました。
30年来の付き合いに勝るものはありませんね(笑)
役員さんはその地位から直接的に営業をするわけにもいかず、配下の部課長を動かすのですが、やはり気心の知れた人材を用いるのが安心でしょうね。
いくら優秀な人材でも考え方が分からない人は使いにくいのでしょう…
同じか多少劣っていたとしても若い時分からの弟分を配置した方が安心できるからです。 それにいざというときは盾にもなるでしょう。
昔、豊臣秀吉が一代で天下を取った時に中年からえらく人材を育てました。
石田三成、加藤清正など若いときから用いました。いわゆる子飼いの武将ですね。
役員さんも同じことが言えます。
高辻役員の場合は亀田部長がそうでした。そして山川課長もです。
山川課長の話を聞くと確かに高辻役員と一緒にいた時代が長かったようでした。
それで課長までは来たのでしょうが…途中からガラリと替わったのでした。
何か高辻役員と山川課長にあったのでしょうか。
車内の3人はどうするのがベストでしょうか?
私はいつも通り玄関の入り口に横付けですね。高辻役員は慣れた感じで降車されます。
さて… ここですね!! まず私!車から降りて直立でご挨拶です。 「お疲れ様でした」
あるいは「お休みなさい」「失礼します」などです。 役員さんは会釈する方、軽く手を上げる方様々ですが一応に決まった礼儀エチケットであります。
まず 高城課長、すかさず車から降りて深々とお辞儀をして「今日はご馳走様でした」→合格!
次、山川課長、素早く下車、「お疲れ様でした」→合格!
橋村さん…
車内から窓越しに「ご馳走様でした」???
これには私も唖然!!です。
秘書なら、いや違って本部長でも車から降りてあいさつだろうが(呆)
付け焼き刃は剥がれやすい… (違ったかな)
正に橋村さんはそんな感じでした。
少々美人であるがために、甘やかされているのだなぁ…
私は思いました。
また仕方ない面もあります。
彼女は元々秘書ではなくただの総務課のお姉さんでした、
京都の事務所に適当な人材がないから白羽の矢で抜擢されたのです。
でも悲しいことにちゃんとした秘書の教育を受けていないからでしょうね(笑)
しかし美人は得ですね(苦笑)話を戻します。
私は山川課長の対応に興味があったのですが、さすがにサラリーマンとしての心得は承知していましたね。
まあ一時は(過去の話ですが…)同期と遜色のない昇進ペース でいたわけですから自ずと身に付いたですね。
そんな一言多い山川課長ですが、なぜ、昇進ペースから外されたのでしょうか?
私は疑問に思いました。
一言が多いと煙たがられるのなら佐川本部長なんかとっくに消えてここにはいないでしょう(笑)
山川課長の場合は多少ひがみっぽい性格がミスマッチした所以(ゆえん)でしょうか…
そもそも現在出世街道に突っ走っている人材は優秀なことは言うまでもありませんが、一応に共通点がありました。
それはなんでしょうか…
佐川本部長や円山本部長、臼井事業部長を見ても上司にあたる役員さんと長い間の付き合いがあります。
たとえば亀田部長ですが、高辻役員とは入社以来の上司部下でした。
これは車内の雑談で知ったのですが、
「亀田が入ってきた時俺は主任だったよなぁ」…亀田部長52歳でしょう、だから30年一緒に仕事をやって来たわけですね♪
「はい、直ぐに係長になられたんじゃあなかったですか」
「そうだったっけ…」「はい、いろいろ役員には教えていただきました」
「うん…君が優秀だから俺も助かったよ」
「いえいえ(苦笑)随分助けていただきましたから…」
「しかしあの入社した時は男前の奴が来たなぁと思ってみていたんだけど、頑張ったよな」
「男前と誉められたのははじめてですよ」
「ははは♪この辺で誉めておかないと…」
二人の会話はまるで兄弟が昔を懐かしんでいるみたいにな雰囲気です。
私は「こりゃあ他人が入り込む余地はないぞ」と思いました。
30年来の付き合いに勝るものはありませんね(笑)
役員さんはその地位から直接的に営業をするわけにもいかず、配下の部課長を動かすのですが、やはり気心の知れた人材を用いるのが安心でしょうね。
いくら優秀な人材でも考え方が分からない人は使いにくいのでしょう…
同じか多少劣っていたとしても若い時分からの弟分を配置した方が安心できるからです。 それにいざというときは盾にもなるでしょう。
昔、豊臣秀吉が一代で天下を取った時に中年からえらく人材を育てました。
石田三成、加藤清正など若いときから用いました。いわゆる子飼いの武将ですね。
役員さんも同じことが言えます。
高辻役員の場合は亀田部長がそうでした。そして山川課長もです。
山川課長の話を聞くと確かに高辻役員と一緒にいた時代が長かったようでした。
それで課長までは来たのでしょうが…途中からガラリと替わったのでした。
何か高辻役員と山川課長にあったのでしょうか。