寝転がって気ままに想う事

 世の中ってこんなもんです・・
面白可笑しくお喋りをしましょうか ^^

新しい暦はどうですか

2022年01月31日 07時34分45秒 | 笑い

  おはようございます^^

一月の最終の日です。明日から二月ですが なんかしっくりこないのは月日と週のキリがないからでしょうか。

例えば週初めが月初めであれば(2月1日が月曜だったら) こんな分かり易いことはないでしょう。

でも人類って あほですねぇ。一年を365日としてるのは未(ま)だしもそれを12分割をして月は31日と30日に分けて週は七日。

こんなの同じ間隔にしていないから毎月毎週がこんがらがって ただでさえ覚えられないのが あれれ‥今日は何曜日だったかな?と

思いますよねぇ。

 ん‥皆さん、嗤(わら)ってますね^^ また 訳の分からん話を引っ張り出して ようやるわ とね。

でも、ですねぇ‥今の話し 月日と週を合わせたら…今までのとおりに週を7日とするのなら 月はその7の倍数にしたら スッキリするでしょう。

仮に1月1日を月曜に設定をしますと、7日が日曜、そして週初めの8日が月曜‥その繰り返しで そうですねぇ‥1月28日が日曜。

1月はそれでおしまい。そして2月1日は月曜になりまして月の始めだとしみじみと感じながら 寒いけど頑張ろう! となるわけです。

その順でいきますと2月の終わりは2月28日の日曜。3月は1日が月曜で28日が日曜‥‥   

  う~ん ‥‥どこまでいっても同じですね。 よく考えたら月初めを月曜にして月末を日曜にしたら毎月同じ曜日になるんですね^^

じゃぁ1年を365日にするまで毎月は28日で終わりますと 28日x12か月=336日、1年の365日に少し足りません。どれくらいか?

計算をしました。式は次の通りです^^  365ー336=29日 これをこのまま12月が終わって1年に足らない分の29日を 例えば13月と

してカレンダーに載せたら可笑しいですかね。    え! 29日まで行ったら曜日が合わないで。 そうか、じゃぁ28日で終わっとこう。

そして残り 1日はうるう年みたいに7年に一度足したら収支は合うでしょう^^ 

‥とまぁ こんなんでよろしいでしょうか^^ 聡明な紳士淑女の皆様方 どうか検算のほど よろしくお願いを申し上げます。

 

 

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コロナ おさまれ

2022年01月28日 07時55分06秒 | 笑い

 おはようございます^^

 まず、お詫びと訂正です。

 昨日の記事で雷電(大相撲の力士です)についてモーツァルトと併せてお話をしました。

 違うで~とご指摘を頂きました^^

長野県出身の力士として御嶽海は雷電 以来227年振りの大関でした^^

 なお 雷電の資料も併せて載せています参考にして下さい。

【 雷電 爲右エ門(為右衛門、らいでん ためえもん、1767年明和4年)1月 - 1825年文政8年)4月9日(旧暦2月21日))は、

信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市大石)出身の元大相撲力士。本名は関 太郎吉(せき たろうきち)。いわゆる「信州雷電[1]

現役生活21年、江戸本場所在籍36場所(大関在位27場所)で、通算黒星が10個、勝率.962の大相撲史上未曾有の最強力士とされている】

 

最近のニュースは コロナ コロナ コロナですね。

他にもあるのでしょうが、ニュースの始めは必ず コロナから始まっています。

‥それでも おととしの始めの頃は もっともっと 大きな報道になっていた記憶があります。

 年歴では2020年の2月頃から流行って来たのかな、最初は横浜の港に着いた客船からの感染が

伝えられて それをお昼のニュースでやっているのを ほぅ~とご飯を食べながら見ていました。

 要は私の住んでいる関西から横浜って遠いですから 他人事(ひとごと)でした。

豪華客船を隔離してそこから感染者を救急車で搬送をしている映像を見ていても 大変やなぁ‥ でした。

それが収まってしばらくして そのコロナ感染がいきなり和歌山に出てきました。 その時は ホント驚きましたね。

和歌山は 同じ関西です。今までの横浜と違って 普通電車でいける距離ですから これはちょっとマッタケだぞ!

と思いました。 でも 警戒をするにしても 相手は身に見えない細菌、どうすればいいのか わかりません。

そうこう思ってるうちに大阪から感染者が出てきました。それからは神戸、京都 あらら‥と思っているうちに

関西はおろか全国に拡がりました。

 蔓延してから いろいろな情報が交錯しましたね。 それでもワクチンを二回接種して ヤレヤレと思っていたら

 新しい菌がまたぞろ出てきました。

 ほんと 私が台北で小籠包(しょうろんぽう)を食せるのは いつの事でしょうか。

 

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blogは愉しい。。

2022年01月27日 07時40分59秒 | 笑い

  おはようございます^^

今日は何の日 とパラパラと調べてみました。ちょっと古い資料のなのですが、モーツァルトが生まれた日、生誕日でした。

 ありがたいことですねぇ。 何がありがたいと感謝をしてるかと言いますと、私の手元の資料は半世紀くらい前の

  「今日は何の日」という本なのですが、古い記録については全く問題がないという事です。ただ 一点 気をつけなければ

ならないのは 物事を今から30年ほど前に‥とあれば見直さなければなりません。例えば 【朝日新聞が 創刊】今から100年前の

明治十二年【1879年】 に大阪の江戸堀で第一号を発行したのが‥という紹介文なのですが今は2022年ですね。ささーと

見過ごせば分からないかも知れませんが、よく見ると‥早い話が引き算をしてみますと143年前となります。

あまり気にしなければ  明治か、随分前に出来たんだなぁ で終わる人もいらっしゃると思います。 ん、となにかおかしいぞ、と

勘の良い人でしたら どれどれ‥今は西暦2022だから ‥え~1879を引くと‥頭の中で電卓を叩いて あれれ‥こいつ 間違ってるぞ、

そうか、何かに書いてるのを そのまま 丸写ししたんやな。とネタがまるバレになって仕舞います。

このモードについては何年前とありませんので 私が電卓片手に この記事を書いていますが(写しているのです)

 まず、 モーツァルトは1756年の1月27日に生まれたようです。今から266年前ですねぇ^^

しかしこんな記事を書くのに電卓がいるとは思わなかったですねぇ‥でも この電卓が無いといちいち頭の中で 一が繰り上がって‥三足して

などやってた日には ブログの締め切りに間に合いません‥ ほんとはそんな締め切りなんて有馬温泉^^(これは吉本のギャグかな)

気楽に思いつくままに‥という表題でスイスイと書かれている方(ブロガーさんというんですかね)いっぱいいらしゃいます。

そんな中の私もひとりですが、毎日々 書くのって意外と大変ですねぇ。 他のブロガーさんのを お邪魔して拝読させていただきます。

すると 大きく分けて 写真を中心にしていらっしゃるのが多数みられます。写真は風景、小動物、鳥が多いかな、植物、食べ物、町の風景、

ペット(ネコちゃんイヌちゃん)風景など ホント プロ顔負け!と感心してしまうくらい これはもう芸術ですねぇ。

やっぱり写真展形式が多くて 他は外での食事の献立を載せていらっしゃる方などかな^^  

ある日 ブログにはどれくらいの人が載せていらっしゃるのか事務局に訊いてみました。 訊くと言っても☎とかではなくて メールですね。

いつもお世話になっています。実は このブログには何人くらいの人がいらっしゃるのですか? そんなこと訊いてどうするの。

とは言わないでしょうが、私がブログを始めて4200日目になった時に(去年の秋でしたか‥)私のブログはもうすぐ初めて12年になりますが

古い順では何番目くらいですか?一番古い方はいつごろからですか?と問いました。 答えは 当事務局ではそのような統計は取っていませんので

お答えできません。とつれない返事。質問や疑問にお答えします というはずなのに これじゃぁ管理なんて全然出来ていないんだなぁ と

思いました。 まぁこんな風に文句を言っていて事務局の目に止まって出入り禁止になれば それはそれ、よく監視してるなぁ と納得しますが

まず、無理でしょうな^^

 ところでモーツァルトが生まれて266年、‥御嶽海が長野県の出身力士としては277年振りの大関 という記事がありました。

モーツァルトってすごく昔に生まれたのが改めて分かりますし 大相撲の歴史も永いのだと 分かりましたが どちらを土台に比較すれば

いいのか これは個人の趣向でしょうね^^

 

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日が長くなりました

2022年01月26日 06時55分58秒 | 笑い

  おはようございます^^

 一月も終盤になってきました。寒さは相変わらずですが、夕方 五時ごろ 外を眺めると まだ明るいのです。

まだ‥とはおかしな言い方でしょうか。 去年 冬至の頃【12月22日) 五時は もう薄暗くなって夜の帳(とばり)が降りてきました。

あの頃(冬至)からもうひと月以上経ちましたから 昼間の時間が少しずつ長くなってきているのが 分かるようになりました。

 例えば一日の昼間の長さが昨日より10分延びたとしたら 10分X30日 300分‥6時間~?

 むむむ‥ 冬至のころが5時に暮れていたとして そこから6時間を足すと 11時ですね。さすがに北欧じゃぁないからこんなことはありませんが、

日長になる単位が10分ではなく ほんの数分かな‥それくらいぼちぼち でもカメの歩みのように気長に昼長になるのを待ちましょう^^

     春はもうすぐだ~!!

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暑さ対策も‥

2022年01月25日 07時23分09秒 | 笑い

   おはようございます。

 

 ここ最近の私のブログを見直してみますと、毎日毎日 寒いと泣いてばかりいます。

 昨日なんか 寒くて居られないから 遂に温かいところへ避難(ひなん)…恰好(かっこう)をつけて逃避行(とうひこう)するんだと まで宣(のたま)ってしまいました。

ホント 考えが短絡的なのには 我ながら呆れてしまいましたね。

 ですが、私は 戯(ざ)れ言を悔(く)いることも 今の現実(連日、氷点下です)を顧(かえり)みることもなくやっぱり

温暖な地に住みたいと願っています。

いわゆる ショートスティと呼ぶのでしょうか…以前 都合の悪いことはカタカナにすることで 耳触りも良く 英語であるために それはなんですか?

と聞かれることもありません。

 万が一 聞かれたら  なんだ そんなことも知らないの…という顔をしてシカトしたらいいでしょう。

さてショートスティと云うからには永住と違って 短く居ると訳する その通りで3か月から4ヶ月くらいが妥当なところでしょう。

真冬そして真夏  もう夏 と呼ぶより 灼熱地獄と言う方が適切なくらい日本は 暑くなりました。

その暑い日本から 真冬とは違った穏やかな方面へショートスティをするのです。

 昔 ドーハの悲劇 ということがありました。覚えていらっしゃる方、懐かしいなぁと思い出されているでしょう。

あれは日本のサッカーが今みたいにワールドカップの常連になる前の話です。

1994年の サッカーワールドカップのアジア予選の最終戦 日本は、勝てば念願のワールドカップに出場できるところまで来ていました。

試合会場は中東のドーハーという街で最終戦の相手は イラク。イラクは過去ワールドカップに出場している中東の強豪です。

試合が始まって 一進一退のなか日本は先制をしてそのあとは追いつ追われつで終盤2対1とわずか1点のリードでした。

サッカーの場合 アディショナルタイム (当時はロスタイムと言ってました)といって試合が途中負傷者の手当だとかで中断をした時間を覚えておいて

最後にその時間分だけ続行します。

 日本は1点をリードしたまま試合時間90分が過ぎて あとは ロスタイムを守りきれば 念願のワールドカップ出場が決まります。

ロスタイム は普通2、3分くらいで それならなんとか逃げ切れるだろう と思って テレビを観ていたら

いつの間にか日本のゴール前で ごちゃごちゃし始めてきましたね。

相手の猛烈な攻撃に日本はタジタジで 海外の中継ですから映像も見にくくボールがどこにあるのかわかりません。

最後はイラクの選手がコーナーキックをしてボールと選手が入り混じった集団が パッと散らばると 緑色のユニフォームの選手(日本はブルーでイラクが緑でした)

が両手を広げたり 小躍りしながら日本ゴールから離散して行きました。 ??? どうなったの…とテレビに食いついて見ますと

アナウンサーの悲痛な声が聞こえてきました。日本は ゴールを奪われてしまいました。 同点 同点になりました。

えっえー わずか数秒の間の出来事でした。サッカーをよく知らなかった私はサッカーとは一試合の内に数点しか入らないから 残りが数分だったら

 もう試合は終わったも同然だろう…と高をくくっていましたから  秒速の結末にあ然としたのを覚えています。

試合は相手チームが得点をして 試合終了となりました。

あとで聞くとサッカーやラグビーは試合終了の時間が来てもひとつのプレーが済むまで試合は続けられるのですってね。

ですから この試合も相手チームのシュートを弾くまでが有効なのですね。

いざ、シュートをする時に時間です、試合終了とはならないのです。おそらくその試合もギリギリのところだったのでしょうね。

相手が小躍りしてる横で 日本の選手は崩れるようにコートに座り込んでいました。それもかなり長い時間だったようにお憶えていますが

あのシーンは今でも脳裏に焼き付いています。

 試合の翌日、終了間際の失点に、日本はワールドカップに出場できる というプレッシャーに負けた、だとか

最後に相手の追撃をかわせなかったのは経験の不足だ、相手の試合を諦めない姿勢は見習うべきだ などと様々な意見がありました。

なかで 試合会場となった ドーハーの気温に負けた という報道もありました。 確かに試合は十月の末に行われて日本でしたら

スポーツをするのにちょうどの季節でした。 ですが 試合会場は中東の ドーハー。この地は春、秋、冬などはなく年中が夏。

40℃どころか 最高気温が50℃になることもよくあるくらいの灼熱の国でした。そんな中に気候の良い日本から遠征をすれば

温度差で体調が狂うのも当然で それからして 気温に負けた というのは言い訳でも負け惜しみでもなくて 現実は厳しいことを

身をもって体験をしたのでした。

それから三十年ちかく経って 今の日本の夏場の気温はどうでしょうか? さすがに50℃まではなりませんが、

昔と違って連日40℃近くまで上っていますよね。 こうなれば もうしめたものです。中東の暑さにバテバテになって負けしていた

日本は もう暑さになれていますよ^^ だからこれからは中東の国とやった時の言い訳にはなりませんよと‥私は思っていますが、

その中東並みの暑さをですね、闘いに行くわけでもない一般庶民はどのように過ごしたらいいんでしょうか。

 ‥ということで気候の穏やかな北海道や青森(北海道の方青森のみなさん勝手なことを言ってごめんなさい)

 あたりで二か月ほど ショートスティをすることが地球温暖化対策に最も適した良策では

ないかとわたくしはつらつらと思うのであります「パチパチパチ」

 

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