寝転がって気ままに想う事(旧爆笑マル秘役員専用車の運転士)

 世の中ってこんなもんです・・
面白可笑しくお喋りをしましょうか ^^

先見の明

2022年08月31日 06時29分43秒 | 笑い

  おはようございます^^

今日は八月の最終日 月末です。この日を昔は 晦日(みそか)と言いました。

毎月の末 月末を晦日、そして十二月末を 大晦日。この大晦日だけは今でも使われていますが

現代風では年末。ちょっとややこしくなりました^^

整理をしますと、週の末を週末、月の末は月末若しくは晦日、一年の末を年末、或いは大晦日‥歳末 というのもありましたね^^

日本語は同じ意味でもこのようにいくつかの表現があって覚えるのが大変ですね。

まぁこの話題はいずれ十二月の押し迫った頃に取り上げるとしましょうか^^

話しが変わりますが、明治二年(1869年)八月ですから今から153年ほど前の事です。

世は明治維新があった頃ですが、新政府は旧幕府側の大名、旗本の屋敷、神社、寺院などの土地を没収しました。

そのため東京市内に広大な空き地が生じ狐狸、野犬はもとより追いはぎが出るという物騒なことになりました。

それでこのままにしておけずに民間に払い下げて桑の実やお茶(養蚕‥絹糸、お茶は当時の主力輸出製品)の畑にした方が良い、

というわけで、東京市中の土地 916万6770坪‥が一般に売りに出されました。

その値段は麹町、虎ノ門、霞が関方面で一千坪につき二十五円、飯田橋、番町、永田町あたりが二十円、市谷、四谷、青山、牛込

などが十五円。坪単価(3,3平米)で二銭五厘から一銭五厘 という安値。これは当時の貨幣価値ですから

今の価値に直すのに当時の米価が一升五銭。今の米価が平均で七百円なので約一万四千倍。

米の価格を物価の基準にしましたがそれで見直しますと飯田橋、永田町辺りが坪二百八十円。いまの実勢なら六千万円以上ですかね^^

明治二年の地価が二銭に対して三十億倍。 ご先祖さん 買っておいて下さったら、今頃は左団扇で暮らせてましたね^^

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野球小僧、

2022年08月30日 09時49分34秒 | 笑い

  おはようございます^^

八月も残り二日になりました。 友人の前田さんと電話で喋っていたらが暑さもちょっ和らいできて 良かったけど‥とあとの言葉を濁しました。

ん‥ どうしたのかな と思うと 高校野球も終わったし、夏休みも終わるし、プロ野球も先が見えて来たし‥

もう楽しみが無くなって寂しくなったよ‥と力なく嘆くのです^^ そうか そう言えばこのおっちゃん(失礼)は野球が好きやったんだ、と思い出しました。

しかし、たかが野球されど野球と昔の人にはこのような野球大好きさん いましたよね。それと併せて相撲も好きさん、

この冒頭に嘆いた前田さんは正に 野球好き、大相撲好き ^^特にセリーグはヤクルトの独走を止める球団が無くて

それでも週末の首位ヤクルト VS 2位ⅮeNAの3連戦は、上り調子の DeNAが発奮したら面白くなるなぁ‥と固唾をのんでいたら

簡単に三連敗。前田さんの嘆きが分かりますねぇ、 でもパリーグの方は目が離せないぞ。とこの人はどこまでも野球好きな人ですね。

どうかパリーグの球団の皆さん、この方の為に何とかいい試合で残りを盛り上げて下さいね。

私より切なるお願いでございます^^

 

 

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ちょっと歴史を語りました^^

2022年08月29日 05時43分50秒 | 笑い

  おはようございます^^

八月の最終の週になりました。 八月は、夏、暑い という印象が強いようですが、末頃まで来ますと

秋の足音が忍び寄ってきます。

昨日は爽やかな朝を迎えましたが、こんな日は何日ぶりかと思いましたが、もう少し経てばこんな朝が当たり前になって仕舞う

のでしょう。

 季節ってほんとに怖いですねぇ。仮にお天道様‥太陽ですが 何かの拍子で遠ざかったり 逆に近づいたりすると

寒冷の気候が年中になって人類は絶えてしまうと 理科のセンセから聞いたことがありました。

この地球の気候は太陽の遠近の微妙なところで 成り立っているようで地球もそれなりに大きいので、すべてが温暖な気候には

ならないようですね。

 もうちょっとややこしい話をしますと、太陽の周りを地球が廻っているのですね。これを地動説として

確か戦国時代にスペインやポルトガルから来た宣教師が織田信長に教えた(説明)そうです。それまでは日本に限らず全世界で天動説が

主だったのです。私は空を見上げてお天道様が東から上って夕方になると西の空に沈むのを見ていると(この東から西というのも信じられませんが‥)

未だに天動説が間違っているとは思えませんがね。 まぁ私の愚言などはシカトをしまして、どうしてスペインなどは、太陽は動かずに

地球が動いていると分かったのでしょうか?

これは確か小学校の理科のセンセから教えてもらったはずですが、今もって 思い出せないのですね。

最近の事はすぐ忘れるのに昔のことは よく覚えていると聞きますよね、実際私もそれに同調しながら嗤(わら)っていますが、

じゃぁ 小学校の時に習った地動説の説明をしてみろ、といわれると もう横向いて空口笛を吹くしかないようです^^

そして小学校の校歌なら二番まで歌えるんだけどなぁ、と訳のわからない詭弁的な虚勢を張るのでしょうねぇ‥

 ところで戦国時代の後半に来日した宣教師は キリスト教の布教に訪れたように習ったのですが、最近聞いたのでは

彼らはスパイ‥侵略者の先兵だった、という説です。

16世紀の世界は、欧州のスペイン、ポルトガルの二強が全盛期の頃でその二つの国で世界の七割まで征服をしていた‥

これは多少眉唾でしょうね。だってあのころは中国も明の時代で世界最強のひとつだったのじゃぁないでしょうか。

この頃は、イギリスの産業革命は未だ興っていませんでしたが、世界の中で武器の優劣が出ていました。

スペインが大西洋を渡って中南米に上陸をしてインカ帝国などを征服したのも 武器の優秀さ、

つまり鉄砲を発明していたからでした。それと馬。馬のいなかった国々はその大きさや異形に驚いたと言います。

武器の優越さと残虐さ、巧緻な悪知恵を持ったスペイン人は中南米大陸を凌駕しました。その勢いはやがてアジアに寄せてくるのですが

インド洋伝いに来ると東南アジアを植民地にしながらフィリピンからインドネシア、そこで一旦止まって北上をして目指した先が中国や日本。

当時の日本は 黄金のジパングと欧州でも呼ばれていて金、銀の産出量が世界有数でした。この金、銀、銅は世界共通の貴金属でしたので

スペインの垂涎の的でした。

先発隊の宣教師の調査、報告によって 黄金の国はそれまでの中南米やアジア諸国、未開の地域と違って固有の文化や教養があり

武士と呼ばれる専業の武将は強く、礼儀正しく自尊心が強い。ジパングはとても人口が多く農業が盛んで鉱業や商業、工業も盛んで国としてまとまっている。

 そして驚いたことに自分たちだけが持っている筈の鉄砲を当たり前に使っている。

しかも合戦では数千丁から場合によっては数万丁の鉄砲を使っている。動員している兵は勇敢で精悍。鉄砲は元は我々の発明をしたモノから

独特の工夫を入れて連射を可能にしているし 戦いの作戦も巧妙で戦略に富んでいる。

 戦い上手で戦(いくさ)馴れをしている。これまでの国々と比べて 厄介でこれは手強いというのが宣教師の見立て。

そりゃあそうですよね。当時日本は戦国時代真っ盛りで毎日どこかでドンパチやっていましたから(笑)

他の国々では無茶押しで 進めていた植民地戦略は ここでは無理だと判断をしたのは正しかったたでしょうね。

その後スペイン、ポルトガルはイギリス、フランスとの覇権争いに敗れて後退していきます。

先進地域の欧州では最初スペイン、ポルトガルが先行して、次にイギリス、そのあとをフランス、ベルギー、オランダが

世界を荒らしまくりました。そして二十世紀に入ってイタリー、ドイツ、ロシアが国としてまとまってきましたが

世界にはもう おいしい植民地は無くて既得権益を持っているイギリス、フランス、アメリカと、

こっちにもうまい汁を吸わせろと迫ったドイツ、イタリー、オーストリアとの戦いになったのが第一次世界大戦。

日本は漁夫の利で連合国について太平洋の島々を統治出来ましたが そこで済ませとけばよかったよね~^^

 ところで現在ロシアのウクライナへの侵攻は今に始まったことではなく200年前からあのあたりの東欧では絶えず紛争がありました。

今のウクライナ(他の国々も同じ)も固定された国ではなくポーランドだったりハンガリー、オーストリア、トルコ、ロシアなどの草刈場みたいになっていて

目まぐるしく国境線が変わっていました。

ですからヨーロッパはここ数十年は平和でしたが元々紛争や戦乱が尽きない地域だったのです。今回の侵攻はどちらが正しいのか 

日本はアメリカ寄りですから欧米の言い分だけが誇大表示的に流れて来るので    そうか、大変だな、と思ってしまいますが、世界の中では

醒めた視線で見ている国々も結構ありますね。それは何百年と自国を荒らされて略奪をされてきた国々です。

日本は先の大戦に負けて侵略を謝罪をしました。大戦の戦勝国の欧米は何百年間とやってきた摂取、略奪、無差別大量殺人などは未だに認めず植民地時代の罪を日本に被せています。

その欧米諸国はいまだかつて謝罪の言葉すらなく それでいて世界の平和を唱えるのですから 盗人猛々しいとはこの事かな と思いますね。

日本はアメリカと軍事同盟を結んでいる手前、欧米寄りの政策になります。

それは先の大戦でアメリカに負けて、精巧に隷属化にされた結果、仕方ないでしょうが、過去にあった二度の世界大戦は既得権を巡る争奪戦であったようにこれから先も

同じ過ちになるのではないかと心配をしています。

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暑さも和らぎましたか‥

2022年08月26日 09時38分12秒 | 笑い

   おはようございます^^

茹だるような暑さがひと息ついたようです。

もう、秋かな…と期待したいのはみなさんもご一緒の気持ちでしょうね。

この頃 八月の末ごろですが、さすがにお盆頃の厚さから少し解放されつつあるようです。

暑さについて 何度かご紹介をしましたが改めて整理をしますと、気象庁の定義…公務員はこんな暑さについても

定めを作っていました。まぁ堅いご職業ですから これくらいはして頂かないと 困りますよね。

冷やかしはこれくらいにしまして、まずは 夏日、これはよく耳にしましたね。

夏日25℃以上、真夏日30℃以上、猛暑日35℃以上、もうひとつ〃意味で酷暑日。気象庁では猛暑日を推奨してるらしいのですが

今ではどちらでもいいよ~と柔軟な対応らしいです。

それと寄るですね。今年は熱帯夜が何日あったのでしょうか…これにも決まりがありまして25℃以上を熱帯夜にしています。

このほかに気象庁からの認定がありませんが 極暑、激暑、耐暑、大暑、厳暑、炎暑、湿暑、溽暑(じょくしょ)、蒸暑、残暑

 ◎ 茹暑…これは今他のを書きながらふと思いついて私が創りました^^

とまぁこれくらい色々あって日本語って豊かな文化だなぁと改めて思いました。

 

 

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秋が近そう・・

2022年08月25日 06時02分25秒 | 笑い

おはようございます^^

夜に虫の声(ね)が聞えてくるようになりました。

一時はどうなるんだろう…と思うくらいの灼熱地獄でしたが 日にちが過ぎると それなりに秋の気配がしてくるようになりました。

この 秋 ですが 何処かで とき と読ませるのを ふと思い出しました。  んん なんだったろうか…と

皆さんに紹介しようと記憶を遡らせてみますと 出てきました^^

軍歌の 出征兵士を送る歌 の一節でした。 

♪ 誓い致さん 秋(とき)至る 勇ましい その首途(かどで)~演歌なら未だしも 軍歌ですから どうしようかなぁ…と怯(ひる)んだのですが

YouTubeにも載ってるから大丈夫、と勝手な注釈を付けました。

まぁ前置きはこれくらいにしまして この歌詞の中で 秋 とありますが ときと読ませます。

ときは時のことで 中国の三国時代のことわざから来ているそうで 重要な時期を収穫の最盛期の秋になぞらえて 秋を時(時期)

と読ませたのが言葉の由来だそうです。しかし中国の三国時代と言えば劉備玄徳、曹操、関羽、張飛など錚々たる武将が活躍をした時代です。

西暦で200年ごろの事らしいのですがわが日本では 記録が無くてやっぱり中国の三国の内の魏の記録に載っていました。魏志倭人伝の中に

有名な邪馬台国などの国々が騒乱を繰り返していた…とまぁ当時の日本は国家とまではいかなくて強い兵を持ち出した頃で 

隣の町に喧嘩を売っていたようなレベル(中国から見て)の

時代のようでした。

ところで首途(かとで)  これも今風なら門出 でしょうが闘いの時にこの言葉が使われているようですね。

昨日もうちょっとましな…と思いましたが 同じような話題になりました^^

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