とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

村上春樹「鏡」について③

2022-09-15 11:30:31 | 村上春樹
2-2 「鏡」の読解

 以上のことを念頭において「鏡」を読んでみる。(ここから先の説明は「鏡」を読んでいないとまったくわからなくなるので、先にお読みいただきたい。)

 当然のごとくこの小説の「語り手」の「僕」に焦点をあてることになる。そしてこの「僕」は誰なのかを考えることになる。


 仮説を立てる。

 この小説における「僕」は実在の人物ではなく、鏡の中の虚像である。つまり、鏡を見ている「僕」の元存在こそが存在しているのであり、この小説の「僕」は「僕」の現存在が鏡に映されたものである。

 この仮説の一番の根拠となるのは次の記述である

 僕はそこにしばらくのあいだ呆然として立ちすくんでいた。煙草が指のあいだから床に落ちた。鏡の中の煙草も床に落ちた。我々は同じようにお互いの姿を眺めていた。僕の体は金しばりになったみたいに動かなかった。

 やがて奴のほうの手が動き出した。右手の指先がゆっくりと顎に触れ、それから少しずつ、まるで虫みたいに顔を這いあがっていた。気がつくと僕も同じことをしていた。まるで僕のほうが鏡の中の像であるみたいにさ。つまり奴のほうが僕を支配しようとしていたんだね。(傍線は筆者)

 この傍線部で明確に「僕」が鏡に映された「僕」であることを示唆している。

 また、ここに出てくる「金しばり」という言葉も示唆的である。金しばりは経験したことがある人ならばわかるだろうが、意識ははっきりしているのに意識通りに動きがとれずに体中が固まったように感じる状態だ。自分の意識通りに自分の意志通りに動けないような状態である。これは鏡の中の存在であることを暗示している。

 「相手が心の底から僕を憎んでいる」という記述もこれで説明できる。鏡をみている「僕」は「僕」に対する感情を持つことができる。しかし鏡の中の「僕」、つまりこの小説の語り手の「僕」は、鏡を見ている「僕」に対する感情を持ちえないのである。

 鏡の中の「僕」、つまりこの小説の語り手である「僕」は、鏡を見ている「僕」の存在を認めた瞬間、直感的に自分は実在しない存在なのではないという真実に接し、自分が実在しないということに恐怖を感じたのである。自分が存在しないということは恐怖に違いあるまい。
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村上春樹「鏡」について②

2022-09-14 07:41:25 | 村上春樹
2.「鏡」を読解する

2―1.村上春樹の初期作品の語り手
 「鏡」について語る前に、村上春樹の初期の作品について私の考えを述べておく。

 「鏡」における語り手は「僕」である。これは「鏡」だけではなく、『風の歌を聴け』『1930年のピンボール』『羊をめぐる冒険』のいわゆる村上春樹の「初期三部作」(あるいは「鼠三部作」)でも同じである。

 私は、以前まで村上春樹の「初期三部作」がどうしても好きになれなかった。「おしゃれな小説」のようにしか思えなかったのである。しかし、様々な講義や本を読んでいる中で、村上春樹が時代に抵抗し、社会に戦いを挑みながら、さまざまな工夫をしていたということが読み取れるようになった。そう考えれば確かにおもしろい。

 村上春樹を読む中で、村上春樹の小説における語り手のことが気になるようになった。語り手である「僕」は誰なのか。実は「僕」は「鼠」と同一人物なのではないかと思われたのである。「僕」は「鼠」の分身なのではないか。調べてみたらそういう考えを述べている人もいる。もちろん「鼠」と「僕」が同一人物であるとすると、つじつまが合わなくなるところはたくさん出てくる。しかしそのつじつまは表面的なつじつまであり、本質的には「僕」と「鼠」が表裏一体であるという説は無理なものではない。

 このように考えると、語り手の「僕」は、「鼠」が作り出した「もうひとりの自分」なのではないかと思われてくるのである。もちろん小説なのだからすべては虚構であり、その意味で「僕」が「虚像」であるというのは言うまでもないことであるが、ここで申し上げたいのは小説内のレベルでの話であり、「鼠」が実在しているという前提での話であるので誤解のないように断っておく。「僕」は「鼠」を客観的に記述するために「鼠」が想定した「語り手」なのだという仮説を提示したいのだ。

 これ以上の説明は本論の趣旨とはずれていくばかりなので、別の場所でおこないたい。しかし、村上春樹論で「パラレルワールド」という言葉がよく聞かれるが、それは同じ人物のふたつの視点と考えると一番説明がつくのである。

 近代小説は「私」という主体との闘いであり、その主体を描くためにさまざまな方法がとられてきた。それこそが「近代小説」の本質であり、その優れた方法論として「村上春樹方式」を生み出したというのが、私の仮説である。
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村上春樹「鏡」について①

2022-09-12 20:47:14 | 村上春樹
1.序論

 村上春樹は日本を代表する作家になった。そもそもがそれほどの作家なのかも私にはまだよくわからない。しかしおもしろい小説をたくさん書いているので、村上春樹の高い評価が固まっていくのではないかと期待できる。

 その際、村上春樹のどういう点が評価されるのだろう。まだそれは明確になっていない。

 村上春樹の評価が定まらない中で、教科書には載っている。しかし初期の短編がほとんどで、なんなのかよくわからない小説だらけなのだ。

 「鏡」も教科書に載っている。しかしこれを教科書に載せる意味がよくわからない。村上春樹は日本を代表する作家であり、教科書に掲載することに妥当性を感じる一方で、どのように読むか指針がまるでない中で教材になることに疑問にも感じる。指導書を読んでもどのように授業で扱うべきか判然としない。そもそこ指導書の解説がきちんと読み取っているのかが疑問に感じるのだ。

 今回「鏡」の読み方の一例を提示ししてみたい。

 続く


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八重洲ブックセンター閉店

2022-09-10 07:00:41 | 社会
 八重洲ブックセンター本店が来年3月で現店舗での営業を終了する。倒産とか経営不振というニュースではなく、所在地一帯の再開発に伴うものであり、悲しむことではないようだが残念なニュースだ。

 八重洲ブックセンターは他の本屋にはない本がある貴重な本屋であった。神田の三省堂や新宿の紀伊国屋にはない本がたくさんあった。インターネットがない時代はそこに一日いてもあきなかった。

 今は東京に住んでいないのであまり行く機会がなくなったが、東京に行くと帰りの新幹線に乗るまでの貴重な楽しみの場所でもあった。

 しかしインターネットが普及してからは、本屋で本を探すという行為をほとんどしなくなった。する必要がなくなったのだ。ほしい本はネットで買ったほうが楽だし、本の内容や評価も載っているので、それを参考にして選ぶことができる。本屋には悪いと思いながら、本屋に行ってないものを探すよりも、確実に手に入るネットのほうがどうしてみいのである。地方に住んでいるものにとっては特にそう感じる。

 八重洲ブックセンターはしばらくは仮店舗で営業し、再開発後はビルの中の新店舗で営業するという。しかし今のような雑然とした雰囲気はなくなるのだろう。ひとつの時代が終わったような気分だ。

 3月まで何度か東京に行く機会があるだろう。ぜひまたあのちょっと不便な雑然とした本屋さんに行ってみたい。
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原子力発電所の新設への疑問

2022-09-06 12:14:56 | 政治
 岸田首相が原子力発電所の新設や増設、建て替えの検討を進めるよう指示した。ウクライナ戦争に影響で電力の安定供給がおぼつかない点、カーボンニュートラルの達成という点などから、評価できる点もある。しかし、以下の点ですぐに賛成というわけにはいかない。むしろ現状では反対である。

 1つ目。まずは事故の危険性である。日本は地震国であり、どこにつくっても100%安全と言うことができない。その対策は十分できるのかが疑問である。大丈夫、大丈夫と言って起きたのが福島の原発事故なのだ。それは決して忘れることはできない。

 2つ目。核のゴミの処理施設の場所が決まっていないということ。それが決まらないうちに見切り発車するのはゆるすわけにはいかない。さらにはそれによる経済的な負担も明確にしなければならない。莫大な処理費用がかかるのではないか。

 3つ目。原発の建設場所である。結局過疎の町に原発を作るというのはあってはならない。東京のための原発になるのは目に見えているのであり、過疎に陥った地域の感情を逆なでするようなことはやめてほしい。

 4つ目。統一教会問題のどさくさに出されたことに、岸田総理の姑息さが見えてくる。大きなテーマなのだから、正々堂々と打ち出すべき事柄である。駆け引きの道具のような打ち出し方はひっかかる。

 きちんと議論をすること。それは一般の国民にわかりやすく伝わること、それが最低条件であり、雰囲気だけで進められることだけはやめてほしい。
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