2-6.作者は何を言いたいのか
「鏡」の「語り」の構造については、以上のように作品との関連から明らかになる。しかしそれによって何が表現されているのか。つまり作品の意図は何なのかという問題が残っている。
近代小説は「私」がテーマであった。近代になり、西洋においては神が支配していた時代が終わり、日本においては「家」という制度が崩壊し、個人が主役の時代となった。そして近代において人類が直面したのは「私」という存在である。近代は「私」と格闘している時代であるともいえる。
近年「私」を客観的にみるメタ認知が重要になってきた。メタ認知によって「私」を客観的に見ることが可能になってきた。しかし「客観的」に見る「私」と主観的に見る「私」は同じであろうか。いや、私たちは他人が見る「私」とのずれを常に感じている。だから鏡を見ることによって安心する一方で、鏡を見ることを不安に思うのである。
私はこの小説の根底にあるのは、「私」の不安定さだと考える。近代人は不安定な「私」を常に感じているのである。