第2次世界大戦時、ナチス政権が1100万人のユダヤ人絶滅政策を決定した「バンゼー会議」の全貌を描く映画『ヒトラーのための虐殺会議』を見ました。権力の圧力は民主的な会議が「忖度」会議になってしまうことを分からせてくれます。今の日本の状況を考える上でも重要な映画です。
ナチス政権はユダヤ人を絶滅させる計画をたてます。それを会議で決めていくのですが、一部ではその方針について異論を唱えるものもいます。法律の解釈を変更することへの反論を堂々と主張します。観客はこの男に期待します。しかしそれは人道的な意味でも正義のためでもなく、より効率のいい方法を提案しているにすぎなかったことに気付きます。結局はヒトラーに逆らう気持ちなどまるでありません。自分の存在意義を示しただけだったのです。
おそらく現在の会議というものはそういうものなのでしょう。方向性がすでに決まっているからこそ会議は行われるのです。日本の会議をみていると、もはや会議は報告会でしかありません。もめることさえなくなりました。
安倍政権以来、官僚もマスコミも権力におもねるようになりました。最近話題になっている、総務省の放送法の解釈変更のニュースもそれを裏打ちします。権力者に忖度する現在の姿はナチスに近づきつつあるのではないかと感じてしまいます。。
私たちは言論の自由を守るために常に努力しなければいけないということを強く感じさせる映画でした。。