まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

MFT (その9)・ うなぎ荒井

2010-08-08 17:20:18 | 飲んで幸せ・食べて幸せ
夏バテが気になるこの時期はやっぱり鰻を食べたくなりますね。
(いや、別に冬場だって食べたくはあるんですが)
もうとっくに過ぎてしまいましたが、土用の丑の日にはあちこちで鰻を売り出していて、
「ああ、鰻食いてぇ」 と思ったものでした。
ただし我が家の場合、ひとつ困った問題が。
もう20年も前にサイコーの鰻屋さんに出会ってしまい、
そこ以外の店ではどんな名店と呼ばれるお店に行ってももはや満足できないのです。
それが横浜の鶴見にある 「うなぎ荒井」 です。

結婚して最初に住んだのが横浜の鶴見でした。
JRの鶴見駅から徒歩20分くらいという、
今じゃ考えられないくらい不便なアパートに暮らしていたんですが、
その駅からうちに帰る途中の5分の2くらいの地点にその鰻屋さんはありました。
けっして目立つお店ではありません。



この写真では右側が見切れてしまっていますが、
右側はこれ以上余裕があるわけではなく、
この店の間口はほぼこの写真に写っているだけの幅しかありません。
はじめのうちはここに鰻屋さんがあるということにすら気づきませんでしたし、
存在を認知してからも、駅からけっこう離れていますので、
まあ街中で細々と営業している鰻屋さんなのかな、というくらいの認識しかありませんでした。
しかも当時私はまだ大学院生で、塾のバイトで食いつないでいる状態でしたから、
鰻を鰻屋で食べるという贅沢ができるわけでもなく、
あらゆる意味において縁遠く、特に心引かれることもないお店だったのです。
ですから、その店に初めて行ったとき、
どういう理由でここに入る気になったのかもまったく覚えていません。
冬のボーナス (冬期講習のバイト代) が出てちょっと財布に余裕があったとか、
病気をしてしまって精をつけなければいけないとでも思ったのでしょうか。
とにかく、特に何かを期待していたわけでもなくふらっと入ってみただけでした。

お店は奥に細長く広がっていて (といってもそんなに長いわけではない)、
4人がけのテーブルが2つと、あとは小上がりがあるだけです。
小上がりには、テーブル席よりもさらに狭い感じになってしまいますが、
4人がけのちゃぶ台が3つあるくらいの、とても小さなお店です。
建物も内装も年季が入っていて、
商店街にある古いおソバ屋さんみたいな感じと言えばわかってもらえるでしょうか。
要するに、いわゆる名店という感じとはほど遠い印象です。
こう言っちゃなんですが、席についても期待が高まるという感じではまったくないのです。

ところが、ここの鰻がまさにビンゴだったのです。
まず何がエライといって、注文してから相当待たされます。
これは 『美味しんぼ』 で山岡さんも言っていたように、
ちゃんと注文を受けてから鰻を焼き始めるからです。
ですので鰻重とは別に、肝焼きや骨せんを頼んで、
ビールとか日本酒を飲みながらのんびり待つ覚悟が必要です。
店の混み具合によっても変わってきますが、
炭火で焼く香りやうちわのバタバタいう音を聞きながらおよそ30分くらいでしょうか。
やっと出てきた鰻重は、それはそれは絶品なのです。
鰻はふっくら柔らかく、親子三代受け継がれた技でじっくりと焼き上げられています。
一粒一粒美しく炊きあげられたご飯に、甘みを抑えた辛口のタレがかかっている上に、
この鰻がドーンと乗っかっているのです。
これを至福と言わずしてなんと呼べばいいのでしょう。
それ以来、ここの常連になってしまいました。

特にここの辛口のタレに一度慣れてしまうと、
他の店の鰻はどれも甘く感じられて、もう口に合わなくなってしまったのです。
それがこの店と出会って困ってしまった最大の問題でした。
その後、鶴見から引っ越して各地を転々とし、
引っ越し先で美味しい鰻の店を探すのですが、
どんなに探しても 「荒井」 には敵いません。
東麻布に住んでいたときはかの有名な 「野田岩」 がすぐ近くにあり、
けっこう期待して行ってみたのですが、やはり私たちの舌は 「荒井」 に軍配を上げました。
(有名店だからしかたないのでしょうが、注文してわりとすぐに出てきちゃったのも残念でした)
というわけで、鰻を食べたくなるたびに 「荒井」 のことを思い出してしまい、
それが食べられないという喪失感にさいなまれていたのです。

で、昨日はとうとう我慢ができずに、わざわざ鶴見まで出かけてみることにしました。
鶴見なんてそこに住んでいるのでもないかぎり特に何の用もない町です。
それでも隣駅の川崎に住んでいた頃は、
「荒井」 に行くためだけに足を伸ばすこともあったのですが
東京に引っ越してからはとんとご無沙汰でした。
もうかれこれ4、5年行ってなかったのではないでしょうか。
本当に久しぶりの 「荒井」 です。
ちゃんとあらかじめ電話して、昼の営業時間を確かめて予約を入れた上で向かいます。
昨日は配達の注文が殺到していたそうで、
店を開けるのは1時から2時までのたった1時間だけ、
しかもすでに小上がりはすべて予約で満席だったそうで、
電話を入れておいてよかったです。
久しぶりの鶴見駅周辺はすっかり様変わりしてしまっていて、
その様子を楽しみながらゆるゆるとお店に向かいました。

まずは定石通り、鰻の骨せんとビールを頼みます。



肝焼きも一人前 (2本) だけなら用意できるとのことで、
(その日、鰻が何人前出たか、肝吸いがどれだけ注文されたかにより、
 肝焼きを食べられるかどうかは変わってきます)
じっくり焼いてもらいながら、ビールは飲み終わり、
お新香盛り合わせなどをつまみながら冷酒に移行して待っていると、
いい香りで焼き上がって出てきます。



山椒をふってかぶりつくと幸せは増し、冷酒がさらに進みます。
以前はビールを2、3本飲んでしまって、
鰻重が出てくる前にお腹が落ち着いてしまっていたものですが、
満腹感を感じるようになった近頃ではビールの代わりに冷酒に移行するという技も、
年の功により身につけることができました。
したがって30分間飲み食いし続けていても、
鰻重に対する期待感と空腹感はまったく損なわれていません。
小上がりの団体さんたちの食べている様子などを横目で見ながら、
ああ、もう早く食いてぇ、と鰻への渇望感が最高潮に達した時にちょうど、
お重 (4段階のグレードのうちの上から2番目) とお吸い物 (別料金で肝吸いにグレードアップ)
がやってきました。



あやうく写真を撮るのを忘れて鰻にむしゃぶりついてしまうところでした。
ああ、いつものあの味です。
この4、5年、ずっと夢にまで見てきたあの鰻重です。
甘みを抑えたこの大人の味。
吸い込むように飲み込むように一気にかっこんでしまいたい衝動と、
この快楽を1分でも1秒でも先延ばししたい理性とがせめぎ合います。
ああ、なんという幸せ、なんという美味でしょう。
日本人に生まれてきたことの有り難さを心の底から満喫したひとときでした。


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