がん(骨肉腫)闘病記

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並立制・併用制・連用制(上) 大屋雄裕

2012年12月10日 | Weblog
2012年12月01日 13時31分29秒

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「今は昔のことだが、大御所先生が当時刊行したばかりの憲法の教科書で勉強していたところ、小選挙区比例代表並立制と併用制の区別がまったくできていない記述に出くわして仰天したことがある。政権交代から選挙制度改革へとまさに進んでいる時期だったにもかかわらず、というのは選挙制度というのが所詮は技術的な問題に過ぎないと軽視されていたということなのか、それだけこのあたりの違いがややこしいということなのか(その後の版では修正されている)。最近は衆議院の定数是正にからんで小選挙区比例代表連用制の導入という話題が出ているが、相変わらず制度の中身を理解せずに議論している人があちらこちらにいるのを見ると、やはり後者なのかもしれない。


■連用制ここがおかしい?

というのは産経新聞が前回総選挙のデータを基礎にした試算を公表し、連用制では一票の価値に大きな格差が生じ、法の下の平等にも反する懸念があると主張しているからである(「連用制ここがおかしい!?」『産経新聞』2012年2月2日)。同紙によれば、現行方式(並立制)の下で民主党は比例代表制11ブロックで2984万票を獲得し、合計87議席を得た。だが比例定数を80減らして連用制を導入するという提案で試算すると獲得議席はわずか3になる。前者の1議席あたり得票が34万票なのに対し、後者では995万票に激増する。

他方、現行制度で123万票を獲得し、21議席を得た公明党は、連用制なら比例代表制から34議席を得ることになり、議席あたり得票は23万7千票で民主党との格差が42倍になるという。全体的に連用制は「選挙区で議席を得た政党の比例票が極端に圧縮され、公明、共産両党などが『漁夫の利』を得るなど比例代表選挙での『投票価値の平等性』を著しく損なう制度だといえる」というのが、同紙の見解である。だがこれは端的に、小選挙区比例代表連用制という制度、さらには並立制と併用制・連用制の違いについての無知に起因するものに他ならない。

■並立制と併用制

まず教科書的な知識を再確認しておこう。

並立制はもっとも単純で、議院の定数を小選挙区部分と比例代表部分に分割し、それぞれで異なる方式による選挙を実施する方法である。現在この制度を採用している我が国の衆議院の場合、定数480のうち300議席を小選挙区制、180議席を比例代表制に割り振っている。有権者は小選挙区制・比例代表制のそれぞれに投票する(合計2票)。制度ごとに開票・集計が行なわれ、両制度の得票が相互に関係することは一切ない。

併用制は多少複雑になるが、全体の議席分布を比例代表制によって決定し、誰がそれぞれの政党から実際に当選する候補者になるかを決める際に小選挙区制部分の勝敗を優先する制度と考えるのがよい。まず、有権者は小選挙区制・比例代表制のそれぞれに投票する(合計2票)。小選挙区制の票はそれぞれの選挙区ごとに開票・集計し、当選者が決まる。つまり衆議院の現在の配分を例に取れば、この時点で300人の当選者が確定することになる。

次に、比例代表制を開票・集計し、それぞれの政党の獲得議席数を決める。この際、配分の対象となる議席数は(総議席-小選挙区制の議席)ではなく、総議席(衆議院なら480)である。そのあと政党ごとに獲得した議席数を埋める具体的な候補者を決めることになるが、その際、すでに小選挙区制で当選した候補者をまず数え、余分があれば候補者リストの上位から選んでいく。たとえばA党が比例代表制で150議席を獲得し、小選挙区で当選した候補者が120人だった場合、30人が候補者リストから補充されることになる。

問題は、比例代表制で獲得した議席数より小選挙区で当選した候補者が多い場合、そして小選挙区で無所属の候補者が当選した場合である。併用制を採用している代表的な例であるドイツ連邦議会の場合、いずれの場合にも小選挙区での当選が優先されるので、「超過議席」と呼ばれるものが生じる。たとえばB党が比例代表制では20議席しか獲得できなかったが小選挙区で30人を当選させた場合、総議席数を10増やすことで対応するのである。この結果、ドイツ連邦議会は法定の定数より多い議員数になっていることが非常に多い。

■連用制

連用制は、併用制を基礎としながらこの超過議席の問題を解決しようとしたものである。まず、有権者が小選挙区制・比例代表制にそれぞれ1票を投じ(合計2票)、小選挙区制を開票・集計して当選者を決定する。この段階までは併用制と共通だが、そのあとの、比例代表制部分で議席を割り振る仕組みにポイントがある。

比例代表制において、各政党の得票に応じた議席数を算出するために広く使われている方法が、ドント式である(我が国も採用している)。この方式では、まず各政党の得票を1、2、3……と順に自然数で割っていった商を並べたリストを作る。その上で、その商の数字が大きい順に配分すべき議席数までを獲得議席と決めるのである。たとえば以下のようにA・B・C党がそれぞれ140票・90票・60票を獲得した場合、3議席を配分するならA党2議席・B党1議席・C党0議席、5議席を配分するならA党3議席・B党1議席・C党1議席、7議席ならA党4議席・B党2議席・C党1議席というように決めていくことになる。


連用制において、比例代表制により割り振る議席数は並立制と同じ(総議席-小選挙区制の議席)である。これを比例代表制における各党の得票に応じて配分するが、ドント式などの計算を行なう場合に、すでに小選挙区制で獲得した議席数で割った商までを無視することにしている。

たとえば上記の例で、小選挙区制でA党がすでに2議席、C党が3議席を獲得していたとしよう。5議席を配分する場合、A党の÷1の商が無視されるので1位はB党の÷1の商(90)、2位はA党の÷2の商(70)・C党の÷1の商(60)を無視してA党の÷3の商(46.7)、3位はB党の÷2の商(45)、4位はA党の÷4の商(35)、5位はC党の÷2の商(30)が無視されるのでタイであるB党の÷3の商(30)が選ばれることになる。獲得議席数はA党2議席・B党3議席・C党0議席、小選挙区制と合計するとA党4議席・B党3議席・C党3議席である。

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■それぞれの方式はどう違うか

同じ状況を併用制で計算してみよう。割り振るのは全体の10議席なので、ドント式によりA党5議席・B党3議席・C党2議席になる。しかし小選挙区制でC党はすでに3人の当選者が確定しているので、割り振られた議席数との差(1議席)についても当選を認め、議会の定数を増やして対応することになる(超過議席)。他方、小選挙区制5議席・比例代表制5議席の並立制だったとすると、小選挙区の結果であるA党2議席・C党3議席と、比例代表制の結果であるA党3議席・B党1議席・C党1議席を単純に合計し、A党5議席・B党1議席・C党4議席という配分になる。

ここからわかるのは、第一に併用制と連用制はよく似た結果になるが後者には超過議席の問題がないこと、第二に全体的に広く薄い支持があるが特定の小選挙区で勝てるほどではない政党(B党)にとっては《並立制が圧倒的に不利》であることだ。逆に言えば、全体的には弱い支持基盤しか持っていないが特定の小選挙区では圧倒できるような政党(C党)には、どちらでもそれほど大きな影響は出ないということでもある。

■産経新聞ここがおかしい?

産経新聞は、連用制にすると支持に地域的な偏りのある政党に不利だと主張している。それは前回選挙のデータを元にした試算としては正しいかもしれないが理論的にはあまり根拠のない話であるし、特にドイツのように全国単位で比例代表制の計算を行ない・得票率5%以下の政党を議席割り振りから除外するような規定(阻止条項)を持っている場合には、併用制による小選挙区部分がないと地域政党など存在できなくなることを無視した議論でもある。

また同紙の主張は、並立制と併用制・連用制ではそれぞれの方式に投じられる票の性質が異なっていることを無視している。すでに説明した通り、並立制では小選挙区制部分と比例代表制部分は独立であり、有権者はまったく異なる二つの制度にそれぞれ投じる票を持っていることになる。これに対し併用制・連用制では、最終的な議席分布を決めるのは基本的に比例代表部分で投じられた票であり、小選挙区部分の票は、比例代表で各党が獲得した議席を実際に占めるのが誰になるかを決める機能が中心となる。無所属候補が小選挙区で当選する場合など、小選挙区部分の票が独自の意義を持つ場合が考えられなくはない。しかし《国民の意見の分布を議席数にどう反映するか》という機能の面で見れば、それはほぼ完全に比例代表制なのである。

逆に、一票の価値の平等を金科玉条とするならば大量の死票の問題がある小選挙区制は擁護しづらいし、並立制も同様の問題を逃れられない。さらに言えば、全国一選挙区の比例代表制の場合には一票の価値の格差がほぼ生じなくなるし、複数の選挙区に分割した場合でも選挙区内では格差が自動的に調整されるのに対し、併用制・連用制では小選挙区制部分での当選者を優先する結果としてこの自動調整機能が損なわれていることに注意すべきだろう。併用制・連用制は、産経新聞が問題視するのとはむしろまったく逆の性質を持っていることになる。

そもそも、同紙による「現行は各党が獲得した比例票に応じて議席をドント式で割り振るが、連用制では『選挙区議席数プラス1』で各党の得票を順にわり議席配分する」という解説から、上述したような両制度のしくみと特徴を理解することができるだろうか。あるいは、書いた記者自身が正確な知識を持っていると感じられるだろうか(連用制も上位の商を無視するだけでドント式に変わりはない)。不勉強なまま「ためにする議論」を展開するために数字をこねくり回したとしか言いようがないというのが、筆者の率直な感想である。

大屋雄裕(おおや・たけひろ)/記事一覧
1974 年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科准教授。専門は法哲学。情報化とグローバル化によって 国家・法・政治などのシステムがどう変化するか、またそれが我々の人格や個人といった制度に及ぼす影響を最近のテーマとしている。著書に『法解釈の言語哲 学』(勁草書房)、『自由とは何か:監視社会と「個人」の消滅』(ちくま新書)。」


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