新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

3月4日 2 「安い国日本」を改革する為には

2022-03-04 16:36:41 | コラム
何処をどうすれば良いのか:

改革すべき点は多々ある。しかも、思い切った手法を採れば如何なる結果となるかを事前に十分に検討しておく必要があると思う。私はもしかすると容易ならざる結果が生じるのではないかとまで考えている。そこで、先ず結果を怖れずに挑戦していきたい事柄を考えて見た。

二重構造(いや十重二十重構造か)の解消:
製造業を始めとして多くの産業界では、製造業や元請けから最終需要家や消費者までに数多くの段階を踏んで製品が流れていると思う。先ほども例に挙げた事で、印刷業界には今でもか嘗てというべきか不明だが、得意先を持たずに大手の業者からの外注だけで成り立っている中小の優れた技術を持つ印刷業者がある。建設業界には元請けから曾孫請けやその先もあるようだ。

そういう産業構造をデイヴィッド・アトキンソン氏が繰り返して指摘していたように整理統合して、少なくとも「小」をなくして中企業のみに収斂していくというのも一つの方策だろう。だが、私が夢想している改革は「大手メーカーか元請け会社の傘下にある子会社や下請け業者を全て吸収させてグループ化し、ホールデイング会社となり、全責任を以て運営して貰う構造にする」方式である。傘下にある全企業を吸収しきれない場合には、ホールデイング会社を幾つかに分岐させれば良いだろう。こうすれば不当な下請けいじめなど解消出来るのではないのかな。

その再編成が完成した後では、ホールデイング会社は、元は下請け会社だった企業に対しては自社の経営規模を活かして原材料等を購入して支給し、人件費もグループ内で平準化し、製造原価に適正な利益を付けて購入するようにするようにしていけば良いのではないか。

営業面では、グループ内の各社はコストの上昇分を躊躇う事なく製品価格に盛り込んで販売していく事が肝要だ。こうする事で十分な利益が確保出来るので、その中から社員の給与も遅滞なく増額して行かねばならない。更に設備の合理化と近代化の投資も怠ってはならないのだ。給与を十分に潤沢に上げていけば、可処分所得も増加して消費に回っていくだろう。

中小企業の整理・統合・再編成:
私はアトキンソン氏の主張というか指摘は極めて尤もな事だと思って聞いている。整理・統合してある程度以上の規模に再編して纏めていくのも必要だと思う。問題は都内の各地に見られるように、一つの地域内に多種多様の業種の従業員が単数の小企業を、どうやって物理的に纏めて行くではないのか。その為には似通った技術を備えた小企業を何処か一ヶ所にでも纏めない事には、再編成はなり立たないと危惧するのだ。

しかしながら、小企業集団が一社に纏まっても、取引先の大手企業が複数に分かれていては価格交渉も容易ではないと思えてならない。即ち、親企業や元請け会社が素直に中小企業の原価構成を認めて、それに応分の利益を加えた価格で購入しない限りは、再編成の効果は挙がってこないと思う。それ即ち、大手企業がコストの上昇分を末端までに遅滞なく転嫁せねば成り立たない事なのだ。そういう類いの一斉値上げを最終の消費者が受け入れる為には、新卒の初任給が20年も上がっていないようでは、成り立たないだろう。

結論:
上述のようにして、安い国日本から脱却して良い國になって、国民が良い生活を楽しめるようになったとすれば、諸物価は少なく見積もっても現在の倍以上になってしまうのではないのかと危惧するのだ。俗には「鶏が先か卵が先か」などと言われているが、十重二十重構造を改革して、中小企業を整理統合して再編成する事から先に着手すると、大変な物価上昇になるだろうという事。しかも、我が国のように多くの分野で一次産品から非耐久消費財を輸入に依存していては「為替リスク」も織り込んでおかねばならない事を考慮して置く必要がある。

大幅な物価上昇は困るのは確かだが、このまま「安い国・日本」のままでいて良いとは到底思えない。そこを新資本主義だけで乗り越えていけるのだろうか。眼前にロシアのウクライナ侵攻で色々な不都合が生じている。それに素早く効率的に対応する事も絶対必要だが、安くなってしまった国への抜本的な対策も喫緊の課題だろう。


アメリカ人たちは「値上げとは話し合う事だった」と驚いた

2022-03-04 10:33:44 | コラム
安い国・日本:

こんな意味の題名の本が出たという新聞の広告を見た。その趣旨は「このまま諸物価の安値が続けば、遠からぬ将来に我が国は経済的に破滅する」という事のようだった。何処かの週刊誌の解説では「我が国に存在する会社の90数パーセントは小企業であり、大・中の企業の下請的存在であるが為に、コストとその上昇を製品価格に転嫁出来ていないのが『安さ』の主たる原因である」となっていた。「今頃になって言うか」と受け止めた。

二重構造:
私が就職したのは昭和30年(1955年)だったが、その昭和30年代に上司から「紙の最大の需要の分野である印刷と紙加工業界の調査研究」を命じられた事があった。そこで解った事が「印刷業界では直接の販売先を持たず、大手の下請けだけをしている業者があった」という点だった。上司には「これが世間で言われている二重構造のことだと思う」と報告した。簡単に言ってしまえば、その二重(イヤそれ以上か)構造があれ以降60年以上も続いているのが「安い国」になり果てた原因なのだ。私がここに「元請け対下請け」の構造を云々する必要などあるまい。

下請けの立場が弱いから値上げ出来ないのも確かだが、その他の値上げが出来ない原因に過当競争があるのだ。その昔に知り合ったアパレル業界の社長さんは「オーバーストア」と表現したが、業者が過飽和なのだ。迂闊に値上げなど申告するか打ち出せば取引を切られる危険性が高いのである。「そちらよりも安値で引き受けてくれる所など幾らでもある」と締め上げられるのだ。

お客様の為に:
マスコミは、屡々飲食店の業界ではこのような言い方で上昇した仕入れ価格を製品価格に転嫁せずに「耐え忍んで」いる事を、恰も美しい事のように採り上げて報じている。私はこの状況を「けして良い事ではない」と指摘した。ここにも「オーバーストア」現象がある。アメリカ人たちが我が国に出張してきて驚く事は、何も東京だけではなく何処に行っても街には飲食店とあらゆる業種の小売店が軒を連ねている現象だ。「あれで良く経営がなり立つものだ」と感心するのだ。

些か余談のようになるが、我が社の木材部門に大学教授から転身してきたマネージャーがいた。その初来日の時に東京事務所の担当者が「現在の製材品の市況が弱く、輸入業者たちは原価を切ってでも赤字で販売して在庫を処分している」と報告した。彼は「私が市場を知らないと思って好い加減な事を言うな。何処の世界に損をしてまで販売する者がいるか」と言って怒り狂った。正論なのだが、担当者は小声で日本語で「でも、本当の事なんだもん」と嘆いていた。

「値上げなどしては、お客様に迷惑がかかる」というコインの裏側には「自分の店だけ値上げに打って出れば、競争相手を利するだけだ」と言っているのと同じだと見ている。しかも、その彼らが庇うお客様たちは何十年もの間ろくに昇給もしないで悩まされているのだ。

「値上げとは話し合う事だったのか」:
これは、上述のような構造になっている我が国の市場に進出してきたアメリカの製造業界の担当者たちが驚愕して言った事だ。即ち、二進法でしか物事が考えられない人たちの国では「人件費、原材料費、製造原価等々のコストが上昇すれば、それらを末端価格に転嫁するのは当たり前過ぎるほど当たり前の行為なのだ。しかも、彼らの社会では「値上げとは告知する事」であって「流通業者や需要家や消費者と話し合う事ではない」のである。即ち“post it“なのだ。

ところが、私が担当していた紙の業界では「値上げを表明してから、取引先の了解を取り付ける努力をせねばならなかった」ので、アメリカ人たちが「ポストイット」では済まなかったと驚かされたのだった。しかも、紙のような素材はメーカーの先には代理店等の流通機構、更に印刷加工業界があって、そのまた先に需要家があり、製品によっては最終消費者までに値上げを納得して貰わねばならない事もあるのだ。故に、我々にとっては“price increase”は一大プロジェクトであり、十分な準備期間を設けて理解して貰わねば通らない事になってしまうのだ。

二進法的思考体系の民族の世界では「如何なる条件下でもコスト上昇は製品価格に転嫁して利益率を維持して利益を確保する」のは当然の行為なのだ。その「当然」が我が国にはおいそれとは通用しないのだから、文化の相違には悩まされるのだ。アメリカ側ではそのコスト上昇分を何処が先頭を切って日本市場に告知するかと固唾を呑んで見守っているのだ。しかも、アメリカでは独占禁止法(Anti-trust)が我が国では考えられないほど厳格に執行されているので、同業他社との話し合いなどして発覚すれば逮捕され起訴されて有罪は間違いないのだから大変だ。

デイヴィッド・アトキンソン氏:
アトキンソン氏はテレビに登場されて再三再四中小企業の整理統合を唱えておられる。上述のような実態があるのだから、アトキンソン氏の主張は尤もではあるが、具体的な方法論が問題だと思う。それは今日の状態は戦後の70年をかけて醸成されたのだから、改革にはより長い時間を要するかも知れないのだ。

1988年に我が社の「日本市場を回ってTQCを学ぼう」との動きの中で「カンバン方式」に学ぼうと、その工場を訪問した事業部の副社長以下30数名の管理職たちが現場を見学してから説明を真剣に聞いた。帰りのバスの中で彼らが言った事はといえば「確かに素晴らしい方式だが、あれはもしかして輸送業者の懸命の協力の上に成り立っているのではないのか」だったのだ。

アトキンソン氏はこういう点までも改善すれば、我が国ではコスト上昇があっても楽に賄えるほどの昇給が出来ると言われるのだろうか。私はフジテレビの反町理氏ならずとも、台湾のTSMCが九州の熊本を選んだ根拠が、台湾(東南アジア?)よりも労務費が安いからだと聞けば、驚く前に「何と言う事か」と慨嘆したのだった。