○〇549の5『自然と人間の歴史・日本篇』 消費税増税の賛否(諸説の紹介・条件の付与論)

2019-03-20 20:21:03 | Weblog

549の5『自然と人間の歴史・日本篇』 消費税増税の賛否(諸説の紹介・条件の付与論)

5.  消費税増税の賛否(諸説の紹介・条件の付与)

 条件を付けての消費税容認説には、いくつかのパターンがあるのではないか。例えば、ケインズ派経済学者の伊東光晴氏は、こう述べておられる。

 「したがって、今日の財政欠陥を是正するためには、付加価値税ーつまり今日の消費税を西欧型の脱税を防ぐものにかえ、それを引き上げねばならない。」(伊東光晴「政権交代の政治経済学ー期待と現実」岩波書店、20)

 「私は、増税を受け身ではなく、将来を見すえた対抗軸として行うことを期待してやまない。それとも、食糧品、医療、教育費を別扱いにするかが議論されねばならないだろう。」(同)

 次いで、この主張の根拠となるのが、この下りではあるまいか。

 「所得税についで大きな税収を確保できるのは消費税である。何よりも税収確保が可能である。税率一%引上げで二・四兆円の増収といわれている。福祉社会を志向する西欧諸国は、すべて付加価値税に大きく依存している。消費税についての問題点はつぎの二点である。

 第一は、消費税をEU諸国の付加価値税並のインボイス(送り状)方式に改め、税の公正を期さねばならない。(中略)

 第二は、日本の消費税の税率の低さである。我が国の税率五%は国際的に見てあまりにも低い。福祉社会を志向する国は、高い付加価値税率によって確保した税収によって福祉水準を維持している。(中略)

 私も日本も、結局はEUなみの付加価値税率まで上がると思っている。それなしに少子高齢化社会にに対処できないからである。しかし、今すぐ一五%まで付加価値税率を上げるのには大きな社会的抵抗がある。当面一〇%であり、それを実現するためにも、サラリーマンの社会保険料の上昇を抑えなければならない。」(伊東光晴「日本経済を問うー誤った理論は誤った政策を導く」岩波書店、2006)

 また、消費税の痛税たることを国民皆で共有しながら、別の財源確保への道筋をつけようとする見解があり、例えばこういう。
 「それだけではない。所得制限をはずして受益者の幅を広げていけば、収入の審査に費やされる膨大な行政事務を大幅に削減できる。日本の改革論者は身を切る改革を求める。だが、いちいち身を切らなくとも、人間の幸福を考えることでコストの削減は可能なのだ。
 消費税をつうじて痛みの分かち合いが行われたとすれば、富裕層に応分の負担を求める理由も明確になる。人への投資を進めれば、労働者の質も中長期的には高まっていくから、その対価として企業に応分の負担を求めることができる。(中略)
 また、消費税の引きあげは物価に対しても影響を与える。そのことはデフレ経済のデメリットを思い出せばわかるように、企業の収益や労働者の賃金、そして税収にたいしても長期的にはよい影響を与えることとなる。
 もちろん、増税が一時的な消費の落ち込みをもたらすことは事実だ。どうしてもその一時的な景気停滞が心配ならば単年度で景気対策を行えばよい。景気がひとたび立ち直れば、豊かな税収が人びとの暮らしを支え続けることとなるだろう。」(井手英策「未来を再建せよーすべてを失う前に」、井手英策/今野晴貴/藤田孝典「未来の再建ー暮らし・仕事・社会保障のグランド・デザイン」ちくま新書、2018)

 三番目に紹介したいのは、消費税にゼロ税率導入を迫るものだ。税理士の中では、かなり流布している考えだと聞く。もっとも、これには色々な態様(バリエーション)があって、どちらかと言えばゼロ税率を幅広くとるのを条件にするものが多い。そうなると、条件付き容認論というよりは、むしろ事実上の反対論という方が合っているのかもしれない。

 その事例としてよく持ち出されるのが、イギリスである。彼の国においては、多くの食料品のほか、通勤交通費、新聞、雑誌、書籍、子供服、医薬品の税額がゼロとなっている。それに、映画や演劇コンサートは非課税であり、そもそも消費税の課税対象から外されているという。それにしても、後段の非課税については、さすが文化的生活を重要視する国ならではの、かなりの「行き届いた配慮」ではないか。

 さらに一つ、以前からかなり有力視されてきたものとして、厳しめの条件付与で、増税への壁を高くしようとする説があろう。例えば、植草一秀氏は、こう述べておられる。

 「どうしても外せない三つの前提条件を掲げておこう。

 第一は、「天下りの根絶」だ。いわゆるシロアリ退治である。

 第二は、「社会保障制度の根本改革」、100年安心の社会保障制度を確立すること。これが消費税を提案するための絶対不可欠な条件である。

 第三は、「経済活動を混乱させないこと」、つまり日本経済を不況に逆戻りさせないことである。この三つの前提条件が揃って初めて、消費増税の論議がされるべきなのである。」(植草一秀「消費増税亡国論ー三つの政治ペテンを糺(ただ)す」飛鳥新社、2012)

 併せて、この説では、2012年末時点の一般政府の資産と負債の状況を紹介し、前者が1073兆円なのに対し、後者は1037兆円であるから、差し引き36兆円の正味資産があることから、このような「日本政府資産超過の状況下で財政危機は発生しない」と指摘している。

 それからの日本経済の歩みの中では、2016時点での一般政府(中央と地方の合計)の同結果が出ているので、これを当てはめてみよう。すると、資産が1302兆2803億円なのに比べ、負債は1284兆5933億円となっており、差し引き17兆6870億円の資産超過となっている。したがって、この説による判断の方向性は変わらないことになろう。

(続く)

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♦️10の3『自然と人間の歴史・世界篇』水の惑星・地球

2019-03-20 10:05:04 | Weblog

10の3『自然と人間の歴史・世界篇』水の惑星・地球

 いったい、「地球にはなぜ海があるのか」という問いは、その「水はどこから来たのか」という問いでもあろう。2019年3月20付けの朝刊に、こんな記事が躍った。

 「宇宙航空研究開発機構(JAXA)などは、地球から約3億キロ離れた小惑星「リュウグウ」の地表から太古の水成分を発見した。探査機「はやぶさ2」による成果で、生命に欠かせない水の起源につながるという。論文は20日、米科学誌サイエンスに掲載される。

 JAXAによると、はやぶさ2が昨年6月以降、地表からの赤外線を観測し、酸素と原子が結びついた水酸基(OH)の存在を示す波長を捉えた。リュウグウの「親」にあたる46億年前に生まれた天体にあった液体の水の「名残」だ。(中略)

 こうした小惑星が地球に衝突し、水や有機物がもたらされたという説がある。研究チームに杉田精司・東京大教授(惑星科学)は「リュウグウの試料を持ち帰って分析すれば、小惑星がかつて地球にもたらした水の経緯や量、有機物の種類がわかるかもしれないと話している。(石倉徹也)」」(2019年3月20日付け朝日新聞)

 もし46億年ばかり前の、できたばかり、もしくはまだ日の浅い頃の地球に、それなりの量の水が存在していたのだとすれば、その水の供給されたルートの一つが地球の材料となった微惑星の内部に含まれていた氷や水に目が行くのは、当然なのであろう。

 二つ目のルートとしては、地球がある程度の大きさに成長したとき、「原始惑星系円盤から少し取り込んだ水素ガスが、地球の岩石(ただしマグマオーシャンの状態)の中に含まれていた酸素と化学反応し、水ができた」(雑誌「ニュートン」2014年7月号)といわれる。

 さらに三つめは、隕石(いんせき)が水を運んできたというものだ。すなわち、「小惑星付近や、あるいはもっと外側のエッジワース・カイパーベルト付近から、水を含んだ小天体が隕石として地球に降り注ぎ、水を供給した」(同)と考える。

 これらの単独のルートにより水がもたらされたというよりは、これらの組み合わせにより地球にミスがもたらされた可能性が高いと考えられているようだ。

 次の疑問は、そうやって地球にもたらされた水は、最初からすんなり窪地にたまって海をなしていたのかというと、多くは水蒸気となっていたらしい。それが、やがて雨となって地表に降り注ぎ、海を形成していったのだと考えられているようだ。

(続く)

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