マックンのメモ日記

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子どもに大量の鼻血が!「チェルノブイリ 5年目の報告」を見て!

2011-06-22 22:39:11 | 政治(国内・海外)
原発から50キロ離れた郡山市でNPO法人「チェルノブイリへのかけはし」が12日、無料診療会を開きました。親子連れ計50組が参加したそうです。ある親子の場合、震災後、一旦、埼玉県内に避難したのですが、3月下旬に郡山市に戻りました。すると小学校1年の長女(6つ)が4月上旬から3週間、鼻血が出続けたのです。このうち1週間は両方の鼻から大量に出血したのです。耳鼻科で診察を受けたが、「花粉症では」と言われたそうです。普通花粉症で鼻血が出るにしても少々出るにしても、大量の鼻血が3週間も出るとは考えにくいのですが、実際そんなことがあるのでしょうか?仮にそういうときがあるにしても、時と場合を考え適切な判断することが必要と思われるのに、この親子から3週間も出続けたことや、そのうちの1週間は両鼻から大量に出たと聞けば、まず医者は福島の原発の影響か?と考えるのかと思うと違うのですね。花粉症かも何て言っているような医者がいるのですね。

1991年放送で「チェルノブイリ小児病棟~5年目の報告~」と言うNHKの番組があったのですが、事故後、1年後から子どもの白血病が増加していて、広島原爆投下後の場合と同じ経過をたどっているのです。事故直後から首のリンパ節の異常が多く出たそうです。そのうちの一人の子供には、チェルノブイリ事故以後から出たリンパ節異常が、小さいのは10個以上もあった。甲状腺が腫れている子供もいて、ガンになる可能性がある。子供たちの大半がなんらかの病気を抱えていることも分かった。血液疾患と甲状腺疾患が目立つ。中には一人でいくつもの病気を抱えている子供もいる。検診の結果、受診者110人のうち、血液疾患が27人(25%)、甲状腺疾患62人(56%)、広島の医師たちは特に貧血や甲状腺疾患の著しい子供たちの血液を採取、広島では染色体の傷つき具合から病気との因果関係を調べることができると言う。放射能に被爆しているかは染色体レベルでの検査が必要だと言う。

ミンスクでは甲状腺ガンを専門に手術するチームを立ち上げていた。ガンになっていた6歳の子は高濃度汚染地区にいた子だった。超音波検査モニターには手で触っても分からない甲状腺内部が詳しく映しだされていた。この子はすでにガンがリンパ節に転移していた。このときの医師は日本では子供でこういう症例を見たことがないので、この映像を見てびっくりしていると言っていた。甲状腺ガンはヨウ素131と密接な関係がある。特に成長期の子供は甲状腺の働きが活発なため多くのヨウ素が取り込まれやすいのです。そしてこの取り込まれたヨウ素の出す放射線によって周囲の正常な細胞が傷つけられ、やがて甲状腺ガンになります。ヨウ素は半減期が8日とごく短く、事故から5年もたった今ではどのくらいの要素を取り込んだか確かめようがないと言っていた。以前はこんな小さな子供にガンはなかったと現地の医師は言っていた。甲状腺ガンの患者数(18歳以下)は1986年(3人)から90年(28人)の4年間で9倍超も増えています。91年には4月までで34人も増えているのです。たぶんこの年はもっとすごい数字になっていることでしょう。

チェルノブイリ原発事故は1986年です。86年が3人、87年が5人、88年が4人、89年が6人、ところが90年になると一気に28人に激増、91年には4月までですでに34人も増えているのです。「私達は放射能が人間に与える影響は10年から15年で増えてくると考えていたが、実際には88年から89年にかけて子供たちの甲状腺ガンが急激に増えてきた」と現地の医師は言っていた。また「事故から2,3年しか経っていなかったのだから私達の考えは間違っていた」とも言っていました。「初めてのことでどう対応していいか分からなかったのですが、悔やまれてしかたがない」とも話していました。子供の場合、ガンの進行が早いため肺や脳への転移が早く、一刻も早く摘出しなければならないのです。ふつうは一つの細胞に一つの核があるのですが、手術した子供の甲状腺ガンの細胞には20個の核があったと言います。特に子供の甲状腺では見たことがないと日本の医師も言っていた。つまり悪性(ガン)ということです。甲状腺を取ると、この手術した少女は一生ホルモン剤を飲み続けなければならないのです。

どのくらい甲状腺量を被爆したかという資料が残っていて、ソビエト政府が10数万人から調べたものだ。この人は事故から2週間後に3000μレントゲンを浴びたが、日本で定めてられている許容限度の100倍以上の放射線を浴びたことになる。そのまた倍の子供もいて、汚染地帯の子供たちは大量の放射性ヨウ素を取り入れていたのです。子供の甲状腺ガンが多発していたのはチェルノブイリから北東120キロメートルにあるゴメリ市に集中していた。事故から数日後真っ黒い雲に覆われたと言う。ヨウ素、ストロンチュウム、セシウムなどの放射性物質がゴメリを汚染したのです。

1平方センチ当たり1キューリから5キューリの汚染地帯、日本の基準では一般人の立ち入りが厳しく制限される地域になる。そこに現在(1996年?)55万人が暮らしている。市民の不安を和らげるために空気中の放射線量を表わす看板が立ったが、市民はその数字を信用していないと言っていたがこれは日本と同じだったのです。奇形児も増えていてこんなところでは住めないと若い女性は言っていた。ゴメリ州立病院でも白血病の子供はほとんどいなかったが、85年は0、そして一年ごとに6,6,8,8、17、91年には11人(5月まで)と増えて行ったのです。広島では2年で白血病が増え始め6年目にはピークを迎えた。ゴメリ市も広島と同じ傾向を辿っています。発病と同時に内臓がどんどん腫れていくのが特徴だそうです。現地の女医さんは治療前に染色体を調べて異常があることを確認していれば、放射能との因果関係を調べることが出来たかもしれないという。

2月中順に突然痛みを訴えた子どもがいたが、それからわずか20日後に亡くなった。白血球が2週間で健康な人の10倍に増えた急性白血病だったのです。この子のいたアパートの周りは調べた日本人医師は、ガイガーカウターが1,33だったがすぐ危険になる数字ではないと言っていた。しかしそれは広島の5~6倍になる数字だった。放射線は胎児の脳にも大きな影響を与える。実際妊娠中の女性の胎児は水頭症と言われた。ゴメリでは胎児の先天性異常が事故後4倍以上に増えていた。ベトカでは10倍だった。なかでも多いのは水頭症だ。人生の流れで言うと、被爆した妊婦がまず死産や流産を乗り越えても、次は奇形児になり、それを乗り越えた子が正常な子供になる。しかしその後、白血病や甲状腺ガンが待っていて、それを過ぎると大人の白血病、最後は大人の肝臓がんや胃がんなどのガンがある。さらには次の世代への遺伝的な影響があると言う。広島では今のところ見つかっていないと言うか見つけられていないと言うか100%何もないと言うことは決して言えないと広島大学原医研の佐藤教授は言っている。

しかし日本はどうだろう。原発後事故後、すぐヨウ素を飲めばこうした事故を少なくとも防げたことを知っていたにもかかわらず、米国からの援助を断っているのです。こうした政府の無作為の罪は非常に重く、今後早ければ2,3年で甲状腺ガンの子供が激増すると言っているのに今だ何も手を打っていないと言うことには怒りさえ覚えます。やっていることと言えば、国会で管総理は早くやめろと言う愚かな政争に明け暮れていて、肝心の復興対策や子供たちを守るといったことができていないことです。さらには放射能が北海道から九州まで飛んできているというのに、汚染マップなるものが作られておらず、やっと一部地域で汚染状況を調べているような状況です。国民の命を守れないようなこんな政府入りません。かと言って今の民主党に変わって他の政党になったところで同じような政治家ばかりでいったい日本はどこへ向っているのでしょう。