工作台の休日

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ハートの問題・特別編 アツタエンジンと艦上爆撃機・彗星

2023年05月15日 | 飛行機・飛行機の模型
 以前、同じダイムラーベンツDB601A形を使用する戦闘機について模型とともにご紹介した「ハートの問題」という記事を書いたことがありました。あの時は戦闘機だけ書きましたが、同じエンジンをルーツに持つ航空機が、日本海軍の艦上爆撃機、艦上偵察機として開発、運用されていました。それが「彗星」です。
 ドイツが1930年代にかけて再軍備を進める中で、開発した装備、動力などの性能の高さが各国から注目を集めるようになっていました。その中で、ダイムラーベンツが開発したDB600については日本にもその性能ぶりが伝わり、海軍/愛知時計電機(のちの愛知航空機・本稿では愛知と略)がライセンスを取得するほどでした。このエンジンを積んでいたのがHe118という爆撃機で、Ju87スツーカと争ったものの正式採用されなかった、いわば「じゃない方」の機体でした。この機体について日本は興味を持ち、陸海軍とも一機ずつ購入しています。
 海軍では既に愛知で開発中の11試艦爆(後の99式艦爆)の後継機を考えており、愛知もこれに応える形で当初はHe118を考えていたようですが、空母で運用するには大きすぎるという難点があり、この機体に積まれたダイムラーのエンジンを使った新しい艦爆の開発をスタートさせます。それが13試艦爆であり、当初はDB600を搭載して試作されました。そのエンジンであるDB600の発展型がDB601Aでした。DB600では燃料供給が気化器だったものがDB601Aでは筒内噴射となり、過給方式も歯車駆動の過給機から液体接手駆動による無段変速過給機になっていました。
一方で陸軍でも、DB600、DB601Aの優秀性に目をつけており、陸軍/川崎が戦闘機のエンジンとしてDB601Aの生産ライセンスを取得するに至ります。愛知と川崎の二社がダイムラーベンツにそれぞれライセンス料を支払うことになり、「日本のセクショナリズムの典型」と言われています。
 この「セクショナリズム云々」ですが、これは今の目から見ればそのように見えるだけで、これはある程度やむを得なかったのではないかとも思えます。まずもって陸軍と海軍はそれぞれ別個の省を名乗っており、当然それぞれに大臣もいるくらいで、それぞれが言ってみれば完全に独立した軍事組織でした。また、用兵上の違いもありますが、装備を共同開発するといったことは考えにくく、戦争末期に「橘花」に搭載するジェットエンジンの開発でようやく協力するようになりましたが、この頃ではまだ別々に動いていたという感があります。ライセンスの取得に関しても日本政府対ダイムラーベンツではなく、あくまでメーカー間で取り決めることと日本側が考えていたかもしれません。また、当初は川崎一社でDB601Aの国内生産を行う予定だったものの、生産能力の問題で愛知が海軍分のエンジン生産を受け持つことになったという説もあり、日本側の二つのメーカーがダイムラーベンツに対して筋を通した、という見方はできないでしょうか。
 DB601Aのライセンス取得は昭和14年だったそうで、欧州で戦端が開かれた年ではあるものの日本はまだドイツと致命的な同盟を組むには至っておりません。ドイツは「接近できる先進国」だったかもしれませんが、ドイツもそれ以前には中国大陸では国民党軍のためにⅠ号戦車を供与するなど、したたかな一面もありました。日本も対米ということでは和戦両面で動いていた頃です。この時期の日独関係を考えると、政府が主導してライセンス料をまとめて払うという考えは無かったのでは。とも思えます。
 この話だけでだいぶ長くなってしまいましたが、DB601Aは川崎ではハ40として、愛知では「アツタ」という名前がつけられ、ライセンス生産されます。
 当初はDB600エンジンを積んだ13試艦爆は昭和15年には初飛行を行います。DB600エンジンでは不具合もあり、やがてDB601Aを搭載してテストが続けられました。海軍から生産の内示があったのが昭和16年前半で、11月には100機程度の生産の指示があったといいます。こうして日本版DB601Aこと、アツタ21型を積んだ機体として彗星11型が誕生した、と言いたいところですが、この機体がスマートな水冷エンジン搭載機ということで思いのほか高速な機体であり、爆撃機としての採用より先に艦上偵察機として正式採用されます。それが二式艦上偵察機で、昭和17年のミッドウェー海戦で空母蒼龍に搭載されました(その蒼龍もミッドウェーで失われますが)。
 爆撃機としての彗星11型については、生産が昭和19年初頭まで続けられましたが、空母だけでなく基地航空隊でも多くが使用されました。彗星はその後、搭載エンジンによってタイプ分けが進みますが、それはまた後日書きましょう。
 模型の話まで書きたかったのですが、だいぶ長くなってしまいましたので、続きはまた。このテーマについては何回かに分けて書くことになりますので、参考文献等は連載の最後に記します。

(左)彗星11型 フジミ1/72の彗星12型を加工 (右)飛燕Ⅰ型丁 タミヤ1?72

アツタ21型エンジン・靖国神社遊就館で撮影



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