5分あれば本が読める。
1分あれば人に親切にできる。
30秒あれば人に感謝できる。
そして…ゼロ秒あれば…仏に心から祈れる。
(つまり時間がなくても心の中でも手を合わせて祈れる、願い事をするのではなくて、日々守って頂いていることに感謝する祈りができるという深い意味。
立っても、歩いても、座っても祈ることができる。
お前はそれをしているか?という想いと、○膝を立てて、五体投地の途中の風景が伝わってくる)
お仕事のホームページのスピリチュアルなブログを書こうとすると・・
やはり消えるので・・なかなか書けなくてすみません
下書きにして何回か気をつけているのですが、Enterキーを押した瞬間・・
え?どっかへ消えた・・となります
書けないことが多くなったということですね。
え?怖い話?
いえいえ、ふるらんのところは怖いお話はないです。
最初はみなさんいろいろな思いで来られます。
そして自分の心や足で歩く人を応援します。
人生は自分しか変えられないのです。
自分の人生の扉はあなたが開けるのです。
あなたが生まれてきた理由のように。
不思議なお話になればなるほど、文章が消えます
きっと「その人のもの」だからなのでしょうね・・
それと、ふるらんも考え方を変えていく途中なので(永遠に変わる努力をして生まれ変わるのでしょうけれど)、まだまだ課程でもあります。
ホームページ共々、書くときは気をつけて・・が続きますが、これからもよろしくお願いいたします
スピリチュアル体質ですが、自分で変わってきたと思っています
なんと言った良いのでしょうね。
明らかに変わってきています。
すごく尊敬してしまうような人との出会いは自分を変えてしまうような衝撃さえあります。
人は年齢ではないと思っています。
子供から大人まで。
そして見えない人まで。
そのお陰で・・何か人との関わりや感覚が磨かれているといおうか自然に近い状態で成長しているような、広がっているような感じになっています。
聞こえるや、視えるにこだわることからの脱皮をしているようです。
視える、聞こえるの一般的な考え方から変わったようです。
では、感じる?
そうでも無いみたいです。
言葉にすると“動く”
修行の場所である女性が
「ぞうきんがないの。どこに置いたかしら・・困ったわ・・・」と言いました。
「何色のぞうきんですか?」と聞き、一緒に探しました。
・・そして無いのです。
困った・・自分のものではないし、何よりショックなのは本人さんが“私はぼけてしまったのかしら”というショックの方だったのです。
無い、無い・・
この広い~~~場所で無い。
「困った」と繰り返される女性を見ていて、自分の立場なら辛いわ、と思いました。
するとす~~っと何かの何かが起きて、
身体がふっと動き、数歩あるいて、ある箱の前に行き、覗くと、
「これじゃないですか?」とふるらんが言いました。
すると
「あ~それそれ!よかったぁ~~」と喜んでもらえました。
よく聞くと・・途中で人に呼ばれてその場所で少しお話をしてすぐ移動してしまったそうで
「無意識でそこに入れたのね」と言われました。
ええ・・それでわかりましたよ。
あのす~~~~っとの感じ。
その女性のす~~~との感覚だったのですね
言葉です~~っとなのですが、もう少し正しい表現は?と考えると今は表現はできないのですが、す~~~~っとで勘弁してくださいね。
前の感じのふるらんなら「はい、スイッチ」だったのですが。
今は違います。
必要な時、その相手の方の何かが何かに何かなって・・
風が吹く、
太陽が窓を通して、家の中が温かくなる・・見たいな感じです。
最近、スピリチュアルな仕事以外で出会った方々で東日本出身の人に言われるのは
「ふるらんさんはご出身はどちらですか?」で、その後に
「不思議な感じのする人だと思いまして」と言われ、
西日本出身の人に言われるのが
「ふるらんさんはどこの出身ですか?」と聞かれ、その後に
「ふるらんさんっておもしろいって言われるでしょう?」と言われます
ええ、不思議でおもしろい人、それが私です
それはず~~っと変わらないと思います