セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

読書ノート「平壌の水槽」

2005-07-10 21:52:04 | 社会経済
カン・チョルファン「平壌の水槽」(ポプラ社)を読んだ。
北朝鮮の政治犯収容所に少年時代から青年になるほぼ10年間に家族と共に収容されていて、釈放後しばらくして脱北して最終的に韓国に亡命した人の手記だ。
フランスやアメリカで出版されベストセラーになり一昨年日本でも出版された。ただそのときは書店で見かけたが購入しなかった。というのは書店で平積みにされてかなり売れているような本はいつでも買うことができると考えてしまうからだ。最近新聞で発売元のポプラ社の宣伝の隅にこの本の名前が載っていて、まだ読んでいないことを思い出した。その数日後にいくつかの書店でまた置き始めたので購入した。
内容は、いかにもブッシュ大統領が感動しそうな(帯に書いてあった)、全体主義国家の家族まで巻き込んでいく政治犯収容所の生活である。政治犯の強制収容所はスターリン主義体制の本質的要素であることがよく分かる本である。
僕がオヤと思ったこと2点をノートする。
本人の両親及び祖母は日本からの帰国者である。その朝鮮総連の活動経歴と莫大な資産の寄付によって彼らは一定の社会的地位を得て平壌に住んでいた。主人公は平壌生まれなので日本や在日朝鮮人の帰国事業についての記憶がないが、家族から聞いた話を載せている、その中で帰国にあたり乗船する窓口で、日本赤十字の職員が一人一人に本当に自分の意志かどうか確認していたということである。
在日朝鮮人の帰国事業については、北朝鮮の金日成首相の呼びかけにより朝鮮総連の運動として始まったとされてきたが、最近の別の書籍によると在日朝鮮人の生活保護受給率を危惧した厚生省の思惑もあったことが明らかにされている。その書籍の著者によればそれで日本政府にも責任があるというが、それはお門違いだと思う。当事者双方にそれぞれの思惑があるのは当然で、他方に自分の都合を考えるなということはできないからだ。しかし気になったのは、厚生省から日赤に出向した担当者が、共産主義の研究の専門家で北朝鮮も含めての共産主義政権の人民生活の惨状を熟知していたことだ。そこで倫理上の問題を感じていた。いくら役所の仕事といえ地獄と分かっているところへ送るのは正しいのかということだ。自分がその担当者となったらどうするか。
だが「平壌の水槽」を読んである種の答えは出た。つまり帰国者一人一人に、あなたが聞かされていることと違う情報があることを提示して、そのうえで自己の決断で選択させることしかない。もちろん結果として地獄に送りことになるが、正しいことは相手に強制しても行わせなければいけないと考えることは、全体主義であり、それこそ共産主義の悲惨の原因なのだから。
第2点目は、北朝鮮の頻発する洪水の原因となった、山地の段々畑化についてである。集英社新書の今村弘子「北朝鮮『虚構の経済』」によると、政府による全国土の棚田化政策によるものとされているが、「平壌の水槽」では農民が飢えから逃れるために、集団農場から見向きもされなかった山地をもぐりで開墾したものとされている。「平壌の水槽」の著者の勘違いなのか、それとも初めは農民が勝手にやっていたのを、政府が食糧確保の政策としたのだろうか。

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