玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

死神の仕事

2008年06月22日 | 死刑制度
鳩山法務大臣が朝日新聞のコラムで「死に神」呼ばわりされて激怒したそうだ。

朝日「死に神」報道に法相激怒 「死刑執行された方に対する侮辱」 - MSN産経ニュース
 今月17日に宮崎勤死刑囚(45)ら3人の死刑執行を指示した鳩山邦夫法相を、朝日新聞が18日付夕刊で「死に神」と報道したことについて、鳩山法相は20日の閣議後会見で、「(死刑囚は)犯した犯罪、法の規定によって執行された。死に神に連れていかれたというのは違うと思う。(記事は)執行された方に対する侮辱だと思う」と強く抗議した。

 「死に神」と鳩山法相を表現したのは、18日付朝日新聞夕刊のコラム「素粒子」。約3年の中断を経て死刑執行が再開された平成5年以降の法相の中で、鳩山法相が最も多い13人の死刑執行を行ったことに触れ、「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」とした。

 会見で、鳩山法相は「私を死に神と表現することがどれだけ悪影響を与えるか。そういう軽率な文章を平気で載せる態度自身が世の中を悪くしていると思う」と朝日新聞の報道姿勢を批判した。

世間の反応はこうだ。

抗議:朝日コラムの「死に神」に1800件 - 毎日jp(毎日新聞)
 死刑執行の件数をめぐり、朝日新聞夕刊1面のコラム「素粒子」(18日)が、鳩山法相を「死に神」と表現した問題で、朝日新聞社に約1800件の抗議や意見が寄せられていたことが分かった。

世の中にはナイーブな「善人」が多いことが分かる。
ネット世論も「死刑は当たり前、法相を死神よばわりするのはひどい」というのが一般的らしい。

痛いニュース(ノ∀`):朝日新聞「死に神」報道に法相激怒 「死刑執行された方に対する侮辱」
  はてなブックマーク
鳩山法相は、「死に神」なのだろうか - 弁護士川原俊明のブログ
あのー、すいません、普通に「死に神」だと思うんですが... - 女教師ブログ
  はてなブックマーク

なぜこれほど腹を立てる人が多いのか私には分からない。
鳩山法相が怒るのはまだわかる。誰だって死神と呼ばれるのはうれしくない。鳩山氏の支持者が怒るのももっともだ。
だが、見たところ怒ったり抗議したりしている人のほとんどは鳩山氏ではなく死刑制度の名誉(?)を守りたがっている死刑維持派のようである。
刑務官を「死神」呼ばわりしたら私も怒る。彼らは命令を受け義務として死刑を執行するのであり、責任を負わせるのは酷だ。自己責任論を持ち出せば「刑務官という職業を選んだ本人の意思」を持ち出して批判することができるかもしれないが、そういうやりかたは行き過ぎていて下品だ。
だが、法務大臣は違う。
たしかに法律では「死刑判決確定ののち六ヶ月以内に執行する」と定められているが、実際の執行命令はベルトコンベア式ではなく大臣の裁量に任されている。

死刑囚 - Wikipedia
この6ヶ月以内に死刑が執行される規定があるにもかかわらず、実際には確定から執行まで平均で7年7ヶ月を要しており、1961年以降は確定後6ヶ月以内に執行された例はないようである。主な理由としては法務大臣が死刑執行の承認を出したがらないことと、執行に至っていない確定死刑囚が多数に及んでいることが挙げられる。法務大臣が死刑の執行に積極的にならない理由としては、個人の信条、死刑廃止を訴える人権団体・国会議員等からの抗議などの圧力があるとの指摘がある。

法務大臣は「いつ、だれの命を終わらせるか」決める仕事をするのだから、死刑囚にとっては死神と同じだ。
私は法務大臣が死神呼ばわりされることを「ひどい」とか「許せない」「侮辱だ」「中傷だ」とはまったく思わない。新聞コラムで皮肉られただけで激怒する鳩山氏と死刑制度支持者たちのナイーブさが不思議であり、怖ささえ感じる。


もうすこし詳しく説明する。
「バナナ型神話」という言葉がある。人間の死の運命を説明する神話だ。

バナナ型神話 - Wikipedia
「バナナ型神話」とは、だいたい以下のような説話である。神が人間に対して石とバナナを示し、どちらかを一つを選ぶように命ずる。人間は食べられない石よりも、食べることのできるバナナを選ぶ。変質しない石は不老不死の象徴であり、ここで石を選んでいれば人間は不死(または長命)になることができたが、バナナを選んでしまったために人間は死ぬようになった(または短命になった)のである。

人間はすべて死ぬ。死なない人間はいない。誰もが「自分はいつか死ぬ」ことを知っている。
そして、究極の運命が「死」であることは神と人間自身によって定められたことだ。「人間であること」と「究極の運命としての死」は切り離せない。このあたりはアニメ映画「銀河鉄道999」(傑作)を見ればわかる。

これを死刑囚に当てはめて考えてみる。
「究極の運命としての死」を定めたのは、本人の犯罪と裁判所の判決だ。被告(凶悪犯)は犯行によって「石ではなくバナナ」を選び、絶対者に「死すべき運命」を刻印された。奇跡が起きて再審無罪にでもならない限り、生きて拘置所から出ることはできない。
だが、彼に対して「いつ死ぬか」を決めるのは法務大臣の仕事である。
再審請求、政治的信条や社会状況、その他さまざまな事情を考慮して総合的に判断し、執行命令書に赤鉛筆で署名する。

具体的に「誰が、いつ」死ぬかを定めるのはまさに死神の仕事である。
「究極の運命としての死」は本人の行いと絶対者の裁きによって定められたが、大鎌で生命を刈り取るのは死神だ。
多くの物語で死神は主人公の元に現れて「お前を連れて行く」と宣告する。そして主人公は哀願したり取引を持ちかけて死から逃れようとする。死神の仕事とは「究極の運命」を具体的な決定「誰が、いつ死ぬか」に落とし込むことだ。死神には決定権がある。
「究極の運命」は見えているけれどいつまでもたどり着かない地平線であり、「死神の仕事」はすぐ近くの場所を指定することだ。この区別を理解すれば、ただ一人法務大臣だけが死刑囚にとって死神そのものであることがわかる。
「法律で定められている」とか「判決が確定している」とか「犯罪を起こしたのが悪い」といった反論で執行命令署名者(法相)の「死神」性を否定することはできない。


死神という言葉に反発する「善意の人たち」が私には怖い。
彼らのほとんどは死刑制度維持を望んでいるのだろう。それが社会的正義にかなうと信じているのだろう。だが、法務大臣の仕事、つまり「誰にいつ死を与えるか決定する」のが死神の仕事そのままであることを知らない、あるいはそれを否定して死神という「言葉」に怒る姿が私にはグロテスクに見える。厳しい現実から目をそむけて「言葉」にアレルギーを起こすのは偽善的だ。

たとえば臓器移植の問題。
特に脳死状態のドナーから臓器を摘出することは心理的にたいへん辛いことだ。心臓が鼓動し温かい肉体を切り裂く。腎臓や肝臓、さらには心臓を取り出す。脳死を人の死と認めない人にとっては生体解剖そのものだ。もっと露悪的な言い方をすれば、「人間の肉を利用する」本質はカニバリズム(人肉食)と変わらない、とさえいえる。
移植治療を肯定するには、「移植はカニバリズムだ」という批判にたじろいではいけない。見方によってはそうなることを認めつつ、「移植は善であり人間を幸福にする」ことを確信を持って主張しなければいけない。
ちなみに私自身は脳死移植を含めて臓器移植を認めている。もちろんドナーカードも持っている。

もうひとつ、「代理出産」の例を挙げておく。
私はいわゆる代理出産について常に「 」付きで書くことにしている。「代理出産」の本質は女性を産む機械として使い捨てることであり、寄生出産と呼ぶほうが正しいと思っているからだ。肯定派が本気で「代理出産」を良いことだと信じていれば、「産む機械」「寄生出産」という言葉をぶつけられてもひるまないはずだ。
だが、実際のところそこまで覚悟の座った肯定派を見たことはほとんどない。世論調査で「代理出産を認めていい」と答える人たちの大部分は「産めない女性がかわいそう」という情緒だけで賛成しているに違いない。


Voice of Stone #1670 朝日コラム「死に神」と鳩山法相の奇妙な抗議
自信と責任をもって死刑執行命令にサインしたはずの鳩山邦夫法相が、100字足らずの「言葉遊び」に対して、狼狽し、支離滅裂なことを言い返してしまう現状が死刑制度の危うさを示している。

私に対する侮辱は一向に構わないならば「死刑執行責任者を死に神と称するなら、それで結構。私には死刑囚を死に導く責任がある」と言っておけば良かったのだ。

まったくその通りである。


参考記事
 「死に神」に怒る鳩山大臣はなぜ激するのか - 保坂展人のどこどこ日記
 法務大臣は死神か? そうです死神です - planet カラダン
 死神の名づけ親 - 過ぎ去ろうとしない過去


最新の画像もっと見る

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (kamm)
2008-06-23 00:34:20
>鳩山法相が怒るのはまだわかる。誰だって死神と呼ばれるのはうれしくない。鳩山氏の支持者が怒るのももっともだ。

子供じゃないのですから、こういう言い方やめましょうよ。

少しポイントがずれているかと思います。

絞首台に送っているのは法務大臣一人ではなく、社会全員で責任を共有していると(少なくとも維持派は)考えているのでは?
返信する
Unknown (麻月)
2008-06-23 01:10:43
>法務大臣は「いつ、だれの命を終わらせるか」決める仕事をするのだから、死刑囚にとっては死神と同じだ。

鳩山さんを「死に神」なんて、普通すぎて皮肉にも風刺にもならんでしょ、と最初は思ったんですが、これだけ感情的な反発(同意するしない以前に、まったく理屈になってない)が起こるということは、皮肉・風刺として成り立っているだけでなく、大成功だったということですね。

「世間」を苛立たせてナンボです。「世間」が見たくないものを見せつけて、暴露してナンボです。芸術と同じで。

私は、「世間」の皆さんのナイーブさを甘くみていたようです。正直、ここまでとは思いませんでした。「死に神上等ですが何か?」という、もう少し腰の据わった認識かと思っていました。

返信する
『死神』という名付け自体ではなく (yuzu)
2008-06-23 09:11:51
『死神』という言葉を使って法務大臣の『仕事』を揶揄したことが問題なんじゃないでしょうか

と、私は考えました


でもやっぱり『死神』という表現は、問題の焦点をぼかすために使われた気がしますけどね
法律で定められている『刑執行は6ヶ月以内』という『規則』は、破ってもいいということなんでしょうか?
『6ヶ月以降に執行』じゃないですよね?


『人の命が云々』ということとは別に、税金から給料が出ている『役人』たちの仕事振りや、税金で生かされ続けている死刑囚の現状
そして、責務を果たしている人に対しての無責任な揶揄についてはどうお考えでしょうか
返信する
Unknown (Unknown)
2008-06-23 19:02:41
>多くの物語で死神は主人公の元に現れて「お前を連れて行く」と宣告する。そして主人公は哀願したり取引を持ちかけて死から逃れようとする。死神の仕事とは「究極の運命」を具体的な決定「誰が、いつ死ぬか」に落とし込むことだ。

>「死刑執行責任者を死に神と称するなら、それで結構。私には死刑囚を死に導く責任がある」と言っておけば良かったのだ。

 わたしもその通りと思うが、人に向かって死神と言えば別の意味があるぐらいは常識的にわかると思うけど。
返信する
Unknown (Unknown)
2008-06-24 12:14:40
>肯定派が本気で「代理出産」を良いことだと信じていれば、「産む機械」「寄生出産」という言葉をぶつけられてもひるまないはずだ。

自分が良いことだと思ってるからこそ、それを表現で貶められて、嬉しい人間はいないと思う。

子供を養ってる親に向かって、寄生人間を養ってると言って、動揺したらその親は扶養の覚悟が出来てないんですかね?
返信する
安心しました (hana)
2008-06-25 22:44:16
なぜ、鳩山さんより朝日への抗議が多いのか疑問でなりませんでした。
返信する
Unknown (Executor)
2008-07-04 00:16:24
>法律で定められている『刑執行は6ヶ月以内』
>という『規則』は、破ってもいいということな
>んでしょうか?
>『6ヶ月以降に執行』じゃないですよね?

実は例外規定もあるらしいです。
返信する