チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

おかしなおかしな転校生

2006年01月06日 00時11分54秒 | 読書
高井信『おかしなおかしな転校生』(青い鳥文庫、05)

 タイトルには<よろず諜報員ミッション0>という角書が附されている。もとより「万朝報」のもじりなのだが、そうであるからには当然というべきか、戦前の探偵小説、就中黒岩涙香ファンだという今どきめずらしい中学生が主人公。

 その彼が、見ず知らずの美少女に挨拶されるところから物語は始まる。人違いではないのかと驚きあやしむ彼に、なんとその少女は、彼と学校は違うが同学年で、同じマンションに3年前から住んでいるという。そしてその少女は翌日、彼の中学に転校してきたのだった……。

 「なぞの転校生」、「時をかける少女」といった懐かしき良き70年代ジュブナイルの世界を現代に復活させる「ネオ・ジュブナイル」というべき佳品である。
 だいたい涙香ファンの中学生っていう設定から既にして、この最新刊の物語から「今らしさ」、「同時代」らしさを中和し、消し去ってしまう。
 しかもなぞの少女もまた、涙香ファンで、ふたりは涙香に関する(中学生とは思えない)薀蓄で盛り上がり、打ち解けていくのだから、何ともはやすごい設定というべきだろう(実は少女が涙香ファンである理由があとで判る)。

 バラしてしまえば、本書は並行世界テーマに分類されるSF小説。バラしてしまう、なんて大仰に書いたが、そんなことは数ページ読めば、SFファンなら(でなくても)察しがつくというものだ。
 並行世界SFは、私自身とても大好きなSFのジャンルなのだけれど、このテーマに属する作品は実にどっさりとあり、今更このジャンルで独自性を出すのはなかなか難しいのではないだろうか。

 しかしながら、前著『ショートショートの世界』での博識振りでも判るように、著者はSF研究家としても一流の作家である。その辺の匙加減はおさおさ怠りなく、並行世界小説独特の、いわば<ドッペルゲンガー感覚>とでもいうべきセンス・オブ・ワンダーを実にうまく小説世界にふんわりと纏わりつかせている。

 たとえば、少女が住んでいる(筈の)908号室で、主人公が体験するフシギに、それはよく表されているように思う。こういう場面を読むと、ほんとうにワクワクしてくる!

 ところで、この場面で主人公は、少女の本来の世界を覗いてみたいと、一瞬その気になるのだが、気が変わる。私はここが一番気になった。
 彼我の世界を繋ぐ機械は、実のところ実験段階のもので、なにやら不都合があるらしいことが少女によって仄めかされる。
 ひょっとしたら、あちらの世界の住人であれば(機械もその世界の物質で作られているのだから)問題なく往来できるところが、あちらの世界の物質に非ざるこちらの世界の物質で形成された主人公の身体は、往来できない、あるいは行ったら帰って来れないというような設定が隠されているのではないだろうか?

 そういえば(と私の妄想は限りなく拡がっていく)、少女がこの世界に現れた理由は小説内で説明されているわけだが、わたし的にはやや納得できない、そんな理由でわざわざ来るだろうかという気なしとしないのだ。
 実は少女は本当のことを語ってないのではあるまいか? 本当は主人公をあちらの世界へ攫って行くつもりなのではないか! 上のシーンでは危うくその毒牙を逃れたのだ! という妄想は、まあありえないだろうな(笑)。著者も想定外のトンデモ説で苦笑するかも。

 とはいえ、機械の不具合の謎は、これは確かに謎として残されており、次回以降この謎が大きな意味を持ってくるに違いない。
 次回以降の新結成された「よろず諜報員」たちのミッションがとても楽しみ。今後よろず諜報員たちが複数の並行世界を股にかけて活躍する展開になるとしたら、ローマーの混戦次元シリーズあたりに近い感じになるのではないだろうか。

 ともあれ、「なぞの転校生」や「時をかける少女」に親しんだ身としては、本書はとても懐かしく楽しい時間(まあ3時間くらいで読んでしまったんだけど、あとで後悔しきり)をもたらしてくれた。もちろん本来の読者である中高生が読んでもきっと面白いに違いない。むしろ本書を読んで楽しい時間をすごせたのなら、遡って上記70年代ジュブナイルにチャレンジしてほしいなと思ったりもするのだ。
コメント
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