こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

雄々しく、生きたい

2013年07月29日 | 未整理
いつもの傾向。いつものパターン。
ある状況になると、いつもの感情が湧いてきて、いつもの行動に走る。
客観的に見てみれば条件反射のような行動です。

他人に影響がない範囲で一人相撲しているようなものなので、
なかなか気付けず、ずいぶん長いこと無駄にエネルギーをつかっていました。

成育史やこれまでの人生において、自己受容できていないことが無意識におかれたままだと、
無意識の思考と感情と行動となって現れてくることがあります。

人生を振り返れば受け容れ難いことの一つや二つ、それ以上か、それはあって当然ですが、
大事なのは、それが意識できているかどうかなのだと思います。
意識できていれば制御が利きます、そして無駄なエネルギーはつかわずにすみます。

なんだか、しょーもないことに労力費やしていたものだな、、、もったいない。
自分の条件反射的行動にハッと気付いたときの正直な感想でした。

自己受容には宿命を受け容れるという要素があるように思います。
素直に、しなやかに宿命を受け容れることができたときに、
そこで漸く自己受容と他者受容の地平に立つことができるのかもしれないと思うのです。

勉強仲間がブログに「天命とは自分に定められた宿命を理解納得する事」と
書いていましたが、なるほどと思います。

受け容れ難いことがあることを、素直に受け容れる。
大事なエネルギーを無益につかわない。。。
そして自己実現に向かって雄々しく生きる。。。これしかないですね。

好奇心の旺盛なロンちゃん
コメント

違いを、楽しみたい

2013年07月21日 | 未整理
同じ人をみても感じ方は人それぞれです。
感じ方が違えば、同じ人に対する見通しや評価も違ってきます。

そのように感じるという感じ方の背景には、あなたの成育史と人生が、
あなたとは偶々違う見通しをもっている私にも、私の成育史と人生があるわけで、
成育史が違えば感受性が違うのは、ごく自然なことでしたね。

知識と経験の差を差し引いても、
やはり今回は感受性の違いが大きいような気がします。

今回、あなたと私の感じ方の違いを肯定的に受け止められるのは、
あなたに対する信頼があればこそだと思っています。
・・・ということは、違うことが不安でしかったなかった以前は、
信頼が足りなかったということで、そこは素直に認めておくことにします。

そして今、以前にはなかった信頼が生まれていると感じていて、
残る人生は感受性の違いを大いに楽しみたいと思っているのです。
というわけで…あらためて、よろしくお願いします。

 にゃん生を楽しんでいるロンちゃん

追記。あなたを信頼できるかどうかは、即ち自己信頼できるかどうかなのであって、
二つは分かちがたく結びついていると深く納得しています。
コメント

強気と弱気と

2013年07月20日 | 未整理
過去の出来事を振り返って、
あのときの自分は気が弱かった…と思える出来事を思い出していると、
情けなくて、いたたまれない気分になります。

弱気だった過去に比べれば、少々行き過ぎた強気でも、
鼻っ柱の強い生意気な過去の方が、まだましで、
強気は生き抜くためだったと肯定的に捉えることができそうです。

よく優しさと気の弱さが結び付けられることがありますが、
気が強くて優しい方が、だんぜんよいな。。。と思います。
気は強いに越したことはない。強気は生き抜く力そのものと思います。

強気であることは、存在感にも通じますね。

人は知らず知らず強気にもなれば、弱気になっていることもある。
いろいろですが、まずは今弱気になっている自分に気付くことからでしょうか。

弱気と強気と。自分の好い気の塩梅を意識しておきたいものです。

 枯れる前、6月ごろ 

ウツボグサ。深緑と夏の花で彩られる時期に、
茶色く枯れたままの姿で、ずっとそこに居続けます。
枯れた花穂は薬効があって、七十二候で「乃東枯/なつくさかるる」とあるぐらい、
昔から存在感の濃いウツボグサだったようですね。
 今頃のウツボグサ
コメント

ネムノキの再生と…

2013年07月16日 | 未整理
ネムノキが畑と私の庭の境に高く大きく枝を広げています。
はじめて花を付けたのが2002の夏で、
これまでに台風の強風で二股の幹の中央に裂け目が入ったり、
鹿に角をこすりつけられ皮が剥がれて、みるも無残な姿になったりもしましたが、
人間の心配をよそに何があっても途切れることなく毎年花を咲かせ、
台風の後に応急処置したロープは年輪の一部に取り入れて、太く大きく成長しました。

新しい木肌が生まれています。驚くべき回復力。
 


ところで先日、九つ歳の離れた兄から思いがけない話を聞きました。
私が男の子を期待されて生まれきたとは兄に聞くまで、ちっとも知りませんでした。
生まれてみるまでは性別が判らない時代に、
男の子を期待していたのに生まれてきたら女の子だった。

自分が旧来の家制度の名残のような尾っぽを引きずって生まれてきたとは、
両親の、時代ゆえの気苦労をはじめて知った思いがしました。

親の気持ちはともかくとしても、自分でも、そうかそうか、そうだったのか。。。と、
腑に落ちるところがあったのも本当で、なぜそう感じるのか解らないけれど、
なんとなく感じてきた微妙な疎外感が払拭されて、
ずっと感じてきた兄姉の眼差しの謎が解けた気がしたのですね。

これまで肉親とか血縁の親密という感覚が、どうも苦手でした。

物理的にも気持ち的にも遠ざかっていたことは、現実吟味の結果であると同時に、
自己防衛的なものが強く働いていたことは確かです。
これからは無理して遠ざけることもないし無理して近づくこともない。

生き残った私たちは折々の自然体でやってゆけばよいのだと、漸く肩の力が抜けたのだと思います。
コメント

感情生活を、時代に照らしてみれば

2013年07月13日 | 未整理
庭の草取りは誰がやっていたのだろう?
芝生の思い出から、ふと思いました。
芝生の部分はともかく、和風の庭はそれなりに手入れがとどき、
すっきり整えられていて、いったい誰が除草していたのかと思うのですが、
やはり早起きの父が子供が起き出す前に作業していたのでしょう。

秋に庭師が入る時期は、夕方帰宅した父と切り落とされた枝の山を片付けたり、
冬支度で祖父の盆栽を越冬させるべく大きな穴へ運び込むのを手伝ったこと。
庭仕事に関して父を手伝ったのは、この二つが記憶にのこっていますが、
渋々でもなく、そうかといって楽しいわけでもなく、
でもなんとなく父を手伝うのは、うれしかったような気もします。

1960~70年代にかけての高度経済成長期が我が家にもたらした影響は、
当たり前のように人頼みしていた作業を家族でなんとかしなければならなくなった。
労働力を簡単に人頼みできなくなったのは身近で切実な問題だったかもしれません。

村社会で祖父母の代まで通用していたことが、父の代では通用しなくなった。
戦中戦後の価値観の転倒を経験して、その余韻が尾を引く中で生きていた
父母のストレスは、けっこう大きかったのではないかと想像しています。

時代背景に照らしてみることで、これまで気付かなかった大人たちの感情生活、
当時の父母のストレス曲線や幸福曲線について、なるほどと解ることもあるのですね。

そのような父母の感情生活によって、私が成育史でどんな影響を受けたかといえば、
揺ぎないほんもの、普遍的な価値の世界に憧れ希求する心が芽生えたことだったかもしれません。
信ずることが自分の幸せを左右するほど大事だということを本能で知っていたような気もします。

それがキリスト教だったのは翻訳ものの童話や、その他にもキリスト教文化の好きものに、
知らず知らず触れていたせいで、これもまた時代と切り離せない要素でしょうか。

時代に照らして成育史を考察してみるのも、いろいろと思いがけない発見がありそうです。
コメント

お寺の境内と、安らぎの原型

2013年07月12日 | 未整理
あれこれ思い出を辿っているうちに、ネガティヴな芝生体験に対して、
楽しかった草叢体験のことを思い出しました。

ボーボーの草叢の楽しかった思い出です。

その昔、村の中にあるお寺の保育園に通っていた頃、
本堂の前庭より一段下がった場所に並木のように梅の木が植えられて、
お天気のよい日は木陰の草叢で皆でお弁当を広げました。

ご住職が園長先生でしたが、生まれて初めて接した聖職者が仏教のお坊さんで、
子供心に、他の大人とは違う高潔さのようなものを感じ取っていたのは、
今思えば宗教に対する肯定的な価値観のもとになったかもしれません。

花祭りの甘茶、お地蔵様の傍らでのママゴト遊び、
ケヤキの大木の下の砂場と鉄棒、かくれんぼう、鬼ごっこ、
雨の日は本堂で輪投げ遊びして、毎日のお昼寝も本堂でした。

私にとって、お寺の境内が安らぎの原型の一つになっているのは間違いないようです。

そういえば小学一年生の初めての春の遠足は平安時代創建の真言宗のS寺でした。
昼尚暗い針葉樹の森に湧き水の池があって、夏休みになると、
いとこ達、兄姉、母とお結びをもって出かけた場所です。
時を経て森の周囲が多少騒々しくなっても、池のほとりの気配は変わりなく、
近くを通る機会があると、ふと立ち寄りたくなります。

成育史で経験した寺院の境内や自然、神仏を祀る生家から醸し出される気配が、
安らぎの原型として身心に染みとおっているのは否定しようがありません。

しかしカトリックの洗礼を受けてから、それら安らぎの原型を否定したことが、
人生の折々の問題を解決するための答えを見えにくくしていた時期がありました。

その時は自分で人生の宝物を抹殺しているとは夢にも思わなかったのですが、
生き甲斐の心理学を学び、時間をかけて自問自答する中で、
安らぎを安らぎであると素直に認めたとき、人生はリセットされたのです。
コメント

やる気に、翳りが射すとき

2013年07月11日 | 未整理
手入れの大変さを考えたら、芝生など植えるべきではない。
事前に相談されたなら間髪いれず反対したことでしょうが、
芝生の庭は止めた方がよいという私の思考は、もちろん成育史が影響しています。

子供の頃の一時期、庭に芝生が張られていたことがありました。
当初は空き缶を埋めて父親がパターの練習をしていましたが、
管理が大変で、親に言われて渋々草引きしたり芝刈り機を押したことや、
芝生の手入れに関して父が不機嫌だった記憶ばかりが残っています。

後年は、ぼーぼーの草叢と化した時期もあって、
そこから芝生なんて張るものじゃないという先入観が出来上がったようです。

Sさんの美しい芝生に触れている内に、いつの間にか成育史の先入観が消滅して、
手入れの苦労も楽しさの内というように芝生体験が変化してきているわけですが、
続けているうちに当初の新鮮な感動が薄れ、なんとなくやる気が後退してくるのは、
何も芝生の手入れに限ったことではなく日常の中でよくあることですね。

でも、やる気に翳りが射すときは、もう一段階進む時でもあるかもしれません。

やる気の勢いが途切れる時期は不安が生まれてきている時期でもあるので、
少し丁寧に、自分自身と対話してみることは必要かもしれません。
そのときセルフイメージということが大事になってきますが、じっくり向き合ってみると、
足を引っ張るのが自分自身に対する自分のイメージであることが、けっこう多いのですね。

ここを一山越えると、また楽しくなって、また一山やってくる。。。この繰り返しかもしれませんが、
この繰り返しが楽しくなるのが、人生の味わいというものかもしれませんね。
コメント

大変だけど、憧れる

2013年07月10日 | 未整理
庭造りは家人と私、当初からそれぞれの場所で自由に造作、植栽しましたが、
手入れの方は成り行き上、8割方、いえ9割以上…私が担当しています。

メインの庭は家人が一輪車で何往復もして土を運び、手作業で土手を築き、
土手には椿、その内側に季節の花木を植えて中央の円形の芝生を囲むようなつくりです。
造作がほぼ完成したところで手入れを引継ぎ、自分好みの草花を新入(侵入?)させたりして、
領土拡大の気分まではよかったのですが、長い間、芝生は頭痛の種でした。

毎年、梅雨までの草取りはなんとかこなしても、夏が来るとお手上げの状態で、
度を越したシャギーな芝生を放置したまま夏が過ぎ落ち葉の季節を迎える…この繰り返しでした。
ところが今季から、そんな芝生との関係が大きく変化して、
芝生の手入れは、やりがいのある作業、大変だけど楽しいィ作業になりつつあります。

スイッチが入ったのは、たぶんSさんの芝生の影響かと思います。

週一度、グリーンコープの注文書を預かるために立ち寄るお家の前には、
一人暮らしで手入れ可能な芝生と花壇と菜園がコンパクトにまとまっています。
色とりどりの季節の花も美しいのですが、私は芝生が美しく保たれていることに、
すごいなあ、、といつも驚き、感心しています。
初めて目にしたときは、うちの芝生とのあまりの違いに、
草が生えにくい手入れし易い品種ががあるのだろうかと疑ったほどでした。

Sさんの芝生に接しながら、知らず知らず美しい芝生への憧れを育ててきたのかもしれません。

ストレスの種だったことが、ある時から幸福曲線に移行する。
芝生に対する体験の解釈が変化したわけですが、
こういう変化は目に見えて楽しい。
大変だけど楽しい。この感覚が生きる基本にあるのがよいのでしょうね。
コメント

花は咲く。。。

2013年07月04日 | 
このところ「花は咲く」をしょっちゅう聴いています。

NHKの震災復興支援ソングとしてテレビで流れだした頃、
いったいどんな人がつくったのだろうかと検索したほど、こころ引かれていましたが、
最近になって友人がCDを送ってくれたおかげで、時にはエンドレスで聴いています。

「♪叶えたい夢もあった 変わりたい自分がいた」
この世を旅立った人の想いに歌詞を重ねると、なんとなく切ない気分になります。
叶えたい夢、変わりたい自分は意識にのぼって追いかけたものというより、
表面には表れていなかった、本人さえも無意識だったかもしれない、
こころの奥深いところに眠っていた願いのように、私には聴こえるのですが。

もし魂における夢と変わりたかった自分というのであれば、
この切なさは、生きている私にとっても同じだなと思うのです。

「♪花は花は花は咲く わたしは何を残しただろう」
残せるものは可視と不可視をらくらく飛び越えるもの…それしかないですね。

CDを聴きながら残されたものに感じ入り、対話を続けていると、
ちっとも気付かなかった想いに、はっとさせられることもあります。
この歌は私に、生身ではなかなか叶わない魂の対話を可能にしてくれるみたいです。
コメント