威風堂々

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大学入学共通テスト 国語

2021年01月17日 | 「今、ここで」

大学入学共通テスト

国語を解いてみた。新傾向といっても、そんなに今までのものとの違いは感じられなかった。評論は「妖怪」に関して、近世から近代にかけての我々の捉え方の違いが主題。これは結構解けた。新傾向として、芥川龍之介『歯車』がちょっと引用されて、「ドッペルゲンガー」なる術後が出てきて懐かしかった。
小説が、古い短編であり、新傾向としては、この小説の批評文が出て設問があったが、何だかスッキリしない問題だと感じた。
古文は、文は短いが短歌が四つも出ていて、この短歌の解釈ができるかどうか、無常ということが理解できているかといったところだろうか。
漢文も、馬を操縦するには という主題の文が二つ出ていたという感じ。パターンが毎年同じような、訓練すれば何とかなるという問題を変えたいんだろうと、出題者側の趣旨は読み取れた。

従来通りの現代文分野は、内容把握、要約練習が有効。語彙力を何とかして身につける。多くの評論文、新書でいいので、どれだけ読んでいるかが決め手になるでしょうね。小説は設問の文、大体三つぐらいに分けられるので、その書かれていることが本文中の事と一致しているのは一つだけなので消去法でしぶとく比較し続けると正解できます。

受験生にとってはたいへんだけど、やっぱり、読解力と語彙力をつけることしかないですね。新聞読むといいんですがね。



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カリタスカウンセリングの原理 116

2021年01月10日 | 第九章 愛
自発性

面倒を見るという日本語がある。世話好きというか、まめまめしいというか、実に自然体に他人の世話をしてくれる人がいる。私はこういうことが自然体に行えないタイプである。
例えば、ゴルフをしていて、打ったボールが上手く見つからないときが間々あるのだが、そんな時実に嫌味なくスムーズに一緒に探してくれる。マナー的には探すのが原則であるが、それを、実に自然体に行う人に出会うとすがすがしい気持ちになる。

子どもが、年少者の世話を素直に実行するようになるとき、自発性が芽生えたと言えるのではなかろうか。優しさの表現として解釈する向きが日本では多いようだが、実はこれが、ボランティア精神の発芽のような気がする。

強制されもしないで、滑らかに、世話をしてくれる。また、そういうことができる。そんな人になってみたいものである。






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不安と付き合う

2021年01月01日 | 「今、ここで」
不安を拾う人

家内曰く、
私はまだ何も起こっていないうちから将来の不安を拾い集める人なんだそうだ。

仕事でも一つプロジェクトが終了すると、ちょっと一息達成感を味わう。すると直ぐにまだ起きていはいないのに次のことが心配になる。こういう性向
を指して、『心配を拾う』というわけだ。

こういう私は、自分では自分のこういう傾向を変えていきたいと思っている。40歳代以降顕著になっていると思う。若い頃はそうでもなかったと思う。皆さんはどうであろうか。

出たとこ勝負で、なったらなった時だとでーんと構えていたい。
しかし、この大きく構えるというのは、実は格好をつけたいときにはできる態度である。私が素のままだと実に不安感にまみれた小さい人間だと痛感させられる。自分の性向なのでどうしようもないのだが、今年もこういう自分と付き合うしかないようである。
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カリタスカウンセリングの原理 115

2020年11月28日 | 第二章 五感と体感
目的志向性


生きる目的とは何か。これは人間の成長過程のどの過程においても大切な目標である。乳幼児期には万能感、信頼があればほぼ生きる目的は達せられたものと同様かもしれないが、学童時機になるとそれだけでは生きる目的は達せられない。
LGBTという言葉をご存じだろうか。現在では性別は男女二元論で軽く論じられる問題ではない。生きる目標を持つ上で、自分は何者なのかという問は重要な意味を持つ。その時、自分の性別は、そして、精神の成長と肉体の成長とともに、性的志向というものも避けては通れない。自分は男なのか女なのか、人を愛するってどういう風に行えばよいのかということを試行錯誤してくる傾向がある。将来の目標を設定して行く時に、「自分って何者?」という自問は欠かせない。
ただ生きているだけでは満足が得られなくなるのが人間であり、その時には自分をしっかりと見つめ直す時間が絶対に必要となってくるのではないだろうか。




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仁義なき 大阪「都」抗争

2020年11月03日 | 自己愛
 もういい加減にして欲しかった。
今年の2月に父親が老人介護施設に入所して、大阪市の住居は引き払ったので大阪市には住んでいないので、住民投票も他人事と言えば他人事であった。しかし、だ。

 ・成長戦略
 ・二重行政
 ・都構想

 とか言って、どうして政令指定都市、大阪市を解体してまで大阪府に編入したいのかが、よく分からない大阪維新の会の戦略である。大阪市の豊富な財源を府に取り込んで、府の財政難を切り抜けようという事なのだろうか。だが、大阪維新の会はそうは言わなかった。とにかく改革だ、とかいっている人々の心理とかは、アメリカでのカルト的なトランプ支持者と同じ心理現象に見えた。「反知性主義」である。偏った「自己愛」しか感じない。くわばらくわばら。

 しかし、結果から政令指定都市大阪は存続したので私はよかったと思っている。ここ10年の大阪市の施策は我慢を市民に強いるもでしかなかった。父親は90歳を超えるまで一人暮らしをがんばったが、維新が政権を持つ前にはあった、市バス、地下鉄の優待はなくなり、市営住宅の一律高齢者一月5千円という制度も廃止され、国民年金生活(月に6万ぐらい)なのに家賃が3万。それも、医療費とかの領収書をかためて計算して市役所に出す(本人にはできないからこっちでするというてま)という手間は増えた。これで浮いた資金が、若い世代に回って、若者達が高齢になったときに十分なサービズが受けられるのか、しかもそれが、政令指定都市ではなくなって、大阪府淀川区になって、である。可能性は非常に低い。維新の政治が大阪を元気にした客観的データは私には感じようがないのだ。少なくとも父は母は大阪市民として60年生きてきて老後にこの始末である。
 政治的にも、自民党、共産党、公明党、とかは国政とはねじれ現象を生み出し、まさに仁義なき戦い であった。それも、2回も住民投票をしている。また、そのうちやるらしい。万博もカジノも、コロナかでまだインバウンドとかいっている。

 高度経済成長を目指す日本の発展ステレオタイプから早く抜け出して欲しいものである。









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