こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

コマツナやホウレンソウに話しかける

2022年06月30日 | Weblog
新しく取り入れた、正確には取り入れつつある食習慣で一番戸惑うのが緑色の野菜に関する考え方です。これまで濃い緑の葉物野菜は必要欠くべからざるものと思って、毎朝のお味噌汁には必ず入れたいし、できれば毎食でも一品は緑色を加えるようにしていたというのに、それが摂取が不要なばかりかマイナスに作用することさえあると知って、ほんとうに驚きました。

必要不可欠と思ってきたのだから、もちろん冷蔵庫にも冷凍庫にも葉っぱのストックがあって、それらを一週間前とは全く違う心構えで調理しています。妙な感じです。小松菜に向かって、"そうか、あなたの事情はちっとも知らずに私はいろいろと勘違いしてきたようだけど、これまでありがとうね…” ストックを使いきるまで、このような気持ちで調理しましょうか。

新たな食習慣への移行期が過ぎたら、今度は必要欠くべからざるものとしてでなく、色とりどりの野菜を折々の楽しみとして味わうことを想像しています。
(2022/06/02)

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はじまりの時

2022年06月29日 | Weblog
今日は新月、夏至も過ぎて一区切りです。この前の新月から、ここひと月の間に変化してきた心の環境の事、食習慣のことなど少しずつアップしていこうと思います。あと三か月、秋分までの過ごし方をあれこれと心に描きつつ。。。

          *

今日は新月です。新たな食習慣をはじめるのに相応しいので、今日を新しい食習慣の開始日とします。この食事法を知ったのは3日前ですが衝撃的でした。え~⁈、、、食に関して、これまで良いと思い込んできたことが悉くひっくり返されて絶句する感じですが、半信半疑で調べていくうちに腑に落ちる点が次々と出てきて、これはもう試すしかないという気持ちになりました。

よいと思い込んできた食習慣の間違いを指摘されて、最初は相当混乱しました。でも混乱感がおさまってくると、出来るところから少しずつ始めてみようという思いがふつふつと湧いてくるのでした。

今も打ち込みながらボーっとしてしまうのは、衝撃の余韻が残っているからでしょうね。
(2022/05/30)

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一年ぶりの故郷にて

遠い昔、住職が園長先生の保育園に通いました。お地蔵さんの側でままごと遊びして。

境内には地名に由来する馬の石像があります。2022/06/23
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2022/05/25 少し、歩いてみようか

2022年05月25日 | Weblog
歩くことを目的に歩く、walkingの日課を止めてから4,5年経つでしょうか。

その日は車で25分ほどのハーブ園へ出かけ、駐車場が8,9割埋まっているのを見て即Uターン、今頃の季節が薔薇の最盛期にかかり平日でも大賑わいするのをすっかり忘れていました。歩く目的なら人は少ない方がよいのでハーブ園はまたの機会にするとして、帰りこの辺りではちょっと大きめのホームセンターに立ち寄りました。気になっていた調理器具をあれこれと品定めしながら店内をひとしきり歩き回り、歩くのを楽しんでいる感覚が、いつもの買い物のときとちょっと違った新鮮な感じもして、ハーブ園より正解だったかもと思いました。

そんなことがあって数日経ったある朝、ふと林道を歩いてみようかなと思い立ち、以前、日課にしていた林道を少しだけ歩いてみました。少し下っただけで引き返してきましたが、歩いてみようと思ったことがとても意外で、同時にちょっとうれしくもありと妙な気持ちでした。

平衡感覚に違和を感じ出したころから歩くことを怖れるような感覚が生まれて、歩くことからどんどん遠ざかってきた日々でしたが、急に歩きたくなったこの心境の変化は、以前とは違う感覚で歩くことをよしとする、何らかの受容が成ったということでしょうか?そんな気がしますが、以前のように歩くことを日課にするつもりはありません。日課にしないで歩きたいときに楽しく歩く。これが私には合っているようです。

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2022/05/13 あらたな食習慣 

2022年05月13日 | Weblog
ここ十年あまり、考えてみると4月~5月頃に体調を崩すことが多かったように思います。体調に不安を覚えると食生活を見直して新しい習慣を試みるのが私のいつものやり方で、去年の今頃はグルテンフリーを試していました。今年は、食べ合わせの新習慣を取り入れて2週間経ちます。情報の中から自分に合うものをフィーリングで取捨選択して自分の食のあり様を決めてゆく。当たり前にしていた食材の組み合わせがNGで、それがストレスになるのであれば中止するのがよいのでしょうが、私は今のところ、それならどうする?っと新しい形-組み合わせを考えるのが楽しくて面倒に感じません。案外、この新習慣は自分に合っているのかもしれないと思います。

今日はどんな組合わせでゆく?続けるか否か、見極めのポイントは幸福曲線で取り組めるかどうか。今のところ楽しみながら快調/腸を感じているので、しばらく続けてみるつもりです。

グルテンフリーに関しては粉ものは控えめにと昨年来心がけてきましたがスイーツは例外扱いで、記録を見るとけっこうな数を作ったり買ったりしていて我ながらびっくり。今回はそのあたりも見直して、焼き菓子は人に差し入れる以外、手作りも中止しています。

なんとなく、この流れが生涯続きそうな予感もありますが、さてどうなることでしょう。楽しく見極めていこうと思います。

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雨降りの庭 クレマチス、シラーベルビアナ、ジギタリスそして芍薬
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2022/04/15 繕って繕って、馴染んだシャツ

2022年04月15日 | Weblog
ズボンだったら大抵は右膝、シャツは右肘から破れ始めます。ズボンは次が左膝で、次にお尻のあたりが破れだすと、そろそろ限界となります。シャツは両肘の次は背中ということが多いでしょうか。膝や肘をパッチワークみたいに色とりどりに繕って繕って、繕うほどに愛着が増して困るのですが、ある日突然、これ以上は無理、お別れだという日がやってくると、思い残すことはなくスカッとした気分でサヨナラをします。

地上を旅する身体も、なんだか似ている。愛着が増したシャツのようなものかもしれないと思います。老齢と呼ばれる頃にはある程度、自分なりの方法を確立してきているはずですが、時々その自分流から外れたために修繕に(回復に)手間取ることがあって、ああ、要らぬ情報に振り回されてしまった、、、と後悔することもあります。

着古したシャツの修繕には生地に馴染む柔らかな端切れから探すのが一番ですが、情報に引っ張られて目新しい布や糸を外から取り入れようとすると、結果的にシャツの寿命を損ねることになりそうだと自戒しています。繕って繕って繕ろうほどに愛着が増してきたシャツの修繕を「その時まで」自分流で丁寧に、続けてゆくとしましょう。

          *

愛用のブラウス、スカートだった木綿布を使ってパッチワーク 20年近く前⁈


草木染の毛糸で手編みした靴下、繰り返し繕って繕って捨てられずに、、、
そして現役の鍋つかみ

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2022/04/10 巡る季節

2022年04月10日 | Weblog

カイドウの花

この半年の思考と感情の流れを思い巡らしてみると事の始まりは昨年の秋分の頃だったように思います。三か月周期でわたしに必要な変化がやってきているのでは?最初はざっくりと10~12月、1~3月と振り返ってみたのですが、昨年の秋分から三か月後の冬至と更に三か月後の春分を迎える頃と太陽の巡りに重ねると内面の推移がより鮮明になる気がして、現在は夏至までの三か月を生きていることを、なんとなく意識の片隅に置いています。

事の始まりとは一言でいえば「人生が新しい段階に入った」ということで、新たな局面は一つの役割を終えることで始まりました。切羽詰まった状況で決心したことが、時間が経つほどに結果的にこれ以上はないほど絶妙なタイミングだったと思えて、出来事の一連の流れを想い起す度に、時にかなうことのフシギと感謝を覚えています。

出来事の終わりは、始まりでもあります。個人にとっても全体にとっても、あなたとわたしの関係においても、人生の新しい周期が始まっているという意識が日増しに強くなっています。
モミジの芽吹き
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2022/04/06 まさかの現実

2022年04月06日 | Weblog
知りたくなかった、、、あえて言葉にするならこうなるでしょう。とにかく心身がズンと重い体感です。酷い実体を知らぬまま(知らされぬまま)今日まで来てしまったとは、真実を知るとはなんと怖ろしいことでしょう。知った以上、こわいこわいと息を殺して縮んでばかりもいられないということ。わかっていますが、今は、もうしばらく時間が必要で、暗黒の実態を受けとめるのに時間が要るということ。これが今の私の現実、それを受け容れるほかはありません。

先に知った人は、事の真相を知る人は、いつも折あるごとに知らない人に伝えたいと思ってきました。伝えたいけれど伝わらない。歴史はその繰り返しだったかもしれません。ちらっと耳にしても、まさかそんなこと、あるはずがないと正常性バイアスが働くのをよいことに、知らず知らず真実を知る機会を遠ざけ、何もなかったように人はこころの安全地帯で安穏と生きる方を選んでしまうのでしょうか。

真実を知るのは怖ろしい。しかし知らぬまま生きているとしたらその方がもっと怖ろしい。さて、ふわふわして定まらない、どこにも掴まりどころのない心細さを覚えるような状態から、徐々に脱しつつあるのを感じます。散り始めた桜の並木をドライブしながら、静寂の中で自問を続けながら、小さな希望が芽吹くのを感じだしています。(4/5記)

今朝は早起き 手前に二匹
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2022/03/31 自分の心を見つめるおもしろさ

2022年03月31日 | Weblog
ああ、ここ!、、このところ自分の小さな否定感によく気付くようになりました。出来事への反応や解釈が否定感に傾く瞬間を捕まえて、このようなことは今までになかった感覚ですが、傾きに気付いた瞬間、即Uターンして否定でも肯定でもない中間点に舞い戻っている感じといえばよいでしょうか。ほぉ、こんなにもと驚きが半分、それはそうでしょうねという納得が半分といったところですが、「内なる否定感の無意識の意識化」と捉えれば、よろこばしいことと感じます。

プロセススケールの上から3番目「不一致の度合い」に照らすならば、小さな否定感が「まったく意識されなかった」底辺から、小さな否定感の「認識が増大する。直接的体験過程が増大する」中辺へ移行した事例といえるでしょう。日常の中で自分にしかわからない認知の感覚を研ぎ澄まし微細な変化に気付く面白さ、ちょっと他では得られない喜びが生き甲斐の心理学にはあります。

1~3月を振り返る    

お一人様の知人に差し入れ
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2022/03/25 こころの声

2022年03月25日 | Weblog
シデコブシ

「小説家のウィリアム・スタイロンやジョージ・オーエル、そして社会思想家のハンナ・アーレントは全体主義の悪について書き、とりわけナチスの組織的殺人をとりあげましたが、皆同じように、私たちが思っているような悪は悪ではないという結論に至っています。つまり、残虐性、道徳的逸脱、権力の乱用、恐怖といったものではないというのです。これらは悪の道具であるか、あるいは悪の結果というべきものです。もっとも根深い悪とは、まさにそのシステムを稼働させている何物か、なのです。」 J・ヒルマン 濱野清志訳 「世界に宿る魂」より抜粋。今の私はこの一文を響かせる場所をこころに保つことで、バランスを保っているようなところがあります。

夕べ、某総理大臣経験者が呟かれた一文の記事を目にしたとき、こころに一筋の光が差し込むのを感じました。その後にイタリア在住の日本人女性が米国の某監督作品について発信する動画を目にしたとき、光は明るさを増し一筋が幾重にも増した気がしました。

「もっとも根深い悪とは、まさにそのシステムを稼働させている何物か、なのです。」何物とは何なのでしょう?もしかすると何物かの存在を本能的に知る人、問い続ける人はこころの世界を探求したくなるのかもしれません。そのように意識する人が一人でも多くなりますように。こころの現実が目の前の現実に先立ってあるということ。このことに思いを巡らすことが小さな個人に出来ることとして、とても大事なことのように思われます。






今朝の庭 ニャンズとギョウジャニンニクの葉が青々と 

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2022/03/19 動機を、意識して知覚、、

2022年03月19日 | Weblog
内側からふつふつを湧き上がってくるような感情があるのか。それとも、習い性になっている義務感めいた思考が動いているだけなのか。行動しようとするとき私の内側で動いているものがどちらなのか。見極めるのがとても大事であると感じます。

一見、義務感だけで行動しているように見えながら、実はちゃんと内側から湧き上がるものがあってヨロコビを伴って行動していることもあれば、一見、積極的に喜んで行動しているように見えても実は心では義務感に縛られて気が重いということだってあるでしょう。

今、自分はどちらにいるのか?動機を意識して見極めないと、、、と思います。(自身に対する)心理療法の初歩段階に立ち戻るような気持ちで、動機の意識化を心がけたいと思います。

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ミツマタサザンカ
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