こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

2022/05/13 あらたな食習慣 

2022年05月13日 | Weblog
ここ十年あまり、考えてみると4月~5月頃に体調を崩すことが多かったように思います。体調に不安を覚えると食生活を見直して新しい習慣を試みるのが私のいつものやり方で、去年の今頃はグルテンフリーを試していました。今年は、食べ合わせの新習慣を取り入れて2週間経ちます。情報の中から自分に合うものをフィーリングで取捨選択して自分の食のあり様を決めてゆく。当たり前にしていた食材の組み合わせがNGで、それがストレスになるのであれば中止するのがよいのでしょうが、私は今のところ、それならどうする?っと新しい形-組み合わせを考えるのが楽しくて面倒に感じません。案外、この新習慣は自分に合っているのかもしれないと思います。

今日はどんな組合わせでゆく?続けるか否か、見極めのポイントは幸福曲線で取り組めるかどうか。今のところ楽しみながら快調/腸を感じているので、しばらく続けてみるつもりです。

グルテンフリーに関しては粉ものは控えめにと昨年来心がけてきましたがスイーツは例外扱いで、記録を見るとけっこうな数を作ったり買ったりしていて我ながらびっくり。今回はそのあたりも見直して、焼き菓子は人に差し入れる以外、手作りも中止しています。

なんとなく、この流れが生涯続きそうな予感もありますが、さてどうなることでしょう。楽しく見極めていこうと思います。

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雨降りの庭 クレマチス、シラーベルビアナ、ジギタリスそして芍薬
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2022/04/15 繕って繕って、馴染んだシャツ

2022年04月15日 | Weblog
ズボンだったら大抵は右膝、シャツは右肘から破れ始めます。ズボンは次が左膝で、次にお尻のあたりが破れだすと、そろそろ限界となります。シャツは両肘の次は背中ということが多いでしょうか。膝や肘をパッチワークみたいに色とりどりに繕って繕って、繕うほどに愛着が増して困るのですが、ある日突然、これ以上は無理、お別れだという日がやってくると、思い残すことはなくスカッとした気分でサヨナラをします。

地上を旅する身体も、なんだか似ている。愛着が増したシャツのようなものかもしれないと思います。老齢と呼ばれる頃にはある程度、自分なりの方法を確立してきているはずですが、時々その自分流から外れたために修繕に(回復に)手間取ることがあって、ああ、要らぬ情報に振り回されてしまった、、、と後悔することもあります。

着古したシャツの修繕には生地に馴染む柔らかな端切れから探すのが一番ですが、情報に引っ張られて目新しい布や糸を外から取り入れようとすると、結果的にシャツの寿命を損ねることになりそうだと自戒しています。繕って繕って繕ろうほどに愛着が増してきたシャツの修繕を「その時まで」自分流で丁寧に、続けてゆくとしましょう。

          *

愛用のブラウス、スカートだった木綿布を使ってパッチワーク 20年近く前⁈


草木染の毛糸で手編みした靴下、繰り返し繕って繕って捨てられずに、、、
そして現役の鍋つかみ

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2022/04/10 巡る季節

2022年04月10日 | Weblog

カイドウの花

この半年の思考と感情の流れを思い巡らしてみると事の始まりは昨年の秋分の頃だったように思います。三か月周期でわたしに必要な変化がやってきているのでは?最初はざっくりと10~12月、1~3月と振り返ってみたのですが、昨年の秋分から三か月後の冬至と更に三か月後の春分を迎える頃と太陽の巡りに重ねると内面の推移がより鮮明になる気がして、現在は夏至までの三か月を生きていることを、なんとなく意識の片隅に置いています。

事の始まりとは一言でいえば「人生が新しい段階に入った」ということで、新たな局面は一つの役割を終えることで始まりました。切羽詰まった状況で決心したことが、時間が経つほどに結果的にこれ以上はないほど絶妙なタイミングだったと思えて、出来事の一連の流れを想い起す度に、時にかなうことのフシギと感謝を覚えています。

出来事の終わりは、始まりでもあります。個人にとっても全体にとっても、あなたとわたしの関係においても、人生の新しい周期が始まっているという意識が日増しに強くなっています。
モミジの芽吹き
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2022/04/06 まさかの現実

2022年04月06日 | Weblog
知りたくなかった、、、あえて言葉にするならこうなるでしょう。とにかく心身がズンと重い体感です。酷い実体を知らぬまま(知らされぬまま)今日まで来てしまったとは、真実を知るとはなんと怖ろしいことでしょう。知った以上、こわいこわいと息を殺して縮んでばかりもいられないということ。わかっていますが、今は、もうしばらく時間が必要で、暗黒の実態を受けとめるのに時間が要るということ。これが今の私の現実、それを受け容れるほかはありません。

先に知った人は、事の真相を知る人は、いつも折あるごとに知らない人に伝えたいと思ってきました。伝えたいけれど伝わらない。歴史はその繰り返しだったかもしれません。ちらっと耳にしても、まさかそんなこと、あるはずがないと正常性バイアスが働くのをよいことに、知らず知らず真実を知る機会を遠ざけ、何もなかったように人はこころの安全地帯で安穏と生きる方を選んでしまうのでしょうか。

真実を知るのは怖ろしい。しかし知らぬまま生きているとしたらその方がもっと怖ろしい。さて、ふわふわして定まらない、どこにも掴まりどころのない心細さを覚えるような状態から、徐々に脱しつつあるのを感じます。散り始めた桜の並木をドライブしながら、静寂の中で自問を続けながら、小さな希望が芽吹くのを感じだしています。(4/5記)

今朝は早起き 手前に二匹
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2022/03/31 自分の心を見つめるおもしろさ

2022年03月31日 | Weblog
ああ、ここ!、、このところ自分の小さな否定感によく気付くようになりました。出来事への反応や解釈が否定感に傾く瞬間を捕まえて、このようなことは今までになかった感覚ですが、傾きに気付いた瞬間、即Uターンして否定でも肯定でもない中間点に舞い戻っている感じといえばよいでしょうか。ほぉ、こんなにもと驚きが半分、それはそうでしょうねという納得が半分といったところですが、「内なる否定感の無意識の意識化」と捉えれば、よろこばしいことと感じます。

プロセススケールの上から3番目「不一致の度合い」に照らすならば、小さな否定感が「まったく意識されなかった」底辺から、小さな否定感の「認識が増大する。直接的体験過程が増大する」中辺へ移行した事例といえるでしょう。日常の中で自分にしかわからない認知の感覚を研ぎ澄まし微細な変化に気付く面白さ、ちょっと他では得られない喜びが生き甲斐の心理学にはあります。

1~3月を振り返る    

お一人様の知人に差し入れ
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2022/03/25 こころの声

2022年03月25日 | Weblog
シデコブシ

「小説家のウィリアム・スタイロンやジョージ・オーエル、そして社会思想家のハンナ・アーレントは全体主義の悪について書き、とりわけナチスの組織的殺人をとりあげましたが、皆同じように、私たちが思っているような悪は悪ではないという結論に至っています。つまり、残虐性、道徳的逸脱、権力の乱用、恐怖といったものではないというのです。これらは悪の道具であるか、あるいは悪の結果というべきものです。もっとも根深い悪とは、まさにそのシステムを稼働させている何物か、なのです。」 J・ヒルマン 濱野清志訳 「世界に宿る魂」より抜粋。今の私はこの一文を響かせる場所をこころに保つことで、バランスを保っているようなところがあります。

夕べ、某総理大臣経験者が呟かれた一文の記事を目にしたとき、こころに一筋の光が差し込むのを感じました。その後にイタリア在住の日本人女性が米国の某監督作品について発信する動画を目にしたとき、光は明るさを増し一筋が幾重にも増した気がしました。

「もっとも根深い悪とは、まさにそのシステムを稼働させている何物か、なのです。」何物とは何なのでしょう?もしかすると何物かの存在を本能的に知る人、問い続ける人はこころの世界を探求したくなるのかもしれません。そのように意識する人が一人でも多くなりますように。こころの現実が目の前の現実に先立ってあるということ。このことに思いを巡らすことが小さな個人に出来ることとして、とても大事なことのように思われます。






今朝の庭 ニャンズとギョウジャニンニクの葉が青々と 

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2022/03/19 動機を、意識して知覚、、

2022年03月19日 | Weblog
内側からふつふつを湧き上がってくるような感情があるのか。それとも、習い性になっている義務感めいた思考が動いているだけなのか。行動しようとするとき私の内側で動いているものがどちらなのか。見極めるのがとても大事であると感じます。

一見、義務感だけで行動しているように見えながら、実はちゃんと内側から湧き上がるものがあってヨロコビを伴って行動していることもあれば、一見、積極的に喜んで行動しているように見えても実は心では義務感に縛られて気が重いということだってあるでしょう。

今、自分はどちらにいるのか?動機を意識して見極めないと、、、と思います。(自身に対する)心理療法の初歩段階に立ち戻るような気持ちで、動機の意識化を心がけたいと思います。

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ミツマタサザンカ
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2022/03/13 速攻で落ち込み、速攻で回復、、!

2022年03月13日 | Weblog
ある記事を目にした途端、速攻で落ち込み、速攻で回復するという体験をしました、、、奈落に急降下しながら、これ以上は無理、あることを継続するのは止めようと決心しますが決心と同時進行で、ちょっと待てという声も聴き、これは被害妄想ではないか?と早急な決心を諫める言葉が浮かび、自問が始まります。その間五分?三分にも満たなかった気がしますが、自問自答したことで急浮上して、めでたく回復したのでした。

回復したところで記事をもう一度読むと、慣れ親しんだ自己否定&他者肯定的な解釈のパターンに嵌りかけていたことがよく解ります。エリクソンに照らすならば奈落に急降下中は、不信感、恥辱、疑惑、罪悪感、劣等感に一遍に襲わて、急浮上の中で希望、意思力、目的志向性、技能への信頼が戻ってきたというところです。

そうです。エリクソンの理論の0歳~12歳にピタッと当てはまる感情の体験でした。成育史でポジティブな原型が思い出せないとしても(見つけられなくても)、今ここで自己肯定感を意識して体験することは可能です。否定感に気づくことで解釈を意識して自他肯定の原型を創り出せばよいわけです。

今後はこの度の体験をパターンを回避した成功体験として記憶に留め、必要な時はいつでも取り出すことにします。奈落に急降下して、あっという間に急浮上、プラスマイナス0になってエネルギー的に見ても、きっとハナマルですね。

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ニャンズは興味津々、探検中
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2022/03/10 人それぞれの時、そして道のりと

2022年03月10日 | Weblog
地上に生まれ落ちた瞬間から今日まで、本当にいろいろなことがありまして。「成育史を肯定的に解釈する」道のりというのは案外時間がかかるようです。一瞬にして、そうか!と解ることもちょこちょこ起こるにせよ、全体的に柔らかく穏やかな気持ちで納得する感じ、受容的な肯定感をもって成育史を感ずるようになるには時間がかかるものではないかと、少なくとも私の場合はそうでした。

ところどころ否定的な解釈があるのに肯定的解釈に囚われるあまり、否定感を抑圧することになったら本末転倒もよいところです。成育史には否定感があって当たり前と思うくらいの意識で生きるのがちょうどよいと思います。私の場合、知らず知らず無意識の中に、肯定的に解釈できない自分はダメだという思いを育てていたような気がします。

一人静かに自問自答する時間は、本当に大事ですね。本末転倒の時間にも意味はあったと、柔らかく振り返ることができている今、わたしも漸くここまで来ました。人にはそれぞれの時があり道があるようです。

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2022/03/07 内なる少年と蜜柑の砂糖煮

2022年03月07日 | Weblog
無農薬栽培の果樹園を手伝った知人から小粒で美味しいミカンを沢山頂きました。オットが"(安全安心な)アオキさんのミカンだから、マーマレードをつくってみる!”と言ったときの私の正直な思いは、ミカンでマーマレード?⁈面倒なことになった、、でしたが、いけないいけないと直ぐに思考を切り替えます。オットの内なる少年、小学校低学年くらいの少年の好奇心が動き出しているのだと思うことにして、母の寛容さで対処しないとねと自分に言い聞かせて見守る姿勢を努めます。

ミカンの皮だけ捨てずに取っておくオットを見ながら我慢できずに”マーマレードには果汁も少し加えるから、その分も残しておかないとね…”と、口を挟むと、”へーそうなの?”と言いますがその後も中身をとっておく気配はなくアドバイスは無視されました。まあ好きにすればいいわ。どうなることかと思っていましたが最終的には結果オーライ。なかなか美味しいミカンの砂糖煮が出来ました。聞けばクックパッドなど参考にしてハチミツを加えたとか。

オットの内なる少年を感じながら私自身の心の流れを見つめることを意識してみるというのは、はじめてやってみましたが、なかなかよい経験、学びになった気がしています。人の心の内なる少年、内なる少女、内なる母と内なる賢者とその他諸々の要素が折々に顔を出してくるようです。それらの要素を意識して取り入れてみることで日々の体験の解釈が豊かになっていくような気がしますね。(2022/02/25)
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濃厚チョコレートケーキによくあいます(2022/3/7)
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