こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

流れにゆだねる

2018年10月15日 | 自己実現
今日の「生き甲斐の心理学」の記事、いいなあ。
しばし間をおいて再読して、醸し出されている気配を、
深く、深~く吸い込みます。「自然体」を吸い込みます。

思考に囚われることは、自然体と両立しないな…
当たり前のことを思いました。

自然体は言葉で説明し難いもの。
あえて言うなら、流れそのものと言えそうですが。

このごろ何も考えていないからねえ。。。
そんなふうに友人に応答することになりますが、
何も考えていないこの感じ。あれこれ思い煩わないで、
目の前のことに焦点をあわせて動く。淡々と動く。

考えても考えても、私の知りたいことは解らない。
いくら考えても、そこには辿りつけないと、ようやく了解して。
とそんな言い方もできそうですが、
何も考えていないからねぇ。。。この感じは、
私の一つの自然体のスケールではないかと感じます。

考えて考えて、考えずにはいられない。
エネルギーを思考に消耗(今思えばですが)する季節があれば、
何も考えていないからね。。。と思い煩いから遠ざかる季節もある、
どれも人生の一コマ、必要な季節、人生の大切な要素です。

ところで。
そこには辿りつけないという、そことは何処なんだ?
そこは、ここ。。。とそんなことが浮かびました。

あなたの、わたしの自然体に出会えますように。
〔58〕-2
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どちらも、私。

2018年10月01日 | 自己実現
どうしてあの人は(人たちは)あんなふうにできるんだろう?
あんな行動をとるんだろう?気が知れない、、、と思う私がいる一方で、
あのような行動にはそれなりの事情があって、
その人にとって(その人たちにとって)必然なんだ。。。と思う私もいて。

どちらも本音ですが、発生源が違う?私の内に二つの発生源がある?
どういうことでしょう。

庭に佇み空に月を見つけて、ああ月だぁと、なんとなく嬉しくなる。
一方で、月と地球の軌道、天体を思い描くことで塵の我が身を感受する、
そのような私も経験していますが、どちらも私です。

よいわるいでなく、どちらも私、そのような私がいるわけですが、
ああ月だあと嬉しくなっているのは、
他者は他者、私は私と個別性から発生している感情ではないかな?
そして、塵の我が身に感じ入っている私というのは、
他者と私を隔てない深い共感性を暗示しているような気もして。

と、こんなことをつらつら思うのですが、
前者がこころの意識であるのに対して、後者は魂の意識といってよいかもしれません。
こころの喜ぶことも好し、魂の安らぎは更に好しというところでしょうか。

本人が意識してもしなくても、人はこころと身体と魂を生きているのですね。
今日から10月。こころと魂を繋ぐ呼吸を意識しながら、日々を過ごそうと思います。
〔58〕
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今朝の月・たわわのアケビ
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真実を、呼吸したい。。。

2018年09月20日 | 自己実現
3,4,5月は古代史の読書に集中して、
6月に入ってパタッと途絶えました。
しばし中断の後に再開すると思いきや、
いまだ兆しなく遠ざかったままなのですが。
6月以降は読むのではく朗読を聞く方に比重が移り、
最初は人の声は抵抗があってAIがお気に入りでした。

AIに抵抗がある方が多数派かもしれませんが、私は逆でした。
マリが、マリは、マリ、マリ、、、?ああシンリ、真理のことか。
マサヨシ? ああセイギ、正義ね。聴きながら笑っちゃいますが、
それがガス抜きの効果みたいに、心が和らいで、
或るとき、人の声で聴いてみようかという気になりました。

現在は人の声で聴く方がしっくりしていますが、
この流れから、なるほどと思うところがありました。

ここ1,2年人の声、歌声、朗読に対する抵抗感があって、
それが何故なのか、はっきり解らなかったのですが、
ある領域において自分の本心に抗って相当無理をして、
長い間、違和感のある内容を耳に入れたり、
無理をして場所に身を置いてきたせいで、その反動で、
すっかり人の声や歌声に嫌気がさしていたのだと、
そのように解釈すると、とてもすっきりします。

感情には意味があるし身体は正直であると、
この一件で一層その思いを強くしているのですが、
今、人の声の朗読、コーラス、ヴォーカルから、
美しいもの、真実を吸収できるようになったのは、
幸いの訪れ、祝福、真実の出会い。。。言葉では言い表せないほど、
私にとっては大きな大きな分岐点であったと、感じます。
〔57〕-3
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今ここに、耳を澄ませる

2018年09月13日 | 自己実現
リベラ Liberaの“彼方の光 Far away”、
美しい。。。我を忘れます。

曲が終わった後も夢見心地、つい余韻に浸りますが、
こんなふうに余韻を楽しむのは一見好いことに思えますが、
案外、落とし穴ではないかと、ちょっと警戒しています。

もう終わっている音楽に浸ることより、
今、耳に入ってくるものに意識を向けること。
過ぎた事の余韻に心をつかうよりも、
“今ここ”の現実に意識を切り替えることが大事かもしれません。
余韻を後にして今に意識を向ければ、窓から小鳥の囀りが耳に飛び込んできます。

今ここに在る現実を知覚する、
目の前の現実に耳を澄ませること。

意識の焦点をどこへ向けるか。
何気ない日常の一こまの意識的な切り替は、
記憶の執着を手放す練習にも通じると感じます。

今ここに在るのものに五感をつかう。
豊かな自然の営み、刻々移り行く森羅万象の“今”を逃しませんように。
〔57〕-2
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美しい。。。

2018年09月11日 | 自己実現
美しい、、、息をのんで聴き入っている、
自分にこういう日が来るとは。。。
音楽に触れること聴くことに用心深くなっていた時期があって、
それが過ぎてみると、以前には動かされることの少なかった人の声
―コーラスやボーカル―に、我を忘れて聴き入っているとは。。。驚きです。

音楽の余韻とともに、その後の在り様が変化するのがわかります。
思考が後退して、無心に近い行動が生まれるといったらよいでしょうか。
シンプルで軽やかな世界に移動(飛翔?)するといったらよいでしょうか。

美を感知することは何ごとにも代えがたい喜びです。

このところメディアで何度も何度も映し出される、
自分自身に素直で正直な言葉を聴きながら、
もたらされる喜びは、音楽からくるものと同じだなと思います。

内奥に潜んでいるものが呼び覚まされる感覚と言ったらよいでしょうか。

美しい。。。この感覚こそが思考に偏りすぎた私のこころを、
本来の私の在るところに、唯一導いてくれるもののような気がしてなりません。

内なる身体、魂の感覚を思い出させてくれる感覚といえると思います。
美を感受すること=生きる喜び

・・・・

〔57〕
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人それぞれの、在り様

2018年08月25日 | 自己実現
両手で大きく、その人の輪郭を描きながら、
「教会そのもの、ですね!(体現していますねぇ、、)」
咄嗟に、こんな言葉が出でしまったのですが。

わかってもらえないんだなあ。。。と、口をついて出た言葉ですが、
間髪いれず「あら、うれしい!(そう思ってもらえるのは、うれしい、、)」
そう返されて、ぎょっとしたというか、ぞっとしたというか。
あらためて当時を振り返えると、そう返されたことで、
違和感が決定的になったというのが一番近いように思います。

同一化の度合いは、人それぞれ。
どこに同一化するか。誰に同一化するか。
同一化して幸福曲線を歩む人、ストレス曲線を歩む人。
生涯、同一化の道を邁進する人、途中でハタと気付いて降りる人。
目覚めつつ、中庸の道を静かに歩む人。いろいろです。

何かに同一化しながら生きてゆくのが人間、ですね。

台所の窓から、小鳥の水浴びを眺めたり、
随分長く飛んでいるね~と飛び回っている蝶々を目で追ったり、
吹く風に、以前も同じ風を感じたことがあったねと思ったり、
ぼーっと自然と一体化しているようなこともあって。

自分の同一化に自覚的になるのは(人類の)意識の進化のしるしかもしれません。
(と、ふと思いましたが、どうでしょう?)

くだんの人とばったり会うことがあるでしょうか。
その時は私の同一化のあり様で幸福曲線か否かが決まるでしょう。
その人ではなく、私のあり様で決まるのですね。
〔56〕
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人生全体から眺めると。。。

2018年08月20日 | 自己実現
「現実逃避」という言葉に、どちらかというと
私がマイナスのイメージをもってきたのは、
世の中の常識的な考え方に沿ってきたからでしょう。

向き合うべき現実に背を向けて他のことにエネルギーを注ぐのが、
現実逃避であるとすると、向き合うべき現実があるという思考のもとに
定義は成立っているわけで。そこからちょっと離れてみると、
人生途上で差し迫る様々なコトに対して、
~するべきに沿って生きるのが正解のこともあれば、
~するべきを回避して別のことにエネルギーを注ぐのが正解のこともあります。

試験の前になると長編小説を読み始める。。。
あのときがなければ読む機会を逸していたような気もするので、
人生全体からみれば得たものの方が大きい、
なかなかよかったじゃないと思うわけですね。

人生全体からみて。。。こころと身体と魂においてどうなのか?

感じることから逃げて、思考に逃げ込む。
感情を受け容れるより先に、頭で理解しようとする。
こころの仕組みを知らなかった頃ならいざしらず、
この傾向のまま生きてゆくとしたら、ちょっと拙い。
感じることを大事にしたい。考えることに逃げ込まない。
これまでの不均衡を補うつもりで生きている今日この頃なのですが。

感じることから逃げるのは何も生育史の要素だけではありません。
日本人としての傾向もあるでしょうし人類としての傾向でもあるでしょう。
そう思うと、なんだか微笑みたくなるのですが、
それを知ったことは、これまでの知的探求の結果でもあるので、
やはり、これまでの傾向もよかった。すべて必要だったのですね。
〔55〕
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あの頃の感覚で、庭造り

2018年08月08日 | 自己実現
居間の前庭が一応我が家のメインの庭で、
畑との境は土を盛って、椿とお茶の木を植えています。
時々鹿が土手を横ぎってゆくのを目撃しますが、
ひと気のないときには庭に入り込んで、
ありとあらゆる新芽や若葉を食んでゆきます。

去年ぐらいから庭の片隅のスペースに、
本来なら畑に植える植物を、このくらいならいいかなと、
迷いつつ試行錯誤で移動を開始しています。
年齢的に作業の限界、体力を意識してのことですが、
庭も畑も自分の手に負えるスペースに縮小しないといけません。

ニラを移すにあたっては間違えのないように、
庭の水仙はすべて掘り起こし遠くの場所に移動させました。
はじめて庭の植木鉢にオクラを育ててみましたが、
尖った葉っぱや黄色の花も綺麗、さっと朝取りできるし、
来年は地植えで本数を増やしてもよいかなと。

子供の頃に空き地の片隅にせっせと穴を掘って、
直径一メートルぐらいのものですが、
ビニールシートを敷きこんで、石を並べて縁取って、
小さな池を造ったことを思い出します。
池をつくろう!シンプルな情動で行動に移した、
あの感覚で庭と畑を作り上げてゆけたらいいなと。

大人になる過程で外界から取り入れてきた、
外側から取り入れた庭の概念を思い切って取り去って、
内側から湧いてくる感覚を頼りに素直に庭をつくってみたい。
そんな思いが強くなってきています。

野菜と花の混在する庭。鹿に多少食べらちゃっても落胆しない庭。
子供の頃の、あの感覚に意識を合わせて進んでゆけたらいいなと思います。
〔54〕
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ボーっと生きないで、平安感を大切に

2018年08月05日 | 自己実現
久しぶりに峠を越えて、図書館のある町に出かけることにします。
ここのところ読書は休眠モードに入っているけれど、
せっかく近くまで行くのだから本を借りようか、
特に読みたい本もないのだけど、などと運転しながら考えました。

こころの自由な人の本だったら読みたいな…ふとそんなことが浮かんで、
そうだ、そうだ、そうしよう。パッと一人浮かびました。
そうしよう。以前、図書館の本棚に本を見かけたことも思い出して。
突然、テレビ番組のフレーズが浮かんで一人笑いしたのですが、
「ねえねえ。。図書館で本を見つけられそうな人で、こころが自由な人って誰(だあれ)?」
チコちゃんに訊かれるのを想像しながら、なんだか楽しくなってきます。

注目される立場の人々の見え透いた嘘が幅をきかせている。
連日、目に耳に入ってくる事象に対する解毒剤としての読書になりそうです。
怒りの炎を吹きながら「ボーっと生きてるんじゃなねえよ!」
あまり品がよいとはいえないチコちゃんの喝が小気味よく感じられ、
なんとなくスカッとするのも解毒作用があるからでしょうか。

こころの自由な人は、たぶん自分にも他者にも正直で、
不健全な知性化から最も遠いところに在る人のように思われます。
不健康な知性化や合理化がはびこった成れの果てを観察しながらも、
対極を指し示す正直で自由なこころに触れることを意識しながら、
平安感を大切に。意識して日々を過ごしたいものです。
〔50,52,53〕
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世界が変わるとき

2018年07月31日 | 自己実現
人と会った後で、ものすごく
ものすごーく、自己否定的になることがあります。
人は特定されません。ある状況下で起こります。
今は殆どなく忘れた頃にやってくる程度ですが、
頻繁に起きていた頃には、確かノートに
“自分を吐き出してしまいたい、、”と記した覚えがあります。

今、忘れた頃にやってきたらどうするか、
強烈な自己否定感がやってきたときどうするかというと、
修行の機会が巡ってきたと捉えることにしています。
思考の堂々巡りを手放す機会が巡ってきたのです。
体験の解釈が世界を変えるといわれていますが、
苦しみが宝物に化けたと言っても過言ではないと思っています。

意志をもって選択する。
悩みの思考を打ち切って内面の感覚に意識を向けるのです。

悩みや苦しみの内容は人それぞれ違いますが、
人はなぜ悩むのか?
その答えの端っこに、ほんの少し近づいてきているような気もします。
〔52〕
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