こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

秋 2019/11/24

2019年11月24日 | Weblog






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夕陽

2019年11月04日 | Weblog

Amakusa
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クリスマスの朝

2018年12月25日 | Weblog
Merry Christmas!
凍てつく空には白き月、東の空には陽光が。。。
外気温は2℃でした。



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2018/3/16

2018年03月16日 | Weblog

花便りの季節になるとモグモグしながら行きつ戻りつ庭を横切っていく、、、
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2018/02/12・朝

2018年02月12日 | Weblog

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雨上がり、夕暮れ間近に

2011年09月30日 | Weblog


キッチンの窓からまっすぐの場所に、夕顔の花をみつけました。
ふいをつかれるというか…おもいがけないときに咲くのが、この花のよいところ。
ぽっかりと浮かぶ花を認めた途端に気分が高揚します。
夕顔を見るついでに、キャベツの浅漬けに散らす紫蘇の実を採りに畑へ。



隣り合う木が育って枝がかぶさってきて、
今年のジンジャーは苦戦中、花が少ないのです。
そんな中、紫モクレンの枝の間からすっくと顔を出して、
“負けないわ”とばかりに咲いている子がいました。いいですね^^)
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memo11

2011年06月24日 | Weblog
旅・三日目

問題に向き合うべく、行動開始。

愛読してきたJヒルマンの本を思い出す。
この世はSoul makingする場所/魂作りの場所、
生まれながらにもっている魂のイメージを実現させる場所。
衰弱した心に引っ張られて、魂から抜け落ちてしまうことのないように。

無理な要求をしてくる心に対して、
できることとできないことを、明確にしておくこと。
何のために生きているのか?この自問なしには一歩も進めない。

午後、病院に母を見舞う。会うのは三ヶ月ぶり、小さくなって驚いてしまうが、
入院生活にそれなりに適応しているのがわかり、ほっとする。

病院の帰り立ち寄った一家は、淡々と明るく爽やかに逞しい。
この十数年で、一家に対する私の感受性は大きく変化した。
心を見つめる作業は、人を少しずつ魂のイメージに近づけてゆく。

問題は進行中で、相手の応答を待っている。

旅・4~6日

怒涛の三日間。
人は生きていたように死んでゆく。
重い問題は形を変えて、新たな問題を生み出してくるので、
流れ行く現実に適応してゆくのが精一杯。

旅・7日目

心身が興奮状態で、眠れない。
ストレス曲線をのぼったりおりたりして一日が過ぎる。
夕方の母の見舞いも諦める。

夜になって漸く、少し怒りが鎮まってくる。
友人につぶやく余裕がでてきた。
つぶやきながら心が整理されてゆく。

言語化によって統合されるとは、現実を受容しだした徴。

(119-20-5)
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memo10

2011年06月23日 | Weblog
旅・一日目

東に向かって。今回はちょっと重い問題をかかえている。
問題は最終目的地にあるので、道中は
“目の前の大切なものを大切に、安全に楽しく”と自分に言聞かせる。

朝、雨の中を出発。
途中、山口県立萩美術館でルーシー・リー展を観る。

出発前に、少々気の重い旅になるのを知る友人には、
何かあったら、つぶやくかもしれない・・・そのときはよろしくと。
友人からは、了解、いつでもどうぞと返事をもらっていた。
つぶやける場所があるというそれだけで、安心感がある。

旅・二日目

霧雨の朝、栗東SAから琵琶湖を眺める。
雲が湖面の際まで迫り、起伏ある細い湖岸線が滲んでいる・・・
昨日見たルーシー・リーの線模様の陶器に通ずる風景に、
またまた“未来から過去に向かう時間”のことを想ってしまう。

野州町の小磨崖仏を訪ねるために高速を下りる。
住宅地を通り抜け、小雨の中、細い山道を徒歩で行く。
鎌倉時代のお地蔵様と、そこから600m先の不動明王まで。
お不動様には滝があり、小さな社殿の後ろには巨石が控えている。

ここで弘法大師が修行したのだという。

小さな境内はよく手入れされていて、
アメリカハナミズキと、園芸種のリラの苗木がが、ほほえましい。
外来の園芸木は一見ミスマッチのようだけど、手入れする人が、
仕事を楽しみ作業を喜びとしているのが伝わってくる。

ちょっとした登山で3キロも歩いてしまったが、帰りは雨も止みお日様が顔を出す。

問題のことが頭を掠めてくると、何のために生きているのか?自問する。
いちばん大切にしたいことは何か?を自問する。
問題は心の課題として、とてもハードルが高い。

何のために生きているのか?
何を大切にしたいのか?絶えず自問しては足場を確認する。

休息で車を止めるとき、何度もルーシー・リーの作品集を捲った。
やわらかな光の気配を掬い取って、心は落ち着く。

夜、9時前に目的地に到着。

(119-20-4)
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memo9 

2011年05月10日 | Weblog
斜面のオオデマリマリの上の辺りで鹿の角を拾う

聖堂の花活けお当番、家からモッコウバラとシャガ持参
JAマーケットでクンシランが二束!迷わず決める 会心のハーモニー♪

右手に1cmぐらいのナナフシがとまっていた
体をよじってダンスしているみたい
居間にいた子を表花壇のスミレの葉へ

鹿に食べられ放題だったシイタケ、
シーズン最後に思いがけず収穫叶う
雨降りの前日だったのも幸い  

以上のできごとが、山に留まる意思に対して
自然が応えてくれたように見えるのですね

(信じれば見えてくる・・・)
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memo8

2011年01月06日 | Weblog
きょうは迷走の日でした。
ストレス曲線をのぼったりおりたり、
強力な自己嫌悪というアクセントまでつきました。

混乱が大きかった分、最終的には得たものも大きかった。
“今ここに”留まることが苦手で、
心配性の傾向をそれは強力に、再確認しました。
きょうの迷走はこれでおしまい。
新しい明日を祈りつつ…おやすみなさい。
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