こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

誕生数からピンときた。。。

2018年04月29日 | 自己実現
誕生数によると、私の人生には劇的な要素があるらしい。
友人から教わったのは違う言葉だったかもしれませんが、
とにかくガラッと人生が変化することがある、
人生で環境や人間関係がすっかり変わることが起こる。
そのような状況を生み出す傾向があるらしいと理解しました。
なるほど、言われてみればそうかもしれません。

長く所属していたコミュニティーを離れるとき、
徐々に遠ざかって波風立てずにフェイドアウトする、
そのようなやり方もあったはずなのに、そうはしなかった。
徐々に離れていくやり方を選ばなかったのは、
誕生数の示す傾向に忠実だっただけで、
コミュニティを離れる意思をはっきり伝えたのは、
私らしいやり方だったのだと妙に納得しました。

思えば四十歳を目前に移住を決めて周囲を驚かせたのも、
誕生数の傾向からくる大胆な行動だったと解釈することができます。
移住の選択は「逃避」と否定的に捉えることもできますが、
いや、よりよく生き延びるための最良の選択、健全な逃避だったと、
誕生数を知った今は、はっきり言います。

大きな運命を信ずること。
私の小さな思考を超えたところで、何かが動いている。
偉大なバランスが働いているとは、ありがたいこと。

誕生数とつかず離れず、よい間合いで歩んでゆけたらいいなと思います。
〔45〕
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並んで車窓を眺めたい

2018年04月27日 | 自己実現
あなたと私が同じ列車に乗って、車窓から風景を眺めている。
並んで座って時々会話して、外の風景を楽しんでいる。
誰かと共に居て、心地よいのはこんな感じです。

向き合って座って、私の近況や心境を語り、
あなたの近況や心境を聴く関係性が何より大事で、
必要な時期もあったけれど、今は違うなと感じます。
こういうのは周期的に変化するものかもしれませんが、
とりあえず今は、対面より並んでが気に入っています。

古代史関連、庭の植物、聞いている音楽、料理のこと、
その他いろいろ。。。引き出しが多ければ、
目の前にいる人と私の今に、
一番ふさわしい風景をすぐ探して、並んで眺めて、
楽しい時が過ごせそうな気がします。

ときには私はそうでも目の前の人が旅するどころではない。
同じ車窓を楽しむどころではないこともありますね。
そういうときには、しっかり向き合って、
相手の話にきちんと耳を傾けたいと思いますが、
平素から一人旅、同伴者がいるいないに関わらず、
窓外の風景を楽しむ旅を心がけていると、
必要なときには向き合って、しっかり聴くことができる知恵を、
育ててくれるように思うのです。

旅する余裕のない同士が向き合って過ごす時間は、
ほどほどにしておきたいもの。あまりに人生がもったいない。
この頃の私は、読書と想像の古代史の旅にどっぷり浸かっているので、
同じ世界を楽しんでいる人・仲間がこの世に存在していると思うだけで、
妙にうれしく満たされてしまうのです。

以前の私みたいな旅をする余裕のない人へ、
旅する楽しみ、伝わってゆけばいいなあ。。。
〔44〕-5
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オダマキ開花
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風土を育む

2018年04月16日 | 自己実現
あの本、この本、諸説いろいろ、論点いろいろ。
一冊読んで、そうか、なるほどと感心しても、
あれこれと本を捲っている内に、
出来事と登場人物の名前が混乱して、
あれ、どうだっけ?っと頁を戻って確認して、、、
そのようなことを繰り返しながら、
六世紀から九世紀ぐらいの間を行ったり来たり。

古代、倭国の出来事に関する記事を読みながら、
折々の登場人物に対して、イヤだなと不快になったり、
好感をもったり、いろいろな感情が湧いてきますが、
諸説を巡りながら感情が変化していくことにも気付きます。

本当のところはどうだったのか?それが知りたくて、
探索を続けているのでしょうが、反面、
事実がどうであったのかは、さほど重要ではないなと思う。
なかなか確証が得られない古代史の旅ですが、
混乱しながらも見えてきたことがあるとすれば、
歴史に名を残してる人々にしても、
その人がそのように成ってゆく、その時、事件に関わってゆく、
野心をもってゆく、何かを切望するということ、
その人の人生の在り様は、度合いに違いはあれど、
生育史を木霊の様に響かせているということなのだろうなと。

誰それは悪人だった。あれは正しかった、間違っていたと、
簡単に決め付けるような感覚が失せてきます。
戦乱の古代を生き延びた人々の生涯に思いを馳せながら、
精神的な風土が育まれるような気がします。
他者を大きく眺められるようになる、そのような風土が育まれるように思うのです。
〔44〕-4
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トンネルを抜けると

2018年04月09日 | 自己実現
日々のこころの様相が低迷している状態から上向きになるとき、
トンネルを抜けた感じ…と表現されることがありますね。
自分でつぶやいたり他者の言葉として聞くことがありますが、
私の場合、トンネルを抜けると、
古代史関連の本を読み出すというのがあって、
興味が再燃して夢中でページを捲るようになれば、
トンネルは抜けたと、いつも上向きの感触をもちます。

そのようなバロメータができてくる前に、
日本の古代史に興味を覚えて本を読み出す前に、
主要な神社仏閣を訪れていたことを思うと、
伊勢神宮、出雲大社、大神神社、當麻寺、
吉野のドライブと水分神社等など。。。
少し残念な気がしますが、前段階として、
知識はなくとも訪問したことで、
積年の漂う気配をそれぞれの場所から受けとっていたことが、
その後の興味に繋がっているのかもしれませんから、
そう思うと楽しくなります。

真っ暗ではない、ほんの柔らかな靄程度ですが、
長い長い靄のようなトンネルを抜けたと。
この復活祭のタイミングで遠くに住む友と、
こころの自由ということに同じような感触と感慨を覚えました。

こころの自由度が上がると、想像力、
想像する能力も高まるのだと思います。
もちろん自分の魂と心と身体において、
よりよい方向へ進んでゆくための想像力です。
古代史を楽しむ能力は、こころの自由と密接に繋がっているような気がします。

遠出は叶いませんが、地元で楽しいことをしようと思いつきました。
何年も前に、トンネルを抜けた友人を案内したことも思い出して。
以前より自由なこころで、訪問することにします。
歯科医の帰りに立ち寄るのにちょうどよい。身近な古代史の旅へ。
〔44〕-3
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