こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

心と身体/フィルターを通ってくる感情

2010年11月27日 | 無意識の世界
昨日書いた“意識の方が、悲しみという感情を拒んでしまう…”
意識を、“フィルターが”と置きかえてみると解りやすくなります。
“フィルターが、悲しみとという感情を拒んでしまう…”、
フィルターとは成育史でつくられた、その人の傾向のことです。

フィルターが感情を拒む。フィルターが意識化を避ける。
どうもフィルターが、ある種の感情を怖れているらしい。
怖れるには怖れるだけの理由があるので、フィルターの言い分を訊いてみよう。
そんなわけで、少年少女時代のあれこれを思い出し、
そのような傾向ができてきた理由がみえてくると、フィルターに変化が起こります。

フィルターが変化すると、以前には意識にのぼってこなかった感情が、
様々に意識化されるようになって、その人は感情の流れの中を
大らかに、くったくなく生きられるようになります。

しばしばフィルターに拒まれてしまう感情とは、考えるほどに繊細で、
感情の出生を辿ったならば、とても精妙な場所にいきつくような気もします。
そうなると感情と魂の深い繋がり、繊細な結びつきをどうしても想ってしまいます。

(100-4)
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再び、涙について

2010年11月26日 | 五感と体感
意外と、悲しい、哀しい、カナシイ感情を自分でわかって、
泣けることって、少ないような気がします。
誰かを喪失したときの悲しみの涙は別にして、
平素の人間関係で怒って泣いているようなとき、怒りの奥には、
実は悲しいという感情が隠れているのだけど、
その悲しみを理解して、自分は今悲しくて泣いているのだと、
きちんと感情体験するところまでは、至れないようです。

だから、なんとなく不消化な感じが残ったり、
心が浄化するところまでは、なかなか体感できないのでしょう。

涙がこぼれる、泣くという行為は、実はものすごく正直に、
その人の心を身体の反応として表わしているにもかかわらず、
意識の方が、悲しみという感情を拒んでしまうようです。

実はつい最近、感情と寸分違わず一致して泣くことができて、
つまり怒りの奥にある、悲しみを意識することができて、
涙の理由を、正直に伝えるという体験をしたばかりです。
意識と流した涙が一致した清々しさを、久々に味わいました。

(100-3-2)
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素直な涙

2010年11月25日 | 愛とゆるし
赤ちゃんの涙は、実にシンプル。
お腹が空いたよー、オムツをかえてよー。
知覚したものと要求が直結しているので、
感情と涙を流すという行為にずれがありません。

大人になるほど、感情と行動の経路が複雑になるので、
涙の意味も単純には、はかれないところがあります。
怒りが高じて泣けてきたり、悔し涙を流したり、ときに攻撃の手段だったり、
不安に留まるのを避けるために、泣いてしまうようなこと。

泣いた後で、よくよく自分の胸に手を当ててみて、
なんとなく後味の悪さが残っているとしたら、
心の奥の感情と涙を流すという行為に、
ぐんと距離があることを疑ってみてもよいかもしれません。

誰が解ってくれなくても、自分の中で、
本音の感情と涙が一致しているときは、泣いた後味がすっきりします。
素直な涙。浄化してくれる涙を大事にしたいものです。

(100-3)
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無防備の、自由

2010年11月24日 | 無意識の世界
無防備でいてもよい状況に、無防備でいられるとは、
簡単なようで実はそうでもないのですが、
それは自分の傾向が、無防備をゆるさないからでしょう。
“無防備なんて、コワすぎる…”
ここで言いたいのは、安心しきった犬や猫が
飼い主にお腹を見せるような無防備の話ではなく、
カウンセリングの傾聴にも必要と言われている無防備のことです。

無防備でありたい状況に、そのようにいられるためには、
どうしたらよいのでしょう?自分の傾向を理解するにつれて、
無防備に対する感受性も、少しずつ変化するようです。
“無防備は、そんなにコワいことではない…”

感情の流れを十分に体験しながらも、
感情に翻弄されないとは、なんと気持ちのよいことか。
そこにあるのは冴えた感覚と、対象との程よい距離感です。
無防備であることの自由を、人生に少しずつ増やしてゆきたいものです。

(100-2)
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無防備の、楽しさ?

2010年11月23日 | 五感と体感
日曜日、教会でクリスマスの飾り付けをしました。
3つのツリーと馬小屋と、玄関のイルミネーション、
そしてランチの準備と、適当に分かれて作業を進めますが、
私は3人で聖堂にクリスマスツリーを飾りました。

作業の後、神父さまのパエリアのランチを賑やかに頂いてきましたが、
行事の前にはいつものことで見慣れた光景です。
しかし今回はなんとなく、いつもとは違う楽しさがありました。
楽しかった。この言葉が、いつもより深いところから湧いてくる感じです

一緒にツリーを飾ったHさんも“きょうは楽しかったですねー”と言っていたので、
いつもと違っていたのは、私だけでもなかったようです。

心と身体にずれのない、いつもより統合されている感じ。
感情は絶え間なく動いているのだけど、安定感がある。
枝葉は折々の風に揺れるけど、幹は動じずしっかり立っている・・・、
そんな感じと表現したらよいでしょうか。

後でつらつら考えて、これが“無防備”ということかもしれないと思いました。
どういうとき、人は無防備でいられるのでしょう?
無防備の開放感と楽しさを忘れないように。よく覚えておこうと思います。

(100)

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五感の記憶と光の旋律

2010年11月22日 | 和解と平和
20代の五感の記憶が、なにやらよみがえってきています。
ほっとする暖かな記憶には、心地よい体感とともに、
五感でキャッチしたものが寄り添っているものなのですね。
打ち解けた交流には、紅茶の香り。
一息つくときの、さくらんぼのジャム。
秋の日の散歩と、キヅタの鮮やかな紅葉。
休日の登山と、山上の清涼な空気…なとなど。

そして20代の長い長い混乱に終止符を打つ、
そのきっかけが与えられたような日には、一つの音楽がありました。
ほとんど会話らしい会話はなくて、いっしょに音楽を聴く・・・
彼女はただ、そのことだけによって私の
自分だけではどうにもならなくなっていた厚くて固い自己防衛の殻に、
“幸いな亀裂を入れるため”に訪問してくれたのかもしれません。

他者否定の上に、辛うじて保たれるような心のバランスは、
緊急的な避難方法のようなもので、そこに真の平安はありえません。

真実で永続的な平安のためには、どうしても気付く必要がありましたが、
いちばん大事なことを気付かせるのに、言葉は不要だったようです。
あの日、あの場所で感じていた研ぎ澄まされた気配と優しい光の旋律と…
希望に連なる五感と体感の記憶を意識して、大事にしたいと思うのです。

(99-5)
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環境を生き抜くための、原初感情

2010年11月20日 | 意識と知覚
なんとかストレス曲線に打ち負かされずに生き抜くことができた、あの頃。
ぎりぎりのところでバランスを保ち、生き抜くことができたのは、
好き・嫌いが、きちんと意識化されていたからだと思うのです。
あの頃は、好き・嫌いの感情が明確に自覚されていました。

好き・嫌いを意識した上で、感情に流されずに行動できていたとは、
30代以降の抑圧の日々を思うと意外ですが、確かにそうなのです。
折々に接する人々や出来事に対して、正直な感情を意識した上で
現実吟味を働かせ、自覚的に行動を選択することができていた。
その一方で嫌いなものは嫌いと譲れない感情を貫き通して
泣き寝入りしないだけの強さもあったのだから、感情生活という意味では、
当時の自分の器に見合う程度に、健全性を保っていたといえるかもしれません。

好き・嫌い、怖い・怖くないが人間の原初感情であるとは、
まったくその通りなのだと、20代を振り返りつつ、あらためて思います。
人は対象への知覚を意識して、好き・嫌いの判断がつかなければ、
ぎりぎりの環境では生き抜くことができない。そのようにできているのですね。

(99-4)
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混乱をどのように収めていたのだろう?

2010年11月19日 | 五感と体感
あの頃の憂鬱な人間関係と新しい世界での不安感。
そのストレス曲線を、どのように処理していたのか考えてみると、わたしの場合、
休日の登山が心身のバランスをとるのにとてもよかったのだと思います。

20代になって始めた登山は、子供の頃から憧れていたことだったので、
登山に関しては何の迷いもなく、統合されていました。
同好の友も、山に行けば平素の交流とは別次元に移行しますから、
山では日常のすべての人間関係から自由になれるわけです。
山歩き、自然の中に入ってゆく時間をもつことで、
あの頃は辛うじてバランスをとっていたように思います。

人間関係の悩みを、信頼のおける誰かに打ち明けてみることはあっても、
いつも、なんとなく満たされないものが残ります。
心の奥深いところにある本質的な悩みに辿りつけない限り(気付けない限り)、
満たされないのが当たり前なことは、今になるとよく解るのですが、
問題の核心に辿りつくまでの堂々巡りのような日々を
なんとかバランスを持ちこたえさせるためには、一つでよいから、
自分を安定させる場所持てることが、とても大事なことのようです。

(99-3)
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宝物に気付くとき

2010年11月18日 | 愛とゆるし
20代の混乱期とは、なんと意味深く貴重な日々だったことか。
激動の時代を思い出すことを、知らず知らず避けてきたので、
20代の宝物に気付いたのは、ごく最近のことです。
成育史はもちろん、それまでの人生の歩みには、
現在のその人を理解するうえで、貴重な宝物が沢山埋まっています。
成育史は宝の山・・・その宝物に気付くことが、幸福な人生の
重要な要素であることは、周囲の人々をみていると解ります。

ここでいう幸福な人生とは、内的な心の平安ある人生のことです。

だからといって宝物をやっきになって探す必要はなく、
幸福な人生のために宝物を探さねばならばい・・・など、
“ねばならない症候群”には、くれぐれも注意です。

無理をしなくても、感情生活に幸福曲線の感情が増えてくれば、
その人は自ずと宝物に気付きだす、心はそのようにできているようです。

さて、ようやく落ち着いて20代を振り返られるようになって思うのは、
今だから自己混乱の時代だったと判断がついても、
渦中にあるときは、混乱しているなどという自覚はなく、
感情のまにまに一日一日を生き抜くのが精一杯だったということです。
どのようにして、あの激動(!)の時期を自分は乗り切ったのだっけ?
あの頃を、どのように生き抜いてきのか?それを考えてみることは、
忘れていた自分の可能性に、気付くチャンスを与えられたことかもしれません。

(99-2)
見上げるほど高い 皇帝ダリアが咲きました
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シグナルとしての、混乱感

2010年11月17日 | 意識と知覚
人生を振り返ると、私の場合10年周期で進んできているような気がします。
出来事を思い起こすと、心のバランスのとり方がだいたい10年周期で変化しているのです。

20代は、仕事や趣味の世界で人間関係がいっきに広がった激動の時代です。
刺激的で楽しく愉快なことが沢山あった反面、人間関係の憂鬱も沢山あった。
幸福曲線とストレス曲線の揺れ幅が、極端に大きかった頃といえるでしょう。

それまで安住の場所だった家が不安極まりない場所になって、その分、
家の外では新たな出会いに、友好感を沢山経験していた頃です。
しかし家の内と外の感情体験がひっくり返ってしまったのだから、
気付かぬところで、自己混乱感が進行していたように思います。

人は成長する中で、心を安定させる方法を身につけながら大きくなりますが、
これまでの方法では、安定が取れなくなったということは、
今になれば、大きなチャンスが与えられたことだったのだとよく解ります。
この世で唯一のわたしが、わたしの心と身体において正直に、
感受したものを大事に、それを指針に生き抜く道を探索し始める。
そのきっかけが、当時経験した自己混乱感だったと思うからです。

このままでは自分はやってゆけない…、自分が混乱している感じ…、
これらの感情はいつでも、心と身体において正直になることを、
その人に気付いてもらおうとしている、そう思うのです。

(99-1)
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