こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

信ずる姿にひかれる・・・

2012年02月24日 | 未整理
その人の人生は本当に素敵です。毎日をイキイキと過ごし、
自己実現の道を邁進しているように見えます。
私から見て、すべてにおいてバランスがとてもよいのです。
能力やセンスがあって自己実現の道を歩む人は他にもたくさんいますが、
この人が私にとって、それほど魅力的なのはなぜだろう?
考えてみて、それはこの人が本当に“信じている”からだと気が付きました。

信じている姿に人はひきつけられます。
何をどれくらい信じるのか。人それぞれの信じる中味と在りようで、
人によって様々な段階を歩んでいるようにみえますが、
私の状態が少々へんなとき、ストレス曲線に埋没していたような頃は、
信心が深そうで、あたかも〇〇のように振舞う人に惹かれ、引き寄せられました。

信じる理想を饒舌に語る人にも引かれましたが、
語られる理想と相手の現実を、私が勝手に混濁したようです。
勝手な都合とは、その方が私が平安でいられたからでしょう。

ストレス曲線に埋没しているようなときには、
やはりストレス曲線をさ迷っている人と引き合うようです。
類は友を呼ぶ。縁を持ちやすいということかもしれません。

ストレス曲線から解放されるにつれて、
なんだかへんだと気づきはじめます。
あたかも〇〇のような人に引き付けられていた自分がへんだったことに気づき始めます。

自分はどのような関係性に平安感を覚えるのか。
どんな信じる在りようにひきつけられるのか。
これは私にとって大事なセルフチェックの目安、自問です。

どのような信ずる在りようにひかれているのか。
惹かれ引き寄せられている信の在りようからも、
今、自分はどんな地点を歩いているのか知ることができるようです。
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パターンに気付いて

2012年02月24日 | 未整理
ある朝起き抜けに、少々ざわつくことがありました。
登場人物は同じ、以前だったら月に一度くらいの割合で起きていたのが、
最近はぐっと減って、数ヶ月ぶりの久しぶりの“あの”ざわざわ感です。

いつもと同じ反応をしながら、いつもと同じ納めどころを目して、
登場人物のことも、状況のことも理解していてくれる友のことを思い浮かべます。
思い浮かべつつ、“これはいつものパターンではないかしら…?”
不安定な心を整理するのに、友人に聴いてもらう事はよいことか?
それは本当に必要なことなのか?という思いが湧いてきました。

思いが湧いて来た時点で、もう答えはでたようなものですが、
今回は友人の手を借りずに自身の自問自答で整理させることにします。

私が話を聞いてもらいたいという衝動が起こるときはいつも、
大丈夫、わたしは間違っていないという安心が欲しいときのようです。
自信がなくなって自己否定に走りそうになるのを、友人の応答によって
わたしは大丈夫という自己信頼を取り戻したいときなのだと思います。

自問自答でざわざわする心を整理して、安定感を取り戻す。
自分自身の内なる対話で自己肯定を取り戻す。
繰り返されるパターンに気付いたならば、ちょっとがんばって踏みとどまってみると、
以前より少し、自分という器の容量が増したようなな気がするんですね。

ざわざわ感は幸いへの道しるべ。。。^^)
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解釈の奥にあるもの

2012年02月06日 | 未整理
若い友人が語る中で、はじめての彼女の独特の解釈に触れました。
聴きながら、なんとも釈然としない、おちつかない気持ちになったのは、
自分とはあまりに違う解釈の傾向に混乱してしまったせいでしょう。
同時に、その若い友人と同じ解釈をするだろう古い友人のことを思い出して、
それがいっそう、私を落ち着かなくさせたような気もします。

その解釈はもったいない。それでは大事なものを見落としてしまう。
でも今はそのように感じても、時を経れば変化するだろう。
彼女はもったいないままでは終わらない…そんなことを考えられるのも、
彼女は今の試練を乗り越える力をもっている。私が若い人の内に、
時を経て現れてくるだろう確かな力の存在を見ているからです。

古い友人の解釈の傾向は以前から、なんとなく知っていました。
なんとなく知りながら、その解釈の奥にある心に触れるまでには至らなかった。
若い人の話を聴きながら、今日はじめてそのことに思い至りました。

解釈の傾向は生育史が大きく関わっています。
大きな影響があるけれど、生育史の影響を超えて、
生育史の解釈の傾向を乗り越えて、自らを幸せに導く解釈を掴んでゆくのが、
人生を生きる一つの意味ではないかと、私は考えています。

若い人は試練の只中におかれていますが、挑み甲斐のある試練です。
解釈の傾向の奥にある心に触れながら、私もまた、若い人と共に
人生で出遭う大小さまざまな試練を乗り越えてゆきたい。

それが古き友人の願いでもあると思うのです。
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