こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

弛まず進みましょう

2016年02月15日 | 
もっと強い私であったなら出来たかもしれないけれど、
あの頃は、あれが限界だった。。。
力不足の自覚があって行動したこと(行動しなかったこと)は、
誰かの切実な願いに応じることができなかった結果になっても、
仕方がないことだったと諦めがついて悔いが残らないようです。
丁寧な自問自答とギリギリの選択によって為された行動だったと、
自分で思えるときには、行動に悔いはなく穏やかな気持ちで自己受容できるのです。

大事なコトは自分に正直であること。
今更ながらあらためて、そう思います。

丁寧な自問自答、言うは易しですが、
ガチガチの防衛機制の中で、しているつもりになっていたなんてこともあって、
そういうときの行動は、後から思うと自分に正直でなかったことが判ります。

深いところの思いと行動が一致することを意識していると、
自分に正直であるとき、孤独におかれることを実感します。
深く深く自分自身になるとき、人は孤独におかれるものかもしれません。

でもそれは厭うようなものでなく、
光の中の孤独感、宇宙に抱かれた孤独感と呼べるようなものです。

これまで知らなかった、清々しさを覚える今日この頃です。

自分に正直であることは魂に向かう道に不可欠の要素でもあるでしょう。
この道を弛まず進みたいものですね。

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お元気?…と、きかれたら

2016年02月10日 | 
お元気?、ご機嫌いかが?と声をかけられたら、
ハイ、好調ですと答えよう。ちょっとくらい風邪をひいていてもね。

人間は―私は、心と体と魂から成っているのであるから、
少々体調がわるいとしても、心にかかる小さな気がかりがあったとしても、
これからは魂である私に照準を合わせて答えるとしよう。
そう決めたからには魂の私に一致することを心がけなければならないし、
一致するのは難しいとしても、少なくとも魂の方に向かっている私でなければなりません。

魂は愛そのもの、体や心が病んだとしても魂は病むことがなく、
体が朽ちて物質としての私の姿が見えなくなっても体から離れて永遠に生き続けます。
そんな魂としての私を思い出している(意識できている)時間を長くしていけたらいいな。
これまでは魂を思い出して晴れやかな気持ちになっても、すぐに心と体だけの私に舞い戻って、
慣れ親しんだいつもの人生を歩みだす。。。それを繰り返してここまできたけれど、
そろそろ。逆のパターンを行きたくなりました。

自分一人で考えていても、外界との関わり、人々との交わりの中で表して行かなければ、
それを生きたことにはなりません。だから、
好調ですと答えるのは、それを表してゆくための一歩です。
(私の人生においてはで、誰にでもあてはまる方法ではないと思いますが)

気付いたら微笑んでみる。ちょっと上を向いて微笑んでみる。
魂としての私を思い出すために心がけていますが、
深刻になっていたら、体と心の私だけに同一化しているシグナルと思い、
意識を切り替えるのがよいのです、だから二コッと微笑んでみます。

魂の私は真剣に考えるけれど深刻にはならないのではないかな?
それもあって。お元気?ご機嫌いかが?ときかれたときには、
ハイ好調ですと答えてみたいと思うわけですね。
先日、実践しましたが、この次も、そうしてみようと思っています。

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