flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

大岡川河口界隈令和三年

2023-10-16 00:00:00 | 水のほとり
(横浜市中区新港・西区みなとみらい)







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三吉神社

2023-10-15 00:00:00 | かみのやしろ
(北海道釧路市浦見 旧村社 2013年7月10日)
 秋田太平山三吉神社より三吉霊神、大己貴神、少彦名神を勧請し、昭和3年(1927)に創立された神社である。
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横浜中華街令和三年

2023-10-14 00:00:00 | 漂い紀行
(横浜市中区山下町)













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釧路臨港鉄道

2023-10-13 00:00:00 | RODEN-哀愁のRailway-
(北海道釧路市 2013年7月10日)
 大正14年(1925)臨港線として根室線に乗り入れる別保信号場(1928-東釧路)から選炭場の春採(はるとり)駅-貯炭場の知人(しれと)間7.4kmが開業した。翌年貨客化され、昭和2年(1927)には入舟町駅(-1966)まで、昭和12年(1937)には城山線城山駅-東釧路駅2.2kmが開業。最盛期には総延長11.3kmとなったが次第に衰退し、昭和38年(1963)旅客営業廃止され、昭和60年(1985)城山線廃止、翌年東釧路駅-春採駅と知人駅以遠が廃止された。(2019年全線廃止)





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壬生塚

2023-10-12 00:00:00 | いにしえびとの睡
(京都市中京区壬生梛ノ宮町)
 幕末、壬生寺は新撰組の兵法調練場として使われた。そのため後世、新撰組隊士十一名(局長近藤勇、局長芹沢鴨、副長助勤平山五郎、副長助勤阿比原栄三郎、副長助勤野口健司、副長助勤安藤早太郎、勘定方河合耆三郎、伍長奥沢栄助、伍長葛山武八郎、平隊士新田革左右衛門、田中伊織)の末裔らによって境内放生池の中島壬生塚に墓標、供養塔が造立されている。また、同所には壬生官務家の墓塔もある。







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釧路埼知人岬

2023-10-11 00:00:00 | 海道・みなと

(北海道釧路市米町 2013年7月10日)
 明治32年(1899)アイヌ語で「シレ:大地」「エトゥ:果て」を意味する知人(しれと)岬(知人鼻)に釧路埼灯台が設置された。平成13年(2001)釧路港船舶通航信号所と統合された現在のビル形式の灯台が築造されたが、信号所は平成20年(2008)に廃止されている。米町公園には昭和63年(1988)に設置された灯台形展望台があり、釧路港を望むことができる。
(釧路埼灯台)
(米町展望台)

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大本山壬生寺

2023-10-10 00:00:00 | ほとけのいおり
(律宗心浄光院宝憧三昧寺 京都市中京区壬生梛ノ宮町)
 正暦二年(991)三井寺の僧快賢が自身の母のために、仏師定朝の地蔵菩薩を本尊として小三井寺を創建したのが始まりという。建暦三年(1213)現在地に移されたが、正嘉元年(1257)火災に遭い焼失している。正元元年(1259)融通念仏宗の円覚によって再興され、以後江戸時代に渡って繁栄した。然し、天明の大火によって焼失し、以後次第に衰退したが、幕末には新撰組の兵法調練場として使われた。後世、新撰組隊士十一名の末裔によって境内壬生塚に墓標、記念碑が造立された。















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釧路厳島神社

2023-10-09 00:00:00 | かみのやしろ
(北海道釧路市米町 旧県社 2013年7月10日)
 越後の米穀商であった佐野孫右衛門が、当時のクスリ(後の釧路)において場所請負人(松前藩下におけるアイヌ交易)を始め、文化二年(1805)真砂町のアイヌのカムイシュマ(神岩)の地に厳島神社より市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を勧請したのが始まりである。明治24年(1891)釧路埼近くの現在地に遷座された。隣接する護国神社は、昭和40年(1965)市内鶴ヶ岱(つるがだい)から遷座している。
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大覚寺と大沢池

2023-10-08 00:00:00 | ほとけのいおり
(真言宗嵯峨山 京都市右京区嵯峨大沢町 国指定重要文化財 国指定史跡 国指定名勝)
 嵯峨天皇の離宮が存在したこの地は、貞観十八年(876)皇孫の恒寂入道親王によって大覚寺に改められた。以後、主に皇族の住職(門跡)が明治維新まで続き、後宇多法皇は大覚寺で院政を行っている。延元元年(1336)と応仁二年(1468)、天文五年(1536)に伽藍を焼失し、その都度再興されている。













 伽藍東側の大沢池は、嵯峨天皇の離宮時代に築造された、唐の洞庭湖(中国湖南省)を模したものという。池の水源であった名古曽の滝は、貴族で画家の百済河成(782-853)が築造したものとされる。また、池と島、岩の配置は、華道嵯峨御流の基盤とされ、発祥の地でもある。










































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福山アーケード

2023-10-07 00:00:00 | ガレリア
(広島県福山市今町・笠岡町・船町 2013年7月26日)
 福山城下町時代からの通町商店街に、昭和3年(1928)アーケードが設置された。然しながら空襲により商店街諸共失われ、昭和26年(1951)北側の本通商店街、昭和31(1956)南側の本通船町商店街にアーケードが設置され、延長440mの現在の形となった。その他、本通船町商店街から西に延びるJOYふなまち(船町宝船会商店街)、天満屋百貨店の東を南北に延びる元町通りがある。(本通・船町は2016年撤去)













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大覚寺門前六道

2023-10-06 00:00:00 | 街道・宿場町
(京都市右京区嵯峨大覚寺門前六道町)
 大覚寺南西方向の光景。





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広島県歴史博物館

2023-10-05 00:00:00 | 学びのやかた

(広島県福山市西町 2013年7月25日)
 平成元年(1989)福山城三の丸跡に開館した、SRC造2階地下1階、延床面積8,941㎡7の博物館である。鎌倉時代から芦田川の氾濫が起こった寛文十三年(1673)まで存在した都市、草戸千軒町に関する展示が主体となっている。

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鳥居本北代

2023-10-04 00:00:00 | 漂い紀行
(京都市右京区嵯峨鳥居本北代町)
 京野菜が栽培されているこの辺り。
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旧安部和助別荘

2023-10-03 00:00:00 | 木のたてもの

(広島県福山市丸之内 国登録有形文化財 2013年7月25日)
 昭和10年(1935)福山城二の丸米蔵跡に築造された、海産物商実業家安部和助(あんべわすけ)の別荘である。敷地面積は7,400㎡であり、和館、洋館、茶室、池泉回遊式庭園を配する。戦後、福山通運創業者所有を経て、福山市に寄贈された。その後は結婚式場、迎賓館、会議室、市史編纂室等に利用されている。

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将軍地蔵大菩薩

2023-10-02 00:00:00 | 石のまもり
(京都市右京区嵯峨鳥居本仙翁町)
 愛宕神社(旧白雲寺)に至る愛宕街道沿いに佇む石仏である。風葬の地であった化野(あだしの)において、衆生の六道輪廻を救う六地蔵と、道祖神が習合したものをこの地方では将軍(勝軍)地蔵と呼ぶ。また、明治維新時の神仏判然令以前の愛宕神社本地仏は将軍地蔵とされていた。
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