ミクロもマクロも

心理カウンセラーが気ままに書き続ける当たり前

嫉妬のほむらは・・・

2008-12-19 07:40:27 | Weblog

あんたはうるさい、迷惑。・・・中国語レッスン終了後の忘年会で言われました。
ああ、ここにも自分を嫌いな人が。自分を嫌う人が多い世の中です。
世界中で一番大事な人は、自分自身のはずなのに、個人攻撃をする人は自分を
貶めている事に気付きません。不覚にも涙が出てきました。ああ、どうして
満座の席でこういう事が言えるのかしら?って。悲しいのです。やりきれない
のです。要するに目立つってことなのでしょう。目障りよ、あんたは!って。
しかも、はるかに年長の人に言う言葉とは思えない言い方でした。

いつも最前列で授業を受けます。学ぶ時の鉄則です。
疑問はぶつけます、挙手をして。そんなことは関係ない彼女にとっての私。
個人的に親しげに見える老師(先生)と私がイヤ!なだけ。行動は起こさない、
けれども他者の積極的行動は気に入らない。あ~~~あ。
もう、辞めたくなりました。誰かを不愉快な思いにさせてまで、その場所にいる
必要はないのですから。たとえ、私がその場所で無言を通したとしても、ね。
存在が不愉快なのですから。・・・・・・そして、その感情は嫉妬から発生。
これはかなり厄介なものです。
人と比較する人は、嫉妬に身もだえする人生を送ります。苦しみます。
大人は厄介です。それを決して認めようとしません、全ては他者が自分に仕掛け
る結果、苦しむ自分は被害者。こういう思考回路を取りますから。

ああ、そういえば、前回の彼女の中国語発表の内容が、
「このクラスは、唯一慰められ、癒される所で時間なのです・・・・」
だったわね。そこに、なぬ~?この貴重な時間をあんたが潰してるのよ!エエッ
どうしてくれるのよ!だったのかもね~~~~。対不起=ごめんなさい・・・・

ここでの授業は引き上げ時かもしれません。出不精女が電車、しかも乗り換えて
迄通うところに無理があったってことなのかも。人ごみ大嫌いな女が。
楽しくない時間は過ごしたくないから。
そんな女のためにスゴスゴ退却?・・・う~ん、
まあね、負け犬みたい?そんな程度のお勉強だったの?無視すればいいじゃない!
おなたも少し見直して授業を受けてみたら?エトセトラ・エトセトラ。
でも、私は楽しみを見つける名(迷)人ですから、楽しみは他にも一杯抱えてい
ます。中国語の先生を探してみるのも、また楽しいかも。嬉しい楽しい事を!で
すから、私がいる事が人のストレスになるなんて、考えただけでもゾーッ。もち
ろん私のストレスでもあるわね。
そんな所へわが身を置くなんて、耐えられない。今の私は何もかも楽しむために
生きているって言っても過言じゃないのです。それに反する事はしないのよ。
私が心地いいか否かが大事。中国語のお勉強を辞める?いいえ。他言語を増やす
事はあっても、辞める事はしない、そんな気はこれっぽちもないわ。

土曜日の英会話レッスンで知り合った中国人若者とお友達になりましょう。
付立超(fu lichao)君と。同じ言語は複数の人とって、前に言われた事があった
わね。感謝、私の前に現れた新しい友人に。

けれども3月迄、私はクラス世話人ですから、職務(?)は完遂しましょう。って
言っても普段は何もありません。3月の今期最後の三者懇談会が控えているだけです。
それは、老師のお顔を立てる意味でも出席しなければいけません。立つ鳥後を濁さ
ずですね。
 
そういえば、「レイコサン、彼女は嫉妬してるのよ」ってことが以前にも1回あっ
たわねぇ、それも外国語クラスで。こちらはずっと年長の方が、猛烈なやきもちを
焼いて、「あんた、なんでこのクラスへ来るのよ!」って。
もうもう、恐ろしい。その方の紹介で入ったスペイン語クラスでした。タイ旅行も
ご一緒したり、お宅へ伺ったり。深いお付き合いではありませんが、その背の君と
およそ女たちが興味を持たないような話で盛り上がったその後から、そこでも先生
と仲良くなった私に、公私でやきもちの焔(ほむら)をメラメラと燃やし、矛先を
私に向けたのです。あ~あ

そういう時に、「ワタシノコト シッテマスカ?スペインゴオシエマス」って、
ミリャムサンが現れて。
そして、もっとスキルアップしたいって思う私に、ベアチャンが。
不思議とそういう出会いが生まれるのです。もちろん私の行動が引き寄せている結
果の出会いです。そしてその縁はいつも私を幸せにしてくれました。

ウソも方便で、いくらでも架空の話を作ればいいのです。人を傷つけないために。
ですから、私は別の道を探すつもりでいます。道は1本しかないのではありません
から、無数の道から私の歩くそれを探せばいいだけの話です。

老師は、ダメだよ!っておっしゃって下さいましたが、その言葉はありがたくいた
だいて、さあて、英会話会場で明日又会える筈のリチャオ君に、中国語で話し掛け
ましょうか。「迩好!」って。
メチャックチャであっても遣います、習っている国の言葉を。
お勉強のためのお勉強なんてしません。言ってなんぼ?の言葉たちです。机上の
理屈はちょっと棚の上に置きましょう。

それの実践がこの度通うことにした英会話倶楽部です。教科書も何もありません。
人がいる・・・つなぐものは?・・・お互いが発する言葉!
なんて当たり前な事をする場所でしょう。頼る文字は存在しません。耳と口だけが
頼りです。脳みそのどこかへ置き忘れていた英単語をかき集めます。使い物になら
ない原型をとどめていないようなそれらを引っ張り出して、そこの人たちとつなが
ります。ごくごく当たり前な会話が、途切れがちになったりしながらも、続きます。
「○○へ行ったのです」「そこはどこにあるの?何のため?」「紅葉狩りです」
「どんな感じだった?」「きれいでしたよ、一番いい時だったと思います」etc.
「ン?紅葉狩り?紅葉って?」"Look ・・・あれ?」「Lookじゃなくwatchじゃな
 い?」「紅葉は red leaves」なんて、日本語もジャンジャン入るレベルです。
そこには、厳しくチェックなんてありません。
"Please teach us its meaning."って、リーダーって立場の方(女性)にお聞き
すれば、いくらでも応えて下さいます。必要ならノートに書き取って。

シノハラサンは、今回はパスだそうで、一人で出掛けます。暮れは忙しくてって。
必要に迫られていない私達は、楽しむ事が大事なのですから、楽しいことをしま
しょうです。すべて、自己内処理です。選択も拒否も継続も何もかも。
楽しくない所からは逃げて、楽しい所へわが身を置いたらいいのです。
誰が人生は修行の場だなんて言ったの?バカらしい!自分がいとおしければ、楽し
い事を、場所を求めるんじゃない?でも、楽しい=ラクじゃないわ。ここを履き違
えてはいけないって思います。目的のための行動は、シンドイこともあるけれど、
目的って明るい希望でしょう?そこへ向かう途中のシンドサは、苦痛じゃないわね。
でも、それを邪魔するものがいたら避けるのは賢明なことだと思うの。人の楽しみ
に、無断で介入する人や事からは逃げるのです。逃げられる立場にいる事を感謝し
て、違う道を歩くだけの事です。

今年最後のスペイン語レッスンは、カセットテープから流れる会話を聞き取る事
でした。手元にはその会話が書かれた印刷物はありません。ベアちゃんの手元へ
没収されてましたから。
"Que bien Reiko!"=レイコ、すごいじゃない!って。なぜか聞き取れた会話。
お褒めの言葉を戴いた授業でした。相変わらずの日本語禁止授業。9回のそれは、
少しずつ私に染み込んでいるようです。Gracias profesora Beatoris!

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