後方にあるテレビから、いつまでも鳴り止まない拍手音。クラシック演奏をやってたのは、あたくしが選んだチャンネルだから知ってるけれど、いつまでも拍手。
今は、チェリストの演奏。浅学で詳しい事は何もわからないあたくしだけど、心地よい音楽はいいものよ。チェロの音はうるさくなくていい。
夕べ、1時間遅れの飛行機で帰省した馬専科。
グラスを傾けながら、お馬さんの話。牧場に野生の鹿が入り込んで、1頭の牝馬の脇腹を角で刺して、その馬は手当ての甲斐なく死んじゃったなんて。
馬の傍にいる鹿を写した写真、「まさしく馬鹿だわね(笑」。
今朝、ご飯を食べながら、
「ほら、調査捕鯨のあの、この季節の風物詩」(言うじゃない!)
「SSシーシェパードのあれ?」
「ウン、鯨余ってるらしいよ貯蔵庫で」
「でも、市場に放出するほどの量じゃないでしょ?だけど、アングロサクソンの傲慢さは、なんなの、って思うのよ。食は文化よ。自分たちが食べないから、残酷だから辞めろだなんてね~」
「イスラムやヒンズー教徒が、牛の出産からまで映像をして流して、こんな可哀想な事をいいのですかってのは?」
「そう、そう。牛は食べない、豚は食べないって、彼等がね。でも、そういう彼等も平気で羊を殺して食べる。食べるために自分チで飼ってる。だから、自分がしないからって非難しちゃいけないのよね」
「そうだよ」
人はみな、傲慢さを抱えて生きています。
恐らく自覚する事もなくね。でも、馬専科にいみじくも言われちゃいました。
「俺たちはあなたのことを知ってるからなんてことないけど、ハナにつくよ、人によっては」
「うん、そうかもしれない。なんせウチってみんな自信満々だもんね~」
「うん」
事もなげに言ってくれるじゃありませんか。
でも、そうかも知れないって認める自分にちょっと安心。
ある人のことを言ってたのです。
「あのさあ、人って間違いを犯すものだし、不本意でも耳を傾けなくちゃならない事ってあるじゃない?う~ん、でも、ハイよね。それを間髪要れず
違う!って、相手の言を否定するって、立場もあるじゃない?それをするって、ああ、言ってる自分を嫌ってるんだって思っちゃうのよねぇ」
「ガードするんだよ」
「なんで?なんで相手を否定するの?それが本当のガード?何を何から守るの?あのさあ、誰かを否定するって、自信がないからじゃない?本当に自分に自信があって、もっと成長したいって、いい生き方をしたいって思えば、もしかしたら間違ってるのかも知れないって、瞬時に思えば、人が何かを注意する時は、問題提起されたって思わなきゃね。つくづく自分を愛してない、嫌ってる人が多いって思う日々よ」
人の評価は、否定しても意味のない事と思っています。
その人にはそう見えるのですから、幾ら否定しても意味のない事です。
「ああ、そう見える、そう感じてるのだ」って認識することが大事だって。
そうじゃありませんか?
様々な角度から、物事は見えますし、長所=短所でもあるわけですから、その評価を自分がどう認識するかだけのことです。
昔、ほとんどお付き合いのないご近所さん(同世代)に、ヒョンな事であたくしが編物をお教えすることになって、ウチへ通ってらっしゃいました。ある時、
「ああ、あなたってこういう人なのね。今度友達と会った時、違うわよって言わなきゃ」
って、おっしゃるのです。
「いいのよ、何も言わなくても。だって、それぞれが感じる考えることを、なんで否定するの?意味ないじゃない、その人にはそう見えるって事なんだから。それに、私はその人たちを知らないし」
「でも・・」
「あっそう、じゃあね、口座お教えするから、悪口1万円、褒める場合でも、5千円振り込んで、思いっきり肴にするのがいいわ。ああ、そうねぇ、褒めるってことはないから、1万円のみ受け付けますって」(爆笑!)。
「あなた、お幾つ?」
「どうぞ、お好きな年令で」
って言います。う~ん、それも面倒臭くなって、
「500才です」(二ヤッ)
って言う事に。馬鹿にして!って思う?それもご自由に!笑ってしまう?
それは脈有り。
時々、自分に問いかけをします。
反省はしません。
自分を認めて、初めて他者を認められるのです。ですから、腹を立てないように心がけるだけの事です。何を反省するの?
自分に真正面から、目をそらさずに向き合えるようになれば、反省する事などないのです。
自分の上に他者を置かず、人によって心を波立たせるようなら、それはまだ自分と出会ってないのです。他者を自分の上に置き、頭を押さえつけられてる状況状態を自分で作ってる、誰かの下に従属してる惨めな自分をこしらえてる。そんな自分に失礼な事はしません。してはいけないのよ。
う~ん、ハナにつく?
ありだわね~。でもそれで引いたりしません。びくついたりもしません。
他者の評価にビビるようなら、自己の確立はまだなされてないって事よ。
正直なところ、
「何とでも言ってください、思ってください、ただ私は私の内なる声に耳を傾けて、真っ直ぐ歩くだけのことです。縁があれば、ご一緒しましょう。なければ、それぞれの信じる道を歩きましょう。ほんと、ただそれだけの事です」
なのです。
テレビは消して、先ほどからラテンミュージックCDを聞くともなく聞いています。陽気な曲でも何か悲しげな中南米の音楽です。
今夜は久々に馬専科と囲む鍋・・・・・アッ彼は嫌いだったんだっけ。
では、4時間は煮込むビーフシチューでも仕込みましょうか。ブラウンソースも作ってある事だし。 じゃ、またね。