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ユッコ姉の日記

日々思うことをタリラリラン♪っと・・・。

まあ、イロイロと・・・って

2014年08月04日 16時30分15秒 | 私の病気・・・
え~、結構長い間更新をサボっていたので、書く事がいっぱい溜まってたりします・・・

健康保険証が先月の中頃になってやっと手に入りまして、アチコチ行ってきました。病院・・・

まず一番に行ったのは、やっぱり近所の個人病院へ胃痛を見てもらいにー
「アイタタ・・・」とお腹をおさえながら行った病院。
案の定、医師に言われた一言。
医「kokiyuさん、やっぱりカメラ行きましょっか。
いや、そんな嬉しそうな顔して言われてもねえ~・・・
取り合えず、その日は薬を貰って、カメラを飲む日を決めて帰りました。
ああ~、ホントーにこの胃潰瘍の薬はよく効くのよお~。
あれほど痛かった胃が、あっと言う間に楽になった。
カメラを飲むのは嫌だけど、まあ仕方ないよね・・・

次に総合病院に心臓の方を見てもらいに行かなくてはならなかったんだけど、
私の担当医の外来診療の日は月曜日のみだった。
次の月曜日は祭日だったから、結局行ったのは28日の月曜日になった。
しっかし、これが大変だったわあ~・・・
通常でも月曜日の病院は混む。
そして私ん担当医師は、診察が遅い。
更に私は予約なし。
朝9時に総合病院の循環器科の受付に行った私。
私が診察してもらえたのは、午後4時半・・・
はい、7時間半の間、私、病院の待合室で待ってました・・・
予約ナシだから、いつ呼ばれるか分からない。だから待合室を離れられない。
だから、トイレに行く時も、ご飯を食べに行く時も、いちいち看護師さんにヒトコト言ってから行く。
もう、お尻が痛い。なんてモノじゃないわ。
長い時間ズット座っていたから、エコノミークラス症候群になるんじゃないか?とさえ思ったわ。
つくづく、施設で1日中車椅子に座っているお年寄りの辛さが分かった気がする・・・
あのお婆さん、よく「イタイ、イタイ」って言ってたけど、もっと優しくしてあげれば良かったなあ~
な~んて事を考えていました。
そんな長~い待ち時間の後、やっと回ってきた私の番。
もういちいち説明するのもめんどくさかった私は、予め家で自分の言いたい事を書いた紙を持ってきていた。
現在の私の体の状態。10年前の脳腫瘍手術のこと。その後の医師の対応。それからの苦労。
その他、イロイロ書いた物を医師に渡しました。
医師は、暫くその長々とした手紙を読んでいましたが、最後に
医「分かりました。」
と言うことで、アッサリものの10分で私の診察は終わり。
とりあえず、暫くは様子見ーという事で・・・

さて、総合病院に行くまで日にちのあった私は、ハロワに行きました。
ま、一番最初なので、手続きだけで済みました。
これからは、チョコチョコ ハロワに行く事になると思います。


✩ 毎日ダラダラ家で過ごしているんだけど・・・
  ナゼか、何かと用事のある私です。

ついに諦めた・・・って

2014年08月03日 16時21分51秒 | 私の病気・・・
先日、眼科へ行ってきました。
昨年の夏辺りから、急に細かい文字が読みにくくなってきた。
ヤバイなあ~と思いながらも、誤魔化しながら何とかやってきたんだけど・・・
ダメだ。。。
もう、新聞や本の文字どころか、シャンプーや食品などの、裏側に書いてある説明や材料名が読めない・・・

顔から少し離して文字を読もうと顔をしかめている自分に気がついた時、
これはもう、ダメだなあ~~
と、諦めた。

翌日、眼科へ行って視力を調べてもらった。
遠くは、1.2と1.0で、バッチリ見えている。
でも・・・近くは 0.2と0.3だった・・・・・

処方箋を書いてもらって、私は近くのメガネ屋さんへ直行ー

さて、メガネ屋さんに着いたのは良いものの、メガネの事はサッパリ分からない私。
だって、今までメガネなんて掛けたことなかったんだもの・・・

お店のお兄さんがやってきてイロイロ説明してくれた。
まあ、簡単に言えば、フレームを選べば、その中に私に合ったレンズを入れてくれると。

で、お店にズラア~~~~~~~~~~~と並んだメガネのフレームを見ていった。
でも、どんなのが自分に似合うのか分からない。
いくつか掛けてみたんだけど、
女性用のフレームの細いメガネは、なんだか一段と老けて見える気がする・・・
比較的、フレームが太いほうが似合うかも?
30分以上、あーでもないこーでもないと、沢山のメガネを掛けてみて、
ようやく”これかな?”と選んでお兄さんの方へ持っていったんだけど・・・

店「ああ、これは男性用ですね。それにお客様には大きすぎますから、他のを探してください。」

どうやらフレームには大きさ(幅?)を表示する数字も書かれていた。
それならそうと、もっと早く教えてよ!
と、ちょっとふくれる私。
私の頭は小さい。
帽子なんかを買おうと思うと、子供用のサイズになってしまう・・・
当然、メガネも結構幅の小さい物になってしまうのだ。

それから更に30分。迷いに迷っていた私。
もうどれが良いのかサッパリわからなくなっていた・・・(@@)

ちょうどその時、お店に知り合いが入ってきた。
以前、介護関係の研修に行った時、知り合った子だった。
偶然とは言え、久しぶりに会ったことにお互い喜んだあと、私は彼女の方を捕まえて言った。

「お願い!私のメガネ選んで!!」

彼女は余りの私の必死さに目を白黒させていたが、笑いながら一緒にフレームを見て回ってくれた。
そして、幾つかのメガネを私に掛けさせたあと、

「うん、コレが良いんじゃない?」

彼女が選んでくれたのは、私が ”コレどうだろう?”と迷っていた物と同じ物だった。
私は、彼女の一言で、

「わかった。コレにする!」

そういって、スグにお店のお兄さんの元へそのフレームを持っていった。
これ以上他の物を見てたら、もう決められない。って思ったからー

彼女とはその場で「じゃあ元気でね~」と別れた。
1週間後、私のメガネが出来たと連絡があった。

只今、私はメガネ(老眼鏡)を掛けて、この記事を書いています・・・。


PS・とってもよく見えるんだけど、やたらと文字が大きく見える・・・

救急車に乗りました・・・(2)

2014年05月27日 12時44分53秒 | 私の病気・・・
さて、救急車で病院に行って、症状も収まった頃にやっと主人とも会えた私。

救急から循環器科にかかる手配をしてもらって主人と一緒に行きました。
でも外来扱いだから、私の診察まで点滴をつけたまま軽く1時間は待たされた。
もともと、いつも凄く混んでる病院だから、1時間待ちくらいで見てもらえたのは、まだマシなほう・・
そしてやっと私の病名が分かりました。

医 「この心電図を見ると、やはり発作性上室性頻脈症 ですね。」

以前近くの個人病院で見てもらった時に「これかもしれない。」と言われた病名。その時の記事

やっぱり心臓の病気だったか・・・
と、溜息をついた私。薄々感じてはいたが、まだホンのチョッピリ”もしかしたら更年期とかかも・・”と言う期待もあったんだけどな・・・
でもま、この病気で死ぬ事はないそうです。
ただ、発作が起きる度にそれが治まるまで苦しむと言うー
そして発作は、年齢と共に回数が増えていく可能性がある。との事。

医「恐らく間違いないと思いますが、念の為、他に問題はないか検査しましょう。」
との事で、それから、血液検査と、心臓エコーの検査をしました。
検査が終わった時点で、時計は既に11時を指していました。

さて、検査結果が出るまで1時間は掛かると言われた私。
検査結果を見た上で、もう一度医者に診断結果と今後の治療法の話を聞かなくてはならない。
この時点で、私の脈は、もうスッカリ通常に戻っていたし、普通に動けたので、主人には帰ってもらいました。
(主人も仕事がありましたからー

それから診察に呼ばれるのを、待合室の硬~い椅子にウンザリしながら待つ事3時間・・・
午後2時になって、ようやく私の診察の番が回ってきた。

結果、やはり 発作性上室性頻脈症 との事。
どんな病気かというと、簡単に言えば、心臓には心臓を動かす連絡を入れてる回路があって、
何かをキッカケにその回路が一部でループ状態になり、延々心臓を動かすハメになる。らしいー
そして今後の治療方針としては、3つの方法があると言われた。

①予防法 ー 発作を起こさない薬を毎日一生飲み続ける。
②対処法 ー 発作が起きた時に、発作を収める薬をその都度飲む。
③完治法 ー カテーテルによる ”アブレーション”と言う手術を行う(約1週間ほどの入院が必要)

医師は③を推していた。
まず、私の年齢が40代でまだ若いこととと、
この病院はカテーテルの治療をよくやっているので経験値が高いから9割は大丈夫だ。とー

自信満々に病院の前例が沢山ある話をしてくれた。
でも私は、それを素直に聞くことが出来ない。
だって、この病院、10年前私が脳腫瘍の手術を受けた病院だったから・・・

10年前のあの時も、髄膜腫は比較的多くある病気で手術も沢山していると言っていた。
モチロンその時に、術後のいろいろな可能性も聞かされていたけれどー
確かに、良性の腫瘍だったから命に関わる手術ではなかったけど、
手術後、腫瘍が出来てた場所が難しい所で、更に腫瘍が神経を巻き込んでいた為にその神経を切りました。
と言う説明で、私の頭部左半分の感覚は失われた・・・
命は確かに大丈夫だったけれど、後遺症はしっかり残ったのよ。
術後の、あの苦しんだ日々と、今でも残る心の片隅の痛みは一生消えないー

それに、カテーテルは自信があるような事を言っていたが、
2年前、私の知り合いが、同じ病院でカテーテル治療をしたあと、退院後もずっと具合が悪いと言っていて、
ある日イキナリ倒れて緊急入院になった事を私は知っている。
カテーテル治療の場合、当然手術前に一筆書かされるワケで、彼女は病院に何も文句を言えなかった。

確かに、100%安全にはならないのは分かる。その時によって、失敗もある場合も理解できる。
でも、その体験をした私にとって、その病院の医師に、どれだけ「ほぼ大丈夫。」と言われても、
素直に信用できる訳が無い。

今回の私の治療の ”アブレーション”と言う治療は、
首元から1本、太腿の足の付け根から3本の、計4本のカテーテルを心臓まで入れて、ループする回路を焼き切る。
と言うもの。
問題点があるとしたら、
 A・カテーテルによるによって血管や筋肉を傷つけてしまう場合。
 B・ループ回路が手術した場所だけでなく、実は他にもあって、術後に発作がまた起きる場合。
 C・カテーテルで焼き切る場所を間違えて、必要な回路を焼き切ってしまうと心臓が動かなくなるので、ペースメーカーを付ける事になる場合。
他にも細かいことはあるけれど、大きく分けてこの3つ。

どれも嫌だけれど、一番避けたいのは、やっぱりC番。
それを、簡単に、”なんてことない”と言う軽い雰囲気で話す医者。
重い雰囲気で患者の気持ちを落とさない為ー とも思えるけれど、
どーにも私には、この病院の医師たちは、

 ”命さえ助かれば、問題ないでしょ。”

と考えているように思えてならない。

確かに、医者の仕事は患者の命を救うこと。
でも、だからって、後遺症が残って良い。というワケではないよ。
命を救った上で、その後の生活に支障がないようにして欲しいーと思うのは、
患者側のワガママか?

現状として、私の発作の頻度が増えてきているのは確かだ。
初めて発作が起きた頃、半年に1回あるかないかだったのに、最近は、
昨年の9月。次が今年の2月。そして今回5月。と、少しずつ発作の起きる間隔が縮んで来ている。
それでもやっぱり、私はもう少し様子を見たい。この病気で命を落とさないのなら尚更。

とりあえず、③のカテーテルによる治療は暫く保留にして、②のお薬を出してもらった。

その後、病院の会計でまた待たされ、薬を貰うのにまた待たされ、やっと病院を出たのは、午後3時過ぎ。
それからタクシーで職場に戻り(救急車で病院に行ったから私の車は職場に置いたままー)、
所長や心配してくれていたスタッフに状況を報告して、
やっと自宅に戻った時には午後4時を過ぎていた・・・・
夜勤明けの朝5時頃に発作が起きてからこの時間まで、
寝てないし、殆ど食べていなかった私は、もうヘロヘロでしたあ~・・・(@@)

こうして、生まれて初めて救急車に乗った、私の一日は終了しました。
ホントーに疲れた一日だったわあ~。
タクシーの運ちゃんとも話していたけれど、本当にあの病院に行くと、返って具合が悪くなる。
あの長~い待ち時間は何とかして欲しい!
病気の治療をしてもらいに行ってるはずなのに、薄暗い空気のどんよりした待合室で延々待たされている間に、余計に具合が悪くなるわ!
いつも混んでる病院だから仕方ないけど、
せめて待合室の椅子、長時間座っていても疲れない椅子に変えてくれ~!

救急車に乗りました・・・(1)

2014年05月26日 21時55分02秒 | 私の病気・・・
その日の私は、夜勤明けの朝でした。
そろそろ利用者さんたちも目を覚まし始める時間。朝ごはんの用意をしようと、キッチンに向かった私。
その時、ドクン!と来た!
あ、ヤバイ!と思った時には、既に私の心音が一気に騒ぎ出した。
今までにも数回このブログにも書いているけれど、
そう、私の発作、頻脈が始まってしまった・・・

よりにも寄って、これから忙しくなる時間に・・・
脈拍を測ったら、236・・・
苦しい胸元を抑え、溜息を付きながらも、私は所長に電話しました。

実は、仕事を辞めたいと言う話をした時に、所長に言ったんです。
 発作が起きた時に心電図を取らないと病名が分からないこと。でも実際、仕事していたらその時に病院に行けない事。
 だから、今度発作が起きた時には、救急車を呼んででも病名をハッキリさせたい。
 一番怖いのは、もし夜勤の時に発作が起きたら、その事に気づいてくれる人がいない事。
 私が意識を失って倒れていても、誰も気がついて貰えないかもしれない事。だから仕事を辞めたい。」と、
その時所長は言いました。
「夜勤時でもいつでもいいから、自分に連絡してくれればスグに代わりに出る。」と。

で、その約束通り、所長を朝の5時から呼び出しましたよ~。
それでも所長が来るまで30分くらいかかりました。
その間私は、夜勤の仕事が全く初めての所長が少しでも困らないようにと、
バクバクする心臓を抑えつつ。朝ごはんの用意をキッチンでしていました。

所長が来て、朝の仕事を出来るだけ説明して、それから救急車を呼びました。
救急車が来て、救急隊員さんが「患者さんは?」と聞かれ、「はい、私です!」と手を挙げた私を見て、
「え?あなたですか?」と驚いた顔をしていたのは、ちょっと笑えました。
老人施設なので、今までにも何回かウチの職場に救急車を呼ぶ事があったのですが、
まあ当然その都度運ばれるのは高齢の方でしたので、まさか職員の方だとは思っていなかったのかも?
しかも、見た目は怪我もなさそうだったし・・・

この救急車を呼ぶ。と言うのは、以前会社の健康診断に来たお医者さんに相談した時に言われたんです。
医「とにかく、その頻脈が命に関わるモノなのか放置しておいて良いモノなのかを知らなければいけない。」
私「でも、いつ起こるか分からないし、そんなタイミング良く病院に行ける時に発作が起きてくれません。」
医「その時は救急車を読んででも病名を知るべきだ。」
私「え!でもそんな理由で救急車を呼んでも良いんですか?」
医「私は良いと思う。」

と言うわけで、今回救急車をお願いすることになったのです。
発作が起きてから既に40分以上経っていたので、私の頻脈も流石に200はもうきっていて、この頃には180くらいにはなっていましたが、
まだ完全に収まってはいませんでした。
今までの経験からタイムリミットは90分。その間に心電図を撮ってもらわないと病名が分からない。
救急車に乗せられて、某総合病院へー

救急車の中でも、息苦しいまでも意識はハッキリしているし動くことも出来る私。
心電図をとってもらいながら、事情を説明。
救急病棟に運ばれて、救急医の方たちに、また事情を説明。
その時いた看護師さんに
私「こんな事情で救急車使ってしまってスミマセン・・・
と誤ると、
看「そんな事ないですよ。正解です。
と答えてくれて、
申し訳ないと言う気持ちでいっぱいだった私は、ホッとした事をよーく覚えています。
(看護師さん、ありがとうございました。

病院について暫くすると、私の脈拍は160まで下がったのですが、それでもそこからは全く下がらず。
救急車に乗ってスグに、主人に連絡を入れてもらっていて、主人が来てくれるハズだったのですが、
治療を進めるのに、家族の同意書が必要だったみたいですが、主人がちっとも来ない。連絡もつかない。
約1時間ほど私の様子を見ていたお医者さんが、私の意識がハッキリしている事もあり、
医「ご主人がまだ来ないのですが、薬を投与します。」との事。

それまで点滴を受けていた私に薬を投与。
この点滴、肘の内側からじゃなくて、手首の内側側面(皮の薄い部分)からされてるから、かなり痛かったんだけど、
薬を投与して数秒後に、なんだか頭の中をザワーと何かが流れたような感じがしたと思ったら、
アッという間に脈拍が下がっていったー
一気に80くらいまで下がりました。
気分が楽になった私は、近くにいた看護師さんに、
私「この薬すごーい!」と言ったら
看「楽になりました?」と笑っていた。

その後、ベットの場所を移動され、循環器科にかかるよう言われた頃、やっと主人がやって来た。
どうやら病院には着いていたものの、中で迷子になっていたらしい・・・
まあ大きな病院だから迷うのもわからなくはないけれど、これもし本当に命に関わるような状態だったら、
アナタ間に合わないわよ・・・


長くなったので、続きは次の記事に書きます。

また、頻脈が・・・って

2014年02月27日 10時03分32秒 | 私の病気・・・
今日、また私の”頻脈”が起きてしまいました。
え~と、前回の頻脈が確か9月だった。 その事が書いてある記事→『いろいろありまして・・・』

私はこの日遅番で、ちょうどお昼休憩を終わって午後の仕事に入ってスグだった。
洗濯物を畳んでいたら、イキナリ、”ドクン!” と来た!
あ、ヤバイな! と思ったけど、どうしようもない。
それから急いで職場にあった血圧計で計るけど、何回計ってもエラーになってしまう。
あまりに脈拍数がありすぎて、血圧計が読み取れないらしいー
仕方ないから、事務所の所長に頼んで、サチュレーション(SpO2)を借りて計ってみた。
私の脈拍数、226 ・・・・・
さて、それからは今までと同じ。
息が苦しくなって、喉元が締め付けられるような痛み。
体は動かせるんだけど、ちょっと動くだけでスグに脈拍が跳ね上がり、息が出来ない!

所長が「大丈夫なの?横になってた方がいいんじゃない?」と言ってきたけど、断った。
今までも、横になっていても楽になる事はなかった。
いつも1時間半くらいで治まる。それまでは、とにかくジッとして治まるのを待つしかないのだ。
幸い、今日は昼の勤務者が私を含めて3人いた。
仕事を二人に頼んで、私はフロアーの片隅の椅子にすわり、ハアハアと息をついていた。
今回は、今までよりチョット長かった。治まるまで2時間半かかった。

ようやく脈拍数が120まで下がって、体も楽になった。
事務所に行って所長にサチュレーションを返しに行ったら、所長が言った。

所 「kokiyuさん、大丈夫なの?」
私 「はい、もう120くらいまで治まりました。
所 「明日にでも、もう一度医者に行ってきた方が良いんじゃない?」
私 「でも、発作が起きている時の心電図がないと原因が分からないので、明日行っても意味がないと思いますが?」
所 「でも、何か薬とか出してもらえないの? 
   そんな風に発作が起きる度に休憩したりしてたら仕事に支障が出るでしょ。
私 「・・・。

あのさあ~、たぶん、悪気はないんだとは思うよ。でもさ、何よりもまず ”仕事”なんだね。
私の体の為の薬ではなくて、”仕事に支障をきたさない為の 薬”ですか?
そう思うのなら、つい2時間半前に私に発作が起きたとき、早退させてくれたらいいじゃない!
そしたらスグに病院に行って心電図撮ってもらって、原因がハッキリするわよ!
そしたら、薬だって出るでしょうよ!
だいたい、今日は事務所にも2人も人がいるんだし、私が一人抜けても事務所の人間が手伝ってくれれば、なんとかなるでしょ?
私の脈拍が200を超えても、絶対に「帰ったら」とは言わないで、今になってそ~ゆーコト言う?
それに、”仕事に支障”って、別に頻繁にあるわけじゃない。数ヶ月に1回。それも2~3時間くらいのコトだよ?
オシメが入院した時といい、今回といい、所長!いくら何でも、ちょっと酷くないですか?

ああ、こんな事言われるなら、発作が起きた時に、スグに「帰ります」って言えば良かった。
なんで私、仕事をサボれないんだろう?
なんで私、”仕事しなきゃ”って思っちゃうんだろう?
ついこの前、後悔したばっかりなのにい~

結局、最後まで仕事して帰った私です。19:30

ああ、私やっぱりこの職場辞めようかしら?
もう少し、スタッフを大事にしてくれないだろうか?
なんだか、このままここに勤めてたら、いずれ私、エライ目に合うんじゃないだろうか?


✩ 19時頃、所長が「お疲れ様~」と帰っていった。その時に、
   所 「kokiyuさん、もう大丈夫なの?」と聞いてきた。
   私 「はい。もう治まりました。」
  所長、前回のオシメの入院の時も、3日ほど経ってから、「kokiyuさん、娘さん大丈夫なの?」と聞いてきたね。
  所長も、自分の言った事が後から気になってるのかもしれないけど、やっぱり遅いよ・・・。

歯医者に行ってきました・・・

2014年01月20日 14時17分54秒 | 私の病気・・・
今日、歯医者に行ってきました。
実は一昨日、新しく購入した電動歯ブラシを使ったら、前歯の一部が欠けてしまったんです。
元々、今までにも何回か欠けて、その度に補修してもらっていた歯でしたので、
今回は、たまたままた欠けかけていたのか、それとも、新しい電動歯ブラシのせいかは、分かりませんが・・・

ここ数年、ず~~~~~~っとサボって歯医者に行ってなかった私。
今まで行っていた歯医者は、歯科医もアシスタントも態度悪くて、あまり行きたくない。
だいたい、そのせいで、すっかり歯医者から遠ざかってしまったのよね!

と言うことで、さて、何処の歯医者に行こうか考えました。
私の場合、口の中も左半分は全く感覚がないので、新しい歯科医へ行こうと思うと、
私の状態を一から説明しなくてはならないので、何かとめんどくさいのです・・・
フト思い出したのは、以前職場の同僚から聞いた歯医者の事。
調べてみたら、うん、ウチからそんなに遠くないし、一回行ってみよう♪
さっそくその歯医者に電話をして、スグに予約。
20分後には、もう私は歯科の受付にいました。

私はどこか病院にかかる時には、いつも紙を一枚持っていきます。
それには、私の手術後の状態と後遺症による現在の状態が書いてあります。(普段からPCの中に保存してある)
どこか一箇所だけに後遺症があるわけではないので、いちいち口で説明するのはメンドくさいのです。
だから、いつも予めこういった用紙を一枚作って、それを医師に渡します。

さて、初めて行った歯科医は、ごくごくフツーの歯科医院でした。
それほど新しくもなく古くもなく。

初めてと言うことで、アシスタントが口腔内をチェックしていきます。
以前、ホンの少しの間でしたが、歯科助手のお仕事もしていた私。
周りの設備や、アシスタントの対応など、結構気になります。

うん。アシスタントの対応は合格。
設備も、まあ、この位の歯科医院なら普通レベル。
清掃もだいたい出来てる。
ただ、1つ気になったのは、襟元にかけてくれたエプロン。
布製? 最近は紙のようなもので使い捨てを使用している医院が多い中、今どき布?
まあ、布でもイイんだけどさ、ただ、もっと綺麗な物にしてくれないかなあ~
たぶんもう洗濯しても落ちないんだろうけど、シミや汚れ?らしき物が付いてるんですけど・・・

さて、アシスタントのチェックも終わり、レントゲンも終わって、いよいよ先生に見てもらう。
う~ん、年齢は私より少し上くらいかなあ~?
ハキハキものを喋る男の先生。結構、キツイ感じ。
とりあえず、簡単に欠けた前歯を埋めてもらって、今後の治療方針を話してくれた。
のだけど・・・
私、いっぱい叱られてしまいました・・・

まず、歯医者にも関わらず、もうずっと脳神経外科に検診に言ってないことを注意され、
心臓にも問題あるかもしれないのに、放ったらかしなことも注意され、
それから、何年も歯医者に行ってなかった事を注意され、
歯石が付いてることも注意され、
右側だけでものを噛むことを注意された。
私がひとつひとつ言い返すも、ことごとく言い返される。

脳神経外科に行っても何もしてくれない事。行くたびに気分が落ち込むこと。などを訴えると、
「もう手術して10年にもなるし、大きな総合病院だから、脳神経外科に行ってないのはまだ仕方ない。
 でも、近くの個人病院で良いから、主治医を作って、定期的に検査をして貰う事!」
何年も歯科医に行ってなかったのは私が悪い。と言うと、
「そうですね。だから、こんなにも歯石が溜まってしまっている。歯石が溜まると、こんな風に歯が欠けやすくなる。
 歯肉炎もあるので、これからはキチンと通いなさい!」
口腔内の左に食べ物を入れると、口の中で消えてしまい、その為、今まで何回も内側の肉を噛み切って来たこと。
だから左側で物は噛めない。と言うと、
「だからと言って、右側だけでは生きていけない!これから年を取っていく中で、どんどん歯は衰えていく。
 今のままでは、いずれ右側もダメになって食べていけなくなる!
 噛めないなら、お粥でも良いから柔らかい物を食べなさい!噛むことがままならないなら、食べ物の方を変えなさい!」

いや~、マジですか・・・
正直、”なんなのよ、この歯科医!私の状態なんて、アンタに何が分かんのよ!” なんて、ちょっとムッとした私ですがー
でも、案外良いかも?とも感じました。
手術後、何軒かの歯科医に行ったけれど、これほどイロイロ言われたのは初めてです。
それも口腔内以外の事まで・・・
ちゃんと、私の事を見てくれている気がしました。

ガンガンと怒られたこともですが、一番気に入ったのは、
キチンと私が初めに渡しておいた用紙を読んでいてくれた事。
結構多いんですよねえ~。
わざわざ予め受付で私の状態の紙を渡してあるのに、当の医師が全く読んでない事。
私の前に座って、「さて、どうされました?」から始まって、
治療途中に、私が「左半分は一切痛みも感じないので・・・」と説明して、初めてその事に気がつく医師って・・
それに比べて、この歯科医院は、歯科医師はモチロン、最初に入ったアシスタントもキチンと説明の用紙を読んでいて、
私が言う前に、ちゃんと理解してくれていた。その上で、あえて口に出さずに治療してくれる。

先生は怖いけど、暫く通ってみようー と思った私です。


✩ でも、ここの歯の治療、けっこう痛かった・・・ 次の診療が怖い・・・

✩ 叱られても行くなんて、私ってもしかしてМ?

弾発股(ダンパツコ)って・・・?

2012年06月09日 20時07分30秒 | 私の病気・・・
先日の夜勤の時、ふと気がついた。
うん?この、ポキン、ポキンって言う音は何

私が歩くと聞こえる。止まると音はしない。
怖る怖る暗い廊下を歩いてみる。廊下の床が軋む音に混じって聞こえるー

  ミシッ、ポキン。 ミシッ、ポキン。
え!この音、私の足から出てる!
 
よくよく聞いてみると、どうやら音は、私の左の腰から足の付け根にかけて聞こえてくる。
大きな音がハッキリと聞こえる。でも、痛みは全く感じないんですけど・・・

でも、それが逆に怖さを感じさせる。痛みがあるのなら、
”ああ、この辺りがどこか悪い所があるんだな。”と思えるのだけれど、
歩くたびに、ポキンポキンと、こんな大きな音がしてるのに、でもどこも痛くもないし、何ともない。
骨が当たっているような感じもないし、筋に引っかかってる感じもしないしー
”これって、どこかおかしいんじゃないの?”とー

とにかくこの事に気がついてから、自分が歩く度に音が気になって仕方がない。
静まり返った夜勤の時は、本当に音が大きく聞こえたけれど、昼間になると周りの音にかき消され、それ程大きくは聞こえない。
それでも、確実に音は鳴っている。
私の不安がまた膨れる。
”いつからこんな音してたんだろう?
 もしかして、今までもずっと鳴ってたんじゃないの?私が気づかなかっただけで・・・

以前にも書いたけど、腰の痛みも相変わらず続いていたけど、結局病院に行ってはいない。
でも、今回はちょっとヤバイかも!

不安の塊がムクムクと大きくなってきたので、家に帰ってからネットで調べてみました。
そして見つけたのは、『弾発股』という物。

  『弾発股』

これ↑を見る限り、やっぱり原因は骨盤かなあ~
まあ、子供3人も産んでるし、仕事柄腰付近もかなり無理させてるからなあ~。

で、先日、友だちにメールして、お勧めの病院を教えてもらったので、近いうちに行ってこようと思いま~す。

ボロボロですね・・・(^^;)

2011年03月23日 20時13分42秒 | 私の病気・・・
昨日、オシメと一緒に銀行に行きました。
その時に私、駐車場にあった3段ほどの階段で足を踏み外して転倒。
左足首を捻挫してしまいました・・・。
普段あまり行かない銀行だったので、状況がよく分からなかった。
左右の視界がズレてるから、遠近感がとれなくて、特に段差は苦手。
たった3段しかない階段だったんですけど、
大理石で出来たその階段は、私の目では段差がない平面に見えるんです。
だから、階段があることに気がつかなかった・・・
ここ最近は、黄砂によるアレルギー鼻炎が酷くて、
鼻詰まりと鼻水に苦しんでいて、夜もしっかり眠れなかった。
だから、少し頭がボーっとしていたのも原因かも・・・

おかげで今朝は、
鼻詰まりで頭はボーっとして、鼻炎によって肌はガサガサ、
寝不足で腰も痛いし、手がむくんでる、
昨夜食べた牛丼が合わなかったのか、お腹の調子もよくないし、
地震のせいなのか気圧が不安定なせいなのか、目の調子もよくなくて瞼が重い、
左足首は腫れて痛いし、以前の腱鞘炎の右肘まで痛みだすしまつ・・・
なんかもう私、ボロボロかも・・・

ついつい、悪い方に考えちゃう・・・

2010年10月18日 22時37分30秒 | 私の病気・・・
4年ほど前に主人のお仕事を手伝っていた時、
私、左足の付け根の股関節が痛む話しを書きました。(その時の記事

あれ以来、たま~に痛む時もありましたが、その都度数日で治っていきました。
ところが最近、これが頻繁に起こるようになってきました。
それも、動かしてる時だけでなく、寝ている時にでも痛む事があるんです。
それどころか、左足の付け根だけではなく、左膝まで痛むようになって来ました。
そして先日、今度は右足の膝も痛みだし、ついには昨日から腰も・・・

4箇所全てが、いっぺんに痛むわけではないんです。
必ずどこか一箇所だけが痛む。その時は、他の部分は全く何ともないのです。
”もう年だからなあ~。運動不足もあるんだろうなあ~
などと考えてはいるのですが、
筋肉痛でもなく、骨が痛い。という感じでもない。
とにかく、なんだか足の中の方が痛む感じ。
我慢出来ないほどでもないです。だからお仕事も普通にやってます。

でもね、あんまり痛む時は、フッと考えてしまうのです。
”もしかして、体のどこかに腫瘍が出来てるのでは?だからこんなにアチコチ痛むのでは?
 手術の後、担当医は「90%の確率で再発の心配はありません。」と言った。
 でも、100パーセントではないのよ。だから、もしかしてやっぱり再発してて、
 今度は下半身に影響があるようなトコロに腫瘍が出来てるんじゃ・・・  ”
なーんてネ。

たぶん、普通の人ならこんなコト、思い付くこともないんでしょうね。
やっぱり経験者だからー そして、完全に不安が取り除かれてるワケではないから、
こんなコトを考えてしまうのでしょうー

先日の飲食店でのお仕事の時、アルバイトの子にそんな話しをしていたら、彼女にこう言われました。

ア 「そんなこと無いと思いますよ。
   kokiyuさん働きすぎだから、今になって疲れが体に出てきてるんじゃないですかあ~?」

ま、たぶん、実際はそんなトコロなんでしょう。 ┐(´-`)┌
そう思わないとやっていけないわ。
だって、まだこれからが大変なんだもの。
最低でもあと3年。ヒョロナガが大学を卒業するまでは、頑張って働いて稼がないといけない!
もしかしたら、コデブも大学に行く。ってなったら、さらに3年。
つまりは、今後、最高6年間は、私は働かなくちゃいけない。
病気なんてしてるヒマはないのです!

いつものコトですが・・・

2010年09月07日 22時56分12秒 | 私の病気・・・
手術をしてから、来月で、ちょうど丸6年が経ちます。
時の経つのは早いなあ~と、感じながらも、
それでも、今でも時々悩まされる後遺症・・・

そう、また目の調子がヨロシクないです・・・
季節の変わり目と、台風が近づいてきていることもあるのでしょう。
やはり、気圧の変化が私の目には影響あるようでー
今も、やたらとマブタが重い・・・
目がなかなか開いてられません。
今の時期は、昨日の記事にも書いた、アレルギー性鼻炎も活発になるので、
私にとっては、ホントーに悩みの時期です。
本当は大好きな季節なんです。
夏が終わり、少し涼しくなった風の中で、秋が感じられるー
たわわに実った稲を家族で楽しそうに稲刈りをする姿ー
ススキや秋の草花がチラチラと見かけ始め、
夜になると、今までの蛙の合唱が、いつのまにか虫達の演奏に変わっている。
時には、蛙の合唱と虫達の演奏がダブルで聞こえたりしてー

なのに、なのに、
私の目は、おも~くて、瞼を長い間開いていられない。
仕方ないので、今夜は大人しく寝ます・・・。