コメント欄で軍事記事のリクエストが着ていたので、
それならばと個人的にいつか書きたいと思っていたテーマ。
本日は戦車の歴史について。
・戦車の誕生
第一次世界大戦を物語る塹壕戦は戦線を膠着させた。
当時新兵器であった機関銃の大量投入により、平地に於いて歩兵は頭を出せなくなり、
銃火を避ける為に塹壕という細長く通路状に掘った溝を陣地として構え、
敵も味方も塹壕線を以て対峙したからである。
このような戦局を打開する為に、砲撃支援や煙幕散布のもと、
騎兵や歩兵による一斉突撃がしばしば行われたが、大抵は失敗に終わるか、
成功したとしても膨大な人的損害が発生してしまうことは避けられないことだった。
もっと確度の高い攻撃の為には新兵器が必要だ。
歩兵や騎兵に機関銃避けの防弾シールドを持たせることも考案されたが、
実際にやってみるとこれは重量増加による運動能力の低下で芳しくなかった。
そんな戦局で求められた新兵器とは、
機関銃弾を物ともしない装甲をもたせた上で機動可能、
特に張り巡らされた鉄条網や塹壕を踏破できるものが望ましい。
つまりそれの第一目的はまず突破能力、役割としては自走できる装甲と言っても良い。
そして敵陣地にとりついた時に敵軍歩兵を蹴散らすことができれば尚良かった。
1916年9月15日 ソンムの戦い、イギリス軍側陣地で"それ"は姿を現した。

マークI戦車。
現在の戦車の定義を言えば全周砲塔は欠かせないが、
世界最初の戦車は砲塔を持たずに生まれた。
この戦車に求められた攻撃力というのは、砲撃火力ではなく、
機関銃弾の中を前進し、塹壕を突破し、戦線を押し上げることなのだ。
しかしそれでも歩兵を蹴散らす為に、
車体左右には57mm砲2門と7.7mm軽機3挺を搭載している。
黒煙とエンジン音を上げながら、前線の不整地も塹壕さえも踏破し、
銃弾を弾きながら、車体両面から火を噴いて前進してくる。
この走行する要塞と初めて対峙したドイツ軍将兵の衝撃は想像に余る。
イギリス軍はこの秘密兵器の開発時に秘匿名称として"水タンク"と称しており、
これがそのままタンク=戦車を指す言葉となった。
もっとも実際のところ、ソンムの戦いに於いて戦車は重要な役割を果たせなかった。
初めての実戦投入により故障が多発し、まともに戦えた車両はごく限られていたのだ。
しかしそれでも戦車の重要性は認識され、今後の騎兵を強力に代替するものと思われ、
その後各国で競うように新型戦車を開発・投入していくこととなる。
続き 戦車の歴史(2) ~ 戦間期 ~ |
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と言うかゆっきーは戦車の開発より塹壕戦の防御とその攻め方を解説してから戦車の解説に入ればよかったね
偵察や斥候、迂回や奇襲などかな。
あと騎兵の役割っていうのは古代から普遍的に、
一斉突撃や蹂躙により歩兵部隊を蹴散らせるっていうのがあって、
WW1でも奇襲時や機関銃が上手く運用されないときはこれをやるときはあったし、
主に戦車が騎兵を代替すると言われてたのはこの突撃・蹂躙部分だね。
衝突力と機動力を兼ね備えた兵科は、それを活かしての突破が仕事になる。
この役割は騎兵から戦車に完全に取って代わられた。
>>騎兵君は機関銃の発展によって意味がなくなったので
そっちも好きだから書きたい欲は強いんだけどね、今は戦車の気分だった。
あと塹壕戦については前にも書いたことがあった気がして。
長年ブログやってると何を書いてきたか忘れるので、
軍事記事ももしかしたら内容的なダブりはいくつかあるかもしれない。
>>ゆっきぃは戦車大好きだから
それは正しい。
兵器や戦争に関することは全部好きだけどね!