【東京・世田谷区】世田谷代官屋敷と同じ敷地内にある世田谷区立郷土資料館の屋外展示物として、本館脇に地蔵石像や庚申塔、他に供養塔や道標などが鎮座している。 石造物はいずれも江戸時代の享保十三年(1728)~天保七年(1836)の造立で、最古の享保十三年のものは青面金剛庚申塔。 石仏群と並んで石造り農具(摺臼・搗臼・麦打ちコロ)が展示されている。
★世田谷代官屋敷を拝観した後、隣接する世田谷区立郷土資料館の本館脇に整然と並んで鎮座する石仏群に。 外壁に各石造物の解説が掲示されていて、刻まれている銘文などが詳しく記載されている。 石造物はすべて近隣の地域に佇んでいたもので、昭和期に寄贈されたとある。 いずれも貴重な遺物なのだが、ひとつ残念だったのは蓮華座に鎮座する合掌地蔵菩薩立像で、頭部がない悲しいお姿なのだ....合掌。
△世田谷代官屋敷と同敷地にある世田谷区立郷土博物館本館の脇に整然と鎮座する石造物群
△石造物は地蔵尊石像、庚申塔、供養塔、道標、狐石像など
△右は文政十年(1827)造立の文字庚申塔、中は天保七年(1836)造立の道標「品川領用水御普請所」、左は文化十年(1813)造立の供養塔「馬頭観世音」
△右は文化十三年(1816)造立の庚申塔「東目黒通」、中は延享四年(1747)造立の庚申供養塔「西ハ大山道」の刻、左は享保十三年(1728)造立の庚申塔「青面金剛」
△享保十三年(1728)造立の駒型光背青面金剛庚申塔(日月瑞雲、1鬼、2鶏、3猿)/合掌する1面6臂の青面金剛像
△摩滅が激しいが邪鬼と2羽の鶏、三猿が確認できる
△右から神使の狐像、地蔵菩薩像、三界萬霊塔
△稲荷明神の神使である六体の狐石像
△地蔵菩薩立像....宝暦六年(1756)の造立で、台座に「念〇(佛)講供養佛」の穀/蓮華座に鎮座する合掌地蔵尊像は頭部が欠失した残念なお姿
△天明五年(1785)の造立の駒型光背三界萬霊塔....道標を兼ねていて、正面に「三界萬霊等」と西・さ加み(相模)道、右側面に南・池上道、左側面に北・高井戸宿通り、背面には東・江戸道が刻まれている/萬霊塔上部に彫られた仏坐像....摩滅が激しいが地蔵菩薩か?
△三界萬霊塔の左隣に展示されている石造り農具....右から摺臼、搗臼、麦打ちコロ