慶應医学部端艇部 部員日誌

部員の日常を綴ります・・・。

馬鹿

2007-06-16 22:21:16 | 日誌
「馬鹿」
この言葉で喜怒哀楽をあらわすのが課題だった。私は頭の中が真っ白になってしまった。審査員の顔は喜怒哀楽のどれでもない、「白」あるいは「空」だった。


「そこで、泣いちゃって、しかもそこで小さく一言だけ『馬鹿』って言ったのか~。お前本当に馬鹿だなぁ」
隣にいる男が顔の傷をいたそうにさすりながら言った。
「うるさい、私だって周りの子みたいにやりたかったよ。でも、何かが決定的に違ってんだよ。私とその子達の間にね」
この男は私のことをからかってはいるものの、私がオーディションに落ちたのを聴いて、私の家にまで来て慰めてくれた。幼馴染っていう存在も悪くない。
「でさ、この後どうすんの?受験するの?」
「うん。私には演劇は無理って分かったから……。今からだと微妙な学校しか受けられないけど、私にはちょうど良いかな。で、君は?どうだったの?」
「オレさ。お前と同じ学校に行くよ」
「え?」
こいつは、学校で2番目に勉強が出来る男だった。いや、私が演劇にはまって勉強をまったくしなくなったから、今じゃ学校でダントツの1位。地元の星っていう感じかな。
「何で?第一志望の○○校は?あんたなら絶対いけたでしょ?」
「あぁ。答えは全部分かったけど、名前書き忘れちゃってさ。0点だったよ」
「……馬鹿」
今の馬鹿は喜怒哀楽のどの「馬鹿」だろう?私はいまさらながら痛感した。感情を上手に表せない。
「オヤジには死ぬほど殴られたけどね。でも、オレの気持ちは決まっている。お前と一緒の大学に行きたい」
今、この瞬間。
泣くべきだろうか?笑うべきだろうか?ちょっと頬を赤らめながらはにかんで「ありがとう」って小さな声で言うべきだろうか?
だけど、私にはどれも出来ない。
「お~、見ろよ。この夕焼け。綺麗だぞ」
つられて、見上げると憂いを含んだような赤色の空が見えた。
きっと、10分後には、ここまで綺麗な色じゃないだろう。本当に一瞬しかない美しさ。若さと同じだ。
「なぁ、オレさ昔から夕焼けに向かって大声で叫ぶのが夢だったんだ。お前もやらない?」
こいつは私のことを気遣っている……。私はこいつの好意に甘えることにした。
「バカヤロ~!!」
最初の叫びは、恥ずかしさも混じって微妙にかすれた声になってしまった。
気を取り直して、また叫んだ。
「バカヤロ~!!」
私の成績が落ちたっていうだけでカウンセリングを受けさせようとした父親。
私のオーディションを受けたいって言ったら「無理よ。大学へ行きなさい」とだけ言った母親。
「君の成績なら東京のいい大学にもいける。夢はあきらめなさい」
私のことを何も知らない担任。
私を落とした審査員。
そして、そして、私のために第一志望をあきらめたこいつ。
みんな、みんな
「馬鹿」