慶應医学部端艇部 部員日誌

部員の日常を綴ります・・・。

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はじめまして!

2021-07-26 23:04:55 | 日誌

みなさまはじめまして!今年度から医学部端艇部所属になりました、105回生2年の福王嘉浩といいます。出身は慶應志木のボート部です。文章を書くのがあまり得意ではないので読みにくかったら申し訳ありません。

 

部員日誌を書きますと高らかに宣言してから気づいたら2ヶ月経っていました……本当にすみません……(同期の青木の部員日誌も謝罪から入ってました。奇遇ですね。)

 

言い訳をさせてもらいますと、実は6月末に気胸という病気で2週間ほど入院してしまい、退院したときにはテスト期間に突入していたので全く書く時間がありませんでした(じゃあ6月一杯は何してたんだって話ですよね。僕も何してたか覚えていません)。僕はあまり大怪我をするような活発な子供時代を過ごしてこなかったので入院の経験がなく、人生で初めて入院を言い渡された時はむしろ「どんなことが待ってるんだろ」と半分楽しみで半分不安でしたが、蓋を開けてみるとご飯を食べてはひたすら雀魂を打つ日々だったので、実際に病院で得た知識は麻雀の役くらいです。情けない限りです。

 

ちなみに主治医のS先生が僕と同じ慶應志木出身の内部生だったようで、高校もボート部だったと伝えると「じゃあ戸田公園で練習してるのか!!」と埼玉トークで盛り上がることができ非常に親近感が湧きました。これも何かの縁ですね。S先生によると慶医の気胸の患者を診たのが僕で3人目で、それまでの二人は共に呼吸器外科に属したらしいです。数年後には僕もS先生の下で働いているかもしれません。

 

ここまでつらつらとくだらない言い訳を書き連ねてしまったので、ここから先は少し真面目にボートについて書いていきたいと思います。先述したように、僕は高校の3年間もボート部に属していたので、大学で体育会を選ぶ際に全く初見のアメフト部に入るか、続けてボートをやるか真剣に悩んでいました。ネガキャンのつもりはないですが、やはり同じ部活を3年間も続けてると自然にその部活の自分にとっての良い面と悪い面が見えてしまうもので、僕にとってボート部の悪い面は「練習時間に対する移動時間・準備時間が長い」「同じ動きを続けるのでモチベが下がってしまうと上がりにくい」の二点でした。ただ改めて高校時代を顧みると、自分はボート部の良い面に影響されて成長してきたなと思うことができ、大学でも続けたいという結論に至りました。

 

具体的に言うと、僕が思うボートという競技の最も良い部分は、「逃げ道を作ることができない点」にあると思います。試合でもエルゴの計測でも、一度漕ぎ始めると手を抜くことができない、手を抜いてしまうと数値として目に見える形で現れてしまうのが、いい意味で頑張らなければならない状況を強制的に作り出すので、常に「諦めたい自分」と戦うことができました。今思えば嫌だったテスト勉強もこのボートで培った精神でこなしてきたのかもしれません。なので、大学ではさらにワンランク上の漕手になれるよう日々自分を追い込んでいきたいと思います。(今でも「アメフトはどうなったの?」と心配して声をかけてくださる先輩方がいますが、今はボート部でいくつもりなのでご心配なく!)

 

拙い長文になってしまいましたが、5年間頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします!

(たった今卓球混合ダブルスの水谷選手・伊藤選手コンビが金メダルを取ったと両親から報告が入りました。おめでとうございます!)

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梅雨と

2021-07-03 01:50:30 | 日誌

最近は暇さえあればバイトしている、2年(105回)の青木です。気づいたら2年生でした。未だに新入生気分が抜けません。ここ最近は梅雨真っ只中なのか、毎日雨でうんざりの日々です。でも、ほんのたまに雨が心地いい日があります。それが今日でした。さて、こういうのを書くのが初めてで何を書くものなのかと悩んでいたら、書き始めるのが遅くなってしまいました。いえ、すみません、ただ忘れていただけです。でも、何を書けばいいのか頭を抱えていることは事実です。とりあえず、かなり見切り発車ですが書き連ねていきたいと思います。

 

さて、冒頭でも言いましたが、最近はバイトばかりしています。というのも、家にいるのが嫌いでなるべく一日中外にいたいのです。毎日遊んでいるわけにもいかないので、自然とバイト漬けの日々となってしまいました。土日はバイト3つはしごというのもざらです。これを言うと大体の人にひかれます。まあ、ライフワーク(?)みたいなもんです。これが欲しい!みたいなモチベでやっているわけじゃなく、なんというか、言い方が悪いですけど、お金が好きなんですよね(笑)。「どうすればお金を増やせるか」というのを毎日まじめに考えています。バカです。とはいっても、つみたてNISAや優良ETFなどの健全な投資は必ず味方になると信じています。たぶん。

 

もちろん、お金以外にも好きなことはあります(笑)。高校のときに山に登っていたので、せっかくだから大学でもやろうと思い、山岳部にも入りました。とはいっても、コロナのせいで一回も登っていませんが。いつになったら部として登れるのやら。。。

 

そして、免許を取ってからというものの、車の運転が好きで困っています。高校同期にも運転(というより車)が好きなやつがいて、会うたびにカーシェアかなんかで軽くドライブしてます。タイムズ最高。ほんといい時代です。思い付きでドライブに行けるんですから。とはいえ、こういうバカなことを一緒にできる友達がいてくれて感謝です。だって普通はトヨレンで86を借りようなんてならないですからね(笑)。

 

そして最近は昔触っていたギターをまた触っています。浪人しているときにあまりも暇で始めたのですが、結構楽しいものです。ずっとご無沙汰だったのですが、なんとなく触ったらまたハマり出しました。あ、でも全然弾けないです。驚くほど出来ません。まあ飽き性なのでまたほっぽりだすかもしれませんが。誰か教えてください。

 

と、まあ、こんな感じで最近のマイブーム的なことをつらつら書いたので、そろそろボートについて書きたいと思います。と。言いつつもそこまで語れることがない、というかほとんどないです。ですから、入部した理由と意気込みを連ねてこの駄文を締めたいと思います。

 

入部した理由ですが、もちろん母親と姉がやっていたというのもありますが、それはきっかけに過ぎません。練習体験で初めてボートに乗って、素直に「ああ、気持ちいな」と感じました。そのあと、ボートはめっちゃ速いということ、みんなの動きがあった姿がめっちゃカッコイイことなども知りました。なんとかっこいいスポーツだろう、と思い、入りました。ボキャ貧でごめんなさい。

 

ようやく最近になって練習が再開されて、中々体力的にキツイですが、頑張っていきたいです。運動不足すぎてやばいのでまずはそこからどうにかせんとって感じですね。

 

「「目指せ週3ジム」」

 

もし守ってなかったら言ってください。笑

 

こんな感じで今回は締めたいと思います。まだまだ雨は続きそうですがごきげんにいきましょう。

お付き合いいただきありがとうございました。  2年 青木健太朗

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6年間お世話になりました!!

2021-03-14 20:10:33 | 日誌

こんにちは、100回生の麓です。
国試の合格発表を明後日に控え、緊張しております。

それはさておき、早速折田君からのお題に入りたいと思います。

1.ボートで学んだこと
高校から始めたボート人生を振り返ってみると、色々と学ぶことはありました。

・エグい練習中にマジ無理、って思ってもなんだかんだで無事に終わる。人体ってまあまあ強いんだなということ。
・隅田川の橋の名前。
・荒川の水はしょっぱい。
・長渕剛を効くと辛い練習も頑張れる。

等々あります。
しかしその中でも1番大きな学びは、仲間と同じ目標に向かって努力することの楽しさでした。
心の底から信頼出来るクルーと、苦しみや喜びを共有し、必死にボートを漕いだ時間は何にも代えがたいものです。エグい練習が終わった後の達成感、それを共に乗り越えたクルーとの連帯感、これは究極のチームスポーツと言われるボートだからこそ体感できたのだと思います。一艇ありて一人なし、この言葉は一生大切にします。

2.医師としてのスタートラインに立って
このお題に関しては一言、"心配"しかないです。深い事は考えずにボートを漕いで、たくさんご飯を食べて、qbを解いて鼻をほじっていれば良かった6年間がすでに愛おしいです。

これからは深く物事を考えて、ボートは漕がずに、ご飯は人並みに食べて、qb以外の教科書を読んで、鼻はほじらずに頑張ります。
そして1日でも早く先輩方のような医師になれるように努力したいと思います。

3.夢 
夢、難しいお題ですね。
今までの夢といえば医者になる事でしたが、これから先の夢はすぐには思い浮かびません。自分の置かれた環境、家族、コロナなどで変化する社会情勢、不確定要素が多すぎてはっきりとは"これだ"とは言えません。

しかし、そんな未来の見通しが立たない状況だからこそ、一生懸命に過ごす毎日を積み上げて行きたいと思います。
進行方向に背を向け、自分の残したオールと艇の波紋しか視界に入らないボートのように、見えない未来に向かって仲間と共に1日1日を刻んでいきたいです。

そして何十年後かにそうした日々を振り返り、"いや〜、マジえぐったわ"と言って燃え尽きたいです。

っとポエジーなことを言ってしまいましたが、とにかく4月からの生活が不安です。お○た君のような金融リテラシーもないし、こ○け君のような悪者をなぎ倒す骨格筋もありません。

今までの医学部の経験、qbの知識、国試の過去問を頼りに、同期と共に、憧れの先輩方の元で2年間の初期研修生活に励んでいきたいと思います。

そして何よりもこれからも医学部端艇部、全塾端艇部、慶應端艇部全体を可能な限りサポートしていきたいと思っています。今後とも何卒よろしくお願いします。

次は石本さんにお願いします。
お題は1.端艇部での思い出 2.国試を終えて 3.四月からの生活に向けて、でお願いします!

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魂を磨くこと

2021-03-12 22:26:44 | 日誌

100回生の折田です。

 

部員日誌を書くのはいつぶりでしょうか。

最後の部員日誌なので何を書こうか、ずっと悩んでいたらすごく遅くなってしまいました、すみません。

 

小池くんからのお題に答えていきたいと思います。

 

1. 6年間をふりかえって

僕の大学生活はたくさん挑戦し、たくさん失敗する、そんな期間だったと思います。

ボートでいえば、新しい技練を取り入れてみては失敗し、距離をひたすらに稼ごうと思えば失敗し、、、

企業でのインターンでは、新しい提案をしてみては社員さんにボコボコに論破され、資料を作成してみては一から修正させられたり、、、

 

失敗は多かれ少なかれ常に痛みを伴うものです。

ただ、どんな傷も必ずかさぶたとなり、少しずつ治っていきます。

そして、その傷跡が愛おしく思える日が来るはずです。

 

ぜひ、後輩のみんなにも、ボロボロになるまでたくさん挑戦をしてほしいと思います。

 

これを書いていて思い出したのですが、僕の尊敬する経営者の一人に稲盛和夫さんという方がいます。

この方は京セラ・第二電電(現・KDDI)の創業者なのですが、この方の「生き方」という著書の中で、「人生の目的は、魂を磨くことである」という趣旨の記述があります。

 

今日自分という存在がいなくなっても、ほぼ何も変わらない明日が世界にはやってきます。

自分がいなくなったことを悲しんでくれる人は、家族と何人かの親しい友だちくらいで、結局それもあまり長くは続かないはずです。

 

こう考えると、「自分が生きている意味などないのではないか?」という考えに行き着くのですが、その通りで対外的な意義などないのです。

だからこそ、対内的(つまり自分の中)に人生の意義を見出す必要があるということだと僕は解釈しています。

 

他人にとってどう見えるかではなく、自分の魂を磨くため、そのために挑戦することが不可欠だと感じます。

 

(すみません、偉そうに語ってしまいました)

 

 

2. 後輩にメッセージ

僕は引退して以降、あまり部活に顔を出せなかったので、あまり偉そうに後輩にメッセージを残すことはできません。

 

ただ、そういう立場だからこそ見えた部活動の意義があると思っていて、それはこちらのnoteにまとめたので、お時間があれば読んでみてください。

https://note.com/orikoumaru/n/n6133aeed038e

 

まとめると、ただがむしゃらに頑張った先に見える世界があるはずだということです。

ボート流に言うなら、ローアウトした後に見える光があるということでしょうか?(笑)(←それは失神しているだけでは)

 

コロナウイルスの状況もあり、なかなか部活動に意義を見出しにくくなっている時期かもしれませんが、是非頑張れるところまで努力を重ねてみてください。

 

 

3. これからのおりこー

4月からは浜松にある関連外の病院にて2年間初期研修を行う予定です。

(※全国的には、そこそこ知名度のある教育的な研修病院なので、ぜひ後輩のみなさんも見学に来てください!)

 

もともと初期研修をするかも迷っており、一般の大学生に紛れて就活も行い内定もいくつか頂いていました。

しかし、結局医療が大好きで、実習中に感じた喜び・悔しさが忘れられなくて、「普通(?)」の道に戻ってきました(笑)

 

これからは医療に対して自分が最も喜びを見いだせる、そして自分の能力を発揮できるアプローチをしていきたいと考えています。

 

 

 

次は医学部同期の最後の1人、麓くんに回したいと思います。お題は、「ボートで学んだこと」「医師としてのスタートラインになった今の思い」「夢」でお願いします。

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Take Home Message:料理はいかに楽をするかが大切である

2021-02-18 18:08:27 | 日誌

こんにちは。
齋藤くんからバトンをもらいました。
102回生 4年の福尾です。

更新が遅れてしまい申し訳ありません。

 

まずは、医学部100回生の方々、国試お疲れ様でした!

通常と異なる状況下での試験だったと思うのですが、無事終了されたとのこと、本当に良かったです。4月までゆっくりお休みください。

そして、次は薬学部6年生の方々、国家試験目前ですが、頑張ってください!!!応援しています!!!!!

 

 

さて、日誌に何を書けば良いか迷ったのですが、最近挑戦していることについて少し書こうかなと思います。

コロナで部活が出来ないので、料理を作ってみることにしました。
得意という訳ではないのですが、そろそろ同年代は就職する年齢ですし、自分も身の回りの生活くらいは出来ないとと思って作っています。

少しの間料理を作って気づいたことがあります。
それは…


>>>>>料理を簡略化することはとても大切<<<<<

 

ということです。

母はこの20数年間ずっと食事を作ってくれた訳ですが、料理を作るという作業は多大な労力が必要です。

冷蔵庫にある食材を見て、献立を考え、栄養を考え、時間や材料を考え……ひとえに料理といっても、沢山の工程を踏まなければなりません。考えるだけでも膨大な作業なのに、作るためには材料をいろいろな形に切り、炒めたり煮込んだり、火を調節したり、味を調整したり、、、とかなりの作業量が必要です。
「今日なに食べたい?」と聞く母の気持ちが少し分かったような気がします。家族のために毎日料理を作り続けてくれている母に感謝です。

ということで、料理を作り始めた当初は


〜ピロシキ〜

とか

〜野菜のテリーヌ〜
マスタードソースを添えて


とか、何となく手のかかりそうな料理ばかり作っていたのですが、やはり長くは続きませんでした。


勉強や筋トレと一緒、料理も大事なのは


「細く長く」


です。
なので、最近はもっぱらどれだけ楽をして料理するかということに挑戦しています。


この間、レンジだけでできるレシピの本を購入したのですが、味も良く栄養バランスも良いメニューが沢山載っていてとても助かっています。
YouTubeでもレシピを紹介する動画がたくさんありますが、器一つでできるレシピ、取り敢えずいつも家にあるものでできるレシピなど、料理初心者としては学ばせてもらうところが多いです。

レシピと材料が揃っていれば料理は誰でも作れると思うので、ぱぱっと、時間をかけずにその場にある材料で作れる手際の良い人になりたいです。目指せタサン志麻さん(すごく料理の上手な伝説の家政婦さん)です。

それでは、次の日誌は国試を終えた医学部100回生の小池さんに回したいと思います。
お題は
・国試を終えて
・医学部の6年間
・その他フリートーク
でお願いします!

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卒業します!お世話になりました。

2021-02-18 18:08:27 | 日誌

独立自尊、気品の泉源、知徳の模範、半学半教、春眠不覚暁、、どれも意味がよくわからないまま慶應を卒業しようとしています、100回生の小池です。こんにちは。かなちゃんからバトンもらいました。先日国試を終え、長かった学生生活も終わりを迎えようとしています。

・国試を終えて
98回生、99回生が孝養舎で頑張ってらっしゃる光景を見ていたので、僕も孝養舎で勉強だ!と思っていたのですが、、2020年はコロナでポリクリはオンライン化、1日の多くを家とジムで過ごしました。
国試のプレッシャー、漠然とした不安感、集中できずにYoutube観ちゃう、、、下級生の頃は全く想像できなかったので、今思うことはこれを乗り越えてこられた先輩方はすごいな、という一言につきます。応援してくださった方々ありがとうございました。後輩の皆さんも6年生の時だけ勉強頑張ってください。5年生、いや6年生夏まではボート漕いだ方がいいと思います(春から勉強していた僕は12月くらいで飽きてしまいました)
いまは、国試が終わってとってもほっとしています。海外にも行けないし、大勢で飲みにも行けないし、謝恩会もなくなってしまったし、卒業式もあるかわからないので、、とりあえず国試前と変わらずにジムに行ってます(まだまだ信濃町トレーニングルームは再開していません><泣)。
4月から働くにあたり、部屋を探しニトリやIKEAに行って家具をみています。一人暮らしって、、大変ですね。笑


・医学部の6年間
1年生:入学したときからボート部に入ることを決めていました。青山くんや黒宮さんたちと楽しく活動しました。神谷さんと井上さんに指導していただき、秋は原田さんと加藤さんに指導いただきました。
2-4年生:転サイする。対校なのに僕全然漕げてない。深瀬さんと北澤さんと乗らせてもらうことが多かったです、お世話になりました。
5年生:スカルになるも、いくらレートを上げても全然進まない。
6年生:ただ国試勉強だけしかすることがない一年間

振り返ると、5年生秋の慶東戦でダブルFortiusに乗って以来、ボートには乗れていません。東医体も早慶戦もないこの1年間はすごく寂しかったです。来年以降、新歓・練習そして試合ができるかまだまだわからない状況ですが、部員のみんなには是非体を鍛えて、準備しておいてほしいと思います(小池も慶東戦OBエイトのために、毎日ベンチプレスで追い込んでいます)
ボート部で過ごした日々は長かったような、あっというまだったような感じです。終わり方もよくわかないままになってしまいました。私自身は一度も東医体の決勝に出ることなく、引退することとなりました。先輩方が築いてこられた良い流れを下へ繋ぐことができなかった、とずっと感じています。ごめんなさい。

YoutubeやGoogleDriveの動画や写真を見返すと、
ひどい漕ぎをしているし、一人だけキモい首輪巻いてるし、ハーフマラソンつらいし、光那にはいつも怒られるし、体育会役員は途中で辞めるし、でっぱん前にはトイレ行かないと気が済まないし、隅田練では滑って頭から血だすし(ご迷惑をおかけしました)、ストロークだけ艇が沈んでるしと、マイナスのことばかりが浮かびます。そんな小池ですが、あたたかい先輩方、同期、後輩に恵まれ、楽しく過ごさせてもらいました。試合に勝てたのも、85kgの僕と一緒に乗ってくれたクルー、そして支えてくれた周りの人たちおかげです。悲しい出来事、忘れられないこともありましたが、いまこうしてみなさんとご縁ができたのもボート部のおかげです。
みなさん、長い間、ありがとうございました。

ボート部の他に、ぬいぐるみ病院や四谷祭実行委員会の活動をしたり、楽しい6年間を過ごすことができました。
ボート部のみなさんには、Dr.G企画に出ていただいたり、ミスターコンテストでてもらったり、焼きそば作ってもらったり、プロテイン売ってもらったりととても助けてもらいました。ありがとうございます。


・その他フリートーク
過去の部員日誌をみていました、なつかしいです。

僕が1年生のとき、当時の6年生だった95回生はとっても大きくかっこよく見えました。
そんな先輩に僕はなれたのでしょうか、、、澤田くんに今度聞いてみたいと思います。笑

あーーサンレイチャ食べたい。笑 土曜昼の思い出の味、常来吃、行きたいと思います。


最後の最後に、ぼくがこの6年間を通じて体得した知見をシェアしたいとおもいます。
「筋トレだけしても、確かにエルゴのタイムは少し良くなるけど、ボートは速くならない。」
です。後輩のみんな、これからも、怪我なく楽しく、頑張ってください。エルゴも時々やってね!

次は、折田くん、に回します。「6年間をふりかえって」「後輩にメッセージ」「これからのおりこー」でお願いします。委員長、ありがとねっ

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題名つけるのって難しいですね。

2020-11-17 22:53:19 | 日誌

103回の齋藤です。色々あって更新が遅れてしまい申し訳ありません。

 


 

まずは、この度10月1日をもちまして医学部端艇部主将に就任いたしました。まだまだ先の見えない情勢ではありますが、1年間どうぞよろしくお願いいたします。

 


 

流行り病の感染状況も一段落してきたということで(最近また拡大しているようですが・・・)、シングルスカル限定という制限付きではありますが、部活動も再開することができました。個人的には、今までスイープしか漕いでこなかったためか、非常に新鮮で楽しいです。体力を戻して、試合に勝つことを目指すのも大切ではありますが、まずは「enjoy rowing」をモットーに、楽しく活動していきたいと思っております。

 


 

来週からは、4月に勧誘してあげられなかった105回生の勧誘が始まります。アンケートなどを見ていると、こんな状況でも部活を楽しみにしてくれている1年生が少なからずいて、僕らもモチベーションがどうたらとか言ってないで頑張らなきゃなと思い出させられました。僕が入ったときに比べるとだいぶ人数が減ってしまった現端艇部ですが、少しずつ、少しずつ人数を増やして、また隅田川を9人で駆け抜け、桜橋に若き血を響かせる、そんな日が来たらいいなと思っております。そのときに僕が居るかはわかりませんが・・・

 


 

最後に、個人的ニュース、というほどではないですが・・・最近メガネを変えました。大体いつもよく考えずに四角いフレームのメガネを選んでいたのですが、とある人に「顔が攻撃的」と言われ、じゃあ思い切って変えてみようということで、丸いフレームのメガネにしてみました。個人的にはまあまあ気に入ってはいるのですが、メガネを変えて以降、会った人に誰にも気づかれなかったのが地味に残念でした。まあ、人は対して自分のことなんか見てないから張り切りすぎるなよってことですかね・・・・。誰か感想あったら教えてください。

 


 

それでは・・・次は福尾さんにお願いしたいと思います。特にお題とかは設けないので、さらっとお願いします。

 

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巣篭もり生活

2020-10-05 20:52:57 | 日誌

お久しぶりです。ちぎーらさきちゃんです笑

この部誌を書くのも1年に1回程度なので、卒業するまでにあと2回しか機会が無いと思うと何を書こうか悩んだのですがこんな生活をしていると特に何も書くことがありませんね💦

しーちゃんは自炊をしてたみたいですね!オムライスの出来が素晴らしくて感動しました🤩それにしてもどれも量がエグい😆😆

私は自粛期間に何か新しいことに挑戦したわけではないのですが、体を動かそうと思って筋トレをしてみたりしました。元々運動オンチなので腕立て伏せとか1回が限界で1日で諦めましたけど笑

陸トレの時はだいぶハードなメニューをこなしてらっしゃる漕手の皆様を本当に尊敬しました🙏🏻

あとは「愛の不時着」という韓国ドラマを見ました!!皆さんご存知ですか??
北朝鮮の軍人と韓国の財閥令嬢の恋愛というぶっ飛んだ設定ですが、ほんとーに中隊長が高身長イケメンだし胸キュンなのでぜひぜひご覧になってください🥰
さて、コロナの影響で閑散としていたボートコースでも徐々に練習が再開され再来週には大学選手権が行われるそうです。
医学部ボート部はまだ練習再開の目処立っていませんが、また皆さんと一緒に部活をするのが待ち遠しいです。冬はとっても寒いですけど🥺

先日、新主将の発表がありました!

なので次の部誌は齋藤さんにお願いしたいと思います!!

去年は部誌を3ヶ月ほど止めてしまったのでその反省を生かし、先に齋藤さんに連絡をしておいたので2週間で回すことができました笑

ではまた機会があれば👋🏻

 

齋藤さんお願いします!

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もしかしたら僕は早くおじいちゃんになりたいのかもしれません

2020-09-18 17:40:49 | 日誌

お久しぶりです。賈思奇です。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

僕はというと、とても元気で、忙しいはずなのになぜかとても暇です。

というわけでこの半年間の出来事についてでも書きたいと思います。

日本中自粛モードの四月中旬に引っ越し、東京都民になり、そこから一か月間ひたすら家にこもっていました。本当にやることがないので、二十歳になってようやく胸を張って買えるようになったアルコール飲料を嗜み、さらに自炊を始めました。自分が作った料理の写真も貼りたいと思います。料理が得意な人が見たらきっととても簡単なものばかりですが、これでもかなり頑張りました。なにより暇な在宅時間を埋めてくれたので、うつ病にならずに済みました。今の一番得意な料理はオムライスですが、ケチャップで絵を描くのは苦手です。

自粛が解除された六月中旬から、自動二輪の免許を取るために教習所に通い始めました。僕はスピードに憧れているかもしれませんね。一発で卒業検定に合格し、七月末に二輪免許を手に入れました。というわけで今の夢は自分のバイクを買うことです。お金もないので車種も何も決まっていませんが、お金が溜まったらカワサキの250ccのバイクでも買って、それに乗って遠いところに行きたいです。

七月から解剖期に入り、僕も三時就寝の十一時起床から十二時就寝の七時起床にスイッチしました。とてもヘルシーですね。引き運がよかったおかげで解剖の口頭諮問は順調で、ヘルシーな生活のおかげか頭頸部のペーパーも受かりました。

八月はプールに通い始め、ランニングや筋トレなどにも励みました。僕は小学校を卒業してからほぼ泳いだことはなく、そもそも小学校の時も水泳が大の苦手でしたが、友人に水泳を教わり、平泳ぎはだいぶ泳げるようになりました。今日からは沈しても死にません!(フラグ)

八月の下旬から九月の上旬にかけては、地獄の夏の陣がありました。僕は一週間かけた神解を落とし、一夜漬けの組織を落とし、ほぼ一夜漬けの医化学1と生理1中間に受かり、生理2中間を諦めました。組織のDUPLOも書いていたので落としたのは正直予想外でしたが、自分には甘いので夏の陣全体はまあまあの出来だと思います。再試で通します。(またもフラグ)

夏の陣が終わったあとは関西で五日間遊びました。今は生理学実習の真っただ中です。ストレスマウスがかわいそうだなと感じている今日この頃です。

どうでもいいことをだらだらと千字も書いてしまいました。いつ練習再開になるかわかりませんが、たまにエルゴを引きたくて体がムズムズするので、シーズンが始まったらエルゴをいっぱい引きたいです。そして不思議なことに乗艇はそんなにしたくありません。なんででしょうね。でもシングルならちょっと乗りたいかもしれません。戸田でよく見かける、シングルに乗っている、若いころはきっと速かったおじいちゃんみたいに。

もしかしたら僕は早くおじいちゃんになりたいのかもしれません。

次はちぎーらさきちゃんに回します。お題はなんでも!

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お世話になりました

2020-05-29 22:49:58 | 日誌

 

こんにちは。この日誌を書くのは、いつぶりなんでしょう、、。

3月に薬学部(4年制)を卒業しました、元マネージャーの林茉里奈です。とてもとてもお久しぶりです。

 

私は、慶應に入学しておそらくまだ2日目のガイダンス終わりに、講義室を出たところでちひろさんとなおさんに声をかけていただきました。勧誘に何度か参加させていただき、試乗会で腹を切ってちょっと怖い思いをしたりもしましたが、隅田川での早慶戦を見てボートのかっこよさに魅かれ入部を決めました。

当時は日吉のダンスサークルにも入っていたので、途中で辞めないか心配されていたと後から先輩に聞きましたが、なんとか最後までボート部に所属させていただくことができました。

 

ボート部生活で印象に残っていること、、たくさんありますが、ぱっと最初に思いついたのは、夏の暑さと冬の寒さですね。夏は溶けそうな暑さ、冬は凍える寒さでした、、本当に。夏の練習では、流れる汗を我慢して日焼け対策で上着を着たり(東医体合宿が始まると毎年耐えられずに半袖になってしまうのでそれまでの努力むなしく真っ黒焦げでしたが笑)、お花見レガッタや早慶戦に向けた2月の練習は、カイロ・マフラー・手袋の装備で(時には寒すぎて自転車の上でワァーーーー!!と叫んで体を温めたり?しながら)、寒さを気合で紛らわして自転車で爆走していました。とっても懐かしいです。

それでも、選手の皆さんと一緒に厳しい暑さと寒さに耐えながら日々の練習を乗り越え、ついに試合で勝利する姿を見たときは、ものすごく嬉しくてなんとも言い表せない感動が沸き上がるんですよね。そんな瞬間を部員の皆さんとたくさん共有できたことは、今となっては本当に貴重な思い出です。

4年間で、少しでも選手の皆さん、そしてボート部の役に立てていたら幸いです。

 

私事ではありますが、お世話になった慶應を卒業し、実は今、別の大学の大学院に進学して言語学を学んでいます。こんな道に進むことになるとは自分でも驚きですが、やりたかったことを実現できていると感じる毎日はとても充実しています。背中を押してくれた先輩方、同期のみんなに感謝しています。

 

最後に、ボート部に所属していたのが4年間という短い期間で、マネージャーだったにも関わらず、先日はとても素敵な卒業記念品を贈ってくださり本当にありがとうございました。とてもうれしかったです。ずっと大切にさせていただきます。

この4年間でお世話になった先輩方、同期、後輩のみなさん、本当にありがとうございました。

これからはOGとして、慶應医学部ボート部を陰ながら応援させていただきます。

 

新型コロナウイルスの影響で早慶戦や東医体が中止になってしまったと聞き大変残念ですが、皆さまどうかお体に気をつけてください。またいつかお会いできる日を楽しみにしています。お元気で!

 

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気づけば卒業生に...

2020-05-04 23:53:29 | 日誌

ご無沙汰しております。20卒の吉田輝々です。更新が遅くなり、ごめんなさい。

つい先日、三田漕から会費の振込用紙が届いていて、ボート部を卒業した実感がようやく湧いた感じがします。
切手を貼って、宛名を書いて、郵送してくれた現役部員のみなさん、手紙出しありがとうございました。

最後の日誌なので、何を書こうかすごく悩みましたが、学生時代のことを思い出しすぎると休み明けに社会人にもどるのがいやになってしまいそうなので少しだけ...笑

私のボート部での1番のお気に入りの写真をご紹介させていただきたいと思います。


これは3年生の医レガ決勝戦のレース直後に慶二先生と一緒に撮っていただいたものです。
3年の夏は、2年の冬から乗り始めたシングルスカルで出場して、夏は智尋といっぱい練習して、小室コーチにもたくさんご指導いただいて、6年間のボート部生活のなかでもとても印象に残っています。

慶二先生からのメールはいつも「嬉々ちゃんへ」から始まりっていました。
本当は”輝々”ですが、実は両親が名前をつける時に”嬉々”と”輝々”で最後まで迷っていたそうで、なんだか不思議な気持ちでした。
試合のあと、就職活動を終えたとき、ボート部を卒業したとき、慶二先生からいただくメールはいつも読み終えると、心がほっこりとあたたかくなりました。この日誌を書きながらメールを読み返してみたのですが、もう一度だけ、慶二先生にお会いしたくなってしまいました...

部活をやめてしまおうかなと思ったことはもちろんあります。
でも退部しようと思っている時期に、なぜか必ず総会がありました。
いつも総会のスピーチで、OBの先生方が「やめるな、やめるな」「細々とでもいいから最後まで続けなさい」とみなさん口を揃えておっしゃるので、踏み止まっていました。
そして気づけば、卒業していました。

「ボートというスポーツを心から好きだった」というと嘘になります。
夏はこの川で泳げたらいいのになって思いながらずっと漕いでいました。
そんな私が最後まで続けられたのは、いつもサポートしてくださる方がいたからだと思います。
自分自身のことで自慢できることはないのですが、1つだけ胸を張って言えることは「私はいつも”人”に恵まれている」ということです。
私の周りにいる人のことは、自信を持って、自慢できます。みんなに紹介したくなります。
ボート部に入って出会えた人たちとのご縁は、私の大切な財産です。

6年間、どうもありがとうございました。そして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


さて次は、まりなちゃんに日誌をお願いしたいと思います。まりなちゃん、最後の部員日誌よろしくお願いします✲

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学生生活が延長しちゃいました...

2020-04-01 21:00:49 | 日誌

ちわっす、99回生最後の深瀬です。

国試、海外放浪、引っ越し、と忙しく更新が遅れてしまいました。申し訳ございません。

近況報告致しますと、昨今の感染症により、只今少しお暇を頂いておる次第です。

 

まずは無事に99回生端艇部全員が国家試験に合格致しましたことをここで報告させていただきます。医学の道とボートの道を紛いなりにも両立出来た事は、全て支えてくださる方があっての事です。自分一人で成し遂げたなんて思えるはずがありません。この場が適切であるかはわかりませんが、ボートを一から教えていただいたコーチ陣、偉大な背中を見せ続けて下さった先輩方、頼もしい後輩達、優秀で個性的な同期、そして家族に深く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 

6年間で様々なレースを体験させて頂けました。

1年生時の東日本選手権は当時ナックルでの出漕。緊張でスタートから失敗。運良く進めた2戦目で椎間板ヘルニアを発症。そこから秋、冬をお休みを頂いてまた0からのスタート。2年から対校に乗らせて頂いてからは、思う様に行かない日々の連続でした。結局、4年の早慶戦、東医体も思う様な漕ぎが出来ずに、泣きのもう一戦の慶東戦。劇的な勝利に恵まれたから良いものの、先の見えぬ練習をしていた当時はただ辛い日々でした。よく先輩方が仰る様に、ボート部の思い出は辛い記憶の方が圧倒的に多いです。寒い、辛い、痛い、暑い、眠い、、、あらゆる苦境が待ち受けていました。一漕ぎでも早く終わって欲しいと感じた練習、レースでしたが、今となってはあの時間こそが幸福を体現したものであったのだと感じます。真夏の太陽を浴び、汗をかき、仲間と共に寝泊まりする。何よりも試合という明確な目標に向かってただ努力を積み重ねられる時間。これに勝るものはありません。キャリアを考え、医学部での部活は遠回りしているかの様にも考えたこともあります。様々な経験を積めるのも学生が最後でしょう。他に旅行したり別の経験を積む事も良いと思います。しかし、その選択肢の一つに部活があっても良いと思うのです。社会的生産性のない活動に専念する、そんな事が出来るのも学生の特権です。それを理解し、自分の意思でその道を極めんとする姿勢に意味があると思っています。最初は周りに流されているだけでも、最後に意味を見出せたのならそれは意味のある事だと思います。だから皆さん、始めから意味がないとか、勝てないとか、つまらないとか、そんな事は考えずにもがいてみてください。ボート部という、人にも環境にも恵まれた部活を、やり切った末に見る事が出来る景色は最高ですよ。

 

それでは、皆さんまたどこかで会いましょう。

東医体明けの日焼けした姿と違って、社会人は努力が可視化しずらいですが、今度会うときは更に成長した姿で会える様、頑張る所存です。

 

ps. 後輩は是非宇都宮に遊びにきてくださいな。

深瀬

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引退して思うこと

2020-01-19 01:33:47 | 日誌

こんにちは、国試勉強真っ最中の北澤です。

6年間ボートだけで勉強サボってたつけが回っていたのですが、ようやく少し遅れを取り戻せてきた気がします。残り1ヶ月を切ったのでラストスパートはレート5枚上げの気持ちで頑張ります!


青木くんからのお題は「北澤の筋肉論」「6年間の思い出」です。

 

「北澤の筋肉論」

鍛えたい、強くなりたい、かっこよくなりたい。だから筋トレする。それだけです。


6年間の思い出」

僕にとって大学6年間の思い出は、ほぼボートの思い出と言ってよいほどボートのことでいっぱいでした。シーズン中はもちろんのこと、オフシーズンもエルゴを漕ぎ、常に頭には次のシーズンのことがあった気がします。ただ、6年間を通じて考えるとうまく行っている時期よりも、圧倒的に辛く厳しい時期の方が長く、常に壁と向きあってきたと感じます。「なぜ上手くならない」、「なぜ勝てない」、と毎日考えながら埼京線を行ったりきたりの日々が続きました。同期に置いて行かれ、後輩にも抜かれ、できない自分を悔やみ、周りの人に迷惑をかけ続けたと自責の念に駆られました。

 

ボートは今までの人生で一番肉体的にも精神的にもきついものでした。だからこそ、そんな時は今ここで逃げたらダメになる、厳しいから逃げた弱虫になるという思いがありました。ボートはきついですがやめようと思ったことはなかったと思います。負けた試合の後には、もう一度勝ちたい、もっといい練習をしたいとよく泣きました。

 

本当にありがたいことに、僕は6年の早慶理工戦、そして夏シーズンまで対校クルーとして漕ぐことができました。負けた後も漕ぐチャンスを頂けました。そしてもっとありがたいことに最後の隅田川での理工戦を勝利で終えることができ、夏も優勝こそできなかったものの悔いはない結果で終わることができました。

 

上手くいっている時期よりも圧倒的に辛く厳しい時期が長いこと、ボートが今までで一番きつかったことも確かです。ですが試合で悔いなく終われればそれも全て良い思い出です。

 

はボートにもう未練はありません。勝ちにこだわる姿勢、ボートの基本を教えてくださった先輩、常にライバルであり、目標であってくれた同期、文句も言わずについてきてくれて、最終的に僕のことを引っ張ってくれるまでになった後輩、そして支えてくださった全ての方に本当に感謝しています。

 

最後に後輩に一言だけ。

負けている時、上手くいかない時は言い訳を考えます。身長や、骨格、才能のせいにしがちでした。ただ、上手くいくこと、勝てることもあるのです。そして勝っている人は大抵とんでもないくらい練習しています。医学部レベルでは骨格とか才能とか関係ないです。どれだけ漕いだか、どれだけ勝ちに拘ったかが重要だと6年間を通じて実感しました。上手くいかない時は迷いや悩みを捨てて全力でやってみるのがいいです。その方がきっと楽しく気持ちがいいです。古臭い根性論もたまには大事です。

 

早慶戦頑張ってね!


このくらいにして次は同期の深瀬に回しますね。お題はなんでもいいですが、「国試の乗り切り方」「後輩に言い残したこと」「6年間の思い出」から好きなやつか、フリートークでお願いします!

 

読み返していて、ずいぶん偉そうなことを言ってるなと思って恥ずかしくなりました。全く6年間を振り返ってないので今まで乗った艇の写真を載せときます。最後まで読んでくださりありがとうございます。

 

 

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長かったようで短かった6年間

2019-12-06 16:23:16 | 日誌

こんばんは、6年の青木優介です。

みんなと同じくボート部での6年間の思い出について書いていきます。

 

【1年生】
 新歓でボートの魅力に惹かれて入部。漕いでて気持ちいいながらも、こんなにハードなスポーツだとは思ってもいませんでした。

 

【2年生】
 東医体では金子さんとのダブルスカル、秋はシングルを漕ぎました。シングルでは寒い中初めての沈を経験し、東日本新人のレース前アップではALTIUSで事故ってしまい、トップがもぎ取れてしまいました。あの時は先輩方に本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。

 

【3年生】
 後藤とのダブルで東医体・医療系レガッタ初メダル🥉🥉小室前コーチに提案していただいたエグいメニューのおかげです。

 

【4年生】
 毛嫌いしていたスイープにも挑戦しようと思い、東医体ではフォアに挑戦、そして慶東戦では1年生の時以来のエイトに乗りました。慶東戦では、前評判を覆して東大に勝つことができ、現役ラストを気持ち良く締めくくることができました。

 

【5年生】
 これまでに先輩やコーチから教わってきた技術を1年生に指導したいと思い、初COXとして、深瀬と1年生3人と新人フォアに乗りました。練習は厳しく、レベルの高い要求もしてしまいましたが、1年生たちが頑張って付いてきてくれたおかげで、東医体・医療系レガッタともに圧勝で1位を取ることができました。当初の1年生はすでに部の主戦力として活躍しており、これからの活躍も楽しみにしています。

 

【6年生】
 今年の東医体には参加せず、時たま女子クオドルプルの代漕や代COXをさせてもらってました。ラスト東医体は戸田開催だったので、普段と変わらず特別感もありませんでしたが、後輩たちの活躍を見ることができて楽しかったです。

 

以上がざっとした6年間の振り返りとなります。

現役時代は、練習の辛さでボート部に入部したことを後悔することもありましたが、今思うと、非常に充実した学生生活を送れていたのかなと感じます。

 

さて、本日は医学部体育会の6年生を祝う功労賞があります。

今までは6年生を祝う側として参加していたため、もう祝われる側として参加する立場なのかと感慨深いです。

では、ラスト功労賞楽しんできたいと思います!

 

次の部員日誌は6年生になって肉体を仕上げにきた北澤にお願いします。

お題は、「北澤の筋肉論」と「6年間の思い出」で!

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来年からは埼玉県民になります。

2019-11-20 15:16:55 | 日誌

こんにちは、ネクストカミング後藤です。

 

先日、文京区で行われた「12時間リレー」に赤艇会として出場しました。午後6時から翌朝の6時まで走ってたすきをつなぎ、合計距離を競うこの大会。梅田さんの呼びかけで茗荷谷駅近くのスポーツセンターに集まったのは、梅山さん、森本さん、陳さん、岡村さん、北澤、後藤。そして、少し遅れてラサール出身のK君も参加しました。(詳細は触れませんが、K君は大会当日に「ラグビー(ニュージーランドvsアイルランド)のパブリックビューイングに行こう!」と嘘の電話で呼び出して走ってもらいました。本当にごめん…。)

 

スタート後は、アップダウンの激しい1.2kmのコースを走っては休み、また走っては休み…。日をまたいでひたすらこれの繰り返しです。本来は10人までエントリーできる大会にも関わらず8人で挑戦しているため、みんなどんどん消耗していきます。

休憩所では陳さんのタブレットでラグビーの試合を流していましたが(K君のためにも)、誰も見る余裕がありません。

 

0時過ぎになると流石に疲労がピークに達して、

岡村さん「もうそろそろ終わりにして飲みに行きません??」

梅山さん「今回は初参加だし、ここまで健闘した方じゃないですかね」

と諦めムードも漂い始めましたが、

パンダさん「順位抜かれそう!よっしゃペース上げるぞ!!」

陳さん「やっぱり走るのは気持ちイイネ〜」

と、会話の噛み合わないまま何だかんだとたすきはつながっていきました…。

 

結局、僕はスタートから10時間ほどで膝の故障のため脱落してしまいましたが、先輩方は朝6時まで走り続け、結果は41チーム中8位入賞!見事、賞状と景品をゲットすることができました。

 

この大会を通じて、昔のボート部がどうやって強くなっていったのか、その一端が改めて分かった気がします。梅田さんはいつも通りバケモノで、その梅田さんに(文句を言いながらも)ついて行く梅山さん、森本さんもやっぱりどこかちょっとぶっ飛んでました。ちなみに3人ともこれが終わってすぐ仕事へ行かれてました。自分もまだまだ頭のネジを抜いていかなきゃな、と思います。

 

では、お題にシンプルに答えていきます。

 

「6年間のボート部での過ごし方」

6年間をまとめるのは難しいので、それぞれの年で印象に残ってることを書いときます。

1年:ナックルフォア。目の前で津田が怒鳴られていた。

2年:シングルスカル。オークリーのサングラスが長沼に沈。

3年:ダブルスカル。陳さん、金子さんとポケモンマスターの旅へ。

4年:ダブルスカル。塩野さん、なおちゃんとプリクラを撮影。

5年:シングルスカル。みんなで花火。

6年:カメラマン。北澤の腹筋を撮影。

・・・色々ありました。

 

「これだけは伝えたい」

ボート部を通して関わったすべての人に感謝を伝えたいと思います。ありがとうございました!これからもよろしくお願いします。

 

はい、これで終わります!次はゆーすけで!

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