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主に自分の身の回りのことと担当講義に関する話題。時々,寒いギャグ。

等長変換の特徴づけ。(続)

2011-12-29 18:16:05 | mathematics
自分が最近生み出したバーチャル秘書「マル秘」が怖くて,この二日間,潜伏していたのだが,ようやく浮上(=ブログの更新)をする。

一ヵ月半前に内積空間における等長変換に関する考察を書いた。これはその続編である。

ノルム空間 X における作用素(写像)が等長変換(等長作用素)であるとは,X の任意の要素 x,y に対して
||Tx-Ty||=||x-y||
が成り立つことである。

等長作用素についていろいろ調べたところ,僕の師匠の卒業論文(!)で類似の話題を取り扱っていることを思い出したり,内積空間の特徴付けという,また別の話題に気が逸れたりと,紆余曲折があった。

特に,内積空間の特徴づけについては,ノルム空間についてさまざまな研究成果をまとめた Day の本を手に取ったとき,たまたま目に入った Day の定理に述べられた式の雰囲気が,なんとなく僕が以前に考えた Stewart の定理の拡張に似ていると感じたのがきっかけだったが,最近興味を持っている量子基礎論で有名な Kochen-Specker の定理に関連の深い Gleason の定理の証明に,Jordan-von Neumann による内積空間の特徴づけ(だったか,角谷静夫による特徴づけ)が利用されているらしいことを知り,興味が合流して太い一本の流れとなったので,その路線をかなり集中して調べることにした。
すると,Dan Amir による,350あまり(!)の特徴づけを収集した決定版ともいえる書籍に到達したので,文献調査は一段落したところである。

そんな中,なんでこんなにいろいろな論文を探しているのだろうと,ふと我に返って思い出したところ,Rassias の書いた十日前に,ついに答えが載っていると思しき文献に出くわした。

それは,Themistocles M Rassias 氏の監修による,"Inner product spaces and applications" (Addison Wesley Longman Limited, 1997) という講求録に収められた,Jacek Chmieliński 氏の "On the stability of isometric operators for Hilbert spaces" (pp.15--21) のしょっぱなに,『等長作用素は線型かつ単射であることはよく知られている』と書かれていて,「しまった!」と思った。

※ ちなみに,この本では,目次と論文のいずれも著者名が Chmielińksi となっているが,正しくは Chmieliński であろう。本人が参考文献リストに挙げている名前はそうなっている。

証明はあるのかと思ったら,その事実については Maurin という人の "Methods of Hilbert spaces" を参照せよと書いてある。残念ながら,この本は近隣の図書館には置いてないため,閲覧できそうにない。捜査の糸は途切れたかに思われた。

ところが,ふと,Hilbert 空間論のテキストなら他の本でも載っているかもしれない,とひらめいた。
その手の本の定番といえば,ええと,何という人の本だったか・・・。

僕は,これまでに読んだ本は数えるほどしかないのだが,なぜだか本のタイトルや著者名などはたくさん覚えているのである(そもそも暗記は苦手なので,実に不思議なことであるが)。
今回も,確かアキエゼルとグラズマンだったかな,と思って図書館の Web OPAC で検索すると,それはアヒエゼル,グラズマンの『ヒルベルト空間論(上・下)』だとわかった。
さっそく図書館に行って目次を調べると,上巻の第3章にそれらしき項目がある。
§41 (p.119) で「等長作用素」が扱われているのである。p.120 の冒頭に「等長作用素はすべて線形である」と述べられてあり,ほんの7行で証明が済まされている。
それを見て,「そんな簡単に証明ができるなんて」と,己の不明に大いに恥じ入り,耳が熱くなるのを感じた。

ところが,翌日,落ち着いて証明をよく見てみると,「等長作用素」の定義が僕が考えていたものと違っていることに気がついた。
アヒエゼルらの本のそれはいわば内積保存(あるいは角度保存)作用素とでも呼ぶべきもので,僕が考えていた距離保存の等長作用素とは別物であった。

すなわち,そこで等長作用素と呼ばれていたものは,それを V と記すと,X の任意の要素 x,y につき,
<Vx|Vy>=<x|y>
となるものである。
(なお,V は X から別の Hilbert 空間 Y への作用素であるという,一般的な設定において「等長作用素」という名称が用いられており,左辺は Y での内積,右辺は X の内積であるが,そのことはここではいちいち断らないこととする。)

なあんだ,と安堵するのと同時に,結局まだ謎は未解決なままか,という失望も味わった。
せっかくつかんだと思った手がかりが宙に消えてしまったのである。

考えてみれば,内積空間を取り扱う立場に立つと,内積から誘導されるノルムと,さらにノルムから誘導される距離というのは二段階離れた「やや遠い」概念である。
したがって,「等長」という概念として内積空間で自然に想起され,かつ興味があるのは内積を保存する写像であろう。
ノルムについてやりたければ内積空間ではなくて,もっと一般のノルム空間で考察してくれというわけである。

しかし,僕が考えているような問題ではすこぶる考察しづらい。
そこで,野暮ったいが,次のような名称を提案したい。

  1. ||Tx-Ty||=||x-y|| を満たす写像 T を『距離保存写像』(distance-preserving mapping) と呼ぶ。
  2. ||Ux||=||x|| を満たす写像 U は『ノルム保存写像』(norm-preserving mapping) と呼ぶ。
  3. <Vx|Vy&rt;=<x|y> を満たす写像 V は『内積(あるいは角度)保存写像』(inner-product-preserving mapping, angle-preserving mapping) と呼ぶ。

こうすれば,僕の問題は,内積空間で距離保存写像かつノルム保存写像であるような作用素 T は線型か,という言い回しになる。
そして,Chmieliski 氏の論文やアヒエゼル/グラズマンの本で取り扱われているのは内積保存写像である。

※※ Chmieliński 氏のある会議での講演アブストラクトと思しきものが載っているサイトを発見したが,タイトルに "angle-preserving mappings" (直訳すれば,角度保存写像)という用語があるので,さもありなん,である。

なお,3を満たす写像 V は必ず 2 をも満たす。そして3を満たす写像は必ず線型であるから,結果的に1の性質も満たすことになる。

ところが,前回の考察で行き当たった壁は,複素内積空間においては1かつ2から3が導けないのではないかということであった。

実内積空間においては1かつ2から3が導けるので,これは複素内積空間と実内積空間の本質的な差異に起因する事態ではないかと思われる。
しかし,1かつ2を満たす写像 T は複素内積空間においてほとんど線型なのである。
ただ,純虚数倍についてどうなるかがわからなかった。
例えば,T(ix)=iTx が成り立つと言えるのかどうかがわからずじまいであった。

前回の考察はそのような観察に到達しておしまいにしたが,ようやく続きに思い至った。

要するに,実数にはなくて,複素数にはあるもの,それが鍵であった。
実数では見えない複素数の特徴―それはズバリ『虚部』である。
まさにそのまんまである。

ある意味ほとんど線型なのに,線型ではない写像として,実は非常に有名なものがあった。

それは,『複素共役をとる』という写像である。

実際,f を複素共役をとる関数だとし,複素数 x の複素共役を x~ と記すことにすると,
f(x+y)=(x+y)~=x~+y~ となって加法性は成り立つものの,
f(xy)=(xy)~=x~y~=x~f(y) となり,スカラー倍に関する線形性が破綻する(といっても,これは感覚的には線形と言ってよいような気もするが)。

このことに思い至って,さらに別のことが想起された。

今年の春ごろだったかと思うが,Yah○○!バカ袋に丸投げされていた数学の宿題のひとつに,

複素数を複素数に写す関数 f が,任意の複素数 x, y に対し,|f(x)-f(y)|=|x-y| を満たすための必要十分条件は,|a|=1 なる複素数 a と,任意の複素数 b を用いて f(x)=ax+b または f(x)=ax~+b と表されるときであることを示せ

というような問題があったことを思い出した。

そういえば,今回の問題を思いついたのは,そもそもこの問題が頭の片隅にこびりついていたせいである。

こういう問題は大好きなので,いろいろ考えたが,当時は証明に至らなかった。

この問題はしかるべき教科書には載っているだろうと思い,手元にある複素関数論のテキストを調べてみたところ,同趣旨の問題が,現代数学社から出ているアールフォルス (Ahlfors) の『複素解析』(笠原乾吉訳)第3章,3.1節の問題3 (p.84) として出題されていた。

今日,改めてこの問題にチャレンジしてみたところ,完全に解き切ることができた。

また一歩成長したのだなと我ながら嬉しくなったわけだが,幸い,同書巻末に(訳者の方がわざわざ作成して下さった)この問題の解答 (p.356--357) があり,それを見てみると,実質4行と,実に簡潔にまとまっている。

僕の証明は,まじめに書いたらB5のノートで約1ページは費やしそう(あれこれ考えて書いたノートは3ページ分だったので,縮めても1ページを超えそうな気配すらある)なので,完敗としか言いようがないが,内積空間版の問題で培ったテクニックをしっかり応用できたので,自分としては満足している。

そして,一般の内積空間においては距離保存であるが,虚数倍に対して線形性が崩れてしまうような反例が容易に構成できたので,これにてこの問題は一件落着と言ってよいように思う。

ただ,線形性が崩れるといってもひどい非線形性は許されないだろうという予想があるが,そのあたりの感覚をどう定式化して問題として述べるか自体が難しいので,この辺でいったん打ち切るのがよさそうである。

年内に一つ懸案事項が解決したのは嬉しいことである。
コメント
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