Stewartの定理が一般のHilbert空間(に限らず,一般の内積空間)においても成り立つかどうか,興味が湧いたので考えてみた。
成り立つに決まっていそうだが,予想が正しいかどうかは数式を用いて確かめる必要がある。
Wikipediaに載っていたStewartの定理は次のようなものである。
Dが辺ABの中点のとき,x=y=c/2 なので,d2+x2=2(a2+b2) となり,これが中線定理である。
なお,中線定理のことを平行四辺形の規則ともいうのは,辺CAと辺CBを隣り合う2辺とする平行四辺形において,点Dが対角線の交点になることから,中線定理の等式を少し書き換えると
(対角線の長さの2乗の和)=(平行四辺形の隣り合う2辺の長さの2乗の和の2倍)
という等式が得られるからであろう。
こちらの方が,辺CDとCAが共に対角線の半分という平等な関係にあることになって,記憶しやすいように思える。
Stewartの定理に話を戻す。
初めはこの式を覚えられなかったが,この定理について考えているうちに,自然と頭に入った。
証明も自分で試みようと思っていたが,Wikipediaの記事に証明が載っており,読まないようにしていたが「余弦定理の式から余弦 (cosθ) を消去する」という方針が目に入ってしまったので,それをヒントに考えたらあっという間に証明が出来てしまった。
この定理について調べたところ,Wikipediaの他に見つかった解説記事のひとつに,この等式を
内分点の公式になぞらえて書き換えるというアイデアが紹介されていた。そこに書かれていた式は僕にとってはよりいっそう複雑に思えるので,その式をさらに次のように書き換えてみた。
D が辺ABを θ:(1-θ) に内分するとして,
CD2=(1-θ)(CB2-BD2)+θ(CA2-AD2)
が成り立つ。
ポイントは,CD を CB・BD と CA・AD と分割したようにとらえたことである。
つまり CB2-BD2,CA2-AD2 のように「中央に」AやBの文字がくるようにまとめるという工夫をしただけである。
なお,そのサイトのオリジナルの式も,θ=m/(m+n) として
CD2=(nCB2+mCA2)/(m+n)-(nDB2+mDA2)/(m+n)
と,右辺の第一項のCをDに置き換えたものが第二項に現れる,というような対応がつきやすい形にすれば,そんなに記憶しづらいものでもないだろう。
(ちょうど左辺のCD2のC,Dの順に,□B や □A の□の中身を置き換えるという風に関連付ければ,なお忘れにくくなる。)
さて,これが一般の内積空間で成り立つかという考察に移ろう。
ベクトルCBをa,ベクトルCAをb,ベクトルCDをdとおく。
このときベクトルBAはb-aと表せる。
よって c2=|b-a|2=a2-2a•b+b2 が成り立つ。
点Dは直線BA上にあるので,ある実数θを用いてd=(1-θ)a+θbと表せる。
したがって
d2=|(1-θ)a+θb|2=(1-θ)2a2+2θ(1-θ)a•b+θ2b2
=(1-θ)a2+θb2-θ(1-θ)(a2-2a•b+b2)
=(1-θ)a2+θb2-θ(1-θ)c2
となる。
よって
(1-θ)a2+θb2=d2+θ(1-θ)c2
が成り立つことが示された。
最初に述べたStewartの定理は,この等式において θ=x/c,1-θ=y/c とおいたものに他ならない。
こうおいたとき,θ(1-θ)c2=xy であることに気が付けば納得いくだろう。
というわけで,内積空間という舞台設定にすると,Stewartの定理は
|(1-θ)a+θb|2+θ(1-θ)|b-a|2=(1-θ)|a|2+θ|b|2
という恒等式に他ならない,ということが明らかになった。
こういう恒等式が成り立つということを見出した点でStewartは凄いと感心するのだが,こう書いてみるとなんだか定理の持っていた意外性というか,神秘性が微塵も感じられず,なんだかつまらないもののように見えてきてしまうのは,考えすぎだろうか。
ちなみに,この等式はθがどんな実数であっても成り立つので,点DはもはやBとAの間になくてもよい。つまり,D は線分BAの外分点でもよいので,Stewartの定理の拡張が得られたことになる。
最後に,やはりあまり面白いとは思えないが,メモとしてさらなるコメントを残しておこう。
Fréchet-von Neumann-Jordan の定理によると,ノルム空間で中線定理が成り立つならば,ノルムを用いて内積が定義できる。
それは,内積空間において成り立つ
|a+b|2-|a-b|2=4a•b
という公式を逆手にとって,内積a•bを(|a+b|2-|a-b|2)/4 で定義するというものである。
つまり,こう定義された「内積」は,中線定理が成り立つという仮定の下で,ちゃんと『内積の公理』
の性質を全て備えていることになるというのである。
こうして内積が定義できれば,それを使ってStewartの定理を導くことができる。
逆に,中線定理はStewartの定理の特別な場合だから,Stewartの定理が成り立つようなノルム空間においては中線定理も成り立つ。
つまり,中線定理とStewartの定理は互いに等価な定理であるということになる。
こうした,一般的な定理の特殊化に過ぎない定理が,実は一般的な定理と同値であるという,少々 paradoxical な話は時々ある。
その一例は,微分の理論に出てくる Rolle の定理と Lagrange の平均値の定理の関係であろう。
あるいは,f が連続な実関数であるときに,任意の実数 x,y に対して,常に
f((x+y)/2)≦{f(x)+f(y)}/2
が成り立つならば,実は f は凸関数である,という凸関数についてよく知られた事実も想起されるのである。
成り立つに決まっていそうだが,予想が正しいかどうかは数式を用いて確かめる必要がある。
Wikipediaに載っていたStewartの定理は次のようなものである。
Stewartの定理
三角形ABCにおいて,通常のようにBC=a,CA=b,AB=cとおく。
辺AB上に点Dを取り,DB=x,DA=y,DC=dとおく。
このとき,a2y+b2x=c(d2+xy) が成り立つ。
Dが辺ABの中点のとき,x=y=c/2 なので,d2+x2=2(a2+b2) となり,これが中線定理である。
なお,中線定理のことを平行四辺形の規則ともいうのは,辺CAと辺CBを隣り合う2辺とする平行四辺形において,点Dが対角線の交点になることから,中線定理の等式を少し書き換えると
(対角線の長さの2乗の和)=(平行四辺形の隣り合う2辺の長さの2乗の和の2倍)
という等式が得られるからであろう。
こちらの方が,辺CDとCAが共に対角線の半分という平等な関係にあることになって,記憶しやすいように思える。
Stewartの定理に話を戻す。
初めはこの式を覚えられなかったが,この定理について考えているうちに,自然と頭に入った。
証明も自分で試みようと思っていたが,Wikipediaの記事に証明が載っており,読まないようにしていたが「余弦定理の式から余弦 (cosθ) を消去する」という方針が目に入ってしまったので,それをヒントに考えたらあっという間に証明が出来てしまった。
この定理について調べたところ,Wikipediaの他に見つかった解説記事のひとつに,この等式を
内分点の公式になぞらえて書き換えるというアイデアが紹介されていた。そこに書かれていた式は僕にとってはよりいっそう複雑に思えるので,その式をさらに次のように書き換えてみた。
D が辺ABを θ:(1-θ) に内分するとして,
CD2=(1-θ)(CB2-BD2)+θ(CA2-AD2)
が成り立つ。
ポイントは,CD を CB・BD と CA・AD と分割したようにとらえたことである。
つまり CB2-BD2,CA2-AD2 のように「中央に」AやBの文字がくるようにまとめるという工夫をしただけである。
なお,そのサイトのオリジナルの式も,θ=m/(m+n) として
CD2=(nCB2+mCA2)/(m+n)-(nDB2+mDA2)/(m+n)
と,右辺の第一項のCをDに置き換えたものが第二項に現れる,というような対応がつきやすい形にすれば,そんなに記憶しづらいものでもないだろう。
(ちょうど左辺のCD2のC,Dの順に,□B や □A の□の中身を置き換えるという風に関連付ければ,なお忘れにくくなる。)
さて,これが一般の内積空間で成り立つかという考察に移ろう。
ベクトルCBをa,ベクトルCAをb,ベクトルCDをdとおく。
このときベクトルBAはb-aと表せる。
よって c2=|b-a|2=a2-2a•b+b2 が成り立つ。
点Dは直線BA上にあるので,ある実数θを用いてd=(1-θ)a+θbと表せる。
したがって
d2=|(1-θ)a+θb|2=(1-θ)2a2+2θ(1-θ)a•b+θ2b2
=(1-θ)a2+θb2-θ(1-θ)(a2-2a•b+b2)
=(1-θ)a2+θb2-θ(1-θ)c2
となる。
よって
(1-θ)a2+θb2=d2+θ(1-θ)c2
が成り立つことが示された。
最初に述べたStewartの定理は,この等式において θ=x/c,1-θ=y/c とおいたものに他ならない。
こうおいたとき,θ(1-θ)c2=xy であることに気が付けば納得いくだろう。
というわけで,内積空間という舞台設定にすると,Stewartの定理は
|(1-θ)a+θb|2+θ(1-θ)|b-a|2=(1-θ)|a|2+θ|b|2
という恒等式に他ならない,ということが明らかになった。
こういう恒等式が成り立つということを見出した点でStewartは凄いと感心するのだが,こう書いてみるとなんだか定理の持っていた意外性というか,神秘性が微塵も感じられず,なんだかつまらないもののように見えてきてしまうのは,考えすぎだろうか。
ちなみに,この等式はθがどんな実数であっても成り立つので,点DはもはやBとAの間になくてもよい。つまり,D は線分BAの外分点でもよいので,Stewartの定理の拡張が得られたことになる。
最後に,やはりあまり面白いとは思えないが,メモとしてさらなるコメントを残しておこう。
Fréchet-von Neumann-Jordan の定理によると,ノルム空間で中線定理が成り立つならば,ノルムを用いて内積が定義できる。
それは,内積空間において成り立つ
|a+b|2-|a-b|2=4a•b
という公式を逆手にとって,内積a•bを(|a+b|2-|a-b|2)/4 で定義するというものである。
つまり,こう定義された「内積」は,中線定理が成り立つという仮定の下で,ちゃんと『内積の公理』
- 常にa•a≧0 である。
- a•a=0 は a=0 と同値である。
- a•b=b•a である。
- a•b は双線形形式である。
の性質を全て備えていることになるというのである。
こうして内積が定義できれば,それを使ってStewartの定理を導くことができる。
逆に,中線定理はStewartの定理の特別な場合だから,Stewartの定理が成り立つようなノルム空間においては中線定理も成り立つ。
つまり,中線定理とStewartの定理は互いに等価な定理であるということになる。
こうした,一般的な定理の特殊化に過ぎない定理が,実は一般的な定理と同値であるという,少々 paradoxical な話は時々ある。
その一例は,微分の理論に出てくる Rolle の定理と Lagrange の平均値の定理の関係であろう。
あるいは,f が連続な実関数であるときに,任意の実数 x,y に対して,常に
f((x+y)/2)≦{f(x)+f(y)}/2
が成り立つならば,実は f は凸関数である,という凸関数についてよく知られた事実も想起されるのである。
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